最終兵器
2005年5月20日昼。
三神は、大戸島の港から少し離れた、ちょっとした入り江になっている場所にある岩に座っていた。
7ヶ月前、三神はここで、巨大なイシダイを釣った。三神達はそれを“ヤツ”と呼んだ。今、国立放射性生物研究センターの自分やムファサが使っている部屋の壁に、ヤツの立派な魚拓が飾られている。
そして、その日から三神の人生は変わった。
全てを捨て、全てを背負い、大戸島でただ毎日ゴジラの資料に向かって、娯楽も島の子ども達との釣りなどだけで、後は普通の人生をただ送っていた。
しかし、三神はグリーンと出会った。かつての研究者時代を遥かに超える刺激と興奮に満ちた世界との接触であった。
そして、誤解は全て解けた。真実を知り、数々の仲間がそれを証明した。
そして、再びここに戻ってきた。地球を既に一周半はしている。
しかし、これ以上は三神のやる事ではない。国のやる事なのだ。優は日本に帰らず、被災地の上海へ向かった。他の者も各々のやるべき事を見つけ、行動にうつしていた。しかし、三神にはこの島でゴジラの研究をいつも通り続けるしかない。去年が異常であったのだ、と三神は考え始め、日に日に変わりつつある世界をただ離島で傍観している。
腹が減ってきた。久しぶりに特製カレーでも作ろうか、と考えていると、遠くから声がした。
「ミジンコ~!そこにいたのかぁ~」
声の主は、島一番の釣り名人、信吉爺さんだった。信吉爺さんは、息子さんの漁船に乗っていた。
「港に回って来てくれぇ~!お客さんだぁ!」
そう言い残し、漁船は港の方へと向かった。
三神は立ち上がり、港へ向かった。
港へ行くと、漁船は止まっていた。そして、側には信吉爺さんがいた。
「親父、後は任せた」
信吉爺さんの息子さんは、信吉爺さんに言うと、魚が入った籠を持って組合へ歩いていった。
「お客さんは?」
「彼だよ」
信吉爺さんが指した先には、島の観光案内板をマジマジと眺める青年だった。横には、スーツケースが一つだけ置かれていた。
「名探偵だと。定期船に乗り遅れて立ち往生してたのを乗せたんだ。彼が君とアメリカまで行った名探偵かい?」
「いいえ…………」
三神は信吉爺さんに答えた。神谷もあの青年と同じ位の年格好だが、神谷の方が遥かに無さ苦しい。青年は髭もなく、さっぱりした愛想のある顔立ちだ。髪型も短髪ではなく、ある程度伸びているが、毛の質かだらしなさを感じさせない。そもそも、黒髪の神谷に対し、彼は染めているのか自毛なのか赤みがかった焦茶だ。襟足ともみあげが比較的長い。中学の頭髪検査には一発で引っ掛かるだろう。
それに、神谷は今、祖父三神耕助と共に某所とやらで、ガルーラ開発を手伝っている。
「じゃあ、ワシは用があるから」
そう言い残し、信吉爺さんは漁船に向かった。
三神は、青年に近付いて行った。
「あのー、三神小五郎です」
三神は話しかけ、挨拶した。青年は振り向くと、パッと顔を明るくした。
「あぁ!はじめまして!私は、名探偵をしています『迷探貞』です。よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく」
三神は名刺を受け取り、挨拶し直した。そして、迷は案内板に目を戻した。
「本当に、この島はゴジラの島なんですね」
「そりゃ、ゴジラが第一歩を踏んだ場所ですから………」
「そうではありません。私の言ったゴジラは、伝説の方です」
迷は呉爾羅伝説を言っているのだろう。迷は案内板を見ながら淡々話す。
「呉爾羅神社などは、こっちのゴジラ記念碑とは違って、伝説の神呉爾羅に由来するのだと、ここに来る途中、信吉さんに聞きました」
「そうですか。では、迷さんもゴジラで?」
「いいえ。三神さんを訪ねたのは、芹沢大助博士についてです」
迷は三神を覗きこみながら言った。
「…………場所を変えましょうか?昼、まだなんで」
「御一緒します」
迷はにっこりと笑い、三神と一緒に歩きだした。わずかに言葉を交わした程度にも関わらず、三神は完全に迷のペースに引き込まれたしまった。
2005年5月20日12時00分。日本某所。
一昔前のSF映画に出てくる核シェルターを彷彿させるようなトンネルを一台の公用車が走っていく。程なくして車はトンネルの奥についた。そこはロータリーになっており、その先には厳重な鋼鉄の扉があり、その手前には車を迎える四人の男が整列していた。その内の二人は神谷想治と三神耕助であった。
そして残りの二人は、二人とは違い制服、しかも海上自衛隊の制服に似ている服を着ており、同じくらいの年齢の中年だ。しかし、その二人のもつ雰囲気は違うものであった。一人は細身だが無駄のない絞られた肉体を持ち、もう一人は大柄で勇ましいヒゲをはやしている。細身は海上自衛隊海将、即ち海上幕僚長の『白井虎次郎』で、ヒゲは彼の部下にあたる『武田玄三』海将補だ。
白井は公用車のドアを開けた。そして、武田海将補はドアが開く瞬間に敬礼をした。神谷と耕助も姿勢を正す。
公用車から降りた人物は、ゴジラの上海襲来以来毎日の様に会見を開き、すっかり顔なじみとなっている官房長官の『神宮寺薫』であった。神宮寺は四人に簡単に挨拶をすると、姿勢を直らせ、四人に促されて扉に向かう。
「最新のセキュリティーを使用しており、仮にゴジラであってもこの扉の先に入る事は出来ないでしょう…………開きました。官房長、どうぞ中へ」
白井はセキュリティーを解除し、扉を開くと神宮寺を促した。後の三人も続く。
扉の先にも二つの扉があり、その二つも解除すると、広い格納庫のような場所に出た。その格納庫もさながらSF映画の宇宙基地のようなレベルだ。
無言でその途方も無く広い地下空間を眺める神宮寺に白井は説明を始めた。
「本来は宇宙開発、自衛としては某国からの攻撃に対する防衛システム等の開発、その他国内最高機密と判断した研究や発明の保管等にも用いる事を目的とした地下巨大施設です。………もちろん、核シェルターとしても機能出来るようになっています。まぁ言うなれば、日本のエリア51と言ったところでしょう。…………そして、今回は官房長がご承知の通り、通称対G法による対ゴジラ兵器開発の基地として使用しております。今期の内閣府でここへ来たのは官房長が初めてです」
「余計なゴマすりはいい。白井君、私は秒刻みのスケジュールの中、公に漏れぬように調整された時間で来ているのだ。早く本題を話してくれたまえ」
神宮寺に言われ、わずかに顔をしかめつつも白井は対ゴジラ兵器開発の現状について説明を始めた。
「わかりました。現在のところ、先日アメリカから帰国されたこちらの三神耕助氏の指示の元、X-04ことガルーダの開発を進めており、まもなく試作一号機のテストに入る段階です」
「意外に早いな」
「元々の設計図もある一部分を除いて完成しており、ここの設備と保管されていた装置を流用したことでこの早さでここまでこぎつけました」
「なるほど。………ところで、三神さん。その設計図で未完成の部分とは?」
神宮寺に聞かれ、耕助は答えた。
「高熱惑星開拓の為に構想した冷線照射装置と発生装置です。………戦闘機としてならば、冷凍兵器と呼ぶほうが正しいがな。しかし、それはあくまで構想した環境へ行くための補助装置、対ゴジラの兵器としてならば先ほど話した流用した動力などの装置で、この試作一号機は設計図の未完成部分を補える性能を持っておる」
「ほお。確かかね?」
神宮寺は白井と武田海将補に聞いた。二人は頷いた。なぜか神谷までも頷いた。
「なるほど。………ガルーダはわかったが、この前イギリスから譲り受けた例の戦艦の改良の方はどうかね?」
この質問には武田海将補が答える。
「順調です。ゴジラとの戦いで受けた損傷はイギリスの方で既に修復が済んでいた事もあり、対G法公表後にイギリスから譲り受けて日が浅いものの、放射能熱線及び背鰭斬りに耐えうる装甲の改造は既に60%が完了しております」
「うむ。………それから、その戦艦だが、本国に譲与された段階よりイギリスでの名称トータスから、対ゴジラ兵器という事の誇示の意味合いも含め、戦艦『おおと』と呼ぶ事が昨日正式に決まった。そして、その時『おおと』の艦長も武田君に正式に決まったので、その書類だ。今更ではあるが、それが形式だ」
神宮寺は鞄から冊子になった書類を取り出すと武田海将補に手渡した。武田海将補は、形式的に礼と言葉を返して、書類に軽く目を通した。
「………やはりガルーダを『おおと』の艦上機にするのですね。………あっ!ありがとうございます。蒼井をガルーダのパイロットに選んでいただいて」
「あぁ。『蒼井龍一』一等海佐だな。彼は君の推薦のあったし、昔は兎も角、今の海上自衛隊の人間でここまでの経歴を持てるパイロットはいないと判断された。皆、空自からの人間で、海自の人間でガルーダパイロットは彼一人だがな」
「いえいえ、一人だとしても蒼井ならば空自の人間とも上手くやれますし、引けを取る事もないでしょう。………それに、確かこの『赤川鳥夫』航空自衛隊特佐というのは、以前空自との合同プログラムで蒼井と共にトップでクリアして、以後何度か蒼井の口から話を聞く親友同士だったはずです。恐らく、精神的にも高い効果を出すでしょう」
「それはよかった。………彼らの指導も三神さんですので、よろしくお願いします」
神宮寺は耕助に言った。
「そのつもりでワシはこの神谷さんについてきたのだ。喜んでお受けします」
「うむ。…………神谷さん。あなたにはこれからも色々とお世話になりそうです。もうしばらく我々に協力して下さい」
神宮寺は神谷に言った。
「かまいませんよ、官房長。こんな大口の依頼ならば大歓迎ですぜ。最近じゃ、迷という探偵が有名になってしまって、中々依頼が来なかったので感謝しているのはこちらのほうですよ」
神谷は笑って言った。当然の事であるが、神谷はその迷が三神を訪ねて大戸島に行っている事を知らない。
「それならばよかった。………では、私はもう時間なので失礼させてもらおう。私の様な者がいつまでもいては開発も進まないだろう」
神宮寺はそう言うと、来た時の如く、ロータリーまで連れられ、公用車に乗り込むと、四人に見送られてトンネルを戻って行った。
食事は三神の家で食べる事にした。グリーンと同じ様に、三神はカレー丼でもてなした。
ちゃぶ台には、カレーにチーズがかけられ純和風になったカレー丼と、迷が持参した香ばしい香りを放つ漆黒の異国情緒溢れるコーヒーが置かれている。
かなり異様な光景だが、この7ヶ月間、数々の修羅場を経験した三神はそんな事では動じない。迷も場慣れしやすい性格らしく、普通にコーヒーを飲みながらカレー丼を食べている。
「依頼を受けた私は、色々調べていく内に、大戸島とあなたの事を知りました」
「そうですか」
「あぁ、そうそう!神谷想治さんでしたか?同業者さんは」
「えぇ。アメリカまで行きました。彼の事は?」
「あまり知りません。仕事の種類が違うようですね。偉い方の依頼を中心としているらしい。私はもっぱら低料金なので」
迷は軽く笑って言うと、カレーを放ばる。
「それで、そろそろ話して下さい。あなたが私を訪ねた理由を」
三神は、口にカレーを流し込む迷に言った。
「……モグモグ……そう…モグ…ですね。…モグ…とは言っても、答えは…モグ…先程同様、オキシジェン・デスト……モグ……イヤーとしか……モグ……言えませんね」
「出来れば、順を追って話して頂けませんか?………それから、飲み込んでから話して下さい!」
「あはは、そうですね。まず、私の依頼人について話す必要がありますね。あっ!ご心配なく。依頼人の素性は私の判断で話してもよいと了承を得てますから」
そして、迷はマイペースにコーヒーを飲みながら、四枚の写真を出した。
「こちらの写真に写っている若い女性、それとこちらに写っている老婦人が、依頼人の『山根恵美子』さんです。後の二枚にそれぞれ写っている方はいうまでもありませんね」
写真に写っていたのは、眼帯を片目にした若い男と初老の男。芹沢博士と山根博士だ。
「山根………という事は、博士の娘?」
「はい。呑み込みが早くて良いですね!この山根恵美子さんは、現在73歳の独身で、山根博士の一人娘であり、芹沢博士の婚約者でもあった方です。つまり?」
「50年前、中心にいた人物………ですね」
「そうです!彼女を中心に50年前、ゴジラと関わった人は回っていたのです。今の三神さんと同じです」
「いやいや。僕は学者ですから………それで、その恵美子さんは何と依頼を?」
「山根博士と芹沢博士の最大の過ちを見つける事です。または、人類に残された最終兵器です」
迷は言った。三神は氷ついた。
「ま、まさか………つまり、それは…………オ、オキシ………ジェン・デストロイヤー!」
三神は立ち上がって叫んだ!その口は金魚のようにパクパクし、手はブルブル震えている。
迷は冷静にその様子を見ている。
「三神さん、調査に協力していただけますね?」
三神は無言だ。
迷はそれを了解として、ジャケットの内ポケットから古そうな小さな茶封筒を取り出した。
「50年前、ゴジラとオキシジェン・デストロイヤー、そして芹沢博士が人類の前から消滅しました。しかし、芹沢博士は………正確には、芹沢博士と山根博士は、この手紙を二人が愛し、この世で最も信用していた人物、山根恵美子さんに託したのです。…………いずれ来るかもしれない最悪の時の為に!」
「それって、もしかして………」
「まだわかりません。この手紙には、“過ち”と書かれていました。………まず、私が依頼を受けた時の話をしましょう」
迷はそう言うと、古びた小さな封筒をだした。
2004年10月28日昼(ニューヨーク時間10月27日夜)。
当時迷は事務所でお昼を食べながらテレビを見ていた。
テレビのニュースは、ニューヨークにゴジラ襲来!という話題一色であった。ある局はある局はニュージャージー州からの報道をし、またある局はニューヨークの被害状況を報じ、またある局は50年前のゴジラ日本襲来を絡め一捻りした討論形式の番組にしていた。
そんな時地球の反対側のニューヨークでは、ゴジラの撃退にこそ成功したものの、ゲーン一家やテリー探偵、ゴジラ団他、被害の把握などで三神やグリーンがてんやわんやしていた。
そして、お昼を済ませニュースに耳を傾けながらも食器を片付けている時、一本の電話がなった。
迷はニューヨークが気になるものの電話に出た。
「もしもし、迷探偵事務所ですが」
『はじめまして。あなたが名探偵の迷探貞さんですか?』
電話の主は、老婦人の様だ。
「はい。依頼ですか?」
『はい。山根恵美子と申します』
「山根さんですね?出来れば直接お話をお伺いしたいのですが」
『そうですね。…………もしよろしければ、私の家にお越しいただけませんか?』
「ではおねがいします」
『わかりました。住所は…………』
2004年10月28日夕方。
迷は山根邸を訪ねていた。訪ねる前に、一通り山根恵美子について調べておいた。
山根恵美子、73歳。未婚の独身だが、姪と甥がいるらしい。今ニュースで持ちきりのゴジラが50年前に日本に現れた時に国会でも意見を述べた山根博士の一人娘で、ゴジラを倒した男として迷自身もある程度知っていた芹沢博士の婚約者でもあったらしい。とはいっても、それは山根博士が進めていた話であったようだが………。
「改めて、はじめまして。迷探貞です」
「わざわざのお越しありがとうございます。山根恵美子です」
応接間に通された迷はソファーに座らせてもらい挨拶した。恵美子氏は老いているものの、73という歳を感じさせない清楚さや慎ましさを持ち、迷が素直に綺麗だと思える面立ちであった。50年前はさぞかしすごい美人であったのだろう。
「それで、依頼というのは?」
迷は話を切り出した。
「はい。依頼は父────山根恭平と芹沢さんの残した秘密を解明して、………そして、私に科せられた芹沢さんを死なせてしまった罪滅ぼしをしたいのです」
「…………詳しく聞かせて下さい」
恵美子氏は頷くと50年前、誰にも語られず山根博士と芹沢博士との三人だけで交わされ、以後50年恵美子氏が独身を貫くに至ったもう一つのゴジラの物語を静かに語りだした。
「………50年前、私は尾形さんという恋人がいましたが、お父様がその才能を信じ、可愛がっていた若き天才原子物理学者の芹沢大助博士を婚約者………許婚と呼んだほうが正しいかもしれないわね。芹沢さんという決まった方がいました。………あら、探偵さんにこういう言い方をしたら、私が推理小説のヒロインのように思われてしまいますね。私は、芹沢さんを慕い、信じていました。ただ、私自身まだ若かったのでしょう。いつか芹沢さんと一緒になるのは遠い先のように思えていました。それに芹沢さんに尾形さんとの交際についての話もしようと思っていましたし………。まだ感情が愛ではなく、憧れによる恋や好意でしかなかったのです。ただ、歳をとっていくにつれわかった事ですが、芹沢さんは私に限りなく愛に近い感情を抱き、もっとも心のよりどころになっている存在に私があったのです。この話を先にしたのは、この心情が依頼に至った事に深く関わっているからなのです」
恵美子氏は一度言葉を区切り、一呼吸おき、瞬きをすると、再び話し始めた。
「昭和29年の夏、あの夏は私の生涯でもっとも暑い夏でした………。昨日からのニュースであの夏に私達が何を経験したかを理解しているでしょう。私は大戸島でお父様と共にゴジラを目撃した一人でした。昨日、アメリカ政府にアドバイザーとして招かれたとどこかのニュースが特ダネとして報じていましたマーチン氏もその場にいました。そして、ゴジラ対策が始まりました。そんな時でした。私が芹沢さんの発明した水中の酸素を破壊し、あらゆる生き物を窒息死させ、その亡骸を全て溶かしてしまう………芹沢さん自身ですら恐れた発明品『オキシジェン・デストロイヤー』をみせてもらったのは。そういえば若い方にオキシジェン・デストロイヤーの話をしてもなかなか理解出来ないかもしれないわね?」
迷は静かに頷いた。
「結局、芹沢さんも完全に理解していたのか今でもわかりませんが、そのオキシジェン・デストロイヤーを一番理解していたのは間違いなく芹沢さんでした。そして、芹沢さんがいなくなった今、もう誰にもオキシジェン・デストロイヤーが何かわかることはないでしょう。それこそ芹沢さんがゴジラと運命を共にした理由の一つです。オキシジェン・デストロイヤーを芹沢さんは『水中酸素破壊剤』と呼んでいました。私は芹沢さんのしている研究を誰にも言わないという約束でその研究────オキシジェン・デストロイヤーを見せてもらいました。私の見せてもらったオキシジェン・デストロイヤーはビー玉大の銀色の玉でした。そして、芹沢さんはそれを魚の入った水槽に入れました。水槽に入れたオキシジェン・デストロイヤーから泡が出て、中の魚を死なせ、最後には肉を溶かし、骨までも水の様に溶かしてしまいました。そして、その後芹沢さんは恐怖で放心した私に話しました。“僕は酸素の研究に没頭している最中に思いがけないエネルギーを発見した。そして、初めて実験した時、あまりの威力に驚きうち震えた。”と言ってました。そして、事実の通り、砲丸大のものを一つ使えばゴジラはおろか、東京湾一円を死の墓場にしてしまう威力があるだろうとも言っていました。そして、研究は完成していません。そう、社会の為に役立つ発明にするまでは絶対に公表しないと。そして、こうも言っていました。この発明が悪用される事があれば、一切の研究と命を捨てる覚悟が出来ているとも言っていました………」
「そして、芹沢博士は実際に………」
「はい。………私は尾形さんにオキシジェン・デストロイヤーの話をしてしまい、ゴジラを倒すために使うようにお願いをしました。しかし、芹沢さんは苦しんでいたのです。原水爆をも上回るほどの破壊力を持つ恐怖の発明をし、その原水爆の申し子とも言えるゴジラを倒すことの出来る武器もまたそのオキシジェン・デストロイヤーであるということに………」
「発明をしようすると言うことは、被害を生み続けるゴジラを倒すという社会の役に立つ行為ですが、一方でその威力を世界中に発表することになってしまう。芹沢博士は私のしうる想像以上の苦しみを感じていたのですね」
「えぇ。そして、信用の元に話した私は尾形さんに話してしまった。芹沢さんは一切の記録を焼き払おうとしました。そして、オキシジェン・デストロイヤーを消滅させようとしたのです」
「オキシジェン・デストロイヤーがなければ、裏切られることもないし、悩み苦しむ事もない………唯一の方法ですね」
「はい。私たちは必死で止めました。そんなときです。ニュースからゴジラの被害と追悼の歌が流れたのは…………芹沢さんは動きました。その時、芹沢さんは科学者ではなく、一人の人間として心を動かされ、ゴジラを倒すためだけに使う決心をしたのです。そして、研究の記録を燃やしながら言いました。“僕の手でオキシジェン・デストロイヤーを使うのは今回一回限りだ。”“これだけは絶対に悪魔の手に渡すわけには行かない。”そう言っていたのです。今思えばその時、天才と言われていたあの芹沢さんです。既にこの先の事を全て考え、決意していたのだと思います。そして、その後芹沢さんはゴジラを倒し、その身もゴジラと共に海中に没しました。そして、お父様はあのゴジラが最後の一匹とは思えないと言い、今日本から遠く離れたニューヨークに50年前東京で起きた悲劇を再現しました」
恵美子氏はゆっくりお茶を飲んだ。迷は静かに続きを待った。
「…………ここから話す事は、50年間私が誰にも話さず。そして、尾形さんとの結婚も断り、芹沢さんに花を供え続ける人生を選んだ理由です。それは芹沢さんがオキシジェン・デストロイヤーを使う事を決めたあの日の夜です。芹沢さんがオキシジェン・デストロイヤーというものでゴジラを倒す事を決めたという事をお父様に伝えると、お父様は夜遅いにも関わらず、芹沢さんの家に一人で向かってしまいました。勿論、お父様が芹沢さんの家を訪ねたことを知るのは終始、私一人だけでした。まもなくして、お父様は家に帰ってくるなり、私に今日芹沢さんを訪ねた事を秘密にするように言い、更にゴジラの事を調べに明日まで出かけると言い再び家を後にしました。言葉の通り、お父様が帰宅したのは翌朝の事でした。そんな事があり、私は芹沢さんと何があったかが気になりつつも、もうこれ以上芹沢さんやお父様との約束を破りたくはないという思いで、聞けずままあの日がきました。そして、ゴジラと芹沢さん、オキシジェン・デストロイヤーがいなくなり、東京や大戸島に元の平和が帰ってきた3ヶ月後のある日、お父様が突然ゴジラの事後調査を個人的にしに行くと言って、5日間出かけました。当時数年間、お父様が単独で泊りがけの調査をすることがなかったので、私はゴジラがいなくなって以来ずっと顔色が悪そうでしたので心配していましたが、何事もなかったかのような顔で帰ってきました。しかし、お父様の顔色の悪さは日に日に悪くなっていきました。そして、一年も経たぬ内に床に伏してしました」
「………放射能症ですか?」
「はい。しかも、事後の無理と病院に一度も行かなかった事が祟って、当時の医療では回復は難しいと言われて、お父様自身も治療を拒否して、3年と持たずに他界してしまいました。その1ヶ月くらい前の事です。この封筒を私に託したのは………」
そして、恵美子氏がテーブルの上に古びた木箱を出した。迷が静かに見つめる中、恵美子氏は木箱の中に一つだけある古びた封筒を取り出した。見ると、木箱には紙で封印されていたらしく、その封印はごく最近破られた事がわかる。
「お父様は再びゴジラの同類が世界のどこかに現れるのではないかと危惧していました。そして、もしゴジラが現れることがあれば、その時この木箱を開けと言い付け、それまでは忘れて永久に箱を開けないと約束させました。………名探偵の迷さんならば、もしかしたら私と同じ事を考えたかもしれませんが、私はその中にはゴジラに迎え撃つすべがあるのではないかと考えました。そして、その事が芹沢さんとお父様の残した私への最後の約束だと思い、約束を破り、命を捨てさせてしまった芹沢さんへの償いと思い、木箱とこの考えは胸の奥底に隠し、守る事を決めました。そして、まもなくされた尾形さんからのプロポーズも断り、生涯の独身を決意させました。しかし、芹沢さんやお父様は私に素晴らしいものを与えてくださりましたわ。それが弟、そして姪や甥たちでした。弟というのは、大戸島で両親兄弟を失い天涯孤独になってしまった少年をお父様が引き取ったのです。ですので、私のこの人生は孤独でも辛くもありませんでした。ただ、いつか来るかもしれないこの日のことだけが不安でした。そして、来る日が来て、私は箱を開け、封筒の手紙を読みました。しかし、私が動くには歳をとりすぎてしまいました。かと言って、姪や甥に託すには事が難しすぎる。そこで、名探偵と名高く信用出来るというあなたにお願いする事にしたのです」
恵美子氏は静かに言った。そして、迷はこの信用に応えようと決心した。たとえ何ヶ月とかかる大変な仕事であろうと。