ゴジラ団



2002年5月4日夕方。
 三神は研究所にいた。実験室は凄惨極まるものであった。そして、教授から恐らくは翌日には結論が出されるだろうと言われていた。それは、勿論研究の中止であろう。場合によっては、三神自身の処遇も影響してくるかもしれない。
 そして、三神はこの短い時間でやれる事だけをしようと決意した。
「優。すまないが、こういう事態になってしまった以上、今日は帰れない。新婚早々ごめんね。………わかった。じゃあ」
 三神は早々に優に連絡を済ませ、電話を置くと、一人研究室にこもり、研究を始めた。
 そこには、DO-M2をスターターに培養した完全なDO-Mの培地シャーレがあった。現在、このDO-M2の存在を知るものは一人もいない。それも当然だ。DO-M2を発見したのは、昨日の朝の結婚式に向かう直前だ。
 ………当時三神は知るはずもなかったが、その数時間後に赤い竹が侵入していたのだ。三神が、一先ず培地シャーレにDO-M2を培養し、一つだけ他とは違う恒温器に培養させていた為、赤い竹の手から逃れていたのだ。
 そして、DO-Mの位置付けが出来た。芽胞形成大桿菌のクロストリジウム属の変異した種で、クロストリジウム属はボツリヌス菌が有名で、芽胞と呼ばれる堅い殻を形成し、休眠し続ける事が出来るのである。そして、DO-Mはボツリヌス菌に近い特徴を持ち、放射能浄化の能力を発揮するのもボツリヌス毒を生成する時と同様に、芽胞が無くなり、増殖出来、条件を満たした時のみである事もわかった。
「お前達、想像以上の化け物かも知れないな」
 三神はシャーレに語りかけた。そして、必死にその正体を暴こうとした。


2002年5月4日深夜。
 三神の孤独な研究は深夜にまで続いた。
 ここまでで、DO-Mは嫌気性の物凄い生命力をもつ真正細菌であり、その種がどのような存在かまでは判明した。時間が無い上に、使える装置が自分のこもる研究室の物のみである現状では、これは十二分の成果である。
 しかし、事故の原因にまで成る程の脅威であり、その放射能浄化能力の正体が中々掴めないでいた。
「くそっ!もう、時間が無い!………いっそ、事故覚悟で放射能中にぶっこむか」
 そんな事を考える自分を笑い、三神はデータ、様々な論文やインターネットの情報、使える資料は全て使っていた。
 しかし、放射能を浄化し、水中の水素を分解し、発生させる等という前代未聞の微生物の生成する物質を特定するのは至難の業だ。
 やがて、自分の今後を考え始めた三神は、遠い昔に行方をくらました祖父耕助の話を思い出していた。
「僕も姿を消すかな?」
 力なく笑いながら、三神は天を仰いだ。もう時間がない。今更この正体を暴いても、ロシアに譲り、自分はこの研究の最後を見届ける事は出来ないのだ。それを覆せるほどの希望も無い。
「………ゴジラ」
 不意に三神は呟いた。そして、三神の目は見開かれた。全身が震え上がる。
「………な、何を。………何を考えているんだ?………そんな、いや、しかし!………な、納得がいく!無生物になっていた嫌気条件になった浄化された池!そして、根だけが溶けた植物!………今、やらなければ!」
 三神は震える手で、処理したデータを掴み、確認を急ぐ。
 既に、三神にはこの芽胞形成大桿菌DO-Mの正体がわかっていた。オキシジェン・デストロイヤー生成細菌………それが、正体だ。
 オキシジェン・デストロイヤーが如何なる物質なのかは、三神には全くわからない。しかし、それが水中の酸素を破壊し、生物を溶かし、放射能を浄化する物質である事は史実とDO現象の研究からわかっていた。
 そして、朝を迎える前に、三神は一つの決心を胸に宿していた。


2002年5月5日夕方。
 三神はやれるだけの事をした。しかし、抵抗むなしく研究は打ち切られ、三神も大学を辞める事が決まっていた。
 そして、今後の三神だが、微生物研究はどうやら出来そうもないらしい。その為、教授の口利きで国立大戸ゴジラ博物館の国立放射性生物研究センターへ行く事を決めた。優とは離婚する決心もしていた。
 教授に優への手紙を託し、三神は大学を後にした。
 既に三神は昨晩行ったDO-M2の全資料を破棄し、DO-M2の培養したシャーレを持ち出していた。そして、ある場所へ隠す決心をしていた。
 教授や優には、三神の話せる事は話した。しかし、その胸には別の想いが秘められていたのだ。
 オキシジェン・デストロイヤー、そしてDO-Mの秘密を守る最後の砦として、ゴジラや芹沢博士、オキシジェン・デストロイヤーを調べれば必ず通過する国立大戸ゴジラ博物館に就職するという、己への戒め、そして何よりDO-Mを研究してしまった自分の責任として、この決意を固めていたのだ。
 そして、やる事を終え、三神は大戸島へと旅立った。


2005年7月20日18時。
「………こうしてお前はDO-M2を隠した!」
 八神は三神に全てを話した。真実を言い尽くされた三神は何も言えない。
「三神さん。あなたの行動は正しい。少なくとも私はそう思います。………彼らに隠し場所を決して明かさないで下さい」
 迷は三神に言う。途端にムファサに殴られる。
「余計な事は言うナ!」
「………八神。何故………何故敵の筈のゴジラを神格化して守る」
 三神はやっと言葉を発した。
「何故?ふん!神とするゴジラを支配する………つまり神を超越した存在になれる。そして、我々はその苦痛を与えた世界中の政府に、ゴジラの力でそれ以上の恐怖を与え、復讐する。それだけだ!」
 八神は両手を広げて言った。
「………国家の信用、信頼、信仰、全てを、脅威を持って破壊する。破壊神とでも言えるゴジラを利用し、その脅威を持って世界の国家政府の力を破壊する組織………紛れも無い。あなた方、ゴジラ団はテロ組織だ!そんな事で、過去は変わらない!未来も!」
 迷は言った。それに八神は憤り、言い返す。
「黙れ!………確かに、人類は愚かだ。歴史を見て見ろ。好奇心、探求心、これらを良い心だと考えるが、コレこそが人類を最も愚かにさせる存在だ。核兵器を考えてみろ。今は独裁者の武器の様なイメージがあるかもしれないが、アレこそ、まさに科学者の好奇心と探求心の暴挙だ!世界を見て見ろ!斯様に混乱と恐怖を生み出したゴジラ………三神の言い方だとG1。G1、G0は何を隠そう核の申し子だ!三神、お前もそうだ!例えゴジラの謎を解き明かしたとしても、お前には核を超える可能性のある力が、オキシジェン・デストロイヤーが手中にあるんだ!証明にも述べていた、Dと言う怪物を生み出す可能性があると!違うか?」
「………」
 三神は何も言い返せない。乱暴な理論だが、彼の言う事は事実でもある。
「違います!悪用されない為に、あなた方の様な人に悪用されない為に、三神さんはDO-M2を隠したのです。歴史を変えるならば、他にも方法はある筈だ!破壊からは何も生まれない!」
「しかし、構築、拡大、破壊、再構築が進化の基本ダ!我々はゴジラを隠蔽する様なガン化した世界の政府を破壊シ、真実を知る世界を我がゴジラ団が再構築スル。愚かナ人間が、この復讐によって、自然を守護する存在に進化するんダ」
 ムファサは言った。
「生物学をテロが論じるな」
 三神は静かにムファサに言った。
「テロとは語弊が悪いな。我々はDO-M2を悪用なんてする気はないさ。そこまで俺を悪者にしたいのか?」
 八神はやれやれといった感じで、肩をすくめて言った。
「三神さん、気づいていますか?今まで八神は一度として自分の手は汚していない。この男は僕が史上最悪とかつて思った犯人以上の大悪党です!」
 すかさず迷は言った。
「流石は名探偵だな。だが、大悪党とお前がいくら言おうとも、ゴジラという神を超越し、DO-Mという切り札を手中に収めた時、我々は人類にも、世界にも復讐という名の進化が舞い降りるんだ」
 八神は笑みを浮かべながら言った。そして、その事に迷は我慢の限界に達し、一気に言う。
「これはもう名探偵だからどうこうの問題ではない!人間としての最低限のモラルです!あなたが人類を嫌おうが、神を支配しようが、関係ありません!しかし、あなたはそれ以前に、欲望のみで行動している!だから、思想が行動へ移る!あなたは神ではない。悪魔です!」
「今度は悪魔か。なんでも出してくるな?だがな、こうしている今も、全ては我々に運命は流れているんだよ。………そう。三神、お前は俺と同じ線にいる。しかし、くだらない人類の為にその才能を間違った形で使っているがな。何故、今G1はこの日本近海まで来たと思う?………運命だよ。俺とお前、二人の神がいるからG1は来た。かつて芹沢と山根がいた東京にG0が来たのと同じようにだ。運命だよ。世界で唯一の被爆国であり、オキシジェン・デストロイヤーが作れる人間のいる国に、ゴジラは現れる。お前は海流などを理由に予測したらしいが、では何故ゴジラは海流に乗った?………運命だ!」
 八神は言う。少しずつ理論が乱れ始めている。三神は八神を睨んだ。
「僕はお前とは違う!」
「どうかな?俺は自然を、地球を救うためにゴジラを得た。お前は自然と人類を救うためにDO-Mを得た。同じだよ。キミも人類へのこだわりを絶てばわかる。敵はゴジラなのか?文明なのか?その答えは直ぐに出る。DO-Mの正しい使い方がキミにもわかるはずだ」
 八神は論こそ崩れかけているが、いたって冷静な口調だ。対して、迷は声を荒げて言う。
「違う!あなたと三神さんは同じじゃない!例えあなたと三神さんが同じ線上にいたとしても、それは線の両極だ!決して交わる事はない!」
「迷、俺は悪魔だろうが、神だろうが、関係はない。何故なら、お前と俺とではそもそも物の見方が違う。破壊の歴史を終わらす為に破壊をする。これが動機の根幹となるものだ。そして、その破壊神がゴジラだ!三神、お前も認めた。ゴジラは奇跡の生物だと」
 八神は迷と三神に言う。
「確かにゴジラは奇跡の生物だ。しかし、太古の昔からこの地球にいたんだ。人類の愚かさとか、政府への復讐とかに巻き込まれる存在ではないんだ。僕はDO-Mを封印した理由も、人の好奇心の手に触れさせてはいけないとわかったからだ。共にオキシジェン・デストロイヤーを捜索したならば、芹沢博士と山根博士が過ちとわかっていてもオキシジェン・デストロイヤーを隠した理由がわかる筈だ。僕もそれと同じ理由だ」
 三神は言った。その時、倉庫の外からバイクのエンジン音が聞えてきた。
「ん?」
「何ダ?」
 八神とムファサが音のした方を見る。そして!
バリーンッ!
 倉庫のガラスが破られ、バイクが突っ込んできた!
 そして、バイクはまっすぐ三神と迷の前に進み、八神とムファサとの間に割り込んだ。
「あ、あ、あ…………」
 しかし、何よりも驚いていたのは、他ならぬ三神であった。それもその筈だ。そのバイクにまたがっている人物は………
「三神、思った程弱ってはいなそうだな?ごぶさたって言うんだよナ?」
「ぐ、グリーン!」
 それは死亡した筈のCIAのジェームス・グリーンであった。
 以前の典型的な外国人ビジネスマン風の格好からは随分代わり、金髪は伸ばして下ろし、服装もYシャツにジャケットを羽織ったラフなものになり、所謂映画に出てくるアクションをしそうなスパイ風の格好になっていた。
 そして、グリーンは拳銃を片手で、八神に向けて構えた。
 グリーン、7ヶ月振りの復活!


2005年7月16日9時。
 日本国外の某所、そこにグリーンはいた。
 7ヶ月前、†を倒した時、自らも撃たれ、崖から落ちた。正直、死んだと思った。しかし、グリーンは数日後奇跡的に生還した。
 しかし、その怪我は酷く、治療には時間がかかるとクルーズとブラボーに言われた。本来は心配をかけた三神達の元へ無事を伝えたかった。しかし、今その怪我でグリーンの生存を赤い竹やゴジラ団に気付かれるの事は、三神達の命にも関わる。
 そして、グリーンはクルーズやブラボーの助言と協力で、生存の事実を隠し、治療と同時に、ゴジラ出現の騒ぎからまともに訓練もなしで実動のスパイとして実戦に出ていた為、一からスパイになる為の過酷な訓練と指導を受ける事になったのだ。
 以降、度々ブラボーらと連絡は取っていたが、7ヶ月間某所にこもっていた。勿論、その間の三神達の活躍や出来事は知っていた。
 そして、この日、射撃場での訓練を終え、プールで泳いでいると、ブラボーから電話がかかってきた。
「どうした?………ゴジラが大戸島近海に?………わかった。日本へ向かう」
 体を拭きながらグリーンは電話を切ると、スタッフに言った。
「パスポートと拳銃、それからTATUMAKIを用意しといて下さい」
 服を着たグリーンは、伸びた金髪を乾かすと、日本へ向けて出発した。


2005年7月20日15時。
 グリーンは小笠原島の父島にいた。
「大変ですよ!」
 港でインターネットにて調べものをしていたグリーンに、昨年結婚し、旧姓河野から恩田に変わった元大戸島役場のアイドル、恩田泉がやってきた。既に父島へ来た際に挨拶をしていた為、恩田泉はグリーンの存在を知っていた。
「どうしました?」
 ノート型パソコンをしまって、グリーンは恩田泉に聞いた。
「今さっき主人から連絡が入って、ミジンコさん達が行方不明になったそうで、もしかしたら拉致ではないかって」
 恩田泉の夫は父島の役所職員をしている。
「拉致………なるほど、だからか。………あ、ゴジラ団かもしれないな。仕方ない、とりあえず至急大戸島へ飛んで事実を確認する」
 そう言うと、グリーンは携帯電話を取り出し、ヘリコプターを要請した。


2005年7月20日15時40分。
 ヘリから降りたグリーンは、真っ直ぐ国立大戸ゴジラ博物館へ向かっていた。
 半壊した国立大戸ゴジラ博物館の前に来たグリーンは、拉致の衝撃に立ち尽くす優の元へ歩み寄った。
 そして、足音につられ、優はグリーンの方を向いた。そして、グリーンの顔を見て見る見る内に驚きの表情を浮かべた。
「な、………なんで?」
 幽霊を見たような表情を見せる優に、下ろした金髪を風に流しながらグリーンは、上達したのか、片言なのかよくわからない日本語で言った。
「ごぶさた。優、感動の再会と行きたいところだけど、残念ながら、さっさとマヌケな元旦那を救出しなきゃならない。助けてくれるか?」
 グリーンのグリーンらしさに優は軽く笑って、頷いた。
「えぇ。もちろん。あれほどのマヌケな元亭主を助けるには、半年以上も死んだフリが出来るような天才スパイの協力が無きゃ駄目よね」
 優は笑って、答えた。
「よし。そう決まれば、やる事は一つだ。………準備がいるが、優、所長、それから………自衛隊の方々!一寸、協力して下さい」
 グリーンは四人に言うと、携帯電話を取り出し、ブラボーとクルーズに連絡した。
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