ネス湖
2004年12月2日13時55分。
トータスと援護の戦艦三隻を引き連れて、艦隊はゴジラを目指して進んでいった。
この作戦の制約は何よりも、近隣諸国の領海に戦闘の被害を与えてはならないという国が密集しているヨーロッパならではの問題に尽きる。
「しかし、いいのか?俺をこのトータスに乗せたりして。本来は無い筈と言うことは、極秘の兵器と言うことだろ。それにこの形状。俺はSFの世界に入った様な気分だ」
俺がトータスに乗ってから感じた事を全てコーティ大佐にぶつけた。
「………自信だ」
コーティ大佐は此方を見ずに答えた。
「自信があるからだ。ゴジラを倒す自信があるからだ。これが貴方をこの艦に乗せた理由だ。ゴジラを倒した戦艦であれば例え極秘の兵器でも世界は敬意を示す。それに、コイツは強くない。戦艦同士ならばこの艦は沈む。だから、コイツは開発途中にそれを知った開発者達………国が見捨てた。名も無き、存在しなかった筈の艦だ。形状についてだが、俺は関知していない。どこの誰がコイツを拾い、トータスと名を与え、完成したかは言えないし、貴方が知る必要もない。ただ、その者達とオレは関係しているとだけは教えておく」
これ以上は聞いても無駄か。
「ありがとう。それで十分だ」
「一気にけりをつけるぞ」
間もなく、戦闘開始だ。
????年??月??日??時??分。
男はダクトから出てきた。
そこは三神小五郎が監禁されていたあの部屋であった。
部屋の監視カメラは予め男が細工をしていて気づかれていなかった。
男は慎重に扉に進んで、小さなボタンの様な機械を鍵の部分に付けると、あっという間に扉の電子ロックが外れ、扉が開いた。
男は廊下の気配を探りながら、部屋を出ていった。
2004年12月2日14時。
戦闘は開始された。
ゴジラを確認し、直ちに戦闘配置につき、トータスを中心に攻撃が行われた。
ゴジラは海中を移動して、魚雷を回避する。
コーティ大佐の指示によって、ゴジラに無駄なく攻撃を加える。
しかし、戦闘中でもゴジラは少しずつ戦闘可能の海域を離れようとしている。いや、勿論ゴジラが戦闘可能な海域を知るはずがないのだが。
コーティ大佐の判断で、トータスは潜水して戦闘することになった。
直ちに、海水を取り込む。トータスは次第に水中に潜っていく。
三隻の援護の艦隊は、フォーメーションを組んで、リズムよくゴジラに魚雷を打ち込んでいく。
厚いトータスの小窓からゴジラを目で確認し、魚雷を連射する。
流石のゴジラも、絶え間なく襲う魚雷を浴びて、動きが鈍くなってきた。
何よりも、ゴジラの放射能火炎は性質上、海中では至近距離でなければ恐れるに値しない。そして、ゴジラの体力からN-バメーストは死に繋がるであろう技である為、使用する可能性は無に等しい。
つまり、ゴジラは最強の攻撃を封じられているのだ。
戦局は、イギリスよりだ。
おっ。十時十分。海軍風なら一○一○時。
時間を見ながら、そんな事を考えていると、タトポロス博士が、これでよし、と言いながら話を再会した。
「確かに、巨大化した放射能を帯びたイグアナが古生代に絶滅したはずの三葉虫を体に付着する機会がある可能性は、はっきり言って私も殆ど無いと思います。しかし、その可能性は0%では無いと思います。しかも、生き残りの恐竜が放射能によって巨大化する確率よりも高いと思います。私も生物学者です。三葉虫が絶滅し、近縁種のカブトガニが現在も生き残っている理由が繁殖方法と生活圏にあったと言われていて、大量に繁殖して海底を這いまわっていた三葉虫は絶滅しました。しかし、大量に繁殖できる場所が何億年もあれば、三葉虫は生き残っている可能性は十二分に有ります。少なくとも恐竜が何千万年も生き続けるよりは容易い筈です。ちなみに、50年前にゴジラの足跡にあった三葉虫の死骸を発見した山根博士は、確か絶滅した筈の三葉虫とは言いましたが、いつの時代の三葉虫かは特定出来たのですか?三葉虫は少しですが、時代によって形がそれぞれ違うはずです」
「それは、確か後に調べた結果、進化している形跡があり、絶滅後に生き残り密かに適応して生き続けている新種となっていて、学名もトリノバイト・ゴジラヤマネです。しかし、やはりイグアナ説が正しいとは思えません。そして、ゴジラザウルス説も」
「では、ミカミ博士は更に新たにゴジラの説を唱える訳ですか?」
「…………まだ、形としてなっていないけれど、ゴジラは昔からゴジラであった………これが、僕の持論です」
自分でもまだまとまっていない考えだ。タトポロス博士も優もキョトンととしている。
少しずつ頭で整理しながら説明する。
「大戸島にはゴジラが現れる前から『呉爾羅伝説』がありました。………こう書いてゴジラ伝説と呼びます。日本語の知らないタトポロス博士には少々難しいと思いますが、聞いてください」
そう言いながら、僕は紙にペンで『呉爾羅』と書いた。
「この伝説はわかっているもので、江戸時代────3、400年程前からあるそうです。現在のゴジラの名前はこの呉爾羅伝説の呉爾羅からとられました。先にざっと呉爾羅伝説を話して置きますか」
僕は大戸島に伝わる呉爾羅伝説を話始めた。
何年、何十年に一度、何日もの間で魚が取れない日があった。何故、魚が取れないのか。それは、海の中に潜む魔獣『呉爾羅』が怒っているからだ。呉爾羅は怒りに任せて島の周りの魚を食べ尽くしてしまう為、魚が取れなくなるのだ。島の人は呉爾羅の怒りを鎮める為に島の若くて肉の旨そうな美人の娘を選び、祭りを行い海に娘を生贄として舟に一人乗せて捧げるのだ。すると、怒りが収まりやがて魚が取れるようになる。
ここまでは、日本の民間伝承にはよくある………半ばお決まりのパターンだけれども、ここからが呉爾羅の特異な伝説だ。
もし、呉爾羅に生贄を捧げない時は、呉爾羅は怒り狂い、島に上がり島の有りとあらゆる物を踏み潰し、家畜を食べる。その姿は龍や鬼よりも恐ろしく、山から顔が出る程に巨大で、家は一踏みで潰れ、鳴き声は空に轟く程で、破壊の限りを尽くし、怒りが醒めたら海に消えていくそうだ。
「────以上が呉爾羅伝説です。そして、注目するべき点は?わかります?」
「家を踏み潰す事?」
優が言う。
「確かに、そこもそうだけど、考え方はそんな所だよ」
「そうか。大きさか!伝説で誇張はされているはずだが、山よりも高い。そして、家を踏み潰せる大きさの足」
タトポロス博士が言った。ちゃんとこの古代日本の話を理解出来たようだ。
「正解。ちなみに、大戸島には山と言える山は一つ島の真ん中に構えるのみ。しかも、その山からゴジラは50年前に顔を覗かせ写真にも残っている。その大きさはおよそ五〇メートル!更に、伝説が出来た当時の大戸島の民家は平屋の大きさは二、三世帯住宅で平均八坪。一辺が一二メートル!それがすっぽり入る大きさ。現在のゴジラとほぼ同じサイズだ」
僕の話にタトポロス博士は感嘆する。
「すごい!私のイグアナ説なんて到底及ばない。この呉爾羅がまさにゴジラであれば、ゴジラザウルス説も違うはずだ。ゴジラは大昔から呉爾羅と云う巨大な生物だった。それなら、巨大化なんて最初から考える必要もない。それで、呉爾羅とはどのような生物なのですか?」
期待と興奮に満ちた目で僕に聞いてくる。
「…………………」
「「………」」
タトポロス博士だけでなく優も期待に満ちた目で、二人で僕が言うまで黙っている。
「……………」
僕も沈黙。
「「……………」」
二人も沈黙。
「……………………わからない」
二人の威圧感(本当は期待に満ちた目)に負けて、物凄く気まずいながらも声を絞り出した。
「「?」」
僕は二人に何か僕の理解を超えた力の様なものを浴びせられている気がした。
いや、絶対に浴びせている。
今僕は初めて優と離婚したことに安堵を覚えた。
2004年12月2日14時15分。
ゴジラが反撃をし始めた。
ゴジラの視線が海上の艦隊を確認したと思うと、イルカやクジラの様に勢いよい海面に急上昇していく。
「しまった!撃て!」
コーティ大佐が叫ぶ。
その声と同時に魚雷がゴジラに放たれる。
爆!!
命中した。しかし、ゴジラは体位を変えて、ジョーズの様に背鰭を海面に出して泳ぐ。
もはやトータスは目にはいっていない。
艦隊が放つ魚雷やミサイルの雨も気にしない。
そして、艦隊の内の一隻に狙いを定めて………
斬ーー!!
ゴジラは戦艦の船底をそのギザギザとした背鰭で斬り裂いたのだ。
如何に戦艦であっても、真横から船底を斬られてはひとたまりもない。
そして、俺は思い出した。
あの傷はタンカー『BARN SWALLOW』のものと同じだ。
これではっきりした。『BARN SWALLOW』は中央を海中から放たれた放射能火炎で穴を空けられて、その後転覆した側面を背鰭で斬り裂いたのだ。
背鰭で斬る。三神ならばなんと呼ぶだろうか。この驚異的な攻撃技を。
…………背鰭斬り(dorsal cutter)。
あり得る。この場に居れば否定するだろうが、あり得る。
背鰭斬りをくらった戦艦は、あれよあれよという間で沈んでいく。
これで援護の艦隊は二隻になってしまった。
トータスは間に合わない。
機動力の低さがここで祟ったのだ。
「コーティ大佐!もう直ぐ作戦水域を出てしまいます」
航海士が言う。
「後、どれくらいだ」
「このままでは後10分位で出てしまいます」
その答えに苦汁を飲んだような表情を一瞬見せたが、再び平常心に戻ったようだ。
いや、装ったのかも知れない。
ゴジラは戦う。
肉弾戦で戦う。
今、俺は放射能にボカされていたゴジラの真の強さを知った。
戦局は変わりつつある。