ネス湖



 ロシェ氏が部屋に戻ってきたのは、十時二十分だった。
 僕は登場人物が追加されたお陰で、二人から浴びせられる何かから解放された。
「ゴジラだ」
 ロシェ氏がドアの脇の指定席に寄りかかると、ボソッと言った。
「なんだって?」
 タトポロス博士が聞き返すと、ロシェ氏は少し大きな声で言う。
「ゴジラが近くで出現した。さっきの揺れはゴジラの地響きだ」
 やっぱり。
「ゴジラはもうこの付近にはいない。代わりに、007を気取った男がいるみたいだがな」
 とは言っても、ロシェ氏はスパイを捕まえようとしている様には見えない。
 ただの冗談だったのか?
…………分からない。


????年??月??日??時??分。
 男は再び、ダクトに入った。
 何故なら、ロシェ氏がこちらに近づいてきたからだ。
 ロシェ氏は男の存在に気付いたのかも知れない。
 それを確信したのは、ロシェ氏の後をダクト沿いに付いていって、三神や鬼瓦、 タトポロスがいる部屋に入った時の言葉だった。
 男は軽く舌を打つと行動を移そうとした。


2004年12月2日14時24分。
 間に合わない!
 キロ単位にして、残った作戦水域は5キロとない。
 しかも、作戦水域は領海を意味している。
 先程、政府の方から近隣諸国の反応を伝えられた。
 近隣諸国は相手がゴジラな為、作戦水域の放つ武器の被害やそのものが自分達の領海に掛かる事を承諾してくれたが、未知の戦艦であるトータスに関してはどの国も武器、その他の侵入を一切認めないとイギリスに警告したそうだ。
 二隻の艦隊ではゴジラにかなうはずもない。
 結論は、作戦水域をゴジラが出たらもう作戦は失敗したと言うことだ。
 背鰭斬りは、トータスの見事なタックル────緊急浮上で止めたが、艦隊が持つ武器も残り僅かだ。
 トータスも型破りのタックルによって、船体自体もダメージをくらい、その衝撃で多くのクルーが負傷した。
 ゴジラは再び、背鰭斬りをしようとしている。
 しかも、背鰭が、発光している!
 背鰭の周りは揺らぎが見え、背鰭には気泡が湧き出ている。沸騰している様だ。
 つまり、一〇〇度を超える背鰭で切りつけようとしている。
 そして、その標的は…………
 海面に船体の三分の一程出している、このトータスだ。
「潜水準備!ゴジラのが動きが早い!急ぐのだ!」
 コーティ大佐の喝で、勢いがついたのか、すぐに潜水し始めた。
 ゴジラは、背鰭を発光させながら、体を此方に向けている。
 そして、トータスが全速力で水中を進んでいく。
 魚雷を有りったけ放つ。
 海上の艦隊も魚雷を雨のように落としていく。
 ゴジラは、体を再び真っ直ぐにして、泳ぎだした。ゴジラがこの様に気を付けをしている格好は、海獣が泳ぐ姿そっくりだ。そして、速い。
 チキンレースだ!
 トータス、いや、コーティ大佐とゴジラのチキンレースだ。
 ゴジラは発光を続ける背鰭で背鰭斬りをしようとしている。
 トータスも負けじと、硬い装甲で抑えこもうと、全速力で水中を進む。
 俺達は衝撃に備えて、辺りにしっかり自分を固定する。
 そして─────


2004年12月2日20時40分。
 俺はユーロスターの到着を待っている。
………生きているのが今でも不思議だ。
 あの後、俺は生きた心地がしなかった。
 本当にぶつかったのだ、トータスとゴジラは。
 もうその時の記憶は無い。
 ただ言える事は、トータスはその装甲のお陰で戦闘は不可能になったが、浸水も殆ど無く、死者は、最初にコーティ大佐が言った通りに、誰も死ななかった。
 背鰭斬りによって沈んだ戦艦も、死者はいなかった。
 意外にも艦長が脱出する充分な時間が沈没まであったそうだ。
 そして、ゴジラは背鰭斬りが失敗に終わり、トータスの型破りタックルをモロにくらい、気絶をしたのか、沈んでいった。
 死んだとは言えないが、見事なまでの撃退をしたのだ。
 これは、作戦成功と俺はいえると思う。
 何故、今俺がユーロスターに乗ろうとしているかというと、勿論三神を探す為だが、ゴジラは南に進んでいた、ならば気が付いた後もまた南に進む可能性が高い訳だ。その為フランス政府に許可をとり入国して、先回りしようと考えているのだ。ちなみに、ドイル博士はまだイギリスに残っていると言う。ゴジラが舞え戻ってきたときの対処の為だ。
「グリーン!」
 声の方を向くと、黒いマントを羽織ったコーティ大佐がいた。
 俺はコーティ大佐に挨拶をする。
「友を助けに行くのか?」
「あぁ」
「フランスからイギリスに入り込む方法は色々ある。フランスにいると見せかけてイギリスに連れてきている可能性もある。オレの家で個人的に調べる分には問題無いだろ」
「そうしてくれると助かります」
「しかし、現れなかったな。ゴジラ団とやらは………」
「俺もそれが引っかかっていた。ゴジラとトータスがあれだけの戦いをして何も動きがなかった。これは一体」
「わかりません。ゴジラ団はネス湖近くにいた可能性が高い。しかし、何も動きはなかった。勿論、1ヶ月前まで情報収集や調査、捜査がメインだった、新米スパイの実力不足もあるかも知れないけれど」
「貴方は立派なスパイだ。必ず、ゴジラ団を見つける。………電車が来たようだな」
 俺はコーティ大佐に別れを告げて、イギリスを後にした。


????年??月??日??時??分。
 男は行動に移した。
 ダクトに穴を空け、煙玉を投げ落とした。
 そして、素早く床に降りて、ロシェ氏の後ろにつき、銃を突きつけた。
 ロシェ氏は言った。
「………何者だ」


 突然、煙玉を投げ込まれ、何が何だか分からないうちに、煙は消えていった。
 そして、僕の前にはロシェ氏に銃を突きつけた全身黒い服に被われた男が立っていた!
「………何者だ」
 ロシェ氏が言った。
………ゴジラ団?
 僕の頭にゴジラ団がよぎった。
 もし、そうならば。万事休すだ。


????年??月??日??時??分。
 ゴジラ団は再び、団長と電話をしていた。
「やりました。あの邪魔な、奴を殺しました」
『出来したぞ。奴は考えが早すぎる。惜しい男だが、まぁ、死んで都合がいい男だ』
「オレも負傷をしてしまいましたが、あのフランス人が厄介で、殺しそびれました」
『構わない。わかった。ご苦労』
 電話は切れた。


2004年12月2日22時。
 ここが三神達が連れ去られた部屋か。
 床には酒が転がっている。
………本当に酒強いな。
 全く、フランスとは相性があるいのかな。フランス政府は不親切だし。
 部屋をノックした。
 部屋に誰か来たらしい。


2004年12月3日7時。
 ゴジラらしき影が確認された。
 進む先には、フランスがある。


 僕はゆっくり、机にあるカッターを黒服の男に気付かれないように、とった。
 ロシェ氏はピクリとも動かずにいる。
 隙をついて飛びかかろう。
 僕はそう決心した。
 相手はゴジラ団だ。慎重にタイミングを図って!


????年??月??日??時??分。
 男に三神が飛びかかった!
「観念しろ!ゴジラ団!」
 三神の言葉に男はビクッとする。
 三神はカッターの刃を男の首筋にあてがう。
「さぁ。正体を見せろ!」
 三神は男のゴーグルとマスクを一気に剥がす。
 そして…………


 どう言うことだ!
 僕がゴジラ団だと思って襲いかかった男は………
「俺だ!」
 覆面をはがされた男─────ジェームス・グリーンが叫んだ。
「…………なんでグリーン?」
 僕は訳がわからなかった。


2004年12月3日8時。
 俺は、パリから少し離れた廃墟と化した古い教会の前にいる。
「ここに間違えない。グリーンくん、頼んだぞ。私はゴジラの動きを見ている。 情報はそっちに逐一知らせる」
 昨日、ホテルに俺を尋ねてきた男────上司のフィリップ・クルーズが現れた。
「わかった」
 俺は返事をする。
 あの時、フィリップは………


2004年12月2日22時10分。
 部屋を訪ねて来たのは、俺の上司のフィリップ・クルーズだった。
 フィリップはゴジラの学者達(勿論、三神らを含む)の補佐役をしている。要は、学者とアメリカとの橋渡しをしている。
 アメリカのニューヨークが事実上ゴジラ対策の本部に当たるからだ。理由は、ただ国連本部が近くて今回一番最初に被害にあった主要としだからだ。
 そんな訳で、学者が必要な情報や報告はフィリップを補佐役として、通している。
 当然、三神小五郎と鬼瓦優が行方不明に成れば、彼が調べたりする。情報関係をメインにするスパイは、基本的にアクション映画的な事をしない(……筈)が、色々と情報『関係』で大変なのだ。
 フィリップは俺がゴジラを追い駈けている間、色々な情報筋(部外者に口外出来ないルート)で、三神と鬼瓦をさらったのがもう一人のフィリップ────フィリップ・ロシェと言うフランスの諜報部員で、タトポロス博士と共にいるらしい。
「………と言うわけでロシェを中心とするフランス政府の一部がゴジラについて研究してるらしい」
「………それで、彼らが今どこにいるのかわかるのか?」
 フィリップは頷いた。


2004年12月3日9時40分。
 ゴジラは今頃、この上にいる。
 フィリップの話によると、ゴジラは1時間程前の2004年12月3日8時45分にフランスの海岸線に出現し、軍隊との交戦をしながらパリをそれてこのパリから離れたこのような場所に移動して来たらしい。
 三神を見つけ、タイミングを見計らって奪回を図ろう。


2004年12月3日10時20分。
 運が良い。
 俺はそう思った。
 意図も簡単に三神達の居る部屋の上にたどり着いた。
 だが、そう甘くはなかった。
 ロシェに気付かれた。
 俺は舌打ちをした。
 やることは、一つだ。


 僕はグリーンからこの数日間の話を聞いた。
 僕はてっきり今日が2日だと思っていたが、寝ている間に1日過ぎていたと言うことか。
 つまり、僕らは勝手に睡眠による時間差トリックを体験していたわけか。
やれやれ。
 ちなみに、果敢なスパイのグリーン君は僕の目の前に座っている。
 グリーンは鋼鉄製の檻にぶち込まれてるけど…………


2004年12月3日12時。
俺は、一瞬にして捕まった。
鋼鉄製の檻に入れられた。
やがて、三神が来た。
どうやら話をする事が許されたらしい。
俺は三神にこの数日間の話をした。
三神も何か納得したらしい。
この檻がある部屋には俺と三神、そして同世代であろう見張りの男が部屋の隅に立っている。
 コードネームは『ブラボー』と言うらしい。ロシェの信用の置ける部下なのだろう。
 しかし、俺とはまるで違う。
 クルーズ(ややこしいので呼び方を変えた)やロシェの様なスパイとしての凄みがある。
 そう言えばクルーズも昔は諜報部の秘密工作員などの007の様なスパイだったらしい。
 と言うことは、ブラボーなんてふざけたコードネームを持っているが、実は凄いスパイなのかもしれない。
 俺がそんな事を考えていると三神が変な事を聞いてきた。


 僕はグリーンの話を聞いて、ある一点に疑問が浮かんだ。
「なぁグリーン。ゴジラはどこから現れたんだ?」
「どう言うことだ?海に決まっているだろ?」
「昨日、イギリスに現れたゴジラはどこから出現したんだ?」
 僕の質問の意図がわからないようだが、グリーンは、ネス湖だ、と答えた。
「ネス湖の中から現れたんだな?」
「そうだが」
「じゃあ、ネッシーがいるかもね」
「?」
 グリーンの目が点になっている。
「だって、ゴジラがネス湖から現れたと言うことは、ネス湖は外洋と繋がっていると言うことを意味する。つまり、外洋から移動してきた恐竜として、ネッシーが本当に現れていたのかもね」
 そう、あの夢のように…………
「………で、それが今のこの状況に関係あるのか?」
 それは、ないな………
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