《旧約》ゴジラ‐GODZILLA[2005]


 50年前、ここ───大戸島にゴジラが現れた。そして、ゴジラは東京を襲い、オキシジェン・デストロイヤーによって、この世から消滅した。
 そして、高度経済成長期に突入、ゴジラに破壊された東京も、大戸島も復興され、ゴジラの、核の悲しみと恐怖を忘れない為に、大戸島には記念碑が立てられ、国立の博物館として、国立大戸ゴジラ博物館を。そして、その中の研究機関として、国立大戸放射性生物研究センターが設けられた。
 そして、今、その日本が体験したゴジラ被害と、その研究の記録が遂に、必要となる時が来たのだ!
 その為に、三神小五郎は国立大戸放射性生物研究センターにいる。
 ムファサは一度、海の近くにある三神と優の母校でもある思い出の大学へ行き、日本観光をしてから大戸島へ向かうらしくまだ島へ来ていない。
 一方三神も、帰国後一度東京に住む両親の家へ帰省、数日を過ごした後、大戸島へ向かう事にした。そうして、新年になってしまった………
 三神の両親は、東京の江戸川区に二人で住んでいる。ちなみに、三神の祖父────三神の父の父は、ゴジラが東京に出現した時、最年少防衛隊員として、戦闘機に乗った。しかも、戦時中は旧日本海軍が誇った零戦の操縦訓練を受け、14歳という最年少にして将来を有望視されていた隼の様な人物だったそうだ。しかし、ゴジラ出現後、自分の居場所はここではないと言って、家を飛び出し、以後50年近く行方しれずだ。
 思えば、三神もその血のせいで、二度目の独身を味わっているのかもしれない。
「み、み、み、三神博士!お、お茶です!」
 痙攣したような声が、机に向かい思案に耽っていた三神を現実に引き戻した。
 振り返ると、お盆のお茶がこぼれるのではないかと思うほど震えながら立つ女性がいた。
「ありがと!」
 三神は湯呑みを取る。
 彼女は『土井 由貴』といい、役場に寿退職した泉さんの代わりに就いた、短大卒の21歳。上がり症だが、若く美人、役場の花として十分である。今は暇な役場よりセンターの手伝いだ!と村長が言い切った為、雑務を任せてしまっている。
 由貴が部屋から出ると入れ替わりに所長が入ってきた。
「三神君、私の命の次に大切な電子顕微鏡である……………」
「準備出来たんですね!」
「………あぁ」
 三神は思い出した、所長は自己紹介が長々と話す癖──というよりも信念──があるが、センターにある電子顕微鏡を大切に整備し、命の次に大切だと言い切り、電子顕微鏡の話題も物凄く長い事を。
「そうだ!三神君!またなんだよ!」
 電子顕微鏡の部屋に行こうとする三神を所長が呼び止める。
「どうしたんですか?」
「探偵だよ!やっとマスコミの電話が収まったと思えば、今度は探偵だよ!困ったものだよ!」
「…………それって、2ヶ月前に言っていた探偵ですか?」
 三神が聞くと、はて?何だっけ、と逆に聞き返された。
「電話があったて、言っていたじゃないですか!」
「………………………………………あぁ!」
 かなり時間がかかったが、思い出したようだ。
「………いいや。確か、別の探偵だ。君に似た名前なんだ………三神、三神………神………神谷だ!確かそうだ」
「ふーん………で?」
「困ってるんだ。迷惑なんだ。目障りなんだ。三神君、何とかしてくれ!」
「…………なんとかって」
 しようがない。要はただ愚痴りたいだけなのだ。
 三神は電子顕微鏡の部屋へ向かった。
 ゴジラ生物学的証明はまもなく完成する………


「できた!」
 ふぅー
 三神は歓喜の声を上げ、立ち上がり、伸びをし、息を吐いた。まだ白い息が出る。今朝は冷え込んでいるようだ。
 カレンダー付きの時計を見る。2005年3月20日7時15分。時間はかかったが遂に完成した。
「…………ソウケソウケ、出来タカ。………デ、朝飯ハまだカ?」
 三神の声を聞いたからであろう、ムファサが研究室に入ってきて、勝手なことを言う。
 ムファサは1月の半ば頃に大量の土産と共に大戸島に来た後、三神と一緒にデータ解析や情報の交換、討論をしてゴジラの正体解明をしていた。現在は、ここ───三神の居るセンターの研究室の隣にある応接室で生活している。
 三神は一発殴ろうかと思ったが、ムファサの性格を理解し、ランチランチ、と言いながら休憩室へ向かったムファサを放っておくことにした。


 三神はその日の内に論文というかレポートを世界に発信した。
 その日から数日間、大戸島は50年前のゴジラ出現以来といえる大騒ぎになった。役場にはゴジラと三神に関する専門部所が作られた。島中の空き家は報道陣用の宿場に急遽用意し、報道陣はそのままホラー映画に使えるような酷い部屋に寝泊まりする事になった。国立大戸ゴジラ博物館は最早戦場になっていた。
 所長は72時間労働で、睡眠時間は3時間。つまり、3日徹夜して3時間睡眠したら、また徹夜………。三神はインタビューが詰め込まれ、最後に寝たのがいつだか覚えていない。ムファサは20時間睡眠をして、4時間労働というハードスケジュール!
 この中で一番先に死ぬのはムファサだろう。死因は殺人。犯人は大戸ゴジラ博物館職員全員………
 そして、オリンピック規模の大騒ぎが沈静化し、島に落ち着きが戻り、皆1日5時間以上の睡眠がとれるようになった頃、役場のホールというか宴会場にて、三神は大助少年を始めとする島民達に『ゴジラの生物学的な存在の証明』をわかりやすく説明する講演が行われていた。
 とは言っても、事実上それは宴会をしながら、三神が皆とやりとりをしながら、説明をするものであった。
「三神さんよ!じゃあ、この島の伝説の呉爾羅ってのは本当に居て、なげーこと地球のどっかに潜んで生きていたって事か?」
 漁業組合のおじさんが三神に聞く。
「えぇ。恐らく、この地球の進化から取り残された生物がひっそりと生きるタイムカプセルのような場所があるのでしょう。その証拠が、50年前にこの島の足跡から見つかった三葉虫とジュラ紀のものと同じ土です。三葉虫は化石種とは違っていましたから、そのタイムカプセルのような場所で、三葉虫のような生物はわずかな進化………世代交代の過程で起きた種として全く違うものには変わらない程度の小進化のみで今日まで生きていたのでしょう」
「じゃあ、ゴジラも何代も世代交代していたということかい?」
 所長が聞いた。恐らくこれは、講演が円滑に進む為にわざと聞いたのだろう。
「いいえ。ゴジラだけは、子孫を残して死んでいくという生き物の常識が通用しません。これは僕が命賭けで取り返したゴジラの肉片を調べて確証を得ました。…………あの時は本当に怖かった」
 三神の話が脱線した。
「ミジンコさん!肉片で何がわかったの?」
 大助が慌てて話を戻させる。
「あぁ、ごめんごめん。肉片にはね、当然ゴジラの細胞が完全な状態であったんだ。つまり、それを調べれば生きているあのゴジラに起きている凄い力の秘密がわかったんだ。DNAって知ってるかい?」
「今時の小学生を舐めるな」
 大助の仲間の『雄一』が言った。彼ら小学生グループは博物館で散々三神の生物やゴジラの話を聞いている為か、生物系の話の回転は非常に早い。
「じゃあ、説明してごらん」
「いいぜ!」
 雄一はニヤリと笑って、以前に三神が話したDNAと遺伝子についての話を披露した。
「ようは、DNAはただのデータの塊なんだろ?んで、細胞が子どもに遺伝する時にDNAも遺伝して、そのDNAの中の遺伝じょーほーだっけ?ゲームのセーブデータみたいなそれが、ロードされると、手が出来たり足が出来たりするんだろ?」
「三神君………そんな風に噛み砕いた説明をしているのかね?」
 所長が苦虫を噛んだような顔をして言った。
「えぇ、まぁ。今は正しいイメージを漠然と理解して置けばいいと思って、中学や高校じゃ否をなしに勉強する事ですから」
「まぁ、そうだね」
 所長はあっさり引っ込んだ。
「えーと、それがDNAです。じゃあ、DNAが壊れたらどうなる?」
 三神が言った。ここぞとばかりに、『漁業組合長』が言った。
「決ってらぁ、俺は知ってるぜ!突然変異だろ?昔、ハエの遺伝子が入っちまった男の映画を母ちゃんと結婚する前に見たんだ」
「ちょっと、あんた!そんな話はよしなさい!」
 組合長の奥さんが怒る。多分、それはTHE FLYだろう。
「そうです。そうでなければ、癌になったりもします」
「昔あったわねぇ~。百恵ちゃんのドラマで!」
 島のオバチャンが言った。多分、それは赤い疑惑だろう。
「そう!まさに、それです。あれは放射能症として白血病になった………今、ゴジラ被害者の方の中にも沢山確認されています」
 三神は優から聞いた現地の話を思い出しながら言った。少し場の空気が沈んでしまった。
 三神はつとめて明るく言った。
「しかし、ゴジラは放射性物質を体内に沢山持っています。つまり、ゴジラの体は癌だらけになってしまう筈です」
「で、でも、な、なってませんね」
 由紀が言う。
「そう!それが長年の謎でした。その答えこそ先に言った、ゴジラ肉片でした!ゴジラの細胞はその特異なシステムによって遺伝子の変異を起こさないようにしていました。DNA自体も分子物理学の限界ギリギリにまで放射線で破壊されにくく、破損してもDNAは完璧に再構築されるのです。細胞のシステムの中にDNAの固定されたモデルがあるのでしょう。そして、ゴジラのDNAには無駄な遺伝コードはありませんでした」
「前に言ってたイントロンだっけ?」
 大助が言った。流石にこれには三神も驚いた。
「よく覚えていたね!確かにイントロンというのが、遺伝情報としては何も意味のない無駄な配列の部分だよ」
「だって、俺は持ってるゲームとかのキャラのデータを全て記憶している男だせ!」
「成程。これから導きだされた仮説は生物としての常識を完全に無視した事でした。ゴジラは子孫を残す事もなく、また属に言う細胞分裂の限界というのもない。ゴジラは無限の寿命と完璧な遺伝子の代償に、たった一代限りの生物という悲しい運命を背負った訳です」
「つまり、ゴジラは生まれた瞬間に絶滅が決っていた一代限りの突然変異生物で、それがいつ生まれたものなのか全くわかりませんが、ゴジラは何万年か何億年かも知れない歳月を生き、この島の伝説の“呉爾羅”として存在していました。そして、僕のこの説の核心こそ、呉爾羅がゴジラの正体であり、基本的な特徴は変わっておらず、ずっとあの怪獣の姿であったという事です」
「んでも、呉爾羅がゴジラなら、それは50年前に芹沢博士によって死んだ筈だろ?」
 旧科学省を退職して、故郷の大戸島にある国立大戸ゴジラ博物館に再就職した、職員の『敷島 博』が言った。
「………えぇ。ここからはややこしいので、論文に合わせて、今現れているゴジラをG1、50年前のゴジラはG0としましょう。以前はゴジラは巨大化したと言われていましたが、先程に言った完璧なDNAのシステムでは突然変異自体が絶対に起きない訳です。なので、G1もG0も元の呉爾羅の時代から同じ身長だったと考えています」
「ちょ、ちょっと待てよ?ゴジラは呉爾羅から放射能を浴びてなったもんだってミジンコは言ったぜ?そりゃ矛盾してないか?」
「いいえ。呉爾羅はあくまで放射能に干渉していない状態でのゴジラですG0、G1は呉爾羅が核という非常に高いエネルギーを持つ存在を吸収し、使えるようになった系質の呉爾羅なのです」
「………一種の獲得系質ダベな。オラが説明するケ。獲得系質とは、生物が一生の間に手に入れる遺伝されない能力の事ダ。首を長くしたくてなっても、子どもは長くならない。んだども、呉爾羅は一代きり、獲得系質も関係ない。つまり、ミカミは呉爾羅ニャ、何か
有効なエネルギーを吸収して利用出来る能力を獲得出来る力が生まれつき備わっていた事にナルだ。普通の獲得系質というには過剰な変化だが、一種の獲得系っテ訳ダナ」
「流石は専門分野。全くその通り!」
 三神はムファサの説明を聞いて言った。
「………では、もしも呉爾羅があのオキシジェン・デストロイヤーの力を獲得したとしたら…………」
 信吉爺さんが恐る恐る言った。
 そう。三神の仮説はそんな可能性も示唆する事が出来る。そして、三神も『証明』の中でそれについて記述していた。
「えぇ。それは僕も考えました。例えとしてG0やG1に合わせて、『D』しましょう。仮に呉爾羅がG0、G1の核との接触と同様に、オキシジェン・デストロイヤーと接触したら、恐らくはG0、G1が放射能火炎のようにオキシジェン・デストロイヤーを放ったりもするでしょう」
 三神のこの説明は、ゴジラやオキシジェン・デストロイヤーとの縁の深い大戸島の人々には、とても大きな衝撃を与えてしまったらしい。皆笑顔が消え、不安がその場を支配している。三神自身もそうだ。
「大丈夫ダ。そもそもこの世界にはもうオキシジェン・デストロイヤーはないカラ。Dが生まれる事はナイダ!なぁ、ミカミ!」
 ムファサは言った。こういう時、ムファサの能天気さは心強い。
「あ、あぁ。そうだな…………。もし、50年前のオキシジェン・デストロイヤーでDが生まれていたら、もうとっくにどこかで何かが起きている筈だもんな」
 三神も明るく言った。
「ソウダソウダ。もうオキシジェン・デストロイヤーは誰にも造れないんだからナ!」
「…………あぁ!そうだとも、そうだとも!安心して下さい!…………じゃあ、次に進みますか!何か質問は?」
 三神は皆に聞いた。いつの間にか皆もとの調子に戻った。
「あ、じゃあ………なんで呉爾羅という生物は、55メートルといわれる巨体を支えられるんだ?」
 敷島は聞いた。
「そりゃ、骨に決まってるだろ?」
 大助は笑って言った。
「ところが、物理的に骨じゃ不可能なんだよ、骨だと。仮に、呉爾羅が人間と同じ成分の同じ強度だとすると、呉爾羅は地球上に現れた瞬間に骨が折れ、肉は支えられずに崩れちまうんだよ」
 敷島は大助達に説明した。
「本当なの?ミジンコさん!」
 大助達は三神に聞いた。
「あぁ、本来の生物の常識ならね」
 三神は、本来というところを強調して、言った。
「もしかして、ミジンコさんはその理由がわかってんの?」
 大助達は驚いて聞き返した。
「まぁ、骨のサンプルがないから完全に説明は出来ないけれど、『証明』でも書いていたんだけど………誰も読んでなさそうだね。………以前G1のX線写真の撮影に成功した事があったんだ」
 そう、それは12月のG1二度目の襲来の時のものだ。
「それによると、少なくともゴジラは他の生物よりも全てにおいて金属元素の保有量が多く、骨以外もそれこそ骨のように硬く厚くなっているらしく、殆どが見えない状態だったんだ。ただ、骨は生物の常識の限界を超えている可能性すら示唆してしまうほどの硬い骨を有しているんだ」
「ちょっと待てよ!」
 三神の説明を聞いていた組合長が文句を言う。
「さっきから可能性、可能性って!なんだそれは!結局、ミジンコはゴジラの体が頑丈な理由も証拠もつかんじゃいないんじゃないか?」
「理由ははっきり言い切れませんけど、証拠なら簡単ですよ。調べるまでもありません。………だって、ゴジラは体内に核エネルギーを持っているんですよ。もし普通の生物程度の皮膚だったら、今頃僕はここにはいませんよ。本来なら常に放射能火炎を放ちっぱなしと変わらないような状態になる筈ですから。なのに、現実はゴジラからある程度の距離を保てば、危険はある程度避けられるレベルですから」
「あ…………」
 三神の説明で、組合長は口を開けて呆けた。
「まぁ、現在の物理的な証拠はG1の肉片だけですので、今僕にはこれ以上の説明は出来ませんが、ゴジラには生物学の極限にまで達している皮膚を持っている以上、骨も同様にあの巨体を支えられる常識の限界ギリギリの存在である可能性は十分に考えられます」
「三神君、それに皆、世の中には解明しきれない謎というのは生まれ続けているんだよ。時間は事実を風化させてしまう。呉爾羅がいつどの生物系統から誕生したかも、究極の遺伝システムを持つが故に、事実が闇に包まれている。そして、三神君のしたことは偉大だ。我々人類がゴジラという存在を知ったんだ。やっと、我々はゴジラと同じ土俵に立てたということだ」
 所長は始め、三神を弁護するように言っていたが、いつの間にか淡々とした口調で、どこか遠くを見た目線で言った。
 そして、その言葉は三神、そしてその場にいた皆の耳にいつまでも残っていた………。


 三神がセンターの研究室に戻ったのは、夜が明けていた。
 そして、まだ『証明』完了後、優に一度も電話していない事に気がついた。
 少し恥ずかしさがあるが、三神は優に電話をした。
「…………もしもし、あ、えーと…………その、優か?」
 窓から入る朝日は、もう春がなんだと言うことを教えている気がした。
9/15ページ
スキ