最終兵器



2005年5月20日昼。
 迷は一通り話し、一息ついた。三神は迷に気になった事を聞いた。
「事情はわかりました。しかし、なぜその調査で僕を?」
「その答えはこの手紙に書かれています」
 三神は手紙を受け取ると、内容に目を通した。流石に半世紀の歳月を乗り越えただけあり、かなりボロボロだ。万年筆で書かれた楷書の文章は、前半はこの手紙を託した恵美子氏へのメッセージであった。ゴジラが再び現れた事に関する山根博士の意見も書かれていた。ここまででも山根博士がゴジラの再来をどれだけ気に病んでいたかがわかる。
 そして、手紙の内容は芹沢博士と山根博士の過ちについてになった。文中にはその過ちが何なのかについては書かれていない。しかし、どうやら山根博士は芹沢博士との約束でその過ちを犯し、その後苦悩していたらしい。その苦悩は文章に滲み出ていた。
 そして、恵美子氏か恵美子氏が信用した人物にその過ちを正してほしいと書かれていた。しかし、その過ちについてはやはり書かれておらず、その過ちの大本である存在はどこに置いてあるのかも書かれていない。しかし、唯一ヒントといえるのは、大戸島に行ってほしいという事と、過ちを正すとは即ち、山根博士がどこかに隠した何かを正しい目的で使ってほしいというものだった。
「それで、手紙の通り大戸島へ?」
 三神は手紙を迷に返し、聞いた。
「それもあります。しかし、やはりそれを今の今まで遅らせていたのは、三神さんに直接会って、この事を知ってほしかったという事と、………ゴジラ団ですね」
「え?ゴジラ団?」
 三神は当惑した。三神の名前は予想していたが、まさかゴジラ団が出てくるとは思っていなかった。
「今まで三神さんはゴジラ団と直接、ゴジラの被害を抑えようと戦ってきたと思います。言い換えれば、ゴジラという駒の主導権をどちらが奪うかを賭けたコンゲーム(騙し合い)でしょう。しかし、私はブラウン管越しに遠く離れた日本で見ていた。そして、ゴジラ団団長は日本人と報じられている。勿論、報道規制もかかっているでしょうから、私の知らないゴジラ団の情報もあるでしょう」
 迷の言うことは事実だ。上海襲来時、クルーズから聞いたゴジラ団が赤い竹を吸収し、より過激で巨大テロ組織化し始めた事などは、模倣や混乱をさける目的で報道規制をかけているそうだ。
「逆に、ゴジラ団と直接戦っている三神さんには見えなく、私には見えやすい事もあります」
「なんですか?」
「ニューヨーク以降、団長の気配がない事です」
 迷の言ったことは間違っている。そう気づいた三神はすぐさま言い返した。
「いいえ。ヨーロッパでも団長は現地にはいませんでしたが、指示はちゃんと出していたそうです」
 迷はニヤリと笑った。
「それですよ、三神さん。あなたは、事実に惑わされている。真実は事実の更に奥に存在するものです。ゴジラ団の上層に指示を出しているのは、団長でしょうが、現地での指示は副々団長という人みたいですよ。団長と副団長はどう考えて指示だけを出していたのでしょう?」
 三神にもだんだん迷の言いたい事がわかってきた。
「ゴジラ団が行った事実は団長の指示でも、僕がゴジラ団から感じたものは真実ではない。つまり、そういう事ですか?」
「大正解です。特に、赤い竹と遭遇してからは、ニューヨークでの作為的な工作に比べると、ただのテロ集団のような感じです。恐らく、直接同じゴジラ団を見てきた三神さんはあまり変化したように気づけなかったと思います」
「…………確かに、言われてみればそうですね」
「つまり、私はゴジラを兎に角守り、町を壊させた事実の先にこそ、ゴジラ団の真実がある様に思えるのです。………話がそれましたね。そういう事をテレビを見ながら思っていた私は、団長はもしかしたら日本で別の事を企んでいるのではないか?そう考え、もしかしたら団長はゴジラを倒す術が日本にあるのではないかと考えているのではないかという推理に行き着きました。まだ全く証拠はありませんが、もしその推理が当たっている場合、三神さんが帰ってくるのを待つのと同時に、ゴジラ団の動向を調査しておいた方がいいと思い、時間をかけてゴジラ団と三神さんと依頼を同時進行で調べていたわけです」
 なるほど、その為に迷の存在が散漫になっていたのかと三神は一人納得した。
 そして、三神は気づいていた。迷が今行っている事が、自分にとって、どのような意味を持つことなのかを。
「どうやら僕にも、政府や世界とかいう一人の科学者にとってはあまりにも大きく、もう近づく事も出来なくなってしまったこのゴジラの問題にまた関わることが出来るのですね。そして、大きなものの一部や強制ではなく、三神小五郎個人として…………やっと、やっと見つけた。自分がやれて、やるべき事が………。その調査、是非僕に協力させて下さい!」
「そう言って頂けると思っていましたよ」
 迷はニコッと笑った。


2005年5月20日昼過ぎ。
 三神は迷と共にとりあえず国立大戸ゴジラ博物館へ向かった。
「オオ、ミジンコケ。また変なヤツ連れ込んだカ」
 放射性生物研究センターに行くとムファサが昼過ぎにも関わらず寝間着で現れて、人聞きの悪いことを言う。
 迷も苦笑いをしている。
「ムファサ、彼は名探偵の迷探貞さんだよ」
「なんだい?三神君、またよくわからない人を連れてきたのかい?」
 突然現れた所長まで人聞きの悪いことをいう。三神は迷を見ると、迷は三神を哀れみの目で見ていた。
「所長、迷さんと一番話していたのは所長でしょ。僕は所長から電話があったとだけ言われて、実際に話したのは今日が始めてなんですよ!」
 この事実を思い出した三神はそう言って所長を非難する。
「迷………はて、どこかで聞いた気が………」
 三神はため息をついて、所長にニューヨークからのことを説明した。ムファサにも説明しようとしたのだが、生憎相変わらずのマイペースさで、説明を聞く前にどこかへ行ってしまった。
「あぁ、なるほどね。しかし、三神君は本当に探偵と縁があるね。迷さんに、神谷氏、それからニューヨークの探偵とも仲良くなったらしいじゃないか」
 所長はまるで三神を死神か何かのように言う。もっとも憑き物のように言われた探偵たちの方が可哀相ではあるが。
「あっ!そうだった!」
 突然所長が大声を上げた。
「ど、どうしたんですか?」
 三神は驚きながらも聞いた。
「ニューヨークの時に電話で聞いてきたじゃないか。ほら、団長になりそうな人物を知らないかって」
「しょ、所長!お、思い出したんですか!」
 三神はあまりの事に前に乗り出した!
「三神君、由貴君の様になっているよ」
 所長がどうでもよい事をツッコム。ちなみに、由貴とは、役場の職員の土井由貴さんの事だ。
「そんな事はどうでもいいでしょ!それよりも、団長ですよ!」
「はいはい。あれから色々と聞いてみたんだよ。まぁ、世界中を飛び回っていた三神君には、何もしていない電子顕微鏡マニアのおじさんにしか見えなかったかもしれないけど」
 最近所長は歳のせいか、よくひがむ。
「そんなこと思ってませんよ!それより………」
「はい」
 早く話せと言おうとした三神の前に所長は、一冊のファイルを渡した。三神は黙って、ファイルを開いた。迷も横から覗く。
 ファイルの中にはA4版の用紙が三枚入っていた。そこには、『第二四昂丸事故報告』と書かれていた。
「これは?」
「今からもう20年前になるな。沖縄の観光用小型船が沈没してね。私は一介の海洋研究者として、その事故を見ていたのだけど、知り合いに琉球大学の元教授がいてね。当時、彼は海上保安庁の人と一緒に捜索をしたそうで、この資料もその人に送ってもらったものだ」
「でも、ここに書かれている1984年の8月といえば、僕は夏休みでしたよ。全然見た記憶がないのですが」
「三神君、君も大人だろ?事故報告がこんなに薄いわけがないだろう?」
「実際はもっと厚いはずが、なんらかの理由で破棄されたということですね」
 迷は言った。頷く所長。
「そうだ。元々、生存者も小学校1年生の男の子一人で、その他は全員死亡。ポイントが南西諸島海溝上だったらしく船も死体も上がらなかったそうだ」
「それで、なぜその事故が団長に?」
「まぁ焦らないでくれ。私も、団長に心当たりはないかとその元教授に聞いたら、参考にはなるかもしれないと言って、送ってきただけなんだ」
 そう所長は言い、少し間をおいてから、別のファイルを取り出した。
「そして、これはその後私が調べて、ここの資料室で探し出した資料だ」
「「え?」」
 三神と迷は同時に顔を上げた。
「ここ────国立大戸ゴジラ博物館にあった門外不出の第二のゴジラの可能性を示す事件事故資料だよ」
 この国立大戸ゴジラ博物館は、1954年のゴジラの被害を伝える為の施設であり、三神等が行っているゴジラという生物の研究の他に、現在の様にゴジラ再来時に備えた専門機関でもある。勿論、その専門とはゴジラとの戦闘ではなく、ゴジラを如何に社会に混乱を与えずに受け入れさせるかという意味の専門だ。三神もこの目的に沿って、ゴジラの存在証明の研究をしていた訳なのだが、この意味の中にはゴジラの可能性のある事件事故の管理も含まれていた。残念ながらニューヨークゴジラ襲来まで、そういったものは表に出さず、調査をした上でゴジラの名を伏せて別の所から公表するという、黒い仕事も国立大戸ゴジラ博物館の仕事の一つであったのだ。
「つまり、ゴジラがその事故に関係していた可能性があったということですね?」
 三神は苦虫を噛んだ様な顔をしながら言った。
「うむ。そして、可能性があったのではなく、今尚可能性のある事故だ」
「つまり、本当にゴジラであったかもしれないと?」
 迷は所長に聞いた。
「そうだ。資料の末尾には“調査継続”と書かれているよ。しかし、私はここに来てもう10年以上になるが、調査が継続されているケースがあったなんて、今まで知らなかったよ」
 ちなみに、所長はこの島の出身ではないが、父か祖父の代までは代々大戸島に住んでいた家系らしい。そんな所長が言うのだから、余程の極秘事項なのだろう。
「しかし、今ならこの事故がゴジラではないと言えますよ。現在存在するゴジラは、元々大西洋に生息していたものです。50年前ならば兎も角、20年前には太平洋にゴジラはいません」
「確かに。しかし、この被害者の少年がそれで納得したかはわからない」
「え?」
「三神君、ここの資料の四枚目を見て見なさい」
 三神は最初の資料には無い四枚目を開いた。そこには、生存者の証言が載っていた。そこには、巨大で黒く鋭い岩のようなゴツゴツした怪獣が船を沈めたと書かれていた。
「この証言は、ゴジラ以外には………」
 迷が言った。
「更に、事故の調査を妨げた原因に、乗組員の中に外国人が二名乗っていたらしく、裏で色々あったみたいだ」
「この少年の名前は?」
 迷が聞くと、所長は無言で四枚目の資料を指差した。指の先には、『八神宗次』と書かれていた。
「ヤガミムネツグ?………こいつが団長」
「三神さん、結論を急いではいけません。例え、彼が団長でも、なぜゴジラを守るのか、どこにいるのか等が全くわかっていません」
「迷さんの言う通りだ。三神君、冷静になって」
 三神は静かに頷いた。


2005年5月20日夕方。
「そうそう、迷さん」
 研究センターを後にしようとした三神と迷は所長に声をかけられた。
「はい。何でしょう?」
 迷は人懐っこく振り向いた。
「まだ私の自己紹介がすんでいなかった。ついでにこの博物館もろくに見ていないでしょう?」
「あぁ、確かに直接中に通されたので………」
「それはよかった!では、閉館時刻はまもなくですが、所長特権で紹介しますよ」
「あ。いいのですか?」
「迷さん。僕は気にしないで、いいですよ。家に帰っていますので」
「あぁ、ではお言葉に甘えて………」
「さぁさぁ!どうぞどうぞ!」
 言うが早いか迷は所長に連れられ、国立大戸ゴジラ博物館に消えていった。
 そんな迷に手を振って見送る三神の脳裏には、なぜかドナドナが流れていた。


2005年6月1日朝。
「では、お世話になりました」
「本当に港まで送らなくていいのですか?」
 玄関で別れを済まそうとする迷に三神は聞いた。
「えぇ。探偵の勘というのか、今回は人目に付かない方がいいと思うもので。それに、今この場で、二人だけの時に伝えたほうが良いので。………私は、当初の依頼の調査と平行して、例の団長────八神という少年のことを調べてみます。ですので、三神さんはこの11日間で見つからなかった山根博士の残したヒントを探して下さい。今月中にはもう一度連絡をしたいと思います」
「わかりました。それまでに、お互い何らかの成果を出しましょう!」
 あの後迷さんは翌日になって所長の地獄の自己紹介から解放され、それ以降は二人で大戸島中を歩き回った。特に呉爾羅神社やゴジラが現れた海岸や入り江などは幾度と無く足を運んだ。しかし、手がかりは全く見つからなかった。
 迷が家を後にした後、三神はしばらく居間でボーッとしていたが、船の出る汽笛を聞き、立ち上がった。
そして、再び何をするかと考えた時、電話が目に止まった。少し考えた後、三神は電話をかけていた。


2005年6月2日9時55分。
 男は耳を澄ました。聞こえるのは、自らが意識して行っている規則的で、落ち着いた呼吸音。そして、まるで自らの血流かの様に聞こえる水流の音。
 男の体を支配するものは全て断ち切れ、重力からをも解放されたかの様な無重力感と、僅かに動く体と同じリズムの呼吸だけが男を包む。
 唯一、男をこの離脱した世界から現実を繋ぎ止めているのは、右手が掴む一本のロープ。
 やがて男は目を開き、左手に目を向けた。左手にはウエットスーツに取り付けられた万歩計の様なホースレスのダイブコンピュータが付いていた。安全停止時間を確認すると、男は上を見上げ、ゆっくりと息を吸いながら、浮き上がる。無重力の様な中性浮力という開放的で秩序の保たれた状態は無くなり、現実という水面を見上げながら、その境界を越える。
 光の加減で水面に自らの姿が反射する。それはまるで、別の世界の自分が、この世界の自分を悲観して見ているかのようだ。しかし、その幻想的な光景は、男に最後の夢見心地を与える。
そして、幻想と現実の境を越えた。
「おーい!時間だぞぉ!」
 1メートル先に浮かぶボートの上には、自衛官というよりは海賊に見える武田海将補が立っていた。
 男───蒼井龍一一等海佐は、ダイブコンピュータの時計を見た。
「まだ59分ですよ!」
 2005年6月2日、ガルーダパイロット合同訓練開始。


2005年6月2日12時25分。
 武田海将補と蒼井が例の日本某所の対ゴジラ兵器開発施設に着くと、直ぐに部屋に通された。
「危なかったな」
 蒼井が座ると、横から声をかけられた。見るとそこにいたのは、蒼井と年恰好の同じ男がいた。彼の名は赤川鳥夫。航空自衛隊の特佐で、蒼井とは気の置けない仲だ。
「赤川か!久しぶり!」
 蒼井は言った。
「海自からはおまえだけみたいだな。パイロットはこれで全員か」
「ひい、ふう、みい………計七人か」
「あぁ。ただ、あまり大きな声では言えないが、俺とおまえが最高のレベルだろう。特におまえは、“海を駆ける蒼龍”といわれる男だしな」
「やめてくれよ。あれは、合同プログラムの時に俺が戦闘機を超低空飛行してしまってついたあだ名なんだから。あの後、俺は武田さんに物凄く怒られたんだからな」
 そう言う蒼井を赤川は笑って聞いていた。そんな様子を見ながら、武田海将補は予想以上の効果を出している事に安心していた。
 そして、部屋に耕助と何故か神谷が入ってきた。
「今日から君たちにガルーダの操縦指導をする三神耕助じゃ。老いぼれではあるが、わしの設計したガルーダだ。この世にわしよりもガルーダを知るものはいないという事だけは確かだ。老いぼれと馬鹿にせず、指示にしたがってもらうぞい」
 耕助は簡単に挨拶をした。その後、耕助はガルーダについての説明を始めた。


2005年6月2日13時。
「三神指導官はあの三神小五郎博士の御祖父さんにあたるって本当か?」
 食堂で昼食を食べながら蒼井は聞いた。
「あぁ。なんでも半世紀近く行方知れずだったところに、神谷氏に神宮寺官房長が捜索を依頼して、見事に見つけ出したそうだ」
 ラーメンをすすりながら武田海将補は言った。
「ところで、武田海将補は我々と昼食を食べていてもいいのですか?」
 赤川は武田海将補に聞いた。
「武田さん程度でいいぞ。君も蒼井と同じく俺が見込んだパイロットだ。別に構いはしない。それに、これはここだけの話で、俺と白井さんは神宮寺薫官房長がなにやらよからぬ事を企んでいるのではないかと思っているんだ。だから、身辺の監視は白井さんに任せて、俺はお前たち二人についている事にしたんだ」
 武田海将補があまりにまじめな口調で言う為、蒼井は吹き出した。
「武田さん、そういう冗談はよくありませんよ!」
「いや。あながち冗談かはわからないぞ。噂だが、数年前の官房長になる前の一政治家であった時に政治事件が起きたらしい。その時に神谷氏に出会ったらしいが、なんか裏があったのではないかって言われてるそうだ。政治事件に興味がないから、それがどんなものだったかはわからないが」
 赤川が言う。蒼井は押し黙ってしまった。
「まぁ、過度に気にするこったねぇが、俺たちは武人、彼は文人であり、政治家だ。噂に関係なく、完全に信用しちゃいけねぇってことさ。よし、これから数週間は訓練漬けだ。余計な事は考えず、食って行くぞ!」
 武田海将補はそう言うとラーメンの残り汁を掻っ込んだ。


2005年6月10日昼。
 三神の携帯電話に着信があったのは、国立放射性生物研究センターの研究室で、ムファサと共に食事をしている時であった。
 三神は、非通知と表示されたディスプレイを見て、食べていたざる蕎麦の箸を置いた。
「すまん。少し出てくる」
「わかったダ」
 三神は博物館の談話室に入って、電話に出た。
「もしもし、三神です。………はい。ありがとうございます。…………本当ですか!…………はい、はい。………わかりました。………はい、ありがとうございました」
 三神は電話を切った。
 そして、三神は迷に電話をかけた。


2005年6月10日13時30分。
 蒼井と赤川と武田海将補はいつもの様に食堂で食事を取り、訓練に向かった。
 しかし、今日の訓練はシュミュレーターではなく、ガルーダの試作機がとりあえず2機完成し、更に戦艦『おおと』に関しては、戦艦としての出力や火力等にはまだまだ改良が済んでいないものの、船としては修復、改良が完了したといえる段階に達し、実機訓練を開始する事になったのだ。
 その貴重な実機訓練に蒼井と赤川が選ばれた訳だ。
「他に比べて、お前たちは群を抜いて好成績だからな。それに、実際もうシュミュレーターは飽きただろ?」
「流石は武田さん!わかっておられる」
「蒼井、おだててもこれ以上は何も出ないぞ。………さ、ここだ」
 三人はシュミュレーター室から更に奥に進んだ、実験ドックの入り口の前に立った。
「全く、一体ここはどれほどでかいんだ?」
「大体町一個分だそうだ」
 ぼそりと言った蒼井の問いに答えると、武田海将補は実験ドックのドアを開いた。
「「っ………」」
 ふたりはその光景に言葉を失った。
 そこには、半年前にゴジラと健闘をしたトータス───戦艦『おおと』があり、その艦上には二機の戦闘機の姿があった。
「戦艦まで入れたのか………」
 赤川がおおとを見上げて言った。
「ついでに俺の訓練も兼ねてるんだ。それに………」
「それに、X-04ガルーダはまだ未完成であり、おおとのサポートをしながらいくらかテストが必要なのだ。特に、この二機は完成を急いだ為、設計上の能力を持つか否かがわからない。もっとも、わしの予想では当時の想定機能以上のパーツを流用している為、質が下がるとは思えんがな。ただし、この二機、特に試作一号機に関しては、試作機も試作機、わしであっても操れるかわからんから、覚悟しておけ」
 そう言いながら現れたのは、設計者であり、特別指導官でもある三神耕助であった。
「三神指導官、つまり俺たちは実験台ですか?」
 蒼井は怪訝そうに聞いた。
「まあそういうな。わしも副パイロットとして蒼井一佐と一号機に乗って直接指導する」
「つまり、蒼井が一号機パイロットか」
 赤川は武田海将補と耕助に言った。
「あぁ。シュミュレーター訓練での結果、癖のある蒼井の操縦が三神指導官の想定した一号機の操縦には、成績としては蒼井より僅差ながら上回ったキミよりも適していると判断したそうだ」
 武田海将補は答えた。
「いずれにしても、この二機に関してはシュミュレーターとは桁外れで扱いに差が出ている。覚悟しとけよ、小童!」
 そう言うと、耕助は蒼井の背中を叩いた。蒼井は、シュミュレーター訓練で部屋の端で神谷と共にデータを眺めていた年寄りのイメージからは想像の出来ない耕助の力の強さに驚いた。
「ほら、行くぞ」
 耕助は、その活き活きとした姿に驚いている蒼井と赤川に言うと、おおとへ向かった。蒼井と赤川も顔を見合わせると、その後を追った。
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