ニューヨーク



2004年10月27日10時15分。
「………ゴジラは、ゴジラはどこだ?」
「………あれだ!」
 俺の言葉に三神が指をさす。
 未だに荒れ、凄惨な海の中を巨大な影が進んでいく。
 影は先程よりも長く早いので、海中を泳いでいるらしい。
「巨体の割に早いぞ。陸の奴らが気づけるのか?通信が遮断されているんだ」
「気候にもよりますが、EMPの影響は1時間くらい続くようです」
 俺が言うと、通信士がなんとか得られたデータを答える。
「くそっ!どうすればいいんだ!」
 フィリップが憤った。
 そうしている間にも、ゴジラはニューヨークへ迫っていく。
 そして………


2004年10月27日10時12分。
突然の爆発にオレ達は何があったのかまるでわからなかった。
「おい!グリーンさん!何があったんだ!」
 何度も通信機に呼びかけるがノイズばかりで全く連絡出来ない。
「ダメだ。どうなってるんだ」
「おかしいな。無線もうんともすんとも言わないぞ」
 ジュールの方もダメか。一体海で何が起きているんだ?
 この場所からでは海の様子を伺い知ることはできない。
 ダメだ。オレらしくもなく気が動転している。
 落ち着かせるために、コートのポケットから煙草を取り出す。ケースには銘柄よりも大きく「死にます」と書かれている。ニューヨークで一、二を争うキツい種類だ。まさに煙が葉っぱに変わった様なヘビースモーカーには堪らない煙草だ。
 その体に物凄く悪い煙草に記念物のジッポーで火をつける。
 煙が身に染みるぜ。
「何かしら?………雲みたい」
 一番視力のいいイリスが海の方を指差す。
 イリス……ギリシアの神話で虹の女神を指すその名前はギケーが彼女を拾った際に付けた名前だ。ヤツが殺し屋に育てようとしていたイリスになぜこのような名前を付けたのかも謎の一つだ。
「どこだ?」
 オレは口から細く煙を吐きながら聞く。肺が痛みつけられるぜ。
「あのビルの隙間よ。気のせいならいいけど、キノコ雲に見える」
 ………確かにあれはキノコ雲に似ている。
 この体に物凄く悪い煙草のお陰で動転せずに落ち着いていられる。
 落ち着いて腕に着けている時計を見る。
 ………これがガイガーカウンターだな。レベルは安全圏内だな。
「放射能の危険は今は無い。あっちはプロがいるんだ。こっちはこっちの出来る 事をすればいいんだ。行くぞ」
 オレは皆を促し、車に乗った。
「車の中は禁煙だぜ。トゥルース」
 そう言ってジュールがニヤリと笑った。やっと余裕が出てきたらしい。
 オレは煙草を捨て、銃の最後の手入れに入った。この二丁の拳銃は、開拓時代から改造され続け最強となったリボルバーの装飾銃と、カスタマイズが自由自在で万能かつ高性能のマグナムで、共にゲーン一家脱走の際からのオレの相棒だ。
イリスもヘレンも持ち寄った武器の手入れやチェックをしている。
 運転をしているジュールの顔も今は引き締まっている。
 オレは景気付けに内ポケットにあるウオッカを煽った。
 今日こそ、ギケーに引導を突きつける。
 後方では津波や大波が打ち付けて街を破壊していた。


2004年10月27日10時16分。
ヒルトン港へまた大波が迫ってきた。
今までの波と違うのは、それがゴジラであるということだ。
そこは大型船が入る桟橋から少し離れた場所。深さはテトラポットが沈んでいるため、五〇、四〇、三〇メートルと浅くなっていく。場所によっては一〇メートルも深さが無い浅い所もある。
 その様な所をゴジラは物凄い勢いで迫る。
 瞬く間に波を切り裂くように背鰭が海中より姿を現した。
 それはアザラシを狩るシャチの様だ。そのままの体制で浅瀬、そして桟橋に突っ込んだ!
 瞬く間に崩れる桟橋、海から現したその巨体。
 俺達はただ眺めるばかりであった。
 大波を起こし浅瀬に乗り上げ桟橋を崩したゴジラは、グロテスク意外の何者でもなかった。
 岩のように凸凹の肌、背中に聳えるギザギザの鋭い背鰭、そして恐らく体と同じくらいの長さが有ろう尻尾、顔の半分は有ろう巨大な口、そして全身から焼け石の様に絶えず煙の様な湯気を出していた。それが人類史上二度目となるゴジラの姿だった。
 その後直ぐに、素早くしかし確実にその巨体を起こしたゴジラは、ゆっくりのっし、のっしと歩きだした。
 遂に、ヤツが!
 ゴジラが上陸した!
 三神はさぞかし興奮しているだろうと三神に視線を上げてみる。
 しかし、三神は今までとは比べものに成らない様な熱く、しかし冷静な科学者の目であり、顔であった。そして、その目が見ているのはヒルトン港をゆっくりと進む怪獣に向けられていた。
 通信が出来ない為様子がわからないのが辛いが、ヒルトン港に待機していた陸軍は先の爆発による津波の影響で朝より戦力が減っている。
 それでも、ヒルトン港でゴジラを食い止めようと砲撃を開始した。
 戦車がミサイルやら爆撃やらを繰り返してゴジラの動きを止めようとしている。
 しかし、ゴジラは攻撃を諸ともせず地面を揺らしながら歩を進める。
「動きが少し変だな、核爆発はゴジラ自身にもかなりのダメージを与えるみたいだ。あの湯気もまだ相当体温が高い証拠だな」
 三神がその観察の結果を静かにいう。心なしか口調も今までのそれとは違っていた。
 ヘリや砲撃の音でかき消されたか皆には聞こえなかったらしく皆ゴジラを眺めている。
 確かに攻撃を受けているとはいえ、動きに勢いがない。ゆっくりその巨体を前へ進ませているだけの様だ。
「もしや、ゴジラは放射性物質を吐いて体外で連鎖的に核爆発を起こしたのかもしれない。それなら、内部からの爆発とは違って、かつてビキニ環礁で経験したのと同じ核爆発だ。至近距離でも耐えれる可能性は高い」
 先程よりも声を大きくして話した。
「つまり、ゴジラは核弾頭を吐いたのか」
「具体的には少し違うけど、意味合いは殆ど同じだ」
「………核吐き出し爆裂弾爆発。いや、もう少ししっくりくる名はないかな………核吐き出し爆発(Nuclear vomit burst)?」
 俺の意見に三神が同調する。そしてフィリップは………ずっとそんなことを考えていたのか!下らない。後でいいだろ。
「それなら、エヌ・バメースト(N-vomirst)は?vomirstはvomitとburstの造語よ」
 鬼瓦まで………。しかもセンスが悪い。
「Nバメースト……いいな。決まりだ」
 ……核吐き出し爆発で十分だろ。
 大体、今は戦闘の真っ只中だぞ。何を考えているんだ。


2004年10月27日10時19分。
ニューヨーク州が避難命令を出され、ニューヨークとニュージャージーの接続部分にはゲートが設けられた。そのゲートの一つ、リンカーン・トンネルのニュージャージー州側のゲートへ黒い大型のバンが三台接近してきた。
 間もなく、その事に気付いた陸軍、警察がそれぞれの管轄で車を止めようとしたが、車は止まるどころか加速をして、第一第二とゲートを強行突破した。
 僅か5秒程の出来事だった。
 3台がマンハッタン島側のゲートを突破し、マンハッタン島に侵入したのは、その1分後の事だった。
 そして、その跡には紙が残されていた。
 B5サイズでプリンターで印刷されたその紙にはこう書かれていた。
 日本語で『ゴジラ団参上!』と。


2004年10月27日10時20分。
ヒルトン港では、アメリカ陸軍がゴジラとの壮絶な戦いが繰り広げられていた。
謎の核爆発の為、戦力が大幅に失い、電子機器の一部の電源が落ち、通信は遮断された。
 上空にはCIAとゴジラ研究家が乗るヘリが飛んでいるが、この付近に現在ヘリが着陸できるような状態の場所は無いため、彼らからの情報を得ることも出来ない。
 ゴジラにはかなり強い闘争本能があるらしく、マンハッタン内部へ進もうとしていた所へのミサイル攻撃はそのスイッチには十分であった。ゴジラは目標を街では無く、その手前のヒルトン港の戦車達に向けられた。
 ゆっくり、ゆっくり、その巨体を揺らしながら迫るゴジラの姿は対峙する陸軍には他から見る五倍一〇倍にも恐ろしいものであった。
 謎の核爆発の影響か放射能火炎を吐こうとしないのが幸いだった。
 いや、それが余裕を与えたのかもしれない。皆が放射能火炎を吐かないゴジラは恐れるに足らないと。しかし、ゴジラの武器はそれだけではなかった。
 更に言えば、真に恐れるべき武器はゴジラという巨大生物自身にあったのだ。
 絶え間なく続く砲撃によりゴジラの足取りはおぼつかなくなり、勝利を感じ始めた頃、戦車との距離が一〇〇メートルを切った時、ゴジラは動きを止め、心臓を鷲掴む様な咆哮をした。
 そして、一緒の隙を突いて、身を翻す。
 その次の瞬間、巨大で長い尻尾が戦車達に襲いかかって来た。


2004年10月27日10時30分。
「そんな………ゴジラめ!」
スミス大佐は憤った。
あっという間に、何台もの戦車が尻尾に吹っ飛ばされた。
そして、勢い付いたゴジラは尻尾の攻撃から難を逃れた残る戦車に狙いを定めた。
「ヤツから離れろ!ここは一端引け!」
 スミス大佐は大声で叫んだ。
 しかし、その声は戦車には届かなかった。
 砲撃をしながら後退っているが、ゴジラには特に大きな効果は無い。
 その時、ゴジラの目に不思議な光を感じた。敵を見定めた鷹の如く鋭くも小動物の如く澄んだ眼光だった。
 未だに湯気が立ち続けている体に、背鰭に、怪しい閃光が走った。
 その刹那、ゴジラの口から不気味に白い放射能火炎が吐かれた。
 ……油断した。スミス大佐は思った。ゴジラに放射能火炎が吐けないと油断した為に尻尾の攻撃で多くの戦力を失い、そして今まさに吐けないと高を括っていた放射能火炎を吐かれた。
 完全に油断による敗北だ……。
 放射能火炎は一瞬で戦車を炎に包まれ融解してしまった。無論、中にいた兵も助からない。
「大佐!ここは逃げましょう」
 部下に促され、悔しさに苦しみつつその場を後にした。
「戦力はここだけではありません!待機部隊には連絡に行かせています。次こそ勝ちましょう」
 ……そうだ。なんとしても勝とう。


2004年10月27日10時。
 アメリカ国防総省・通称ペンタゴン。
 そこへ一人の老人が招かれていた。老人の名は、スティーブ・マーチン。1954年、アメリカ人唯一ゴジラを目撃した人物である。そして、当時新聞記者であり、天才原子物理学者の芹沢博士の友人でもあった。
「マーチンさん、わざわざこちらまでお呼びして申し訳ありません」
 中年の男が言った。かなり高い地位の人物のようだ。
「私もゴジラの事が気にかかっていました。私からも礼を言います。こんな老いぼれを呼んでいただいて」
 マーチンは沢山の皺がある顔に微笑を浮かべながら言った。


2004年10月27日10時40分。
消火が終わり、沢山の者が助けることがなかったが、可能な限り救助をした。
甲板には数多くの仲間が変わり果てた姿で横たわっている。
ゴジラは港の部隊を壊滅し、街の方へ向かおうとしていた。
「武器戦力はどれくらい残っているんだ?」
艦長が手当てを受けながら船員に聞いた。艦長は両目に火傷を負ってしまい包帯が巻かれ、右手にはガラスで切った傷が深く応急処置だが十針縫われいて、左 足は骨折をしており、何よりも火傷が酷かった。
 デッキはガラスは全て割れて機材は一部から炎上して、デッキ内から生存していたのは艦長と航海士の2名のみだった。
「他の艦は皆堕ちています。よって、武器は本艦のみです。艦の主砲、ミサイル、魚雷全て総攻撃の際使用してしまい残りはわずか。船員は半数以上を失っています」
 船員は言った。
 艦長は奥歯を噛み締めて聞いていた。
「この中で放射能の被害を免れているのは?」
 艦長は静かに聞いた。
「厨房、機関室等にいた述べ二十三人です」
 答えを聞いた艦長はしばらく口を瞑った。


2004年10月27日10時40分。
ついに、ゴジラが街へ来たか………。
軍隊はダメだ。
自分の判断は正しかったということだ。
見ておれゴジラ。
我がゲーン一家がお前を倒す!
ガハハハハ……


2004年10月27日10時40分。
早く行かなくては!
「ヤツの姿は見えるか?ギケーはどこだ!」
 オレは叫んだ。
 ゲーン一家の立て込もっている会社は目の前にある高層ビル三つの中のどれかにギケーがいる。
 つい今し方、ゴジラの鳴き声らしき音と破壊音が聞こえた。
 既に、ゴジラは上陸しているのかもしれない。
 今は停電状態でエレベーターが使えない。つまり最悪、十五階以上の高さがある階段を三回も登り降りしなければならないということだ。
 ゴジラがこっちへ来るまでに、ギケーに会わなければ危険極まりない。
 何より、こちらの体力が心配だ。いざゲーン一家と戦う時に疲れているのは非常に不利だ。
 この選択が重要だ。
 ギケー、待っていろ!


2004年10月27日10時42分。
「動きがかなり鈍い。原子炉の活動のようなものを制御しようとしている時に、無理やり放射能火炎を吐いたのが原因だろうな。それに、湯気もまだ出ている。もしかしたら、体力の限界が来ているかもしれない」
 三神が言った。
「ゴジラを倒すなら今って事か?」
 俺が聞く。
「そこまでは言っていない。ただ、ゴジラがこれ以上放射能火炎を吐くのはゴジラにとって命に関わる事になる可能性が高い」
 三神が真剣な顔でゴジラを見ながら言った。
「どういう事だ?」
「原子力潜水艦が襲われたと聞いたときから考えていたんだ……」
 三神は目を見開いて、ゴジラを直視しながら話し出した。
「結論から言うと、ゴジラは他からの栄養を捕食以外に、エネルギーを直接吸収することができる生物なんだ。逆に言うとエネルギーを使うというのは生命活動の力を消費しているとも言えることになるんだ」
「何?どういう事?」
「順番に説明する。ゴジラは生物だ。生物のエネルギー活動はATP(アデノシン三リン酸)によって行われている。しかし、ゴジラは核をATPと同様に生命活動のエネルギーにすることができるとすればどうなるか?」
 鬼瓦の問いに、淡々と説明し出した。そして、皆何も言わず説明を聞いている。
「ゴジラは直接核エネルギーを吸収することができる。しかし、そのエネルギーをあの巨体を維持するエネルギーにも、放射能火炎を吐くためにも使っている。それはつまり、体力を使って放射能火炎を吐いている事になる。リスクは更に、放射能火炎を吐く時に起きる電離と熱作用だ。詳しくは知らないが、放射能には放射線を放出する時に熱や電気……これはイオンらしいけど、それが発生する。あの発光はそれだ。50年前のゴジラは湯気も出ていたとしてもあれほどではなかった。やはり、原因は………」
「N-バメースト!」
 三神が言い渋っているとフィリップがその名をいった。恐らくはこんなカッコ悪い名前を言いたくなかったのだろう。
「……そのN-バメットバースト(核吐き出し爆発)の影響だと思う。熱や多量の放射能を浴びて体内の核が体力を奪ったり、湯気を出させるほどの体温にさせているんだろう。タンパク質が何故熱変性しないのかは、いずれ解明する。……これはどうしても外せない所なので………Q.E.D.(証明終わり)」
 三神はちゃんと核吐き出し爆発と言って、ちゃっかりエアリー・クイーンの決め台詞を使っていたりする。全く、こいつは何者なんだ?………生物学者、だな。


2004年10月27日10時45分。
「避難は完了しました。残りは我々のみです」
火傷だらけの船員が艦長に報告した。
「ちゃんと風上を通したか?」
艦長がボロボロのデッキで椅子に座らしてもらいながら聞く。
「はい。怪我、放射能汚染が軽度の者は意志を問わず下船させました。他の者は、意志を尊重しました」
「生きれる者、貪欲でも生きようとする者は生きて貰おう。俺たちの分もな」
 他艦から救助された副艦長がこの艦の臨時の副艦長役やっている副艦長が言った。
「陸の様子は?」
「ここからも見える。ゴジラは弱っているみたいだ。だが、ただ休みながらいるだけにも見える。残念だが陸軍は全滅したようだ。形勢を整えるのと、体力が回復するのとどちらが早いか?放っておくとどんどん街へ行ってしまいます」
 艦長の問いに副艦長が正確に答える。
「やるぞ!」
 艦長が叫んだ。
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