地球最終防衛戦線 アルマゲドン


>インファント島

「スパナ、取って」
「はい、スパナ」
「ありがと! ………全く、50年前の戦艦は本当に勝手が違うわ。しかも古い!なんで、発艦の衝撃で油圧系に隙間が出来るのよ!」
 歩美は文句を言いながら、慣れた手つきで油圧装置のパイプを締めなおす。その傍らで彰人がサポートをする。
「………ん? この弁、逆についてる?」
「どれどれ? ………いや、これでいいんだよ。この油圧装置、押し出した圧を更に逆流させて圧を倍にしてから送り出す仕組みになっているみたいだから」
「そんな事ってできるの?」
「それを可能にする技術を持った人が作った。それだけだよ」
 彰人は、油圧装置を触って言った。
「………やっぱり、彰人はスゴイな。私よりも勘がいい」
「勘が良くても、発想力がなければ、父さんの様にはなれないよ。人々からいつまでも忘れられる事はない、天才の様にはね」
「お父さんの事、嫌いなの?」
「昔から言っているだろ? 僕は嫌いなんじゃない。ただ、僕はお父さんみたいには成れないってだけ」
「………じゃあ、私はなんなのよ!」
「え?」
「彰人に整備技術を教えてもらって、彰人を超えようと背中を追って、ここまでやってきた私はなんなのよ! いつの間にか、追う背中を失った私の身にもなってみなさいよ! バカアニキ!」
 そう言うと、歩美はバルブを開くと、さっさとその場を後にした。
「………とっくに僕を抜いている癖に、何を言うんだ」
 彰人は呟いた。油圧装置は完璧に修復されていた。


『インファント島です』
 小美人が言った。ブリッジの前方に巨大モニターを表示させる。青空の下、大海原の中に浮かぶ小さな島が写っていた。
「約1日、予定通りですね」
 澄子は綾瀬に言った。
「黒き聖獣はまだその姿を現していないようだな。………よし、着陸用意!」
 綾瀬の指示で、慌しく着陸の準備を始めた。
 まもなく、轟天号はインファント島の砂浜に着陸した。


「真澄、留守は頼んだ」
「本当に3人でいいの?」
 浜辺に降りた澄子は、奥地へ行く準備を終えた綾瀬に聞いた。同行者は、彰人と歩美であった。
「俺達は調べに行くんだ。ゴキブリとはいえ、昆虫の研究を続けている彰人を連れて行くのは当然だ。それに、轟天にある測定装置を一番上手く扱えるのは、歩美だ。戦闘要員は必要ない。ならば、これが自然な面子だ。それに、この二人は他の者と違い、怪獣を直接見た事がない」
「でも………」
「母親から副官になれ。後の事を考えれば、最も意味のある面子だ。………それとも、寂しいのか?」
「バカ!」
 澄子が怒ると、綾瀬は笑って荷物を背負った。そして、彰人と歩美にその笑顔のまま言った。
「ほら、ガキ共! 今日はお父さんが、ジャングルで怪獣を見せてやるぞ! 万能戦艦でお留守番するお母さんに手をふりな!」


 小美人の案内で、3人はジャングルの奥地へと進んでいく。途中、朽ち果てた集落の跡や古代の遺跡と思しき建造物の中を進んでいく。
「………昔は人が住んでいたのか」
『遥か昔の話です。しかし、何度滅びても、人々はこの島に辿り着き、文明をつくってきました。………そうですね。一世紀半前に滅びてからは、もう人が住んでおりませんね』
 綾瀬の言葉に、小美人は言った。
「一世紀半というと……戦争か」
「それって、ゴジラを生んだ?」
『核が兵器として使われた唯一の戦争です。そして、その後に行われた核実験で、ゴジラは生まれたのです』
 彰人に小美人は説明した。彰人は、この成人前の少女に近い容姿をした小美人がいつから生きているのか、興味を持った。
『彰人さん、女性の年齢を考えるのは日本では失礼ですよ?』
「すみません」
 彰人は邪推をしていた事を素直に謝った。
「あ! 洞窟!」
 歩美が歩いている方向を指差して言った。確かに、大きな洞窟がある。
『その先に、枯れた泉があります』
 彼らは洞窟へと進んだ。
 洞窟内部は薄暗いものの、日の光が入るように隙間が開けられており、暗闇ではなかった。
「紋章?」
 綾瀬は隙間の形を見て言った。それは、複雑な紋章の形に開けられていた。
『モスラの紋章です。………今となっては、意味を持たない紋章ですが。』
「そうだな」
 綾瀬はあえて感情を込めないで、相槌を打った。
「外よ!」
 歩美は、洞窟の先を指差した。明らかに、出口と思しき光が差し込んでいる。
 彼らは洞窟から出た。すると、目の前に飛び込んできたのは、草花が彩る美しい草原であった。
「いい香り」
 歩美が思わず言ってしまうのも、納得だった。洞窟へ流れる風が草花を揺らし、生き生きとした草花の香りが辺りに舞う。
「聖域、だな」
『はい。かつてモスラの住んでいた聖域です』
 小美人は綾瀬に言った。
「本当に、泉が枯れている。………しかも綺麗に水だけがなくなったみたいだ」
 彰人は泉の跡を見て言った。藻が薄緑色に泉の底を彩っている。泉の底は遺跡と同じく、石を組んだ構造になっており、その隙間に水が流れた為、水が枯れたらしい。
「それよりも、この泉の意味だな。アレを隠す為に、わざわざ深いすり鉢状に泉を作っている。………階段があるな」
 綾瀬は、泉の中心にある巨大な黒い塊を示した。そして、黒い塊へと向う階段を見つけた。
「アレが、バトラの蛹」
「まだアレがバトラかはわからないが、な」
 綾瀬は彰人に言うと、背中を押して、階段を下りるように促した。
 彼らは、藻で滑りやすい階段に気をつけながら、蛹の前まで降りた。
「大きいな。………モスラの繭よりも大きいのか?」
『はい。倍以上の大きさがあります』
「つまり、成虫は数百mもある巨大な怪獣か」
 綾瀬は蛹を見回しながら、言った。
「でも、地球は十分すぎる程に絶体絶命の危機だっていうのに、まだ羽化しないって事は、死んじゃっているんじゃない?」
「それをこれから調べるんだろ?」
 歩美に調査機器を広げながら、彰人は言った。
 全ての調査機器を蛹に取り付けると、調査を開始した。
『如何ですか?』
「反応は、ない!」
「というよりも、もう化石に近い。生きている方が不思議な状態ですよ」
『そうですか………』
 小美人は落胆した。
「いや、まだ早い!」
『え?』
「モスラが成虫になるには、歌声が必要だ。貴女方の、な」
 綾瀬は、蛹を叩くと言った。そして、小美人に頷いてみせた。
「コイツを目覚めさせるのは、お二人の役割だ。………歌ってやれ。コイツは、お二人の歌を聞きたがっている!」
『………わかりました。バトラ、私達の歌を聴いて』
 そして、小美人は歌い始めた。
 彼女達の声に呼応するように、草花は揺れ、風は舞う。そして、その場にいる人達の心に彼女達の声は響き、安らぎに包み込まれる。
 バトラの蛹も、彼女達の歌声に呼応する。
 今まで全く反応を示さなかった蛹が、とても強く生命反応を示し始めたのだ。そして、黒色の蛹に黄色い光の筋が走る。
「目覚めた!」
 歩美の声を掻き消すほどに、更に小美人の歌声は大きくなる。そして、それに呼応する蛹に走る黄色い筋も更に光を増す。
「調査機器が!」
 遂に、調査機器が限界を超えて、煙を上げて壊れた。彰人が驚く中、小美人の歌も佳境に入った。
 そして、周囲に余韻を残して、彼女達の歌は唐突に終わった。
「蛹が!」
「……割れる」
「目覚めろ、バトラ!」
 一同が見守る中、蛹は無数の黄色い光の筋が走った。
 突如、眩い黄色い光が蛹から迸った。
6/12ページ
スキ