最終兵器



2005年7月20日朝。
 大戸島を一隻の小型船が出発していた。
 船を運転するのは、神谷だ。そして、同乗するのは三神と迷だ。
 あの手紙は、山根博士の書いたものであった。そして、万が一求めるもの以外が手に入れた時は、恵美子氏にこの手紙を渡して欲しいという意向と、岩戸島の洞窟を示す文が書かれていた。
 そこで、彼ら三人は翌朝早く、信吉爺さんから借りた船で岩戸島へ向かっていた。
 ちなみに、優は大戸島に残る事になった。
 この漁船の速度ならば午前中には、岩戸島の洞窟にまで辿り着けるだろう。
 しかし、彼らはまだ気がついてはいなかった。この海には彼らの他にも岩戸島を目指す者がいる事を………


2005年7月20日9時。
 一方、大戸島の小学校に設けられた臨時放射性生物研究センターは、大騒ぎになっていた。
 大戸島沖にゴジラが確認されたのだ!
 そして、優もそこで三神の代役をしていた。
「………全く、なんでこんな時に三神君がいなくなるんだ!」
 所長は、作業をしながらぼやいていた。
 そして、戦艦おおとが再び出動準備に入ったという連絡が入った。
 しかし、優は思った。先の戦いでおおともかなりのダメージを受けているという、更にガルーラも現在5機になり、内一機は耕助が乗っていたもので戦闘に参加出来るかわからない。恐らく、武器もかなり消費している上に、自衛隊員の疲労もかなり溜まっている筈だ。この三戦目、おおとの戦力が明らかに不利だ。


2005年7月20日11時。
 三神、迷、神谷は岩戸島へ到着し、船が入り江に入っていく。
「放射能濃度もここは大丈夫みたいです」
 三神はガイガーカウンターを見て言った。
「N-バメーストの被害は対岸だしな」
 船を停めながら、神谷は言った。
「そうですね。それに当日は外洋に広く風が流れていたので、空気中の放射能濃度は問題ないと思います。問題は、海洋に残留している放射能です。この辺は海流から取り残された潮の流れがとてもゆっくりなところなんです。そのお陰で、付近は魚の宝庫なんですけどね」
 入り江に停まった船の中、三神は神谷に言った。
「………あれが、例の洞窟ですね」
 入り江の砂浜の先にある岩場の上にポッカリと開いた洞窟を見て、迷は言った。
「よし、船もいいぞ。名探偵の冒険と行こうじゃねぇか」
 神谷の声が号令となり、三人は船から下り、洞窟へと向かった。
 意外に洞窟までの距離があり、特に岩場で苦労させられた。
 そして、また本日も三人が同時に懐中電灯を取り出し、歩いてゆく。
「意外に長いですね?」
 三神は言った。事実、洞窟に入って、まもなく10分位になる。
「確かに、しかし恐らくはこの洞窟は島の対岸まで繋がっているのだろう」
 神谷は言った。どうやら島の地図はある程度頭に入っているようだ。
 三人は更に洞窟を進んだ。
「光だ」
 三神は言った。洞窟の先に太陽の光が射しているのだ。
 そして、洞窟はやや広い空間へ出た。そこには大きな横穴が開いており、その先は対岸の崖になっている様だ。波の音が聞えてくる。そして、洞窟はここで終わりの様だ。
 しかし、そこには鉄製の扉があった。しかも、その扉には南京錠がかけられている。
「あの鍵はこれのものだな。三神!」
 神谷は南京錠を見て、言った。
「あ、はい」
 三神は慌てて、鍵を神谷に渡した。
「おっ!まだ使えるぜ!」
 神谷は鍵を南京錠に差し込んだ。正直、皆半世紀前の鍵が開くか不安であったが、これで一安心である。
 そして、三神は何気なく辺りを見回していた。とは言っても、あるものは扉と対岸の崖になっている横穴と今来た洞窟だけであるが………
 人影?三神は一瞬洞窟の闇の中で人影の様なものが見えたのだ。
 三神は洞窟の先を眺めていた。
「どうした?」
 三神の様子に気づいた迷は聞いた。
「あ、いやなんでもない」
 三神はただの思い違いだろうと思ったのだ。
 しかし、それは三神の思い違いではなかった。三人が扉を開けている時、洞窟の影ではその様子を伺う一人の影があったのだった。


2005年7月20日11時10分。
 戦艦おおとは、再び大戸島と岩戸島の間の海域に来ていた。
 そして、近くにゴジラが迫っていた。
『ガルーラ、出撃準備に入れ!』
 武田海将補は指示をした。
 現在のおおとは、ショックアンカー、二連式大型ニードル砲、右側の回転式横斬りが使用出来ず、更にニードルとカドミウム弾も残りわずかとなっていた。そして、蒼井機は現在修理中で出撃出来ない。
「土方!」
 出動準備にかかっていた土方を蒼井が呼び止めた。
「何ですか?」
「俺と代わってくれ。ここで何も出来ないのは辛いんだ」
「俺からも命令する。土方二佐、お前は沖田と近藤と最も親しい二名を失っている。その様な状態で、お前を出撃させられない」
 赤川も加わった。
「………わかりました」
 土方はヘルメットを蒼井に渡した。そして、格納庫から去って行く。
 そして、蒼井は土方機に乗り込んだ。
『ガルーラ、出撃!』
 蒼井、赤川、台場、結城の四機のガルーラが出撃した。


2005年7月20日11時20分。
 扉の先は簡素な部屋があった。部屋は六畳程の広さでレンガ張りの壁の朽ち具合が半世紀という時間の長さを伝える。しかし、それ以外は部屋の中心に置かれた頑丈そうな鉄の棺のみで、その他に部屋には何も無かった。
 神谷は鉄の棺を調べた。
「おい。動くぞ!」
 そして、三神と迷も棺による。
「どうやら錆びて、開かなくなっているようですね」
「同時に押し開けましょう」
 三神の意見に二人も頷き、三人は同時に棺のふたを押し開ける。ふたは錆びて軋んだ音がしたかと思うと、金具自体が砕け、反対側へ落っこちた。
 そして、三人は共に棺の中を覗き込んだ。
「これが手紙に書かれていた芹沢博士と山根博士の最大の過ちの正体だ」
 それを見て、迷は冷静に言う。
「…………これは────」
 三神は呆然としながら言うが、最後まで言う前に神谷が先を言った。
「オキシジェン・デストロイヤーだな」
 棺の中には、芹沢博士がゴジラに使用したものと全く同じ大きさ、形のオキシジェン・デストロイヤーが収められていた。
弾!爆!刺!
 その時、外の方から爆音が聞えてきた。神谷は辺りを見回した。
「なんだ?」
「行ってみよう」
 三神が言い、三人は部屋から出て、横穴から外を見た。
「おおと!今の音はそれか!」
 岩戸島の洞窟から見える遠い地点を進む戦艦おおとを見つけ、迷は言った。
「それにゴジラだ!」
 おおとの前方を黒い影、ゴジラが進むのを見つけ、三神は言った。
 そして、周りを四機のガルーラが飛び交う。
 ゴジラの周辺が光り、放射能火炎が洋上に上がる。ガルーラやおおとの動きを撹乱させる。
刺!刺!刺!刺!
 四機のガルーラが同時にニードルを放つ。
「………あのガルーラ、蒼井が操縦してるな」
「え?」
 神谷が一機のガルーラを見て言った。不思議そうな顔をする三神に神谷は説明する。
「赤い線が赤川特佐のガルーラとは知っているだろ?彼が最も能力は高い。しかし、青い線の入った高性能な試作一機目は蒼井一佐が乗っている。腕と癖が秀でているんだ。一目であれが蒼井とわかるぜ」
「蒼井一佐ってそんなに凄い人だったんですか」
 耕助に気絶させられた蒼井しか知らない三神は驚いた。
 そして、三人はおおととゴジラの戦いを眺めていた。
 しかし、その為、オキシジェン・デストロイヤーの置かれた部屋に侵入する人影に誰も気づく事が出来なかった。


2005年7月20日11時40分。
 岩戸島のオキシジェン・デストロイヤーの置かれた部屋に侵入した人影は、まっすぐ棺へ向かった。
 そして、迷うことなく棺の中に収められていたオキシジェン・デストロイヤーを手に取った。
 しかし、その時オキシジェン・デストロイヤーの金属部分が鉄製の棺とぶつかり、鈍い金属音が部屋に響いた。
 その音は横穴にいた三人の耳にも届いていた。
「今の音!」
「あぁ、聞えた」
 三神は部屋の方を振り向いて言った。そして、神谷も強張った顔で答えた。
 三人は慎重に部屋に近づく。そして、三神が部屋を覗き込んだ時………
「うわっ!」
 人影が三神にタックルを喰らわせた。三神は倒れた。
「いててて………お、お前は、副々団長!」
 三神はタックルしてきた人影を見た。そこには忘れもしない、ゴジラ団ナンバー3である副々団長がオキシジェン・デストロイヤーを抱える姿があった。
「………それをどうするつもりだ?」
 神谷は険しい形相で静かに副々団長に言った。
 副々団長は脂汗を滲ませながら、懐から拳銃を取り出した。三人は構え、少し後ろへ下がった。
「コレを使わせるカ!」
 副々団長は脂汗を滲ませ薄ら笑いを浮かべて言った。そして、オキシジェン・デストロイヤーを抱えたまま、まっすぐ横穴へ走った!瞬間、副々団長の姿が視界から消える。
「あっ!」
「なっ!」
「ちっ!」
 三人はその瞬間、虚を突かれ、驚きの声を上げた。
 副々団長は海へ飛び込んだ。
 そして、神谷が横穴へ歩み寄った。つられて二人も横穴へ歩み寄る。
 三人は海を覗き込んだ。最初は波の合間から魚までも見える程の静かな海であった。しかし、途端に様相が変化する!
 海から泡が出始め、窒息死した魚が海面に浮かび上がった。
 そして、その後より激しく海は泡立ち、魚の死骸は溶けながら今度は沈んで行く。
 それは正に地獄絵図であった。
 オキシジェン・デストロイヤーの威力は、想像を上回る脅威であった。副々団長が落ちた岩戸島沿岸からかなり離れた沖合いに、イルカの様な影が浮んでいるのも見える。どうやら、岩戸島近海といえる海域全てをオキシジェン・デストロイヤーは無酸素状態にしたらしい。
「…………これが、オキシジェン・デストロイヤーの力なのか」
「だが、最後の…………最終兵器は、もうこの世にはない!」
「…………これで望みは消え失せた訳か………」
 迷、三神、神谷は、それぞれ今も尚海面で、オキシジェン・デストロイヤーによってまるでドライアイスを入れたかのように発生し続ける泡を見下ろしながら呟いた。


2005年7月20日12時。
 ゴジラとおおとの戦いは、第二のオキシジェン・デストロイヤーの使用された岩戸島近海から離れ、小笠原諸島近海の外れで繰り広げられていた。
グオォォォォーーーォン!
 ゴジラは咆哮を上げ、おおとへ向かう。
爆爆爆爆爆爆爆爆!
 おおとはミサイルをゴジラに向けて撃つ。
「当艦のミサイルはもう無くなりました!」
「わかっている!魚雷は?」
「魚雷は残り五発です!」
「よし!全弾発射!撃てぇぇぇ!」
「魚雷、発射!」
「魚雷、発射!」
 武田海将補は渾身の力で指示した!五発の魚雷がゴジラへ放たれる。
爆!爆!爆!爆!爆!
 魚雷はゴジラへ命中し、海は弾ける。
 そして、赤川と蒼井の二機のガルーラがその飛沫の隙間をぬって、ニードルをゴジラへ浴びせる。
刺刺!刺刺!
グオォォォォーーーォン!
 ゴジラは悲鳴を上げ、背鰭を発光させる。
 そして、放射能火炎を海上に向けて吐く。
『うわぁぁぁ!』
 台場機が放射能火炎に直撃する。しかも、長期に渡って命中していた為、流石のガルーラもコントロールが効かなくなる。
『着水しろ!』
 赤川が指示を出す。まもなく、台場機は少し離れた洋上に着水した。そして、煤けて湯気や煙を上げるガルーラから、台場は這い出て、その場に倒れこんだ。
弾!弾!弾!弾!弾!
 おおとと三機のガルーラはゴジラへカドミウム弾を打ち込む。
 しかし、ゴジラはそれを諸共せずに、一気に海中深くに潜った。
「G1、当艦へ向かって来ます!」
「左の回転刃を回せ!回転式横斬りを使う!衝撃用意!」
「………艦長!間に合いません!」
 血相をかいて武田海将補に報告する。
「こうなれば………全速潜水!タックルするぞ!衝撃用意!」
「………了解!衝撃用意!」
「衝撃用意!」
 船員は反復し、皆回転式横斬り以上に必死で辺りにしがみ付く。
「…………頼む、おおと。いや、トータス!その世界一堅い装甲で、俺たちを守ってくれ」
 武田海将補は柱にしがみ付いて、おおとへ語りかけていた。
 そして、海中でおおととゴジラは、昨年イギリスでトータスとして戦った時と同じように、正面衝突した。
ドゥォォォンッ!
「うわぁぁぁっ!」
「ぎゃぁぁぁ!」
「ぬおぉぉぉ!」
 艦内に物凄い衝撃が伝わった。接合されていない物は全てポルターガイスト現象の如く飛び交い、ちゃんと自分を固定出来ていない者は吹っ飛んだ。
 そして、機器の電源は落ち、明かりが消え、非常灯に切り替わった。
 戦艦おおとは沈黙した。
グオォォォ………ォン
 まるでトータス戦の再現の様に背鰭斬りを失敗し、タックルを喰らったゴジラは鈍い鳴き声を上げながら、深海へと沈んでいく。
『武田艦長、G1を追跡しますか?』
 蒼井は聞いた。
「………いや。今の戦力での深追いは無駄な犠牲を生むだけだ。………悔しいがここまでだ」
 武田海将補はめちゃくちゃになったブリッジを這って、通信機を掴むと蒼井を始めとする全員に指示を出した。
 まもなくして、大戸島の臨時放射性生物研究センターと自衛隊の追跡捜索の結果、ゴジラは小笠原諸島から完全に離れ、行方のわからない外洋へと消えた事が確認された。
 ゴジラとおおとの第三回戦目は、痛み分けの引き分けに終わった。


2005年7月20日12時30分頃。
 しばらく三人は横穴から呆然と泡立つ海を見下ろし続けていたが、やがてオキシジェン・デストロイヤーがおさまり、泡が止むと神谷がおもむろに動き出した。
「もうここには用はないな。副々団長とやらも今や文字通り海の藻屑と消えた。オキシジェン・デストロイヤーの事もゴジラ団の事も振り出しに戻ったのだからな」
「お、おい………」
 神谷は洞窟を戻ろうとする。三神が引きとめようとすると、神谷は振り向いて言った。
「ふん。三神博士、あの部屋にはどうせ何も無いはずだぜ。山根博士はただ戦時中に使っていた秘密部屋を利用したに過ぎない。恐らく、オキシジェン・デストロイヤーはおろか戦時中の記録になりそうなものも山根博士は別の所に移したか、或いは抹消しているだろうよ。………それとも、三神博士は今オキシジェン・デストロイヤーを造ることが出来るとでも言うのか?それなら話は別だが?」
 三神は何も言い返せなかった。神谷は鼻で笑うと、再び洞窟の戻り道へ歩みを進める。
「待ってください!」
 迷は神谷を呼び止めた。そして神谷は、今度は振り向かずに、立ち止まった。
「神谷さん。………神谷さん、あなたがゴジラ団団長、八神宗次ですね?」

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