ネス湖



 僕と優はタトポロス博士に進められ、椅子に座った。部屋には相変わらず僕らとタトポロス博士、それにロシェ氏しかいない。
 タトポロス博士が椅子の前ある大型モニターにパソコンの画面を映す。
 画面の端に時間がある。時間は………九時四十分か。日本人らしく漢用数字だ!2004年なんて無駄な事まで書かない。
 ちなみに、タトポロス博士はパソコンの本体がある机に座っている。ロシェ氏はずっと立っている。
「私は放射能汚染によるミミズの巨大化の研究をしています」
 タトポロス博士が話始める。当然、彼は英語。高校時代の僕じゃ英語とフランス語の区別も出来なかったな。
 話が外れるけれど、僕はタトポロス博士がミミズの研究をしていると聞いた時僕は感心した。ミミズと聞くと小さな取るに足らない生物と感じるが、実はすごい生物である。
 進化論──特に自然選択説を『The Origin of Species』で唱えた生物学者『チャールズ・ロバート・ダーウィン』も晩年はミミズを研究していたと言う。そして、これは人から聞いた下りだが、彼はミミズを「地球の生命史においてかくも重大な役割を果たした生物がほかにどれだけいるか疑わしいものだ」と評している。
 ゴカイやヒルと同じ環形動物で単純な無脊椎の生物だが、ミミズがいる土といない土とでは肥え方がまるで違う。ミミズがいる土は良い土で、良い土は良い作物ができる。そして、農業が発展して、その土地には立派な集落が出来る。
 まさに生態学や環境学そのものなのだ。
 タトポロス博士の話に戻そう。
「これは、98年に私が発表した論文『環形動物の形態変化にみられる放射能汚染の実態』のデータです。チェルノブイリ周辺で私はミミズが17%もの巨大化を確認しています。しかも、一個体でなく全体的に17%の巨大化です」
 タトポロス博士は画面にミミズの図を出した。確かに一二回りデカくなっている。
「これは、ミミズの遺伝子──特にDNA(デオキシリボ核酸)の塩基配列が組み替えられた結果の突然変異体で、このミミズの塩基配列は汚染地域外の同種の塩基配列とはこのマークされた部分で違う」
 画面に塩基配列が二段並ぶ。上が変異体で、下が通常らしい。
 確かに、パッと見ただけでも、塩基の欠失や挿入、置換が高校のテストで、先生が調子に乗ってやりすぎたみたいに、あちらこちらに起きている。
 この分だと、染色体でも欠失や転座、逆位、重複の突然変異が起きているかも知れない。
 案の定、タトポロス博士は染色体モデルを映し出した。
───と、そこへ背広姿の若い男が部屋に入り、ロシェ氏に話しかけ二人で部屋を出ていった。
 タトポロス博士の巨大化の話はまだ続く。
「この論文ではさらに巨大化への物理的過程なども記してありますが、今の命題はミミズの放射能汚染による巨大化ではなく、ゴジラが放射能汚染によって巨大化した生物か?なので、そのためにゴジラ専門家の三神博士があのフィリップに誘拐された訳ですね。僕も同じだけど、恋人とは昔に別れたきりいないし、家族とは連絡をとらない方が多いから問題ないから下手に抵抗せずに、互いの意見の一致で、放射能汚染の巨大化例の一つ───ミミズの延長線で、半強制的に研究しているわけです」
 軽く肩をすかしながら言う。ロシェ氏がいないので話したのだろう。つまり、僕と同じわけか。
「つまり、タトポポロッス……博士はゴジラもミミズ同様に、爬虫類が放射能によって巨大化したという見方でゴジラを見ている訳ですね?」
 僕が言う。タトポロス───聞く分には問題ないが言いにくい名前だ。
「そう言うわけではない。………ではミカミ博士はどう?」
 逆に聞き返された。
 少し考えていると、優が答える。
「そもそも、突然変異で一番多いのは当然、体細胞で起きるもので、絶え間なく分裂を繰り返し正常細胞を圧迫、破壊をする悪性新生物──ガンよ。ガン(cancer)と言う名前も、腫瘍がカニ型に広がる所からきていると言われているわ」
 僕が後に続ける。
「種としての突然変異には生殖細胞の変異が無くては、ガンやその他の要因致死遺伝子の様な役割をする変異もあるだろうから、体細胞での変異は種の変異は起こさない。起こるのは生殖細胞の突然変異です。まぁ、植物の場合は例外もあるけど。ミミズの場合は比較的種全体で変異が起きた………分裂みたいに増えるしね。ただ、ゴジラもそれに当てはまるかだが、ゴジラは脊椎動物に入るから。50年前の一度きりならば偶然と言えるが、二度となれば偶然とは言えにくい。ゴジラは変異が起きにくい筈、しかし、事実は違った。ゴジラはまだいた。となると、太古から現代まで生きた恐竜のようなゴジラの元となった生物──ゴジラザウルスで統一されている生物が放射能で巨大化したというのが一番可能性のある説です」
 僕の意見に頷くと、タトポロス博士は改めて話を始めた。
「ゴジラザウルス説ですね。私も同意見です。しかし、私はゴジラザウルスに賛成では無く、巨大化の部分に対して同意見なのです」
 僕は椅子から前に乗り出して、つまり?と聞くとタトポロス博士が続ける。
「私はゴジラザウルスに当たる生物が恐竜では無く、現代の地球に数多く存在する生物種──つまり爬虫類の中にいると考えています」
「例えば?」
「イグアナなどの半水生の爬虫類が繰り返した変異によって、巨大化を起こし、放射能への耐性がつきやがて征するように成った生物がゴジラだと考えています。何より、恐竜よりも現実的だ」
「イグアナか………。確かにそれなら現実的とは言える。けれど、僕はそれを結論にするにはまだ早いと思う。50年前のゴジラの足跡には古生代の示準化石でもある三葉虫が発見されている。三葉虫は古生代末期に絶滅したと言われている。つまり、地球史と隔絶された世界とゴジラは何らかの関係があると思います。そこにイグアナが関係出来るとは………」

 地震?
 一瞬だが、直下型の縦揺れ………震度二三くらいのしたから突き上げるような地震だ!
 次の瞬間には地震などなかったかのように、部屋は元の時を刻みだした。
 だが、再び縦揺れ!
 しかもこの地震も一瞬であった。しかし、少し大きい。震度三か!
………なんだ。一体?


2004年12月2日13時。
 俺はもう三神を探しに行くどころでは無くなった。
 ゴジラがネス湖より出現したからだ!
その姿は、あいも変わらずグロテスクな、そして岩のようなそれであった。そして、ギケーによって潰されたはずの左目は、ほぼ再生されていた。
 その後ゴジラはゆっくり湖からその巨体を表し、辺りを揺らしながらゆっくり移動を始めた。
 幸いにもニューヨークとは地形や街の規模が違うせいか、ゴジラは街を破壊しつくす事もなく、放射能火炎を吐くこともなく移動した。
 俺はゴジラを追いつつ、各地に連絡を入れた。
 そして今、俺はロンドンから離れたセントジョージズ岬付近に留めたイギリス海軍の母船にいる。
 ロンドン郊外に設置されたイギリス軍のイギリスゴジラ対策本部には行かずに直接ゴジラと戦えるこちらへ移動した。
 俺が本部へ連絡を入れたときには、ドイル博士が到着しており、ゴジラのネス湖出現の経由を説明したついでに、一応三神と鬼瓦のことも伝えた。
「そうか。それは心配ですな」
 ゴジラは現在ロンドンとは逆の方向、アイルランドとの境になる俺のいるセントジョージズ海峡を移動中だ。
 ネス湖から現れた後、ゴジラはスコットランドの地を南下、クライド湾まで時間をかけ移動し、アイルランド島とグレートブリテン島の間にある二つの海峡と一つの海の内、ノース海峡からアイリッシュ海を真っ直ぐに通り、アイルランド島にもブリテン島にも上陸せずに移動した。そして、セントジョージズ海峡に移動した。
 直接本部と連絡して、イギリスから本格的にCIAの俺──ジェームス・グリーンに協力を求められた。
 連絡を切ると、ゴジラとの戦いの指揮官をするバート・コーティ海軍大佐が俺に挨拶した。
「オレが指揮をとるバート・コーティ海軍大佐だ。貴方がアメリカのジェームス・ボンドか。ジェームス・グリーン………名前まで同じとは、気に入った」
「CIAのジェームス・グリーンです。よろしく」
「貴方もオレの指揮下に入ることを了承してくれ」
「わかりました。しかし、指揮官と成るには………」
 俺は疑問を少しぶつけてみた。コーティ大佐はイヤな顔一つせずに不敵に笑い答えた。
「オレはまだ38歳で大佐だ。指揮官になれるが、本来ならもっと地位も年齢も上の人物がなるべきの大きな戦いだ。だが、オレは決して貴方を騙す為にイギリスが置いたダミー何かではないとオレの名誉に代えて言っておこう。まだオレを信用しないか?」
「いや、別に信用していない訳ではなく、疑問に思っただけです。大佐は貴族出身?」
「戦いには信用が絶対に必要だ。オレの事は全て話そう。確かにオレは貴族出身だ。そして、この地位も僅かで有ろうとオレの家の力によって与えられたものだ。ただし、オレは決して、貴族ということに溺れはしない。それはこれから貴方に目で見て理解してくれ」
「わかった。よろしく頼みます」
「ゴジラを倒す作戦を話す。先のニューヨークではアメリカ海軍は完膚無きまでにやられた。だからこそ!グリーンにも皆にも言う。決してオレより先に死ぬな。これは命令だ。………説明を始める」
 何と熱い男だ。貴族のイメージではない。軍服の上から黒いマントを羽織った姿は、海軍大佐というよりも海賊の長を彷彿させるような男だ。
「ゴジラを倒すのに必要なのは量より質だ。量と質の両方を求めたような甘い考えによる武器などで倒せないのは先のニューヨークを見ればわかる。オレが求むる武器はたった一つでもいい、強い、質の高いものだ。オレは今回、それを使う」
 言うことはわかるが、そんなものがあるのだろうか?
 他の人達もピンと来ていないようだ。
「もう既にそれは用意させている。………そろそろ来る頃だ」
 一体、この男は何を考えているんだ?
 そして、ゴジラを倒せるのか?
 それに三神達も気になる。今どこにいるんだ、三神に鬼瓦。


????年??月??日??時??分。
「団長。ネス湖にゴジラ様が現れました」
 ゴジラ団員が団長に言う。団長はその場にはいない。電話だ。
『ネス湖か。面白い。流石は我らが神様だ。となれば、あの邪魔なスパイも我々を探している場合ではないな』
「はい。まさかMr.グリーンがネス湖まで現れるとは………」
『本来ならばただの無駄足のはずだったものを……悪運の強いやつめ』
「えぇ。しかし、以前のネス湖周辺にあった我々のアジトを嗅ぎつけた可能性があるとなると、危険では?」
『既にあそこはもぬけのからだ。今更見つかろうと問題ない。それよりこれからだ』
「どうすれば?」
『ゴジラ様を殺そうとする無礼で愚かなもの達を罰する必要がある。イギリス………いや、EUに対する恨みを持つ組織も探せばいるだろう。そのような組織に持ちかけてみよう。ゴジラ様に馬鹿共を滅ぼしていただく算段をな』
「わかりました」
『………それから、三神小五郎博士がフランス政府の人間に囚われているそうだ。利用する価値がある。頼んだぞ』
「ハッ!」
 ゴジラ団も動きだした。


2004年12月2日13時30分。
 早く動かなければ、せっかくイギリスに協力を許して貰ったのに、このままではイギリス領をゴジラが出てしまう。
「来たな」
 不意にコーティ大佐が言う。
「作戦開始だ!」
 コーティ大佐が叫ぶと共に海から巨大な船が現れた。
 初めてみるタイプの戦艦だ。半分が潜水艦の様で、半分が戦艦の様だ。サイズはこの戦艦より一回り大きいから空母並みの大きさだ!
 スターウォーズのスターデストロイヤーに頑丈な厚い装甲で固めた護衛艦の上方をのせた様な形だ。色はクスんだメタリックグレー。
「………大佐。これは一体………」
 誰かが言った。
「本来は存在しなかった戦艦だ。名も無き船。オレ達は『トータス(TOTOISE)』と呼んでいる。本来海で亀ならタートルだが、古代ローマで亀の甲の形の大盾をトータスと呼ぶ。そこから取った。こいつならば如何にゴジラだろうと沈みはしない。世界一硬い戦艦だ」
 言われてみると、このトータスは亀の甲羅に見えなくもない。
「装甲の硬さなら世界一だろう。機動力には少々問題があるがな」
「大佐!ゴジラが作戦ポイントに来ました」
「最高のタイミングだ!作戦開始だ!」
 俺も含んでコーティ大佐達はトータスに乗り込んで行った。


 あれからしばらくした、十時五分。
 地震は何度も起き、それもある程度のリズムで起きた。
 まさか、ゴジラ?
 …………まさか。
 この近くにゴジラが現れた………そして、今の揺れはゴジラの地響き………可能性は、ある。
 それにロシェ氏も其れをほのめかす様な事を言っていた。ロシェ氏が何らかの方法でゴジラ出現を予期していた可能性がある。
 フィリップ・ロシェなる人物はフランスの諜報部員だが、彼───ロシェ氏が本物か確かめる術はない。となると、ロシェ氏が実は、ゴジラ団という可能性もあるわけか。
 ………こっちがスパイみたいだな。
「ミジンコくん。なんだったのかしら、今の揺れは。もしや、と思うんだけど、ゴジラ?」
 優が聞いてくる。最後のゴジラはタトポロス博士には聞こえない様に小さな声で聞いてきた。
 やはり、優も僕と同じ考えか。
「可能性はあるよ」
 僕は囁き声で答えた。
「よし。再起動した」
 タトポロス博士だ。先の揺れでコンピューターの電源が落ちたのだ。
「何だったのだろう。ミカミ博士、わかりますか?」
 一応、わからない、と答えておいた。


????年??月??日??時??分。
「団長。テロ組織───赤い竹(Red Bamboo)が動き出しました」
 ゴジラ団員が団長に電話した。
『でかしたぞ。赤い竹と言えば、確か昔インド洋沖辺りを拠点にした秘密結社だ。一度、壊滅したが生き残った構成部員やテロリストが集まって再結成したテロ組織と聞く。確か、生物兵器も所有していると聞いた』
「我々も動きます」
『頼んだぞ!』
 電話が切れた。
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