赤い竹



2004年12月16日19時。
 グリーンはホテルの時計の時報アラームにつられて時刻を確認した。
 このアテネのホテルは最近泊まったホテルの中でも一二を争う程充実した設備だ。今年のオリンピックの影響か………
「あれ?」
 グリーンがうかうかとオリンピックの事を考えていると、三神が素っ頓狂な声を上げた。
 部屋には、グリーンと三神と優の三人だ。クルーズとブラボーはギリシャ政府を介してヨーロッパ各国と情報を交換するために、グリーンをなぜか残し政府所属の某所へ行っている。優は部屋の電話を独り占めし、ローマの医療施設と情報を交換している。
 そして、三神とグリーンはミニドア島からのゴジラの軌跡をまとめてチェックしていた。
「どうした?」
 グリーンが聞き返すと、三神が頭をかきむしりながら答える。
「確か、ニューヨークでゲーン一家のボスのギケーが、ゴジラの左目を潰したはずだよな?その時、目の周りの肉片が飛んだはずなのに…………無いんだ。正確には、回収されてない」
 グリーンは、ネス湖でゴジラを見た時、左目が再生している、と思った事を思い出した。
「間違いないか」
「あぁ、間違いない。しかし、かなり念入りに科学者チームが捜索したみかいだけど………」
「わかった。調べてみよう」
 そう言うと、グリーンはアメリカへ電話をかけた。
 三神は再び、資料に目を通していた。


2004年12月16日19時50分。
「わかったわ。うん。頑張って。おやすみなさい」
優が電話を終えた。
 三神はなおも二台のノートパソコンと床に広がった資料を睨んでいる。
「腹減った」
 今の今まで黙々と資料をあさっていた三神が突然、二人に話しかけた。
「俺も腹は減ったが、もういいのか?それは?ルームサービスを頼むか?」
「なんなら私が何か買ってこようか?」
 グリーンと優が言うと、三神は首を振り、もう大体片づいたから大丈夫、と言って身仕度を始めた。
「…………おい。本当に片づいたのか?」
「………まぁ大体は。あの肉片が決着ついていないけど、今日までの大まかな流れとかはね。それに、気分転換は必要だぜ」


2004年12月16日20時。
 なんやかんや言っても、結局はホテルにあるレストランで食べる事となった。
「………どうでもいいが、よく食うな」
 グリーンが呆れて三神に言う。優は既に何も言わない。
「だって、アメリカの国家予算だろ?グリーンはCIAなんだから?そもそも、CIAは映画でもいつも昼メロの姑みたいに性格の悪い嫌みな役回りばっかりなんだから、ここいらでイメージを一新する必要がある。僕────いや、私はそこを心配してだな。ユーモアのある大食いのイケメン科学者の飯代をアメリカ国家がCIAに組んだ予算から、ホラヨ!って具合に払えば…………来年の映画じゃ、CIAはシュワちゃんがヒーローで人気で存在感ある役になる!だから、私はCIAの為にゴチになる!Q.E.D.」
 一人かってにベラベラと───しかも途中から日本語で───話すと、確実に普通の倍はある皿を数えながら満足そうな顔をして、GOCHI! と言って、手を揃えてご馳走様をする。
「…………とりあえず面倒だから、根本的な所を一点、否定する。CIAが目立ってどうする!」
「目立ってるじゃん」
 グリーンの言い分は、腹を撫でながら至福の一時を噛み締めている三神にあっさり切り捨てられた。
「………確かに。グリーンは、クルーズさんやブラボーに比べてかなり目立っているかも…………」
 優がはにかんだ笑いをしながら、追い討ちをかける。
「…………でも、ユーモアのある大食いのイケメン科学者って誰よ?」
 優がショックから立ち直れないグリーンを無視して、三神にどうでもいいツッコミを入れる。いつの間にか、みんな日本語になっている。
「目の前にいるのがわからない?」
「おしゃべりで食い道楽のおちゃらけ科学者ならいるけど~」
「誰がだよ!」
 三神は、三神の言葉に無言で指を指す優に、人を指さすな!と言い、人だったの!と優が言った時、抜け殻になったグリーンの衛星電話がコールした。
「…………はい。目立ってますが、一応CIAのグリーンです」
 かなり自暴自棄になって電話に出たグリーンだったが、次第に目つきが鋭くスパイっぽい目に成っていく。
「わかった。ご苦労」
 電話を切ると、グリーンは三神に向いた。
「ゴジラの肉片はゴジラ団が持っている。しかも、副々団長というローマでは大将をしていた人物が所有している」
 レストランは三人のテーブルを除いて、観光客が賑やかに食事をしていた。


2004年12月16日20時10分。
「ゴジラ団は、ゴジラを研究する上で貴重なサンプルとなる肉片を持ち、赤い竹は三神の人生の大発見であるDO-Mを盗んだ。そして、ゴジラは地中海を移動し、近隣諸国は神経質になっている。クルーズが情報を交換しているのは、緊張から来る対立を避けさせる為もある。かなり事態は悪いぞ」
「そうみたいだね」
「なんだ。その気のない言葉は」
 グリーンの話に三神が素っ気なく言うと、グリーンが怒る。しかし、三神はグリーンを睨む。
「僕はDO-Mが人生とは思っていない。あくまでも軌跡に過ぎない。仮に、あれが僕の人生ならば、2年前に僕は死んでいるよ!」
「…………すまない。お前の気持ちを考えるべきだった」
 グリーンは素直に謝った。それに三神は、別にいいけど、と拗ねもせず普通に答えた。
「それに、今ゴジラもゴジラ団も赤い竹もこの地中海にあるんだ。奪回すれば良い話さ」
 三神は強がって言ってはいなかった。本気でそう言っている。
「…………ゴジラ団と赤い竹は、今のままなら対立するはずだ」
 そう言う三神の目は自信に満ちていた。


───第三日目。
2004年12月17日7時20分。
 三神の言葉が現実となったのは、その翌朝のことだった。
「事態が変わった!支度しろ、出発だ」
 部屋に来たブラボーにそう言われ、20分後にはホテルのロビーに集まった。
「ゴジラはエジプトへ向かっている。今日中にはゴジラはエジプトに上陸する!更に、ゴジラ団と赤い竹が対立した!そして、赤い竹はギリシャ国内に潜伏。ゴジラ団はゴジラが向かっている為だろうな………エジプトに行ったらしい」
 用意された車に乗ると、ブラボーは一気に事情を話した。
「「……………」」
 グリーンと優は、その知らせを聞いて口をあんぐりと開けたまま、固まった。
 一方、三神は当然という感じで涼しい顔をしている。
「………三神。なぜ、ゴジラ団と赤い竹が対立するとわかったんだ」
「何?」
 グリーンの言葉にブラボーが驚く。簡単に事の次第を説明する。再び驚くブラボーだが、さほど衝撃的ではなかったようだ。
「………まさかグリーンよりも三神のがスパイの素質があるとはな。精神力さえ鍛えれば、グリーンよりもいいスパイになれるかもな」
 後半は冗談のようだが、三神に感心しているのは事実のようだ。
「………ゴジラ団がDO-Mを欲するのは目に見えている。赤い竹もこれからの事を考えれば、ゴジラの肉片は欲しい。そして、赤い竹にとってゴジラ団はかなり厄介な相手だ。なんせ、ある程度ゴジラの動きを掌握できるんだからな。そして、歴史の浅いゴジラ団にとって、ある程度の歴史とそれ相応の闇での力がある赤い竹は脅威だ。昨日は共に協力したが、その関係は互いのカードがわかってくれば、狂いが生じる。1日───半日あれば、互いが敵対するのは当然じゃないか?なんせ、互いに脅威であり標的であれば、遅かれ早かれその関係は勝手に崩壊するよ」
「あぁ。事実、この二つはこの数時間でかなりの力を闇で得ている。今他のテロ組織は表に出ようとはしてない。神憑り的なゴジラ団と脅威的な科学テロ組織の赤い竹が、冷戦と同じような状態を闇世界に作ろうとしている。当然だな、情報によると互いに独自の思想があるようだが、本気で世界征服も手だと考えている組織だ。しばらくは様子見なのだろう…………ただし、これは互いの思想や性格を把握しているオレ達だからわかった事で、三神の場合はあくまで推測………机上の空論という奴だ。これは三神の為にプロとして言うが、もしこれにメディアが食いついた場合、そして万が一予想が外れた場合は、痛い目にあうのは三神、お前自身だ」
「わかった。そうします」
 三神が素直にブラボーの言葉に従うと、ブラボーは、ふっ、と笑った。
 車が停車した。窓には加工がされていて、外からも中からも見ることは出来ない。
「これって、中からは見えなきゃダメなんじゃないの?」
 優がツッコミを入れる。
「いや。これで良いんだ」
 ブラボーがそう言うと、ドアを開けた。


2004年12月17日8時。
 そこは倉庫のようだった。
 とても広い。東京ドームとまではいかないが、かなりの広さだ。大小様々な車両が停車している。中には戦車まである。
「ギリシャの極秘施設だ。皆に某所と言っていた所だ。勿論、オレも他国のスパイだ。この他に国家機密の場所があるらしい。言わば、スパイ用のゲストルームだな。まぁそんな訳で某所を特定出来ないように一応、外を見えないようにしていたんだ」
 ブラボーが説明する。へぇー、と三神と優はまるで社会科見学に来た生徒の様に感心する。
「みんな、こっちだ」
 クルーズがいた。呼ばれた場所へ行くと、映画のような無駄に高そうな────いやいや、性能の良さそうな機械が並んでいる。
「わかっていると思うが、今がゴジラ団、赤い竹の二者を倒せる最大のチャンスだ。勿論、ゴジラ団に関しては団長という人物を特定できてはいないが、副々団長を捕まえれば、団長の正体もわかるはずだ」
 クルーズは一度一同を見回す。
「そこで、だ。また二手に別れて動こうと思う。そして、三神博士と鬼瓦先生には悪いが、私とエジプトへ行ってくれ。ゴジラが来ている以上来てもらう必要がある。グリーン君とブラボー君にはギリシャで赤い竹を追って、†を倒すついでに、三神博士のDO-M1を奪回してくれ!そして、我々はゴジラ団からゴジラの肉片を奪回するぞ!」
 ムチャクチャな注文をつける。
「そもそも、ゴジラ団を追うのは俺の任務じゃなかったのか?」
 グリーンがもっともな意見を言う。グリーンはニューヨーク以来ゴジラ団を追う任務を担っていた。それにもかかわらず、赤い竹を追い、三神達がゴジラ団を追う事は、なるほど不思議なことである。
「ああ、そのことだが………」
 クルーズは、グリーンの方を向いた。
「クビだ!」
 あっさり、そしてばっさりグリーンに言い放った。
「…………」
 グリーンは口をパクパクしながら、必死に言葉を探している。
「現場のスパイの仕事に慣れていないグリーン君に任せた我々の責任でもあるが、ミスとまでは行かないが、まだまだ未熟だからな。結論としては、グリーン君はフランスの期待の若手敏腕スパイであるブラボー君とコンビを組んで、スパイとしての技術、経験を学んでほしいんだ。ゴジラ団は我々が倒すよ。なぁに、今はおじさんでも、昔はそれこそ、保険屋のロシェとで大西洋の二大フィリップと世界中から並び称されていたんだぞ!」
 一呼吸おいて、クルーズはグリーンを見据える。
「だから、ゴジラ団は任せて置け!」
 グリーンは仕方なく頷いた。


 そんなこんなで、三神は飛行機に揺られている。
 隣でクルーズがイビキをかいて寝ている。反対側にいる優はMDを最大音量にして対抗している。そして、そのツケが三神に騒音となって襲いかかる。
 三神は、耳栓でささやかな抵抗をしていた。
…………後、何分この地獄が続くんだ?
 そして、ビジネスなのになんで落ち着かないんだ?
 エジプト行き飛行機のビジネスクラスでの世にも奇妙な光景だった。


2004年12月17日9時??分。
 ゴジラ団副々団長は苦しんでいた。
「副々団長…………大丈夫ですか?」
 部下の団員が心配する。
「大丈夫だ………だが、情けねぇ………水!………ミネラルウォーターだぞ」
 団員からミネラルウォーター入りのコップを受け取ると、団長が進めていた東洋的な黒い丸薬を三錠飲んだ。
 東洋的なパッケージには、副々団長は読めないが漢字が書かれていた。団長が言った名前を思い出す………『セローンガ』と言っていた気がする。
 生水に当たった副々団長は、東洋医学の神秘的なパワーを信じて、本当にうっすらと薄ら笑いを浮かべた。


 エジプトの空港に着いたのは昼に程近い時間であった。
『Dr.シヵミ〓カ世』
「…………」
「………ミジンコくんの事じゃない?」
 入国ゲートから離れた場所に、二メートルはある幟があった。そこに、『Dr.シヵミ〓ヵ世』
 と書かれていた。
 確かに、『Dr.ミカミハカセ』とも読める。
「…………」
「ちょっとミジンコくん!」
 黙りっ放しの三神に優が言う。
「違うな。僕じゃない」
 三神はあっさりと言う。
「出迎えは用意してないから違うだろう」
 クルーズも後ろから言う。
 しかし、
「ミカミ!オラだ!コッチだ!クレ!クレ!来ヤガレ!」
 と片言の日本語で幟を持った男が叫ぶ。
 三神の動きが止まる。
「やっぱりミジンコくんじゃない」
 優が横から言う。
「………あっ!彼は『ムファサ・ムーラン』ではないか!」
 手をポンと叩いてクルーズが言う。誰です?と優が聞くと、あれ会ったことがなかったかね?とクルーズは逆に聞き返してから、あぁそうか、と一人合点した。
「彼も君達と同じだ。ゴジラ対策の為に国連の依頼でアメリカが声をかけた科学者の一人だよ。彼は、ミニドア島の時にはまだ到着していなかった。私達に直接連絡が来ていたから、あの時は彼の名前を口にしなかったんだな。それて、科学者チームが全員集合をかけた時は…………配置する国を決めた時だが、エジプトから彼を呼び戻したいと要請があったんだ。確か、グリーン君とヨーロッパに渡って、どこかの国でグリーン君と別れて、エジプトに帰国したんじゃないかな?そして、自動的にエジプトの担当は彼になった。………しかし、彼と三神博士が知り合いだった事は知らなかった。一応、私達がエジプトへ行くとは連絡を入れているはずだ。それを彼が知ったのだろうな」
 クルーズは勝手に話して、勝手に納得した。
「…………僕とキミが合う半年程前に大学に交換留学生として、僕らのいた研究室に通っていたんだよ」
 三神が面倒くさそうに話す。
「ムファサ!そんな所にいないで、こっちに来い!」
 三神はムファサに向かって叫ぶ。
 結局、三神も周りから変な目で見られることとなった。


「生水、当たるから気付ケロ!」
 ムファサが水道へ近づいていく三神に注意をする。
「オー、ゴジラ団を探さなければ………」
 クルーズが皆に合わせ日本語で言う。
 空港を出た後、ムファサに案内され、カイロにある今回の作戦本部となる施設を訪ねた。そこで早めの昼食をとり、エジプトとクルーズ、そして国連との通信という、もう見慣れたやり取りをした後、クルーズ、三神、優、ムファサの四人は、比較的自由にカイロでゴジラ団を探せる事となり、カイロの中心辺りにある広場で、どこからゴジラ団を探すかを話し合っていた。
「僕はここにいると思うんだ!」
 三神は空港で買ったジュースの残りを仕方なく飲みながら、地図を開く。
「ドコだ!」
 クルーズが食いついて、地図を広げるのを手伝う。
「ここです!」
「……………」
 三神が自信満々に指さす。
「………ピラミッドじゃない!」
 優が代わりに言う。
「ゴジラ団は今まで観光名所に現れている。当然、今回はピラミッドだろう!な!ムファサ!」
「アー!ソダ、ソダ!ゴジラ団、ピラミッドいる!」
 三神の意見に、なぜかゴジラ団を知らないムファサが自信満々に同意する。
 ………仕込んだわね。と優は彼らの策略に気づいた。
 どうせゴジラ団は、ゴジラが近づかなければ動かない。ならば、観光をしてしまおうという魂胆だろう。そもそも、ゴジラが観光名所に現れたのは、ローマのコロッセオくらいだ。


2004年12月17日12時頃。
「ようし。…………行くぞ」
 副々団長は腹を押さえて、額に脂汗を滲ませながら言った。
「しかし、大丈夫ですか?」
 団員が心配する。
「なんとかなりそうだ。それに、三神達がここカイロで俺達を探している。赤い竹も無視はできない。長湯は危険だ」
 副々団長が言いながら、外へ出る。
「あれが、ピラミッドだな………。観光客に紛れよう。行くぞ!ブツは持ったか?」
「はい。ここに、ちゃんと冷凍されたゴジラの肉片があります!」
「バカ!大声で言うやつがいるか!」
 副々団長が団員を叱る。
「今は何時だ?」
「正午です」
「取引は13時半だ!行くぞ!」
 ゴジラ団は人混みに紛れていった。
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