ネス湖
2004年12月3日13時。
グリーンが捕まっている頃、ゴジラはフランス平原を移動して、サントラル高地のガロンヌ川を上流に移動していた。
大都市に当たらなかった為、大きな被害もなく、素早くフランスの奥地まで移動した。
既に、パリから離れたロシェ氏や三神達がいる施設からは遠く離れている。
決して、ここまでフランスが何もしなかったわけではない。
陸海空と可能な戦力を出した。しかし、先のニューヨーク同様に最終的には、放射能火炎によって戦車は発熱、融解し、戦闘機は速く、攻撃は当たらないが、その早さの為、動きが大回りになり、ゴジラには絶え間ない攻撃が出来にくい。その上、放射能火炎は正体が束になって放たれる数種類もの放射線の為、ミサイルを交わせる速さはあっても放射能火炎を避ける小回りを想定としてない戦闘機はいずれ破壊されてしまった。
そして、政府の人も大変だ。ゴジラの足跡には、特に放射能火炎を放った時の足跡は、残留放射能濃度が僅かながらある。
幸い、雨が降っていなかったため、ゴジラから出る僅かな放射性物質が土壌に染み込まずに済んでいた。
そして、ゴジラは移動する。
フランス横断は時間の問題だ。
2004年12月3日14時。
三神やグリーンのいる地下施設は、一見して廃墟である。
その付近では、安全を確認して戻ってきたクルーズ達がいた。グリーンの帰りが遅いからだ。
つまり、意味する事はグリーンが捕まったという事だ。
場合によっては武装して踏み込む必要もある。
クルーズ達は準備をしている。
しかし、その時、既に突入準備の出来ていた男達がいた事にクルーズ達は気付かなかった。
そう。その男達とは彼らに恨みを持つあの賊だ。賊は一体何を企んでいるのか。
2004年12月3日14時30分。
事態は急激に変化した。
突如、警報の様な音が施設中に響き渡ったのだ。
俺は捕まって檻に猛獣の様に入れられていた。
三神は既にこの部屋から出されてしまった。おそらく、あの研究室の様な部屋に行ったのだろう。この状態では、この部屋以外の様子は見当がつかない。
やがて、銃声が聞こえ、走る音が沢山聞こえるようになった。
いよいよ緊急事態だ。
とは言え、大方、この相手はクルーズ達。つまり、味方だ。
その内、誰かが俺を探してこのドアを開く筈だ。
銃声がより近くになった。
複数の足音が外を行き過ぎ、いつしかドアの前で一人の足音が止まった。
いよいよ、脱出だ。
しかし──────
「お前は!」
俺は思わず叫んだ。
ドアを開けて入ってきたのは、ニューヨークで武装車で作戦本部を襲った時のゴジラ団と同じ服装をした、小機関銃を手にしている男だった。
「如何にも、我らはゴジラ団だ。我らの回りを探っていたアメリカのジェームス・グリーンだな!覚悟!」
ゴジラ団員は銃口を俺に向けた。
しかし、その銃弾が俺を仕留める事はなかった。
ゴジラ団員は、突然、音もなく襲いかかった例のフランス諜報部員───ブラボーの一撃で伸されてしまった。
「状況が変わった。お前も手伝え!」
ブラボーはそう言いながら、檻の鍵を開けた。
「三神達は?」
俺はゴジラ団員の小機関銃を手に取りながら聞いた。
「無事だ。………正確には、その筈だ。フィリップ・ロシェがついている。あの人はオレの上司であり、師匠だ。心配は無い。オレ達も合流すれば良いことだ」
ブラボーはそう言うと廊下へ出た。
ゴジラ団がこの地下施設に襲撃していると言うことは、上で待つクルーズ達はもしや……………
弾弾弾弾弾弾弾ーー!
ロシェ氏がサブマシンガンをぶっ放す。
ゴジラ団員達は次々に銃やら爆弾やらをぶっ放す。
銃撃戦だ。
半分僕は、余りのことに意識がどこかへ行ってしまっていた。弾!という銃声が何重にも重なり、機関銃の銃声は部屋中に響きわたる。
鼓膜が破れそうだ。
段々耳が遠くなってきた。
弾弾弾弾弾ーーーー!
重なりあう銃声。
爆!
デスクを吹き飛ばす爆発。
これがたったの二〇畳程の研究室で起きているのだ。
タトポロス博士は柱の影に、優は奥の棚の裏に、僕は机の下に、ロシェ氏はデスクを立てて交戦している。
………変だ。意識が薄れてきた。緊張しているはずなのに、何故だかほんわか家でゴロツいている気分だ。
…………そうか。極度の緊張が、脳内麻薬を分泌しているのか。そっかそっか。やけに、意識が薄くて、銃声なども余り聞こえないのに、ゴジラ団の動きとかに敏感なのか、所謂覚醒状態だなぁ。これ、は…………
僕はこれ以降、しばらくの記憶が残っていない。
2004年12月3日14時40分。
くそ!
ゴジラ団がこれほど大多数の組織とは思っていなかった。
この程度の距離で、もう既に十数人のゴジラ団員と戦った。
確かこの角を曲がれば研究室だ。
ブラボーの後に続いて、一気に角を曲がる。
俺は絶句した。
ゴジラ団員は、十人程が倒れていて、十人程がまだ研究室内と銃撃戦を繰り広げていた。
こちらに気付いたゴジラ団員は、俺達に発砲してきた!
俺達(主にブラボー)は、何とか怪我もせずに研究室の前まで突破した。
研究室では、まだ激しい銃撃戦が繰り広げられていた。
俺達は壁に体を付けて見つからないように、研究室内の様子を伺った。
研究室内では、現実とは思えない。まるで白昼夢の様な光景が繰り広げられていた。
「ぜぇ………はぁ………ぜぇ………はぁ………ぜぇ…………」
この怪しげな息づかいをするのは、俺が心配していた三神小五郎その人であった。
三神は無謀にも銃撃戦の最中にデスクの上に仁王立ちしている。
その到底知的とは程遠い事をしている学者の目は、この距離からでもはっきりと判断できた。
………イっている。
確かに、生来より学問一筋(に生きているかはわからないが、まずこのような場面に直面した事はないだろう)の男にとっては、この事態はニューヨークの時とは比べものにならない危機感を感じていたのだろう。
しかし、これはひどい。
ゴジラ団員も格好の的にも関わらず、あまりの事にショックを隠しきれずに、銃を構えたまま金縛りになっている。
この場合、味方であるはずのロシェや学者の皆さんも状況に怒りを持っているのか、引いているのか、複雑な表情をしている。
そして、ロシェは銃を三神に向けている。
怪しげな薬品の瓶を持って三神は言う。
怪しすぎる。
「……うへ………硫酸ミスト………」
投げた。
ギャーと言うゴジラ団員の悲鳴。瓶が割れた。薬品は、恐らく硫酸だろう。
最悪だ。
もっと人間的な戦い方があるだろう、三神よ。
2004年12月3日15時。
このままでは敵味方関係なく三神が(を?)殺しかねない。
俺とブラボーは構わず突入した。
三神は一発殴ったら、気を失ったらしい。人騒がせな奴だ。
鬼瓦に三神の介抱を任せ、銃撃戦再開。
何とかゴジラ団を研究室から追い出し、立てこもることが出来た。
「お前の荷物だ。助かった」
俺がフーッと息を吐くと、ロシェが言いながら俺にスパイアイテムを渡した。
すぐさまクルーズに通信をした。
ロシェが壊れていないパソコンを出して、モニターに映像を映し出した。
映像は、施設の出入り口付近だった。
「あ!あれは………ゴジラ団!」
それは十数人のフォーメーションを組んで歩くゴジラ団が映っている。
「何人いるの!ゴジラ団!」
軽い七五調で鬼瓦は突っ込みを入れる。ちなみに、日本語。
「大変だ。このままでは………やられる」
ロシェがもらす。
ロシェは、研究室の奥へ行く。その先には棚しかないのだが…………
やがてロシェが幾つか大小の瓶を持って戻ってきた。
「ブラボー。お前にはもう全てを教えた。この先のすべき事も全て話してある。…………いいな!」
そう言いながら、ロシェは何かを作り出した。
「………わかった」
ブラボーが答える。
「………くそ!時間が無いな。早く行け。…………グリーンくんには感謝する。侵入ルートは、脱出ルートにもなる。…………行け!」
ロシェはこちらに背を向け何かを作りながら言う。
「ロシェ……さん、…………」
タトポロス博士が言おうとするが、後に続かない。
ロシェが作るもの、それは爆弾だった。いや、爆弾といっても、発火装置もない、ただ爆発力を高める程度の爆発物だ。
「この施設が敵の手に墜ちた以上は、誰かが隠蔽しなければならない。…………安心しろ。タトポロス博士達の研究成果は、フランス政府の方へ自動的に転送した。正規のルートでお前達の元へ研究は、渡される」
そう言うと、ロシェはブラボーに合図をした。
2004年12月3日15時32分。
フィリップ・ロシェは、多数の武装したゴジラ団員と地下施設と共に、爆発し、地の底へ隠した。
命と引き替えに。
俺達は、ダクトを通り、侵入した所から脱出した。
そこにはクルーズも負傷しつつも元気に俺達を助け出した。
クルーズによると、軽い戦闘が起きたものの、一度その場を離れたのが正解だったらしく、こうして俺達を助ける事も出来た。
「ロシェ氏…………」
三神がポツリと言った。
ちなみに、三神は脱出する際、ダクトは一人が精一杯の幅な為、叩き起こした。勿論、正気だ。
…………まだ頭がズキズキする。
優やグリーン曰く、僕はあの後気が狂ったらしい。
皆、あの状況下ならしかたがないとして特にはとがめはしなかった。そして、グリーンはあの時何もしなければ全滅していたと僕を励ました。しかし、それが本心かは定かではない。
しかし、唯一の救いはその間の記憶が全く無いことだ。………恐い話だけど。
話は変わるが、グリーンも言っている通り、僕達はゴジラ団なる組織をやや侮っていたらしい。
そして、衝撃的だ。
僕はなんとなしに、ゴジラ団は日本人が組織した小規模の信仰宗教を語る犯罪組織である、と考えていた。
しかし、この大多数の団員。武装のレベル。動きのスマートさ。これらはテロリストを彷彿させる。
しかし、軍事関係以外には被害を与えない所は世界に起きているテロと言われる中でもそう多くはいない。
あくまでも、ゴジラの敵に対しての、攻撃なのだろう。
ゴジラ団…………わからない。
2004年12月3日16時30分。
俺は、三神、ブラボーと共に、遥かフランスの反対側にいるゴジラを追うこととなった。
クルーズとタトポロス博士は、脱出、救出の際に負傷をし、手当てや情報収集、処理等の為に、鬼瓦は医者としてその付き添いでパリへ行く事となった。
ちなみに、三神も(俺によって)負傷しているが、大した事はなく、ゴジラ専門家である事と本人の希望から、俺達について行く事となった次第だ。
ゴジラ……………何故だか随分久しぶりの様な気がする。
2004年12月3日19時。
地中海を望むフランスの海辺。港町から数kmのところ、閑静な林を巨大な体が突き進む。
そして、その巨体の進行方向は、港町だ。
港町はとても静かだ。灯りも闇が町を包む事を承諾したかのような、まばらなものだ。
しかし、この数時間前は今とはまるで違うものであった。
ゴジラは真っ直ぐ町の方へきていた。来るならば夜だろう。
ゴジラは夜の町を襲う。町のあるもの全てを焼き払う。黒魔術の力だ。ゴジラは皆殺しにする。俺達は死んでしまう。この世の終わりだ!
この様なデマともつかない噂があっという間に町中に広まった。
この先はどうなったか?簡単である。死んでしまうならば、いっそのこと………!
早い話が町の人々は暴徒化してしまったのだ。
無秩序。それは何でもしてしまう。窃盗。暴力。破壊。強盗。レイプ…………。殺人が起きるのも時間の問題だった。
警察の中にも何もしない者、自らも暴徒となる者と沢山いた。
結果、大混乱。ゴジラと戦ってない軍隊は皆、この様な町の鎮圧に駆り出された。
この町もつい先程、ひどい衝突が起こり、やっと鎮まった所だった。まだ立てこもっている人々が数カ所にいる。
ニューヨークでは、ゲーン一家という大きな力によって、暴徒は抑えられていた。しかし、今回は…………。
兎に角、ゴジラは町の目前にまで迫っている。
2004年12月3日19時。
まだ町に残っている人々が沢山いると報告を受けた。
「ゴジラを何とか町から離せないかな」
三神が言う。とても真剣な目だ。
「そうだな」
俺が頷く。
「出来るか、出来ないか、それが問題だが」
ブラボーが、唸りながら言い出す。
「…………出来るかはわからないが、ゴジラは光や音に反応を示すらしいな。ならばそれを利用することは出来ないか?」
「出来る」
三神が同調する。
「海軍が近くに待機している。それを使えばどうだ?」
「うん。いいな」
俺を無視して作戦が決定した。
2004年12月3日19時30分。
作戦は開始された。
戦艦数隻がゴジラへ砲撃をする。
三神のアドバイスによって、町を壊さないよう照明弾などの光も利用し、ゴジラの注意を引きつけた。
順調だ。
町を目の前にして、ゴジラは海へ歩みを変えた。作戦…………成功!
2004年12月15日17時頃。
あれからゴジラの姿は、一度も確認できない。
町から離れたゴジラは、照明弾に誘導され地中海へ!ブラボーのアイディアで、魚雷とミサイルを使って気をそらさせる事によって、被害を出さずに、ゴジラを海へ移動させた。
だが、問題は…………
その後、ゴジラを見失ってしまった事だ!
ゴジラは、行方不明だ。
だが、その問題は数分後には解決する事となった。
そして、それは長くつらく史上最悪の3日間の始まりを告げるサインとなった。