地球最終防衛戦線 アルマゲドン
>バトラ
「な、何が起きているの?」
澄子は轟天号の甲板に飛び出した。他の乗組員も同じく、外に出た。誰も持ち場を離れた事を咎める者はいなかった。皆、一同にインファント島の中心から溢れる黄色い光に見入っていた。
そして、その光は一つの形を成していく。
島全てを覆うほどもある巨大な羽へと光は姿を変え、おぞましくも悠然とした巨大な頭部を持った胴体が島の中心に現れた。
やがて、黄色い光は消え、黒色の姿が現れた。
「副官、これは………」
「バトラよ、恐らく。なんて、大きいの」
澄子は、ただその圧倒的な姿に目を奪われる事しか出来なかった。
「これが……バトラ」
始めに口を開いたのは、歩美であった。それにつられて、彰人も感想をもらす。
「モスラの大きさなんて、比較にならない」
「確かに、数kmの巨体じゃなきゃ、いくら聖獣だろうと怪獣だろうと、超巨大隕石に戦える訳もないな」
綾瀬は笑って言った。
『バトラ、あなたをそう呼んでもいい? ………ありがとう』
「やはり、バトラなのか?」
綾瀬が聞くと、小美人は頷いた。
『はい。モスラと同じ卵から孵り、地球に迫る天空からの脅威を倒す為、時が来るまで眠り続けていた黒き聖獣です』
「でも、どうやってグローバル・キラーを?」
彰人は疑問を口にした。小美人は瞳を閉じて、バトラの意思を確認する。
『………バトラは、地球への驚異と戦ういわば剣です。本来はモスラが地球を守る楯として結界を張る筈だったのですが、今はモスラがいません。……ですので、バトラも全力で隕石を破壊すると言っています』
「つまり、本来はバトラが隕石を破壊して、その欠片から地球を守る役割がモスラだったのか」
彰人は、バトラを見上げて言った。
「待って! そんな全力って事は、バトラは地球に隕石が降り注ぐ事もない程に完全に破壊する程の力で隕石に攻撃をするって事?」
歩美が小美人に聞く。彼女達も、辛そうな顔で頷く。
『はい。バトラはそれが役割です。命を捨てて、隕石を破壊します』
「そんな、無茶だ! いくらバトラが数kmもある巨大な怪獣でも、相手は全長1200kmもある巨大隕石だ。出来る訳がない!」
『彰人さん、それでもバトラはやると言っています。役割だからではありません。地球を守る為に、バトラは命を賭けて戦います』
「なんで………。なんで、無駄とわかっていて、そんな事をするんだ?」
『守りたいからです』
「え?」
『確かに、バトラ一体では隕石の完全な破壊はできないかもしれません。しかし、それでもバトラが戦えば、地球が滅びる未来を少しでも後に出来るかもしれない。完全に滅ぼさず、僅かにでも生物が生き残る可能性があるかもしれません。その希望の為に、そして地球を守りたいから、バトラは戦いに挑むのです』
「………いいのかよ」
『え?』
「貴女達はそれでいいのかよ!モスラがいなくなって、もう20年もこの島で孤独に暮らしているんだろ? 折角、バトラが目覚めたのに、なんで死にいかせる様なことができるんだよ!」
『確かに、私達も辛いです。そして、寂しいです。しかし、私達もバトラと共に命を落とす訳にも、この地球を滅ぼさせる訳にいかないのです。私達は今まで同じように、地球の未来を見守り続ける役割があり、そして私達自身もそうしたいのです。だから、私達はモスラとバトラの分も生きなければならないのです』
「僕は、貴女達の様に気丈にはいられない。………バトラ!この星はもう終わりだ! 小美人を連れて、この星から逃げてくれ!」
『え!』
「滅び行く星にもう未練を持つな! 僕はこの星の外で生きる力はない。でも、バトラと貴女達はできるだろ? 生きるんだ! 生きれる者は無駄に死ぬな!」
彰人は小美人に訴えた。
「彰人………」
「おい、坊主」
綾瀬が歩美を制して、彰人の前に立った。
「え? ………ゲフォッ!」
綾瀬の見事な握り拳が彰人を吹き飛ばした。
「まだわからねぇのか!」
「イテェ………。なんですか?」
「みんな、皆で生き残りたい、皆を守りたいから戦うんだ! 生き残りたいからじゃないんだよ! だから、だからお前はいつまでも親父の気持ちがわからないんだ!」
「綾瀬さん、どういう意味ですか?」
「自分一人が生き残りたいっていうなら、確かに簡単だ。だがな、人は一人じゃ生きていけないんだ。お前だって、澄子がいたから今まで生きてこられた。同じなんだ。生きたいっていう気持ちは誰だってある。だがな、孤独に生きたいなんて、ただのエゴだ! 本当に生きたいという気持ちがあるんなら、皆が生きていてほしい、守りたい存在があって始めて思う気持ちなんだよ! お前の言葉は、今まで死んでいった者達、全ての気持ちを踏みにじった! だから、殴った!」
「………」
「ゆっくり考えな。バトラがこれから守ってくれる、時間の中で、な」
綾瀬はそう言うと、静かにバトラに敬礼をした。
そして、小美人は歌を歌い始めた。
バトラは、咆哮を一つあげると、全身に黄色い光を纏い、天空へと飛んでいった。
『彰人さん、瞳を閉じてください』
地面に横たわった彰人に小美人は言った。彰人は言われるまま、瞳を閉じた。
「これは!」
『バトラの見ている景色です』
彰人に見えた景色は、ものすごい速度で過ぎ去る宇宙の景色であった。
「こんなに、早くバトラは飛んでいるのか………」
そして、前方に巨大な隕石が見えてきた。近くには黒鮫号と思しき戦艦の姿が見える。
「どうするつもりなんだ? ………え! まさか!」
バトラの全身に纏う光が一層強くなり、巨大な黄色い光となって隕石に体当たりをした。隕石の力とバトラの力がぶつかり、眩い光が迸る。そして、遂に隕石が砕け始めた。
彰人の傍らで小美人が歌い始めた。
バトラは隕石を砕きながら、その力を更に強め、隕石の速度を落としていく。
「ほ、本当に隕石を破壊している」
バトラはその光に包まれた全身を囲う様に、巨大なモスラの紋章を光で浮かび上がらせる。そして、全身全霊を込めて、バトラは隕石を押し返した。
隕石は無数の欠片となって、四方八方に吹き飛びながら、その速度を落としていく。
しかし、バトラの命も潰えようとしていた。
最期の瞬間、激しい光と共に巨大隕石は巨大な穴が貫かれた。
「バトラは……死んだのか?」
突然、景色は漆黒の闇になり、彰人は目を開くと小美人に聞いた。彼女達は静かに頷いた。
『はい』
「グローバル・キラーは?」
『大部分を失いましたが、まだあります』
「そうか………」
彰人は落胆した。
「彰人! 早く轟天号に戻るぞ! お二方も!」
「え?」
綾瀬が走ってくるなり、彼の手を掴んで叫んだ。
「まもなく、無数の隕石郡が地球に降り注ぐ!」
「どう言う事?」
「バトラが破壊した隕石の欠片だ。モスラの結界がない以上、それはそのまま速度を上げて、もうすぐ落ちてくる!」
「そ、そんな!」
「そういう事だ! 早く行くぞ!」
綾瀬に手を引かれ、彰人は轟天号に乗った。
数時間後、無数の小型隕石が地球の各地に飛来した。単純な被害は甚大なものであったが、既に地下シェルターに多くの人間が避難をしていた事や、その殆どが燃え尽きるほどの微笑な欠片であった為、地球にとっては深刻な被害を与える事は無かった。
そして、グローバル・キラーはその大きさを20km程度にまで小さくなり、速度も落ちた。地球への被害として、人類滅亡を避ける事のできないほどに巨大である事は同じである。しかし、バトラの犠牲により、人類は希望と時間が与えられた。
巨大隕石が衝突するまでの猶予は、20日となった。