《旧約》ゴジラ‐GODZILLA[2005]



2005年5月16日19時30分。
 上海の海の上を、一機の旅客機が飛んでいた。この機は上海の空港へ着陸しようとしていた。
 滑走路を示すライトが点滅している。旅客機はそれを確認し、着陸体勢に入った。
 旅客機は前部と翼の一部を開き、タイヤを出す。
 暗い夜の水面に、旅客機の影が映る。
 少し高度を下げすぎた可能性があるが、着陸に支障はないと管制塔は判断し、そのまま着陸を許可した。
 コックピットから、空港全体を確認出来た。暗がりに各々のライトが鮮やかに浮き出る。その先には、上海の夜景が美しく見える。
 刹那!空港の目の前に巨大な影が現れた。
 水しぶきを上げ、不安定な海岸線の海底に足をつけ、空港を見ている半年振りに人々の目の前に現れた影。
 それは、間違えようのないものだった。
「ゴジラ!」
 機長は叫んだ。
 そして、ゴジラは旅客機の轟音につられ、振り向いた。
 旅客機は必死に高度を上げようとする。
 ゴジラは、機首を上に上げ、上昇し始めた旅客機に威嚇らしき睨みと歯を噛み締める動きをし、背鰭が発光を始めた。
 そして、機内は白い光と高熱に包まれた。ゴジラのあの不気味で、そして怪しい白い煙の様な光の炎、放射能火炎は、旅客機を捕えた。旅客機の下部は赤く発熱し、そして、爆発した。
 燃料に引火したのだ。
 胴体はバラバラに砕け散り、滑走路に散らばった。一方の翼は、回転し、滑走路をえぐって、地面に一筋の穴を付け、突き刺さった。もう一方は、ブーメランの様に回転し、管制塔に直撃し、更に、勢いを失いつつも、ターミナルに激突した。
グオォォォォォオン!
 ゴジラは咆哮し、燃え盛る空港を進んで行き、ターミナルを踏み付け、空港を後にした。


2005年5月16日19時32分。
 ブラボーは、その時上海にいた。ゴジラ団と赤い竹残党が、上海で目撃されたのだ。
「あぁ………そうだ。ゴジラが現れたらしい。…………お前は気にするな。今は自分の事に集中してろ。………では、オレは向かう。じゃあな」
 ブラボーは電話を切ると、ホテルの部屋を出ようとした。
「ん?なんだ?」
 ブラボーは、ドアの隙間に挟まれた封筒に目が止まった。
 ブラボーは慎重に封筒を取り、宛名も差出人も無い。中を確認した。手紙だ。手紙が一枚だけ入っていた。
 手紙には、フランス語でこう書かれていた。
『Bへ
黒い悪魔は上海に現れる。しかも、族はそれを予期していた。団長とやらは、恐らく裏と表、両方に精通した頭のキレる人物だ。しかし、ヨーロッパでも上海でも、団長の存在はない。遠方から指示を与えていると見て間違いないだろう。ヨーロッパでは、副団長と副々団長の影があったが、上海には副々団長のみだ。しかし、R-Eが共に行動している。それから、今回の族はヤツの誘導より、攻撃の妨害に重点を置いている。
くれぐれも注意しろ。』
 手紙を読み終えると、ブラボーは、フッと笑い、手紙を灰皿にいれ、燃やすと、部屋を後にした。


 ゴジラは上海の街に迫っていた。
 上海の繁華街に、地響きが起こる。人々は虚を突かれ、金縛りにかかった。
 そして、繁華街に巨大な影が、ゴジラがぬくっと現れた。
 それは、一瞬の間であったが、誰だか一人の女性が悲鳴を上げた時、その間は消え失せ、金縛りの解けた人々は、パニックになった。
グオォォォォォオン!
 ゴジラはその人々に咆哮した。
 港へ抜け出たブラボーは、ゴジラの姿を確認した。
 半年振りに見たゴジラは、まさに放射能火炎を吐こうとしているところであった。
「やめろ!」
 ブラボーの叫びも虚しく、ゴジラは放射能火炎を吐いた。
 放射能火炎は、繁華街にいた多くの命を燃やしてしまった。それは、ゴジラ出現以来、最も残酷な被害を受けた人々であった。放射能火炎の持つ熱は、マグマ、更に直接的には原爆に相当するものがある。被害者達は、一瞬にして炭となるばかりか、直撃を食らった者は一瞬にして蒸発………痕として残すのみ、無くなってしまった。
グオォォォォオン!
 再び咆哮したゴジラは、燃え盛る繁華街を、放射能火炎によって命を奪われた人々の痕を踏み付けながら、進んでいった。
 既に、上海、主に繁華街では、火災と二次被害として爆発が発生していた。
 ブラボーは、猛烈な脱力感と無力感を味わった。
 しかし、腕に付けた、グリーンより預かった腕時計に内蔵された超小型ガイガーカウンターが知らせる被爆の危険は、無情にも、平常心になろうとしているブラボーを待ってはくれなかった。


 ゴジラが上海の夜景を炎に変えている最中、ゴジラ団副々団長は、数人のゴジラ団員と最後の赤い竹幹部である男と、ゴジラとは対岸に位置する港で、ゴジラの破壊を傍観していた。『海老羅』という赤い竹の中国人は、酔っ払いの様な赤い顔に、漆黒の眼がギョロリとあり、潮焼けした様な赤髪は何を使ったのか、綺麗にオールバックに固められている。片手に抱えている棒状の物は、赤い竹最後の創作武器で、巨大なマジックハンド型のシザーズで、着想は高枝バサミと槍だ。重く、奮いながら巧みにハサミを操作しなければならないので、彼専門の武器だ。そして、彼のその風貌はまさに、エビそのものであった。
「副々団長!軍が出動したそうです」
 ゴジラ団員は副々団長に報告した。
「では、我々も動くとするか。海老羅はどうする?」
「俺は、ボスの仇を倒す。ゴジラはそちらに任せた」
 海老羅は副々団長に言うと、燃え盛る街の方からフラフラ歩いてくる男を見つめながら言った。


 ゴジラ団が去ると、海老羅はブラボーに言った。
「フランスのブラボーだな?」
 ブラボーは足を止めた。
「R-E………」
「そんな頭文字ではなく、赤い竹の海老羅と呼んで欲しいな」
「ふん。組織のスパイや裏切り者への拷問や処刑をして地位を上げた男にはコードで十分だろ?」
「生物化学兵器というものは開発者の存在が必要なんだよ。しかし、そういうヤツは時として頭が良すぎる場合がある。そんな裏切り者を逃がさずに場合によっては、抹殺する、そういう番人の存在が俺だ!ただの殺し屋と一緒にするな」
「一つ聞く。DO-Hの元になった細菌、DO-Mを…………」
「盗んだメンバーにいたぜ。更に言うと、本来その時に、俺は三神小五郎を拉致する役目になっていた。しかし、運悪く、結婚後間もない時期だったらしく、ヤツだけが残業をしている筈の時間には誰も居なかった。だから、物だけを頂いてきた訳だ」
 海老羅はニヤニヤ笑いながら言った。
 海老羅は最後の赤い竹幹部として、赤い竹復活という使命がある。総長が死に、基地は壊滅。他にも難を逃れた幹部はいたが、それもブラボーを始めとする各国のスパイや警察が、次々に捕まえたり、殺害された。そして、今最後の一人となり、敵対したゴジラ団に吸収され、変わりゆく赤い竹を見届けようとしているそんな時、最大のチャンスに遭遇した。ブラボーは総長を殺した二人の内、唯一生きている人物だ。ここで、ブラボーを倒せば、ゴジラ団員となってしまった赤い竹の元メンバーも、赤い竹復活を決意し、ゴジラ団をのっとれる可能性がある。クーデターだ。今まで数々の組織が繰り返し行われてきた一発逆転の大策略だ。
 そして、海老羅の目の前には、そのキーが立っている。
 海老羅は、動いた!
 ブラボーは地面を蹴り、横へダッシュ!
 海老羅のシザーズはブラボーを惜しくも外し、空を突く。
 ブラボーは右手で銃を抜き、すぐに撃った!
弾!
 しかし、海老羅は防弾着を着ているらしく。しかも、衝撃すら感じないのか、怯まず再びシザーズを奮う!
 しかも、運の悪い事に、先に避けた際、倉庫の壁を背にしてしまった。
 逃げられない。
 ブラボーは、左手でナイフを抜き、間一髪でナイフを盾にして、シザーズを防いだ。
 しかし、ナイフは動かなくなった。海老羅はシザーズの刃を閉じ、ナイフを挟んだ!しかも、強度はシザーズの刃のが圧倒的に上だ。
「ハッ!」
 海老羅が叫び。シザーズをおもいっきり引っ張る!ナイフは、綺麗に二つに割れ、コロンと刃が落ちた。
 一瞬の虚を突き、海老羅は、ブラボーの銃を挟んだ!
「これも、切る!」
「させるか!」
 ブラボーは、銃を撃つ!
弾!弾!弾!弾!弾!弾!弾!
 しかし、銃弾は海老羅には当たらなかった。
 ブラボーはさらに引き金を引くが、銃は空しく軽い音だけがする。
「もう終わりみたいだな」
 海老羅は不気味に笑い。ブラボーをシザーズで叩いた。巨大なシザーズは棍棒としても使える。
 腹、腕、足、頭、激痛の走った箇所は皆叩かれた所だ。シザーズは刃は内側のみだが、鉄には変わりない。磨がれていない側の刃でも痛みは斬られたのと変わらない。
 ブラボーは倉庫の壁に寄りかかる。
 海老羅は容赦なく、ブラボーの首をシザーズで挟んだ。
 これで、海老羅が力を込めれば、ブラボーの首は真っ二つになってしまう。海老羅は、勝利を確信した。
「これで、ジ・エン…………」
 突然、海老羅の動きが止まった。海老羅は漆黒の目をより一層見開き、ピクリとも動かず、やがて、ブラボーの首から刃が離れ、海老羅はその場に倒れた。
 海老羅の後頭部には、血が噴水の様に吹き出ている。銃で撃たれている。
 ブラボーは、首からにじみ出てくる血と痛みに苦しみつつも、狙撃地点を探した。
 ブラボーの目は自分に向けられた光を捕えた。光は、一キロ先にある、十階程のビルの最上階からであった。ライトの光だ。点滅している。
 モールス信号か。しかも、暗号化されている。
………保険……は………必要。
 ブラボーは笑った。
 しかし、そのビルの後ろにはゴジラが迫っていた。
「危ない!逃げろ!」
 しかし、点滅は止まない。
 そして、ゴジラはビルを、破壊した。
 崩れていくビル。
 フィリップ・ロシェは、二度死んだ。


 中国軍は、ゴジラを攻撃しようとした。
 しかし、攻撃がゴジラを襲う事はなかった。
 ゴジラ団の妨害だ。
 予想外の奇襲にあった中国軍は、なす術もなく、前線部隊は、壊滅した。
 ブラボーは、戦いで傷ついた体に鞭打って、ゴジラ団を目指した。
 ゴジラは、火の海と化した上海を眺め、咆哮し、海へ向かい始めた。
 今回は、今までで最も早く、最も多くの被害を局地的に負わした襲来であった。
 ブラボーは、燃え盛る街を駆け抜ける。体中が悲鳴を上げる。
 ゴジラ団はどこだ!ブラボーはその事のみを考えていた。
 大通りに出ようとした時、ガイガーカウンターが危険を知らせた。この辺りは残留放射能濃度が高いらしい。
 ブラボーは迂回して、先に進む。
 ブラボーはやがて、反対側の港に出てしまった。
ブロロロロ……………
 死の街にモーター音が響く。
 モーター音は、港の中にある一台のモーターボートからだ。そこには、人の影がある。二人の男だ。
 それは、紛れもなく副々団長であった。もう一人は、恐らく部下だ。向こうも被害は大きく、二人だけになった様だ。
 しかし、今のブラボーは彼らを止める手だてはない。
 ブラボーは、煙にまみれながら、ただゴジラ団を眺めるしかなかった。
 海に入ったゴジラは、2時間後、完全に追跡から逃れ、行方をくらました。
 そして、その頃にはアメリカにもゴジラ襲来のニュースは届いていた。
 中国政府は、世界に向け、ゴジラ撃退に全面的に協力する姿勢を取る事を発表したのは、その翌日の事であった。
 そして、1週間以内に、アジア諸国は中国の意向と足並みを揃えた。
 アジアの足並みは、皮肉な形で揃ったのであった。
 そして、アジアで一番ゴジラ襲来の危険が高いとされる日本は、昨年に極秘で可決させた特別法案を公表し、対G法やOG法と呼ばれ、ゴジラに対してのみの有限法を使って、対ゴジラ兵器を開発し始めた。

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