名探偵
2005年5月2日昼過ぎ。
「やっと、取材の電話も落ち着いたようだな。今日はもう終わりにして、皆でゆっくり役場でやっている一足早い子どもの日祭りにでも行くか」
所長のこの提案に皆賛成した。
ゴジラが姿を消して早4ヶ月が過ぎた。三神達が完成させたゴジラの謎解きが発表され、再びマスコミが三神やムファサの取材の電話が鳴り続けていた。そして、やっとその電話が鳴らなくなったので、所長は上機嫌なのだ。
もう大戸島の生活に慣れたムファサも、久しぶりの日本の祭りにノリノリだ。
「子どもの日祭りエエダ、エエダ」
「まぁ、実際は連休記念異種混合祭りなんだけどね」
三神は笑って言った。
大戸島で皆が盛り上がっているのと同じ頃、一人の男が大戸島行きの船に乗っていた。
歳は20代後半辺りであろう。しかし、男の顔は、垂れた一重瞼の目の下にはクマがあり、はっきりした眉、細く痩けた顔に短髪、そして無精髭が生えている。服装も着崩したスーツの上に、濃いベージュのブルゾンを着ている為、余計に不気味な印象を与える。
男はおもむろにポケットから、港で買ったワンカップの酒を取り出し、前方にあるであろう大戸島を見ながら、グビグビと飲みだした。
甘酒と白酒でダウンしたムファサを背負って、三神達が国立大戸ゴジラ博物館へ戻ったのは、20時を回っていた。今ムファサは、博物館にある国立大戸放射性生物研究センターの一室に住んでいる。
博物館に戻ると、職員の敷島がまだ居て、皆を出迎えた。
「お帰り。………困っちまったよ、ミジンコ君。今日は名探偵尽くしだ!」
敷島は髪の無い頭を撫でながら言う。所長が髪のある頭を掻きながら応じる。
「………また名探偵ですか?困りましたね」
「………所長。一つは電話なんで、迷惑の一言で済む。しかし、もう一つは────」
敷島が話していると、奥から声がした。
「帰ってきましたか」
声がしてから、奥から男が現れた。
「えーと、三神博士は…………あなたか?」
男は面々を見回し、三神に向かって言った。三神は、そうだ、と言って頷いた。
「はじめまして。『神谷 想治』と申します。探偵で、名探偵と呼ばれています。よろしく」
クマの目立つ一重の垂れ目が、ちょろっと三神を見つめ、名刺を三神に渡し、皆さんも、と言って他の者にも名刺を渡す。名刺には、肩書きには『名探偵』、名前と携帯番号だけが書かれていた。
「探偵事務所の名前も書かれていないが…………」
「それ以前に、肩書きに名探偵って………」
名刺を眺めながら、所長と三神が口々に言う。
「この国には名探偵は、殆どいない。肩書きに名探偵と名乗る人物には、今まで会った事がないのも無理はないな。…………私が今調査している依頼に、あなたが関係しているので、この離島まで来ました。話をしても構いませんか?」
疑問文だが、神谷は勝手に話を進めている。三神は話をする以外にはないと思った。
「………わかった。とりあえず、こいつを何とかさせてくれないか?」
三神は、ムファサを背負っていた。
定期船が汽笛を鳴らして、大戸島を離れていく。
三神は港で、神谷の乗るその船を見送っていた。
神谷は三神に話をした後、朝一番の船に乗って東京へ帰って行った。
三神は帰り道、昨晩の神谷の話を思い出していた。
2005年5月2日夜。
三神はムファサを寝かせた後、皆と別れて神谷を自分の家に連れて行った。自分の家の方が話をするには都合が良いと考えたのだ。
三神は神谷にお茶を出し、自分も座った。神谷はそれを確認して、話を切り出した。
「あまり前置きを長く話すつもりはない。単刀直入に言おう。三神博士、あなたの祖父についてでここへ来た………」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
いくら何でも突然過ぎる。三神は慌てて、神谷の言葉を制した。
「一つずつ説明してくれ。僕の祖父と言うけど、祖父は何年も前に死んでいます。なぜ今僕に?」
「それは母方の祖父だろ。俺が言っているのは、父方の祖父。『三神 耕助』の事だ」
「父方の………って、確か何十年も行方不明になっているはずじゃ」
「あぁ。そうだ。それで、捜索に協力してもらいたく、ここまで来たんだ」
神谷はお茶を一口飲むと、一息ついてから調査資料が入っているらしいクリアファイルを漁って、これだこれだ、と言いながら三神に話し出した。
「三神耕助、1931年、東京生まれ。戦時中は旧日本海軍で、零戦乗り補充兵として指導を受けた。実戦に出れば当時最年少だったが、終戦を迎える。その後、ゴジラ東京出現時、最年少防衛隊員として、戦闘機に乗り、素晴らしい動きを見せた。しかし、その後行方不明になり、現在にいたる。………間違いないか?」
三神は頷いた。
「………俺は、1月1日──つまり、元旦に政府のある大物から、三神耕助捜索の依頼を受けた。…………依頼者については話すことは出来ないが、国には重要な地位の人物で、俺とはちょっとした繋がりがあって、彼は俺に依頼してきた」
「なぜ、祖父を?」
「一応、あなたもオフレコに触れるには十分な位置にいるな。………話そう。俺はその大物から、ある最新鋭戦闘機の監督、場合によっては操縦をして貰う為に、行方不明になっている幻の天才零戦乗り三神耕助を見つけてくれ、と依頼された」
「待て、いくら天才だってもう70過ぎだ。いくら何でも………」
三神が眉を寄せながら言うのを聞いて、神谷が笑った。
「さあな。ただ、何でもその最新鋭戦闘機は、最新鋭のくせに、かなり操縦にクセがあるらしいが、代わりに操れれば操縦士への負担は自転車に乗るよりも軽いそうだ。だから、体力より才能なのだろう。勿論、他にも腕のたつパイロットを日本中から探し出しているそうだ」
「………まぁ、神谷さんがここへ来た理由もわかりました。…………あっ、そうだ。神谷さんは最近電話をかけてくる名探偵を知りませんか?神谷さん以外にいる様なんです」
三神の問いに神谷は、知らない、と首を横に振って、俺は一回かけたことがあるがな、と付け足した。
「1月だろ?」
三神が言うと神谷は、あぁ、と答えた。
「取りあえず、手始めに江戸川区に住むあなたの実家を訪ねたのだが、あなたのお父さんはあまり父親を捜してほしくないらしい。まぁ、自分達を半世紀近く捨てた親だ。非協力的なのも無理はない」
神谷はもう温くなったお茶を飲んで、話を続けた。
「その日の内に、三神博士に電話をしたんだが、マスコミの電話と同じ扱いを受けてしまったのでな。仕方なく、独自に捜査して、時を伺って今日この島へ来たんだ」
その後、神谷は簡単に今までの調査の状況を説明した。
まとめると、耕助は家を出てしばらくは日本の各地を転々としていたらしい。ただ、それも僅かにある目撃証言と、それを元に地道に調べた記録からだ。神谷は、ここまで調べるだけで3ヶ月もかかってしまった、と言っていた。
そして、25年前に耕助が大戸島へ行くと当時共に働いていた仲間に言ったのを最後に、国内の耕助の目撃は絶えてしまったらしい。どうやら、耕助は大戸島へ行った後、海外へ移住してしまったらしい。
「少し手間取ったが、アメリカへ行ったようだ。それで、アメリカへ探しに行く前に、一度大戸島へ行ってみることにした。三神耕助の孫である、あなたもいることだしな」
軽く笑みを浮かべて言った神谷は、表情を元に戻して、少し身を乗り出して三神に言った。
「それで、三神博士が良ければ、俺と一緒にアメリカへ行ってくれないか?孫がいた方が何かと都合が良いのだ」
「………それと今回の一件で得た僕の人脈も、だろ?」
段々神谷のペースが飲み込めてきた三神は、軽く突っ込んでみた。神谷は、ふっ、と軽く笑った。
「そうだな。当然だ。だが、他ならぬあなたの祖父を捜す為だ。使えるものは猫でも使う、間違っていますか?」
三神は何も言えない。どうやら、コレが名探偵の力らしい。
「勿論、これらは全てあなたの都合が合えばですが。あぁ、旅費等はこちらの調査料からですよ。それから、出発は早ければ2週間後、遅くても1ヶ月後で、10日間を予定しています。すぐには返事も出来ないでしょう。手数ですが、返事はどちらにしても先程の名刺に書かれていた電話番号へかけて下さい」
それから神谷は、明朝東京へ帰ることと、今晩は島に一つだけある宿屋に泊まっていると言って三神の家を後にした。
港からセンターへ戻った三神に、優から今日本に帰国したと言う電話があった。
優は三神が帰国した後もヨーロッパのゴジラ被災国を回り、放射能症をはじめとする怪我の治療を、世界中から集った医師達と共に行っていたのだ。その為、まともに連絡の出来たのも証明の完了した時にかけた以来であった。
しばらくこの数ヶ月間の互いの苦労話をした後、三神が連休を利用して大戸島か東京で会おうと提案しようと考えたのだが、優がしばらくは東京の実家にいると言うので、流石に三神も元義理の両親には抵抗があったので、提案するのを止めた。
とは言え、わざわざ電話をしてきてくれているのだ。三神も男だ、そうそう気持ちを無碍には出来ない。そこで、三神は優にある調べ物を頼む事にした。
「………優に頼みたい事があるんだ」
『え?何?』
三神は優に神谷想治について調べてほしいと頼んだ。三神は神谷が果たして本当に名探偵なのかまだ疑っていたのだ。
そして、アメリカへ祖父耕助の捜索をしに行く話があることを話した。
「………と言うわけで、東京にいる優に是非調べてほしいんだ」
『いいわ。………じゃあ、そうね。調べたら、そっちに行くわ。連休あけになるかもしれないけど、良いわよね?』
「おう。お願い」
電話を切った後、三神は少し微笑んだ。ムファサや所長がうるさかった。
2005年5月5日昼。
東京からの定期船が大戸島に到着した。
降りる人、乗る人、互いがそれぞれの思いを秘めて行き交う。
島の子どもで国立大戸ゴジラ博物館の常連の大助は、連休中東京のおじさんの家に遊びに行っていた。そんな大助少年も定期船から家族と共に降りていた。大助少年の手には、ミジンコさんこと三神小五郎や大助と共に博物館に遊びに行く友達へのお土産が入った袋が握られていた。
港には、ママチャリに乗った友達がいた。大助少年は家族に言って、友達の所へ駆け寄っていった。
大助少年は友達に話たい事が沢山あった。友達にお土産を渡しながら、いくつか話した。しかし、これだけではまだ話したりない。三神の分のお土産もある。話の続きは博物館でしようということになった。
大助少年は友達の一人のママチャリに二人乗りをしようとした時、後ろから声をかけられた。
「ボク達………」
大助達は二人乗りの事を叱られると思った。
「大戸ゴジラ博物館の行き方知ってる?」
大助少年が振り向くと、女の人がそう聞いてきた。大助少年は思い出した。彼女は大助少年が乗っていた船に一緒に乗っていた。そういえば大助少年が話をしている間、何度か右往左往していた。もう港には大助達以外には人はいなかった。
「ネェちゃん、誰だ?」
大助少年は少し突っ慳貪に聞いた。
もし丁寧に返すと、後で友達に冷やかされると思ったのだ。女の人は、大助少年の母ちゃんの様に、化粧が濃くなくてすっきりとした顔立ちで、長い髪をサラサラと風になびかせる姿に、大助少年は少しドキリとしたのも理由の一つだ。
「そうね。私の名前は鬼瓦優って言って、知ってるかな?博物館にある放射性生物研究センターで働いている人の友達なの」
優は大助達に言った。
「もしかして、ミジンコさんじゃない?」
友達の一人が優に言った。確かに、優の友達らしい人は三神か、1月からセンターに住んでいるムファサくらいだ。
「ミジンコくん、知ってるの?」
優は、驚いた。まさか島の子どもにもその名で呼ばれていたとは、と。
結果、優は大助達と一緒に行く事になった。
その時、三神はパソコンでメールを打っていた。
『送信完了』
丁度送信した時に、三神と仲が良い島の子ども達───大助少年達が遊びに来た。
三神がパソコンの電源を切り、部屋を出ると、廊下で所長がニヤニヤしながら話しかける。
「祭りは今日までやっているよ」
三神の頭に?マークが渦巻く。確かに祭りは5日である今日までやっている。だが、何故そんなことを、と謎は深まるばかりであった。
しかし、その謎は廊下を出て、博物館へ入るホールに来た瞬間、すっきりと解けた。
「優!」
ホールには4ヶ月振りに見る優の姿があった。
「ミジンコさん、隅に置けないね~」
どこで覚えたのか、大助少年はニヤニヤ笑いながら三神に言った。
「………とりあえず、久しぶり。それから、ゴジラの謎の証明終了、おめでとう」
4ヶ月でロングヘアーになった髪を揺らしながら、優は挨拶した。
とりあえず、例によって詳しい話は三神の家でする事となった。
家に上がると、優は台所や冷蔵庫、洗濯物をチェックした。
「………ちゃんと生活しているみたいね!」
古女房か果ては上京してきた母親の様な台詞を吐く。
色々考えてしまう質の三神は、事故が起きずに結婚生活が続いたらこうなるのか、と考えてしまい。想像と現実とのギャップを感じ、優に曖昧な苦笑いを返した。
まもなく、茶など出して、名探偵神谷想治についてを優から聞くことになった。
「神谷想治は間違いなく、名探偵よ。これが、名探偵神谷想治を取り上げた雑誌や新聞。最近は別の名探偵が活躍しているらしいけど、数年前は大活躍しているわ。それに、最近もメディアには取り上げられない、水面下では活躍しているって噂よ」
雑誌の切り抜きを並べ、一通り話した優はお茶を飲む。
「………で、行くの?アメリカ」
切り抜きを見ていた三神に優が聞く。
「………一応、そのつもりだ」
「アメリカと言うことは、またゲーン一家とか、それこそアメリカの探偵であるテリー探偵にも会うかもね」
「そうだな。でも、アメリカは広いから。それに、爺ちゃんがニューヨークにいたら、あの時に何らかの反応があったと思うから。別の地域だろう」
「そうね。そんなすごい人だったら、あの時にクルーズさんやグリーンが気づいているわね」
「まぁ。だろうね」
三神はそう言うと、名刺を見ながら電話をかけた。
「もしもし。神谷さんですか?」