最終兵器
2005年7月16日11時頃。
戦艦おおとは、太平洋上の小笠原諸島へ向かう航路にのり安定した頃、艦長である武田海将補に蒼井は声をかけた。
「武田さん、良いでしょうか?」
「あぁ、どうした?」
「あれから慌しくて聞けませんでしたが、大戸島近海……ということは現在ガルーラ航空訓練を行っている硫黄島の赤川達は………」
「おう、お前にはさっさと伝えようと思っていたんだが、遅れてしまったな。………そうだ。海自の硫黄島通信所にて訓練中である、赤川率いる三人のガルーラパイロットと三神指導官は先立って、物資補給や他の空海自部隊と協力しながら海域の調査をしている」
「やはり………」
「更に、この戦艦も大戸島に向かう前に一度硫黄島で燃料等の補給を行う予定だ」
「了解」
蒼井はその後、格納庫に行った。そしてガルーラを見て、笑った。
その心の中で、広い海の先で待つ戦友にエールを送りながら………
2005年7月17日昼。
大戸島役場には、昨晩より本土から村長、役場の職員、組合長、所長、三神が集まっていた。
そして、先ほど全島避難の勧告が政府から出された。
「船の手配は完了した。自衛隊も協力してくれるので、本日中には全島非難を完了させる事になりました」
村長は淡々と言った。
「村長、国立大戸ゴジラ博物館は可能な限り残っていたいのですが………」
所長は言った。すると村長は即答した。
「そうでしたそうでした!所長、その件ですが、ゴジラ博物館の関係者は自衛隊の指示で避難してもらうように言われました。ですので、それまではよろしくお願いします」
「わかりました」
所長は頷いた。
その時、三神は部屋の扉の影に人の気配を感じた。しかし、どうやら気のせいか、既にいなくなったのか、誰もいなかった。
しかし、これは勘違いではなかったのだった。
そして、大戸島上空を見慣れない三機の戦闘機が飛んでいた。
2005年7月17日夕方。
大戸島の避難は半分以上が完了していた。
「夜までには終わりそうですね」
国立大戸ゴジラ博物館の港の方が見える窓から、優が港へ入港する船を見ながら言った。
「そうだね。………優さんは我々と避難で、いいのかね?」
データや資料をダンボール箱に詰めながら所長は言った。
「はい。……土井さんは?」
優は頷くと、手伝いをしている役場職員の土井由貴に聞いた。
「わ、わ、私は、さ、最後の船で、や、役場の人達と、ひ、非難します」
相変わらずの話し方で土井は答えた。少し殺伐としていた空気が和む。
その時、パソコンが音を立てた。
昨晩の内に、海上自衛隊に、洋上に設置して置いてもらった高精度のセンサーが反応しているのだ。
「しまった!所長!」
三神は所長に振り向く。
「ああ、今すぐ連絡しなければ!一応、硫黄島の方には同じデータが送られているがね」
2005年7月17日17時15分。
所長の言っていた通り、硫黄島から戦艦おおとに連絡が入っていた。
「武田艦長!」
蒼井は武田海将補に向いた。
「ああ。直ちに戦闘準備に入れ!」
そして、蒼井達おおとに乗るガルーラパイロットは、ガルーラの出撃準備に向かった。
「………いよいよ、お前のリベンジだぞ」
一通りの戦闘準備を完了させると、武田海将補は呟いた。
2005年7月17日17時40分。
「G1、本艦射程範囲内に入りました!……大戸島へ直進しています!」
水測士がソナー等々を確認し、言った。
また、G1とはゴジラの対象名であり、三神の証明からの引用だ。
「よし!こちらへ注意を向けるぞ!魚雷発射!」
「魚雷発射!」
「魚雷発射!」
戦艦おおとから魚雷が計4発放たれた。
海中を進むゴジラは魚雷の立てる音に振り向いた。そして………
爆!爆!爆!爆!
魚雷の爆音が海中に轟く。洋上には水柱が上がった。
「全弾命中。………G1、進路を変え、本艦へ向かってきます!」
「よし、かかったな。……ガルーラ、出撃!……G1がニードル射程内に入り次第、ニードルを発射」
武田海将補は的確に指示を出す。
戦艦おおとには、かつてのトータスには無かった対G兵器がいくつか装備されている。ガルーラにも装備されているニードルやカドミウム弾もまた然りである。
おおとから蒼井機ガルーラが出撃するとほぼ同時に、ニードルが発射された。
ニードルは海中に入ると、水を裂くかの様にゴジラに向かう。
そして────
刺!刺!
「ニードル!2発命中!」
「よし!………ニードルの効果はどうだ?」
「遊泳速度低下。………有効です!」
武田海将補が聞くと、オペレーターの一人が答えた。
「蒼井!いいぞ、ニードルはゴジラに効果がある。先に伝えた通り、本艦よりポイント
Nで上空よりニードルを放て!」
『了解!』
無線から蒼井の返事を聞き、武田海将補は現在の戦況を見た。
このまま行けば、ゴジラをかなり大戸島から離す事が出来る。更に、このおおととゴジラの進路上には、無人島であり大戸島の隣に位置する岩戸島という島があるのみである。順調に行けば、作戦成功である。
一方、蒼井は上空からゴジラの泳ぐ影がポイントNに達したことを確認した。
ガルーダ4機は、蒼井機を先頭に編隊を組んで夕日に映える黒き影に向かって進む。
「今だ!ぅてえぇぇぇ!」
蒼井の掛け声と共に、三機からニードルが発射され、少し遅れて一機から発射された。
刺!刺!刺!
ニードルは着水すると、真っ直ぐ海中を進むゴジラに命中!………しかし、最後の一発は当たらず、ゴジラの尾で蹴散らされる。
「沖田!遅れるな!」
蒼井は遅れた一機のパイロットである『沖田』二等空佐に言った。沖田は赤川の直接の後輩にもあたり、もっとも年下であり、赤川から世話を頼まれていた人物である。
『はい!』
沖田から返事が返る。
既にゴジラは岩戸島の間近にまで達していた。おおとは進路を変え、岩戸島近海でゴジラを迎え撃つ事にする。
ゴジラは速度を上げ、海中に身を沈めていく。
「武田艦長!G1が背鰭斬りを使おうとしています!」
蒼井は上空からの目視でゴジラの動きを見て言った。
『わかっている!こいつはもうトータスではない、あの怪獣を倒すために生まれ変わった戦艦『おおと』だ!』
そう武田海将補から返事が来ると、おおとは海中へ潜水していく。それと同時に艦の両脇にある刃の様な部位が回転を始める。この武器はタックルが最終攻撃であったトータスの改善であり、その世界一といわれる硬い装甲を利用し、接近戦に対応させた武器の一つだ。
「回転式横切り………もう少しマシな名前はなかったのか。まぁ、潜水艦としての性能も半分持ち合わせているおおとならでわの武器ではあるか」
潜水し、背鰭斬りを繰り出そうとするゴジラに対し、回転式横切りを狙うおおとを眺めながら蒼井は呟いた。
海中では、ゴジラは背鰭斬りをしようとおおとの下に入ろうと狙う。一方、水流を巻き起こしながら、ゴジラの脇を取ろうとおおとは刃を回転させながら進む。
切!斬!
海が揺らぐ。ゴジラは下を取れないと判断したのか、自らを横に倒し、回転式横切りと向かい打った。
おおと艦内に衝撃が来る。しかし、流石は世界一硬い戦艦である。ゴジラの背鰭斬りと相打ちになるも装甲に大きなダメージはなく、艦内も大きな被害はない。
ゴジラは海面へ浮上する。おおとも浮上し、方向転換する。
夕日が岩戸島にかかり、おおとの船体が鮮やかに輝く。
一方、ゴジラは背鰭を発光させる。すかさず、ガルーダはミサイルを発射する。
爆!爆!爆!爆!
ミサイルは爆発する。しかし、ゴジラも放射能火炎を吐いた。海面が沸騰し、煙の様な光の柱が上がる。蒼井機の目の前に放たれ、とっさに蒼井は回避する。
…………まさにギリギリである。世界一小回りが利く戦闘機と異名をもつガルーダと蒼井の操縦テクニックが成せた技といえる。
そして、放射能火炎は蒼井機を追う!しかし───
爆爆!
ゴジラに二発のミサイルが命中し、放射能火炎が止む。
『蒼井!加勢に来たぜ!』
聞こえた声は赤川であった。ミサイルは赤川機から放たれたものであった。
蒼井がレーダーの示す方を見ると、銀色に赤い線が夕日に照らされるガルーダとその他二機のガルーダの姿が見えた。
「赤川!遅いぞ!」
『先輩!』
蒼井と沖田は言った。
『悪かった。援軍が遅れてな』
赤川は答えた。そういう赤川機の後から、二機のガルーダ、更に後方からは戦闘機や戦闘艇が続々と続いてきた。
「凄い………」
『赤川特佐!ご苦労だった!………ん?』
蒼井が呟くと、武田海将補からの声が聞こえた。
「どうしました?」
蒼井は武田海将補に聞いた。
『いけない!すぐさま全隊離れろ!海水温が急上昇している!』
蒼井は慌てて、ゴジラの方を見た。ゴジラのいる海面は、妖しく光り、沸騰を始めている。
「お、おい。こりゃ………」
『沖田ぁ!早く離れろぉ!』
蒼井が呟くと、赤川は叫んだ。そして、蒼井は沖田機の方を振り向いた。沖田機はまさにゴジラのいる海面上空にいた。
しかし、時は既に遅かった…………
『あぁぁぁぁ…………───』
2005年7月17日18時。
第二発目となるN-バメースト発射。
海は本当に局地的に燃え上がった。沸騰した海面が一瞬の内に爆発し、光が天空に伸び、衝撃は全てのコントロールを奪う。
そして、光の中から現れるのは、細くもはっきりと伸びるきのこ雲………
レーダーをはじめとする主な機器はEMPによって奪われた。とはいえ、かなり精度は落ちるが、おおととガルーダはEMP対策がある程度されていた為、ある程度の戦況を確認出来た。
そして、彼らは気がついた。沖田機の姿が完全に消滅している事に。
そして、唯一の残っていたものは、海面に浮かぶ熱で変形し殆ど原型を留めていないガルーダの装甲片だけであった。
『ぅ………お……ぃ………』
ほとんど聞き取る事の出来ない通信からは、赤川の泣いているかの様な声が聞こえた。
「くっ!………全速前進!及び、潜水!……二連式大型ニードル砲用意!」
武田海将補は、拳を机に叩き付けると、無理やり冷静になり、指示を出した。
「しかし……」
「わかっている。大型ニードル砲がまだ未完成で、予備がまだ無い事も。そして、このままでは他との通信もままならない上に、ゴジラを止める手立てが現在それ以外には最善策が無い事も……!」
武田海将補は言った。そして、静かに指示を出す。
「まずは、カドミウム弾を使用。G1の注意を促すと共に、放射能を低下させ、この戦況を少しでも改善する。同時に、潜水と大型ニードル砲の準備に入る」
「……了解。カドミウム弾発射!」
「カドミウム弾発射!」
きのこ雲と夕日、そして海面を突き進む黒き影に向かい、おおとは艦中央部からカドミウム弾を発射した。カドミウム弾は、期待こそ高いが、実績はまだ無い。名前こそカドミウムではあるが、重金属のカドミウムとはまた違う物質である化学兵器だ。
そのカドミウム弾が、潜水の開始するおおとから発射されたのだ。
弾!弾!
カドミウム弾は、見事ゴジラに命中し、N-バメーストにより急上昇した海中の放射能濃度を低下させた。
「効果はあるようです。G1、接近!」
「よし!二連式大型ニードル砲用意!」
「二連式大型ニードル砲用意!」
「二連式大型ニードル砲用意!」
戦艦『おおと』の最強の武器であり、主砲にあたる二連式の巨大な砲台が新たに装備されている。それこそが二連式大型ニードル砲である。ガルーダやおおとに通常装備されているニードルとは違い、大型かつ貫通力から生まれる破壊力をとことん高め、その力自体も自身の推進力に加え、砲台からの射出により、その巨大な棘を放つ事を可能にしたのである。
「さぁて、おおと。この巨大な質量を放って耐え切れるのは、世界一の装甲を持つお前だけだ………。大亀と呼ばれた力を存分と発揮しろ。…………二連式大型ニードル砲発射!」
「二連式大型ニードル砲発射!」
「二連式大型ニードル砲発射!」
海中を猛進してくるゴジラを前に、おおとは怯む事なく、その巨体を揺らし、二つの大穴から巨大なる棘を放った!
刺刺!
グオォォォォーーーォン!
海中に衝撃とゴジラの咆哮が響いた。
そして、ゴジラは海深く潜って行った………
「G1、捕捉範囲を越えました」
推測士は言った。N-バメーストによるEMPを受けた中では、ここまでゴジラを捕捉出来ていたほうが上出来であろう。武田海将補は、一息吐いた後、言った。
「G1撃退成功。状況を確認してくれ」
おおとの初陣は、ゴジラ撃退の勝利と終わった。
しかし、ゴジラは岩戸島近海に逃げおおせた事。そして、沖田を失い、N-バメーストの被害も局地的とは言え、あってはならない事であった。決して、完全な勝利といえるものではなかった。
2005年7月18日朝。
一晩明けた国立大戸ゴジラ博物館には、三神や所長達職員の他に、土井達役場職員達がいた。結局、昨日はゴジラ出現以降安全が確認される事はなく、船は出港せず、非難は停止されていた。
「………あぁ~あ。………結局、朝まで避難は停止か」
研究室のソファーで仮眠を取っていた三神は、目を覚まし、窓から海を眺めて呟いた。
「おはよう。寝れた?」
三神のデスクのイスに腰掛けて、紅茶を飲んでいた優が聞いた。
薄暗い室内であるが、ブラインドを閉めている為で、時刻は既に日の出を過ぎているらしい。
「…………今、何時?」
「そうね大体ねぇ………8時前よ」
少し鼻歌交じりに優は答えた。段々この状況に慣れてきているらしい。とは言え、そう言う優の目の下には薄らとクマが出来ている。どうやら、あまり寝付けなかったらしい。
「そっちこそ寝れたのか?」
「ボチボチ。だけど、あなたの方が3時か4時位までずっとデータ整理やらで起きていたんでしょ?」
「それを知っているという事はその時間もまともに寝付けなかったんだな?」
「う………」
優は図星であったらしく、言葉に詰まった。とはいえ、三神自身も今回はかつて無いほどに疲れている。アメリカの時もヨーロッパの時も、寝るときは確りと眠っていられたのに対し、今回はどこか寝疲れている気さえする。
「やっぱり、この日本にゴジラが来た事がショックだったんだな」
三神は呟いた。
そこへ敷島が部屋に入ってきた。
「よかった。起きていたか。……ミジンコ君、所長からの伝言で、悪いけど大至急服装を整えてくれ。自衛隊の人達のところへ行ってほしいらしい」
「わ、わかりました」
三神は慌てて草臥れたサラリーマンの様な服装を直し、白衣を羽織った。