東京



2005年9月12日昼。
「………今思えば、あれからもう今日で一年か」
「は?…………あぁ、ゴジラがアメリカの船を襲ったのは丁度一年前の今日でしたか。流石は総理!」
「別に褒められる程ではないよ」
 そう言って笑いながら、内閣総理大臣『双里元』は官邸の玄関を出た。すぐに側にいた首席秘書官は、車のドアを開けた。国家公務員である秘書官の仕事では無いのだが、長年彼の議員秘書として仕えていた癖だ。
 彼は思い出す。この2ヶ月の間の双里総理の苦労を………。
「そして、もう2ヶ月か。早いのか、長いのか………。正直、よく内閣不信任案が通らなかったと思うよ」
 車の中で双里総理は言った。その顔には、この2ヶ月間の苦労が確りと刻み込まれていた。
 一般に総理の女房役と言われる内閣官房長官の神宮寺薫の緊急逮捕、しかもゴジラ団の黒幕という立場から犯した罪は、本来総理大臣の許可なしに訴追は出来ないという法規を日本国憲法制定以来二例目となる特例として裁判所が「逮捕・拘留は関係ない」として、逮捕礼状が交付される程の多大なものであった。そして、双里総理は断腸の思いで神宮寺を解任し、現在神宮寺は訴追され、刑事裁判を受けている。
 そして、その時日本中、いや双里自身も双里内閣の終わりだと思っていた。しかし、皮肉な事であるが、ゴジラが彼を救った。
 このチャンスを逃すものかと、翌日には野党は内閣不信任決議案を出した。今期の国会は巨大与党政権となっていたのだが、与党内にもこの事件は波紋を生み、今では永田町のゴジラの変とも呼ばれ、その可決が待たれた。しかし、その後の永田町が出した結論は、ゴジラ団によって起きた事件はゴジラによって救われるという後のマスコミの言葉そのものであった。ゴジラがいつ日本に現れるかわからない現在、いち早く対G法の決議を秘密会にて可決させ、戦艦おおとやガルーラの配備をし、ゴジラ上陸を防いだ首相が議員達には重要になったのだ。
 元々対G法の案も神宮寺によるものだが、ゴジラから日本を救えるリーダーとして政党や出世を超えて、自分達の政治家としてか日本人としてかは不明だが、各々の人生を双里総理へ賭けたのだ。そして、まもなくしてその耳に51年前ゴジラを倒したオキシジェン・デストロイヤーを再び製造するという青年が現れたという情報が入った。
 車の外を眺めながら、双里総理もまた、その2ヶ月間の事を思い出しながら、考えていた。
「ゴジラとの決着がついたら、私は内閣を一度解散しようと思う。………一政治家として、潔い男というイメージを作る事もあるが、何よりもこの綱渡りな状態で国を維持する自信がないのだ」
「総理。…………その顔は、この車の中だけですよ。………双里先生には、ゴジラを倒した男となって欲しいのですから、ゴジラに勝つまでは強気の双里元であって下さいよ」
「わかってるさ。………しかし、皮肉な話だよ。脅威であるゴジラによって、世界は一つになって、テロもゴジラ団と赤い竹によってその影を潜めた。更には、ゴジラを倒す希望として日本は世界の中心にいる。そして、私はテロに欺かれ、脅威によってその任を続けていられる」
 秘書官は何も言えなかった。しかし、彼自身もこの特異としか言えない世界の状況にどこか落ち着けない不自然さを感じていた。世界の紛争もゴジラ出現以来その数や規模を下げているが、これは歴史的に見てもいわば、嵐の前に風が異常に静かになる事の様な状態だ。早く、ゴジラを倒さなければ、世界は破滅的な戦争が起きるであろう。
 そんな事を考えていると、車は国会議事堂に到着した。


2005年9月18日夕方。
 某所では、三神耕助他、白井虎次郎以下上層部が顔を揃っていた。赤川鳥夫特佐、蒼井龍一一佐、結城奎介一佐、土方早織二佐のガルーラパイロット四人もその場に呼ばれていた。皆一様に喜びを上げている。
 それもその筈だ。例の冷凍兵器が奇跡的に完成したのだ。
「三神さん、お疲れ様でした。………後は我々の仕事です」
 白井は耕助に言い、手を差し出した。耕助も頷き、その手を握った。一同はその握手に拍手を贈った。
「…………おぉ、武田艦長。それから四人の勇士達」
 耕助は大げさに五人を呼び止める。
「本当にありがとうございました」
 武田海将補は敬礼をし、頭を下げた。四人も敬礼をする。
「うむ、こいつを生かすも殺すもお前さんたちしだいじゃ。………それから、簡単にこいつの事で話しておこう。武器はその名も『冷凍光線』。英語で言えば、freeze beamじゃ」
「別に英語で言わなくても」
 蒼井がぼやく。
「うるさい。わしは海外生活が長いんじゃ!その方がしっくりくるのだよ。それより、この冷凍光線は二つ重大な問題を抱えている。一つは、現在四機のガルーラに搭載されている四つの冷凍光線発生装置は、全く同時に作った為完成できた偶然の産物なのじゃ。故に、予備となった台場機には搭載されておらず、簡単な整備等は可能だが、装置本体まで損傷した修理が可能かはいささか自信がない。つまり、代わりはなく、修理も出来ないと肝に銘じておいて欲しい」
「先に一つ宜しいですか?冷凍光線発生装置とは、そのまんま過ぎはしませんか?」
 蒼井は耕助に言った。
「お、中々良いところに気がつくのぅ。実は、わしもそう思い、こっそりとFG-04と呼んでおる。ちなみに、FGはfreezing generaterの頭文字じゃ」
 耕助は自信満々に解説する。満足して聞いているのは蒼井だけの様だ。
「………おっとすまん。脱線したのぅ。もう一つは冷凍光線そのものじゃ。これは、はっきり言ってハリウッドのSF映画級の型破りな兵器じゃ。光線と名こそ付いているが、本当に光が放出される訳ではない。正しくは一瞬にして物理の限界………すなわち絶対零度にさせると想定されたエネルギーの粒子を収束して発射しておる。曖昧な言い回しなのは、はっきり言ってまだそのメカニズムも正体も完全にわかっていない。つまり、お前さんたちはそんな正体不明のものを兵器として使用するという事じゃ。冷凍光線の性質で発射地点が凍る事はなかったが、高速で移動するガルーラで果たして安全かはまた不明。これがわしから伝えられるアドバイスじゃ。………あ、ガルーラの装甲じゃが、これは改善済みじゃ。G1の放射能火炎の力ならば、ガルーラの装甲をこえて放射線がパイロットを襲う事はない。ただし、これは当然ながら限界がある。長時間浴び続けたり、同一の場所に何度も浴びたり、N-バメーストの様に強力過ぎる核には物質として耐え切れず、恐らく機体が壊れるじゃろぅ。しかと、頭に刻んでおけ」
 四人は頷いた。それに納得したのか、耕助は武田海将補を向いた。
「武田艦長。戦艦おおとは完璧に修復し、大型ニードルもかなり予備が補充できた。ショックアンカーも強度を高めたので、恐らくパワーブレス如きには負けぬ筈じゃ」
 武田海将補は改めて、耕助に敬礼した。そして、今度は四人の方を見た。
「それから、お前たちは明日から2日間、休暇の許可が下りた。勿論、緊急召集は別なので、携帯電話などですぐに連絡が取れるようにしておくのが条件だがな」
 その言葉に、四人は顔を見合わせ、同時に武田海将補に敬礼し、ガッツポーズをした。
「後、三神さんも同様です。開発者としての仕事はもう終えましたし、彼らの指導官も実はこの前の勝手な出撃が今頃になって問題になりまして、その任を一時停止という処分になりました」
「まぁ、そうなる事は覚悟しておった。ありがたく老後の計画を立てさせてもらうよ。流石に気が若くても、70過ぎたこの老体にはちとハード過ぎじゃった」
 そう耕助は笑った。


2005年9月20日昼。
 雨の中、休暇を得た赤川、蒼井、結城、土方の四人は、都内国立病院に入院中の台場の元を訪ねていた。
「あ、鬼瓦先生。いらしたのですか」
 病室に入ると、そこにいた優に蒼井は挨拶する。誰だ?という顔の三人に蒼井は簡単に紹介する。
「今日は賑やかになったな。まさか七人もお客が来るとは」
 台場は痩せた頬を綻ばして笑った。
「七人?」
「後の二人は、三神博士と指導官ですよ。早織ちゃん」
 首をかしげる土方に台場は言った。
「台場さん、退役したからってそう言う呼び方はしないで下さい」
 土方はツンとして言った。
「………おや?賑やかになったのぅ」
「あ、指導官!」
 病室に入ってきた暇になった老人の耕助に、五人は条件反射で敬礼する。優は一人呆気にとらわれる。
「ほれ、今は指導官じゃのうて、そういうのは無しにせい。………それに台場に関しちゃ、わしは敬礼される立場じゃのうて」
 耕助は軽く笑う。
「あら?ミジンコ………小五郎博士は?」
「わざわざ言い直さんでも良いさ。孫ならグリーンから電話で呼ばれて研究所へ戻ったぞい。………全く、こんな美しい娘さんを置いて帰ってしまうとは、親が悪いの」
 耕助は優に言う。ちなみに、帰国後耕助は、三神の親と再会はすませているが、相変わらず仲は良くない。
「………大分良くなってるわね。このまま行けば、来月には退院できるわ」
「ありがとうございました」
 優は台場に言った。
「あ、我々が送りますか?今日車で来ているので」
 蒼井は優に提案する。優は少し思案し、土方を眺めて言った。
「折角ですから、私は土方さんと買い物して行きます!ですので、お爺様をお願いして宜しいですか?………後、土方さんを借りて?」
 優は土方の腕を組むと言った。一番当惑しているのは土方だ。
「え?わ、私は買い物とかは………」
「たまのオフなんでしょ?オシャレしなきゃ!」
「俺達は一向に構わない。土方、たまにははめを外して来い」
 優と赤川によって、半ば強引に土方は優と共に雨の都内の買い物へ出かけていった。


2005年9月20日15時40分。
 三神は研究所へ戻っていた。この研究所は、オキシジェン・デストロイヤー開発の為に貸してもらっているもので、なんと山手線内にある。
「田舎モノ!」
 しきりに三神はその事を言うので、グリーンはそうバカにする。
 そして、三神のいる研究室へグリーンが入ってきた。
「この雨は台風16号によるものらしいぞ」
「日本語上達したな。………まさかそんな下らない事を伝える為に、俺を優とのデートをすっぽかさせて呼び出したのか?」
「爺さん連れのデートなんて聞いたことない」
 グリーンと三神は軽く掛け合いをすると、グリーンは一冊のクリアファイルを渡した。
「なんだ?………こいつはまさか7月のゴジラの衛星写真か?」
「半分正解。衛星写真と言っても、こいつはなんとロシアの極秘衛星が撮影した特殊な写真だ」
「………見たところ、海中を移動するゴジラとおおとの写真だな。という事は、海中の様子が撮影出来る衛星写真なのか?」
「あぁ。ロシアもスゴいものを所有している。………それをアメリカに提供するんだから、やはり切羽詰まってんだな」
 グリーンは窓から雨に打たれる木を眺めながら言った。
「わざわざ極秘衛星の存在をばらしてまで、ロシアがこの写真を提供したのは、二枚目にある」
「二枚目?」
 グリーンに言われ、三神は二枚目の写真を見る。そこには、深い所にいるのか像がハッキリしないが、ゴジラの様な巨大な生物のシルエットが映し出されていた。
「こいつは一枚目が取られた約1時間後に台湾とフィリピンの間位の場所に写っていたものだそうだ」
「い、いくらなんでも1時間で、小笠原諸島からそんな遠くまで移動するのはゴジラだって無茶だろう?」
「そうだ。お前も、この写真が意味するものはわかるだろ?」
 グリーンの言葉を聞きながら三神は、写真を眺めるその瞳の先に逮捕された時の八神の姿を浮かべていた。
 あの時、八神は「だが、俺があの事故で見たのは間違いなくゴジラだ!我々は敗れたが、本当の脅威は向こうの方からやってくる!覚悟しておくがいい!」と言った。三神が一度は否定した事実が、或いは真実であったのかもしれない。
「三神、オキシジェン・デストロイヤーは本当に一つだけ開発でいいのか?」
 グリーンは三神に聞く。
「二つも、僕には造れない。それは恐ろしすぎる…………。それにもう後は細かい調整の段階で、今更もう一つ作る事は難しい」
 三神は言った。その視線の先には、岩戸島で見たオリジナル・オキシジェン・デストロイヤーやグリーン達から提供された赤い竹のDO-Hの資料を参考に作った、DO-M式オキシジェン・デストロイヤーがあった。
「そうだな。………それに、季節外れのクジラや某国の潜水艦とも考えられる。希望は捨てずにいよう」
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