《旧約》ゴジラ‐GODZILLA[2005]

2004年9月12日深夜。
 静かな大西洋に一隻の船─タンカーが航路を進んでいた。
 船の名は『BARN SWALLOW』。アメリカ英語でツバメを指す言葉だ。
 勿論、SWALLOWでもツバメを意味するし、BARNを付けない方が船の名にはすっきりしていて相応しいという印象を受けるところに船のオーナーのセンスが伺える。
 静かに靡く旗はアメリカでは無く、パナマの旗だがこれは税金対策のための便宜置籍国の旗であり、税率の高いヨーロッパの船ではよく見受けられる。
 どうやらこの船のオーナーはケチでセンスの悪いアメリカ人らしい。
 そんなことを見回りをしている『マイケル・ホワイト』は思った。
 彼の右手は腰にかけられた拳銃に当てられていた。
 拳銃は二八口径という事はわかるがあまり銃に詳しくないので何という拳銃かは彼にはわからなかった。元々下っ端の彼にはこの船の積み荷もはっきり教えられていない。この銃もこの船に乗る時に上の人間から渡されたものだ。
 そう、全てはこのタンカーの秘密の積み荷を守るためだ。
 武器の密輸。それがこの船のもう一つの顔だ。
 そして、マイケルはそれを護衛する為に乗っているのだ。
 夜空を見上げて呆けっとしていると上の方から
「こら、マイケル!しっかりと見回れ!空から敵は来ねぇぞ!」
慌てて振り向くと一階層上に位置するデッキから兄貴分のボブが顔を出していた。
「すみません!」
 と謝るとすぐに納得したのか顔を引っ込めた。

「全く、マイケルのバカは…」
 そういいながら、ボブは舵を操る航海士に近づいた。
「ボブ。あいつはまだ若いんだ、少しは多めにみてやれ」
 と航海士はいった。
 航海士とボブは長年この仕事でいわばギブ&テイクの関係であり、多少の愚痴などは言い合う仲だった。
 再び航海士が口を開こうとしたとき、魚群探知機が反応を示した。
 やがて、他の警報機も反応し一気に船内は緊張に包まれた。
 マイケルが慌てて階段を登ってきた。
「バカ野郎!持ち場を離れるんじゃねぇ!」
 ボブがマイケルを叱り、慌てて「サーー!」と軍隊風の返事をし、下へ降りる。
 マイケルが下へ降りたのを確認するとマイケルに注意を促した。
「海の中に何か居ないか!」
「暗くてあまりよく見えません!どのくらいですか!」
 言葉が足りない質問だったがこれが大きさをきいているのだとはすぐにわかったのでモニターを見ながら答えた。
「八〇~一〇〇、メートルでだ!」
 マイケルは我が耳を疑った。八〇~一〇〇メートルだって!
「一〇〇メートルですか!インチじゃなくて?」
 我ながら変な聞き返しだった。
「そうだ!」
 と言葉が返ってきた。
 潜水艦でもあるのだろうか?
 マイケルは海の中の闇を必死に覗いた。
 すると突然、海が光りだしたのだった!
 次の瞬間、彼ははっきりとその光は海では無く海の中にいる巨大な何かだとわかった!
 だが、さらにその次の瞬間は……






「マイケル・ホワイト、24歳。重度の放射能汚染。やはり、唯一の生存者です」
 声が聞こえた。
「この歳だと下っ端だろうな」
 事実だが失礼なことを言う奴だ!
 どんな奴がそんなこと言っているのか見てやろうとしたが…見えない!
 …いや、闇か光かはわかる。わかるが目の前に何があるのかよくわからない。
 何か白っぽい膜が張られているような感じだ。
 少し落ち着いてきて自分が少し硬いがベッドに寝かされているのがわかった。
 体にはテレビで出てくるようなチューブが刺さったりしている。
 すると、再び声が聞こえた。
 どうやら意識が戻ったことに気がついたようだ。
「気がついたかい?私の名はジェームス・グリーンだ。キミはあの事故から1ヶ月もの間眠り続けていたんだ。早速で悪いがキミがあの事故の時見たことを全て話してほしい」
 声を出そうとするが、体がダルい。
 まるで全身の水分がどっかへ出てしまったかのようだった。
 しかし、絞り出す様に自分が見たことを話し出した。何故か隠す気にはならなかった…






2004年9月13日朝。
 大西洋は慌ただしいヘリコプターや捜索艇が何度も往復していた。ヘリコプターにはFBIと描かれている。
 原因は昨夜起きたタンカーの海難事故だった。タンカーと言っても石油を運ぶタンカーではなくコンテナを運ぶタンカーだった。それがただの海難事故ならば石油漏れでもない限りここまで慌ただしい事にはならないはずだが、このタンカーは以前よりFBIが武器の密輸をしているとして眼を光らしていたものだったのだ。そのため、ただの事故ではなく積み荷目当てに起こした事件ではないかということで、FBIが捜索に参加しているのだった。
 やがて、遭難ポイントより西へ約二〇キロ程先にある東海岸沿いの島に打ち上げられていたタンカー「BARN SWALLOW」は発見された。11時55分の事だった。

 船は前方に大きな──半径二〇メートル程の穴が船の底から上へとへしゃげた形で開いて、窓ガラス共々融解していた。まるで高熱の何かが船底から空に向かって伸びて、そこが溶けたといった感じだった。
 大穴が開いたのち横に転覆したのだろうか?片面にのみ中央から端に向かって大きな裂け目ができている。
 しかし、大穴とは違い、裂け目には熱で溶けた様なところは無かった。
 船員は皆焼死しており、生存者は絶望的だったのだか、運良く数名の生存者が発見された。
 その中で一人助かる希望のある船員がいた。その名はすぐに「マイケル・ホワイト」とわかった。意識が無く、火傷は軽度だったが、顔などに尋常ではない日焼けがあり、一部ではホクロが赤黒く変形していたのだった。
 オーストラリアに旅行をしたというFBI捜査官がそのホクロを皮膚癌の一種のメラノーマに似ていると言ったことから事態は変わりだした。
 一方、タンカーの積み荷を調べていたFBI捜査官も不思議な事に気がついた。密輸されていた武器が全て発見されたのだ
 そのため、この事件は積み荷目当てに起きた襲撃事件ではないと言うことがはっきりしたのだ。
 そこで、彼らには大きな謎が出てきてしまった。「何故、どうして。この船は難破したのだろうか?」という謎が………
 その後、放射能濃度測定器通称ガイガーカウンターを念のためにと使用した。その結果に一同は凍り付いた。
 ガイガーカウンターの測定値が大穴周辺では振り切ったのだった!


2004年10月8日14時30分。
CIAの一室にある(上司のオフィスルームの小部屋にある)自分のオフィスで俺『ジェームス・グリーン(29歳・独身)』は、少し遅い夏休みをしようとオフィスの整理をしていた。
 ちなみに、CIAとはアメリカの中央情報局の略で簡単に言うとアメリカの007が沢山いるところだが、さらに簡単に言うとアメリカのスパイの本部のことだ。
 俺はCIAに所属してまだ二年たらずの新米スパイだが、一応英語・中国語・ロシア語・フランス語・スペイン語・アラビア語・日本語の七ヶ国語を使い分け、射撃では如何にCIAとて俺の右に出る奴はあまりいないと自負している。
 一通り、機密資料をまとめて金庫にしまう。
 ちなみにこの金庫はオフィスに埋め込まれている形で俺がこのオフィスと一緒に与えられたものの一つで噂では核爆発でも開くことのない頑丈な金庫らしい。ただ、如何にCIAでもオフィスに核が落とされることはまず無いだろう。それよりも核ならば人間の入れるシェルターをオフィスにすればいいのにと思うのは俺だけだろうか?
 綺麗に整理された机を見て忘れた点は無いかチェックしていると、ノックをして上司の『フィリップ・クルーズ』が入って来た。
「ジェームス君。休暇前というのは承知の上だが少し厄介な事が起こってキミにも協力して欲しいんだ。勿論、ある程度落ち着いたらキミは休暇に入って構わない」
「………」
 反論が出来ない。このまま休暇に入ったら、車のエンジンを駆けた瞬間に爆死する。そう本能的に感じるのだ。
「……何があったのですか?」
 スパイにとって具体的な説明の出来ない上司程厄介な存在は無い…
「本日、世界時間10月8日10時8分にアメリカの最新鋭原子力潜水艦『I-57』が、アメリカ領海内の北緯三六度、西経七二度にて潜水訓練中、水深一二〇〇メートル地点にて消息を絶った。そして、最後の通信は、長さ一〇〇メートルの巨大な物体が接近、襲撃されている。とのことだ。そのため、当局はこれが他国の潜水艦による侵略行為と判断した。キミにはそれが何処の国の仕業かを調べることも去る事ながら、他にも同様の事件が発生しているか調べて欲しい。ある程度調査をして報告書をまとめて出してくれれば、休暇に入ってもらって構わない」





 俺は早く休暇に入りたかったという本音もあって直接、目的の一〇〇メートルの巨大な物体による被害が他にもあったかどうかを調べることにした。
 しかし、調べ始めてから半日程が過ぎ日付が変わったころには早くも一件一〇〇メートルの巨大な物体に襲われたタンカーの事件が入手できた。
 更に詳しく調べるとどうやら事件が発生したのは約1ヶ月前の9月12日の深夜であるが0時15分にSOSが発信されたので13日の方が正しい。どうやら担当はFBIで、理由は事件に対してでなく、船が別件でFBIが前から注目していたため必然的に担当となったらしいがアメリカ海軍も関わっているらしい。
 とりあえず、一度寝た後に訪ねてみよう。








2004年10月9日11時30分。
FBIの知り合いに聞いてみたところこう言うことらしい。
『密輸タンカー『BARN SWALLOW』は9月13日0時15分に事故発生。11時55分に発見。船体には高熱で開けられた大穴と横に伸びる傷があり、船には放射能が計測され、大穴が最も濃度が高かった。数人の重傷者に死亡前に聞けた貴重な証言によると襲ったのは八〇~一〇〇メートルの物体だったらしいが皆直接見たのでなく聞いただけなどでそれが潜水艦なのかはわからなかったらしい。僅かな希望は唯一の生存者で現在意識が無く眠っている船員マイケル・ホワイトのみとなっている。また、船の所有国の問題でも一悶着あったらしく未だに捜査が難航しているらしい』
 話してくれた知り合いは最後にこう言った。
「放射能のせいで数人のFBI捜査官が被爆して今も入院して困ってるよ」
どうやら色々厄介な事件らしい。
「そう言えば、休暇をするために急いでいるらしいが、どこかに行くのか?」
「…」
 何も考えていなかった……





2004年10月10日15時。
 案内されたのは本館とは離れたところにある旧館だろうか、時代がかった建物だ。いわゆる隔離病棟というやつだろう。
 一番奥にある薄暗いがそこそこの広さのある部屋に彼はいた。
「マイケル・ホワイト、24歳。重度の放射能汚染。やはり、唯一の生存者です」
担当医が説明する。
「この歳だと下っ端だろうな」
 案内をしてくれたFBI捜査官がボソりという。
 昨日話を聞いた後、彼の意識が戻りそうだというので、今日部下に案内をしてもらいここへ来たわけだ。
 マイケルはベッドに寝かされていて、体にはテレビで出てくるようなチューブが刺さったりしている。
 担当医が何かに気がついた。どうやら意識が戻ったようだ。
 実に運がいい!担当医とFBI捜査官に許可をえた後彼に話かけた。
「気がついたかい?私の名はジェームス・グリーンだ。キミはあの事故から1ヶ月もの間眠り続けていたんだ。早速で悪いがキミがあの事故の時見たことを全て話してほしい」
 他の者は気が付いていないが簡単な催眠術をかけていたのだ。その方法などは直接言うわけにはいかないが、CIAに身分を明かせばほぼ自由にその方法に関する資料を閲覧していてそれを見ることができる。
 効果があったのか、彼はゆっくりと絞り出す様に話だした。
「あれは…生き物だ…ハッキリ見た…船を光が突き破ったら…船が横に倒れて…頭から尾まで一〇〇メートル…ボブの言った通りだった…背鰭が近づいて…後はわからない…だが、あれは生き物だ!…潜水艦何かじゃない!怪物だ!」
 興奮したマイケルを医師が抑える。
 俺はなにも言わずに部屋を後にした。






 彼が言った「あれは生物だ!」という言葉が頭に残った。
放射能…
生物…
 一〇〇メートルの巨大な放射能を帯びた生物…
 こんな可能性を俺は信じることにした。
4/15ページ
スキ