名探偵
2005年5月15日夕方。
新東京国際空港に三神の姿があった。
「そろそろ出国した方が良いな」
三神が神谷に言って荷物を持つ。それに神谷が頷く。
「そうだな。だが………あなた達は誰だ?」
「あぁ。紹介がまだでしたね。一応……友人で医師の鬼瓦優、僕と同業者のムファサ・ムーラン。共に同行したいと言って………いいですよね」
「あんた。自分勝手って言われるだろ」
「行動的とか積極的とは言われます」
神谷が半ば呆れながら三神に言うと、三神はしれっと言った。
12時間に及ぶ空の旅を終え、神谷、三神、ムファサ、優の一行はアメリカのシカゴに到着した。
「さて、これからどうするかだが………三神博士、シカゴに向かうと言ったのあなたですよ。それに、迎えが来ていると言っていたが………」
「えぇ。いるはずだけど………」
そう言いながら三神は空港をキョロキョロ見回した。
やがて、いた、と言って三神がその方向へ向かう。皆も後について行く。
三神は人混みをかき分け、その人物に向かって呼び掛けた。
「お久しぶりです。クルーズさん」
神谷とクルーズが簡単に挨拶をした後、クルーズは三神達を用意したオープンカーに乗せ、車を走らせる。2週間程前に、三神はクルーズにメールし、捜索の事、耕助の事等を伝えて調べて貰っていた。
「ちゃんと調べておいた。博士の祖父、三神耕助さんは確かにアメリカのオレゴン州にいる。しかも、現役のパイロットだ。NASAのデータをちょっとついでに調べてみたら………そこにも、コースケ・ミカミの名前が書かれていた。どうやら、アポロ計画の時代に宇宙探査艇の開発やテストパイロットに一時期いたそうだ。しかし、それがアポロ計画中期のロシアが優勢になっていた時期だった。それによって、日本政府もアメリカの宇宙開発に三神耕助氏がいた事を把握していなかったようだ。そして、アメリカ政府自身も」
「成程な………予想以上の男だな、三神耕助は」
クルーズの話に神谷は言った。
「しかし、何故NASAにいた人物を日本政府は俺に依頼したんだ?それ程の人物ならば依頼せずとも所在は掴めただろう」
「確かにそれは簡単だろう。しかし、彼の居場所を掴めても、どうやら彼はなかなかの頑固者らしい。孫である博士を連れていかなければ、日本へ行ってはくれないだろう。調査をする上で必ず三神博士に接触して、神谷さんならば三神博士をアメリカまで連れていくと考えたのだろうな。その依頼人の判断は正しい」
「つまり、三神小五郎を仲介人に選んで、三神博士をアメリカまで連れてきたのは正解だった訳だな」
「あぁ。………もうすぐ、着くぞ」
三神はなんだか、ただ利用されただけの様な気がした。気を悪くした三神は座席に身を沈めた。隣に座っている優がクスリと笑った。
そこは狭いながらも、性能の良い機体が何台か格納され、間違いなく飛行場であった。
職員に確認したところ、確かに三神耕助は現役で観光用小型機のパイロットをし、丁度今も客を案内しているところだそうだ。
一行は機の戻るまで、飛行場で待つことになった。
「なっ!このチワワ狂暴だな!」
暇潰しに三神は客が預けていったチワワと遊んでいる。どうやら、チワワに遊ばれているらしい。チワワと三神は吠えあっている。
「馬鹿な事やってないで、おとなしく待ってなさいよ」
挙げ句、優に怒られる始末。三神は優の座っているベンチに戻った。
やがて、飛行場に小型機のが降りてきた。
「孫よ!」
機から降りた耕助が三神を見ると、そう叫びながら駆け寄ってきた。
「爺ちゃん!」
三神もノリが良かった。三神もそう叫びながら、耕助の元に駆け寄っていく。
「孫よ!」
「爺ちゃん!」
滑走路の中心で感動の出逢いをしている横を、短パンでサンダル姿のサングラスをかけた初老の客がチワワを連れて、愛車に乗っていそいそと帰って行った。
「感動の再会なのに………この場合は出逢いか………さっぱりしたオッサンだな」
そんな客を見ながら、神谷は言った。
「一目見て孫がわかった。ワシの若い時とそっくりだ」
耕助は、飛行場の休憩所のテーブルについて、微笑みながら言った。
頑固者と噂される耕助も孫の前ではただのお爺さんである。
「それで?わざわざこんな異国の地に、半世紀も放っときぱなしだった爺になんの用かね?ただ会った事ない祖父に会って見たかったって言うには、ちと大所帯だな」
「………ゴジラの事は知ってますよね?」
頷く耕助。三神は話を続ける。
「今、僕は日本の国立大戸ゴジラ博物館や国連のゴジラ対策の科学者チームにいて、ゴジラを追い掛けています。そして、日本を始め世界の国々がゴジラと戦う為に様々な力や作戦を用意しています。そして、爺ちゃんにお願いがあってここまで来ました。日本でゴジラと戦う為にある戦闘機の技術指導をしてほしいのです」
三神が話している間、耕助は黙ってきいていた。そして、三神の話が一通り終わったのを確認したら、耕助は口を開いた。
「一つ聞きたい」
「なんですか?」
「日本は何をしようとしている?」
突然の質問に三神他、皆答えられずにいたが、耕助は言葉を続けた。
「もう調べているだろうが、ワシは60年前に補充兵ながらも、戦争中、十代にして兵隊だった。ワシには………今の日本がわからない。この疑問は何も今、平成日本だから、21世紀を生きる日本だからではなく、50年前のゴジラ出現の時、その年保安隊から自衛隊となったばかりの日本唯一の力として、ゴジラと戦った。国立大戸ゴジラ博物館………ワシもできて間もない時、訪ねた。しっかり事実を伝えていた。それにもかかわらず、なぜお前達は力に頼る?ワシはテレビの映像であったが、芹沢博士の最期を見届けた。あれが平和の為の力か?東京湾の半分以上の全ての海産物を消滅させて、日本が誇る天才科学者は命を捨てた!そして、その代償に得た平和が………たったの50年で、ゴジラ復活だ。しかも、人々は悲劇と言いながらも、成金を企んで経済に仕掛けを施している。挙げ句、世界一ゴジラや核の恐ろしさを知っている筈の日本が、ゴジラを倒す為と言ってアメリカと一緒に兵器開発か!…………すまん。少し感情的になってしまった。しかし、ゴジラ団とやらも、日本政府も、小五郎も、皆同じだ。結局は利益を考えている。ワシはゴジラの恐さを知っている。………悪いがワシはゴジラと戦う事は出来ない。ワシは日本には居場所がない。理由がない」
「しかし、僕は大切な人達を守りたい」
「ふっ。それが自衛だ。守る為の力、それが一番危険なんだ。ゴジラから世界を守る。それは世界中を戦場にする事を意味しているのではないか?新型戦闘機を開発すると言うのは、日本の長年の問題である、憲法第9条問題そのものなのではないかね?そもそも、君達は戦いをわからない。陸自一つとっても、ゴジラが銀座に現れた時!ワシは戦闘機に乗り込んでゴジラに向かっていた。ゴジラは我々と全く違う点があった。わかるかい?」
耕助の質問に一同首をふる。
「道………道路だよ。ゴジラにとって道路はただ歩きやすい通路に過ぎない。無視をすれば通る必要はない。しかし、人間はどうだ?戦う為の戦車は東京じゃ道路以外はまともに通れない。ワシら、飛行機乗りがいくら際どい戦いをしても、味方は移動が出来る遠くから役にも立たない砲撃だけしか出来ない。戦闘機はあくまで戦いの補助だ。特にゴジラの様な相手なら尚のことな」
「あなたが日本に対して不満を抱いているのは………」
「わかってない!」
クルーズが言っている言葉を切り裂いた。
「ワシは多くの仲間をゴジラに殺された。補充兵だった分、友人は比較的多く生き残った。その分、ワシにとって、友を失った悲しみは、戦争より、ゴジラの方が上なのだ!」
少し興奮しすぎたらしい。耕助は少し落ち着かしてから、また口を開いた。
「ゴジラは、ワシにとってこの世で最も憎い存在だ。………ワシは何をすればいいんだ?」
この言葉はまるで耕助の命を賭けた渾身の一言とも言える様な重く、しかしすっきりとした決意の一言だった。
その台詞を聞くと、神谷は言った。
「新型戦闘機………正確には、宇宙開発時代にあなたが設計した『ガルーダ』の開発協力、操作指導だ」
「何!」
「えっ?そんな話は聞いていないぞ」
「なにそれ?」
「どういう事だ?」
「オッタマゲタ!」
皆が口々に言う。そして、いち早く反応した耕助は神谷に掴みかかった。
「おい!日本が何故アレを作ってる?何故アレを知ってる?」
「じ、爺ちゃん!」
三神は慌てて耕助を神谷から引き離す。
「神谷、ちゃんと説明してくれ」
そう言うと、神谷は、あぁわかったよ、と肩をすくめながら言って、くまの消えていない垂れ目で三神を見ながら話を始めた。
「耕助氏はアメリカの宇宙開発に携わっていた頃、零戦乗りの経験を生かし、ある万能開発調査宇宙移動艇の構想をした。当日、他にも特殊な、それこそSF兵器の様な乗り物を考え、設計図を発表した者がいて、その不可思議な発明について、未知を意味するⅩを付けて、将来的にアメリカの兵器開発に利用する予定で設計図をアメリカ政府は極秘で保管した」
「『PLAN SUPER Ⅹ』か!」
クルーズは合点した。
「そういや、そんな名前で保管されてたらしいな。流石はCIAって所か。それで、耕助氏が設計したガルーダは、保管番号『X-04』と記録された機体だ。しかし、数年前に新ガイドラインが結ばれた時に、日本人が設計した兵器として、極秘に向こうのある政治家から、俺の依頼人である政治家にX-04の資料が渡った。それは本来造られる事のない兵器だった。しかし───」
「ゴジラの出現か!」
三神は言った。
「そうだ。既に、ニューヨークのゴジラ出現直後に、秘密会にて、ゴジラ出現時に自衛が出来る様に、特別法を可決させたらしい。今月中には、総理大臣辺りから正式に好評するそうだ。内容は、ゴジラに限り先制攻撃や武力保持を認めると言うものらしい」
「日本は一度ゴジラの襲撃にあっているからな。自衛権の発動が出来る様に特別法をつくったんだろう」
クルーズは言った。
「しかし、中国等の近隣国はあまりいい顔をしないだろうな。下手をすれば、冷戦再発だぞ」
耕助も言った。
「そう言う外交事情は良く知らない。しかし、これは…………」
神谷の話の途中で、クルーズに連絡が来た。
「すまない。…………うむ………何!………わかった!」
クルーズは電話を切ると、皆に言った。
「ゴジラだ。………ゴジラが上海を襲撃した!」
「なんだと!」
耕助は大声を張り上げた。
他の皆も各々に驚いた。「向こうは、夜だった。もう既にゴジラは海に去ったそうだが、被害は深刻だそうだ」
クルーズは言った。
「どうする?三神耕助さん?事態は変わったぜ。こうなると、中国も多目に見るんじゃないのかな?外交云々は、もう言い訳に使えなくなったぜ」
神谷は耕助に行った。
耕助は頷いた。
「………わかった。日本へ行こう」