地球最終防衛戦線 アルマゲドン
>轟天号
「黒鮫号、最終点検」
管制を担うアメリカ合衆国ヒューストンでは、黒鮫号と計画の最終点検の段階に入っていた。
「結局、二週間もかかってしまいました」
『いえ、まだ時間はあります』
小美人はゴルドンに言った。
「如何に黒鮫号とは言え、あの隕石の速度に達するには、かなりの装備、燃料、そして時間をかけなければならない」
「日本人がこの緊急時に臆病だからな。我々のDⅢ作戦で、全て解決してやるさ」
「……ブラック艦長、こちらにいて大丈夫なのかね?」
黒鮫号の艦長、スティーブ・ブラックはゴルドンに敬礼をして、直立不動のまま答えた。
「既に最終確認を完了致しました。現在、艦長不在時での緊急対応の確認をしております」
「うむ」
「一つ確認をしたいのですが、P-1号は必要なのですか?あのスペースがあれば、N2ミサイルを更に3基は積めるのですが」
「あの小型宇宙艇は、隕石のサンプル回収用だ。勿論、余裕があれば、の話だが」
「了解」
「恐らく、君達の猶予は3日と無いだろう」
「さっさと作戦を成功させて帰りますよ」
ブラックは笑った。
2時間後、黒鮫号は宇宙へと旅立った。大型宇宙飛行機用の多段式ロケットシステムであるSY-3システム、通称ムーンライトシステムにより、大気圏を離れた黒鮫号はSY-3システムのユニットを外し、火星へと向った。黒鮫号の最大推進ならば、火星を迂回する事でグローバル・キラーと並行する予定である。
「黒鮫号、出発したそうよ」
澤本ゴキブリ研究所では、彰人に初老の女性が訪れていた。
「………おばさん。こればかりは、澄子おばさんの頼みでも受け入れられません。僕は来週にも地下シェルターへ避難する予定です」
彰人は作業の手を休めずに真澄澄子に言った。
「そう。じゃあ、もしかしたら一生会えないかもしれないわね。……私は歩美と共に地球防衛軍の宇宙ステーションに行く事になったから」
「……そうですか」
澄子の言葉に一瞬、彰人の手が止まったが、再びゴキブリにマークを付ける作業を再開する。
「もうすぐ地下に避難するのに、なぜ彰人君は今も研究を続けるの?」
「さぁ。なぜでしょうね」
「日常だからじゃない?」
「え?」
「昨日があって今日もある。そして、同じ事が出来る。その日常が続くと信じたいから、彰人君は地上に隕石が来るとわかっているのに、今日も研究を続けている。……違うかしら?」
「さぁ。僕にはわかりませんね。………歩美に、宇宙でも元気に暮らせって伝えておいて下さい」
彰人が言うと、彼女の目が寂しげに曇る。
「私はね。20年前にあなたの面倒を見ると決めた時から、彰人君を本当の息子だと思って歩美と扱いを変える事なく育ててきたつもりよ。………でもね、一つだけ今は違うと言えるわ。私は、彰人君に本当の子どもになってほしいと思っているのよ」
「………それは、澄子おばさんの決める事ではありませんよ。僕も、歩美も、お互い兄妹とは思っているかもしれませんが、男女と思ったことはありませんから」
彼女は20年前、彰人と共にいた女性隊員だった。その後、父を失い、幼くして母を失っていた彰人は孤児となり、澄子が母親代わりとなって育ててきたのである。
「そう。……あ、言い忘れてたわ。今となっては過ぎた事だけど。私も歩美も轟天号に乗艦する予定だったのよ。私は副官で、歩美が技師」
「それは、残念でしたね」
そして、二人の間に沈黙が流れる。
それを破ったのは、玄関のチャイムの音であった。
「相変わらず、前時代的な生活をしているな、澤本の息子は」
「綾瀬さん!」
玄関にいたのは、彰人の父、澤本博の友人である綾瀬マリクであった。彼もまた地球防衛軍に属している。そして、現在来訪中の真澄澄子の娘、歩美の父親である。
「俺の仕事を奪ったバカ息子の顔を見に来た」
「え?」
彰人が不思議な顔をすると、澄子が玄関に顔を出した。
「あら、珍しい人が来たわね」
「なんだ、お前も来ていたのか。……歩美もいるのか?」
「残念ね。あの子は杉山さんとヒューストンよ」
「そうか。……なら問題は無いな」
綾瀬は、慣れた調子で居間に座った。
「一体、どうしたのですか?」
「仕事がなくなったのでな。杉山司令官に面倒な仕事を押し付けられた。その憂さ晴らしに、原因を作ったバカ息子も仕事に付き合わせようと思ってな」
「僕が?」
「俺が轟天号の艦長だったんだよ」
彰人は驚いて、澄子の顔を見る。彼女は頷いた。
「杉山司令官も何を考えておられるのか、元夫婦で艦長と副官をさせて、娘に技師をやらせて、養子の管理する兵器を使おうと考えていたんだからな。地球の危機に、なんでこんな家族が集合しなけりゃならんのだか」
綾瀬は笑った。苦笑ともいえそうだ。
「それで、綾瀬さんがこれから行う仕事というのは?」
「あぁ。別に隠すこともないし、今更急ぐ事もねぇな。インファント島に怪獣の調査だ。しかも、移動手段は轟天号だ。中々できない海外旅行だぞ」
「モスラですか?」
「ん? ……あぁそうか。バトラについては関係なかったもんな」
「バトラ?」
「あぁ、モスラの亜種と考えられる怪獣の名前だ。モスラと区別した方がいいという理由で、バトルモスラ、略してバトラだ。………さて、最初から話すか」
そして、綾瀬はDⅡ作戦にいたるまでの経緯を説明した。
「つまり、そもそもの原因となったバトラの蛹を調べに向うんだ。ただでさえ、DⅢ作戦の避難計画の影響で世界中が混乱状態だからな。ゴジラの様な怪獣である場合、さっさと撃滅しなければならないんだ。それで、折角だから轟天号で向おうというわけだ」
「なるほど。それに僕は巻き込まれるというわけですか」
「そういう事だ。どの道、一週間後には地球は存続の狭間に立つんだ」
綾瀬の言葉に、彰人はため息を吐いた。
2日後、彰人は地球防衛軍日本支部中央基地に連れてこられていた。
「すっかり陸上は静かになっちまったな」
綾瀬は基地正門で、彰人を迎えるなり、周囲を見渡して言った。
当然である。既に大多数の地球人は、地下シェルターか宇宙へ避難をしている。しかしながら、残り4日間であろうと地上に残ろうとする人も少なからずいる。世界において何らかの形で重要な役割をになっている人物は、今も尚、意味無意味を問わず、地上で日常を送っている。
「そういえば、聞いたか?」
「なんですか?」
「現存する宇宙ステーション、小型コロニー、全てが定員を超えたらしい」
「そうですか。……別に宇宙であろうと地下であろうと、結末は同じなんですから、気にしても仕方がありませんよ」
歩きながら、彰人は言った。
「どう言う事だ?」
「あれ程の超巨大隕石となれば、如何に地球防衛軍の火力であっても、その大きさを細かくするのが限界です。いくらかは大気圏で燃え尽きたり、月に落ちるでしょうが、それでも地上には一瞬で世界を滅ぼすほどの大量の隕石が落ちるはずです。………宇宙も隕石に襲われる。それも、地上以上の数に」
「つまり、どこへ逃げても結果は変わらないというのか?」
「まぁ、僕の想像ですけどね」
彰人は苦笑して綾瀬に言った。
「またネガティブな事を言ってる! いい加減直しなさいよ、彰人のバカ」
突然大声が聞こえたかと思えば、壁の上にツナギ姿の女性が立っていた。歳は二十歳位であろう。
「歩美」
「轟天号はどうだ?」
「私達、技師のエキスパート達が調整したのよ?完璧に決まってるわ!」
下にいる二人に真澄歩美は、胸を張って答える。
「え? もしかして、この壁が………」
「あぁ。万能宇宙戦艦、轟天号だ」
「デ、デカい」
彰人が呆然と轟天号を眺めていると、歩美がワイヤーを使って上から二人の目の前に降りてきた。
「パ……じゃない、綾瀬艦長! 絶対零度砲はやはり修復不可能でした。……というか、一体どういう技術と構造で作られているのか、私達のチームでもさっぱり」
「まぁ、あの装置は50年近い昔に天才発明家が生み出したという話だから、現在の冷線砲技術とは違う方法なんだろう。何、元々あのドリルにはディメンション・タイドを装備する予定だったんだ。直せないんだったら、スペースを空けておけ。ドリルは動くんだよな?」
「完璧よ!」
「ならばいい! ご苦労!」
父娘は敬礼した。
「さて、最後の客も乗った。では、轟天号、最後のフライトに出発するか!」
綾瀬の声に、艦内から野太い雄叫びが轟く。
「やはり、このブリッジの構造の方が指揮を取り易いな」
綾瀬は艦長席に座ると一人納得した様に言った。
「どういう事ですか?」
「元々、この艦だけは製造された時期の関係だろうが、他の万能戦艦とは違いブリッジが潜水艦に近い構造だったんだ。空中にモニターを表示できるようになったこのご時世に、幾らか前時代的な気がしたのでな。俺が着任してから、改装した」
「………一ついいですか?」
「なんだ?」
「ただ単に綾瀬さんが、この方がカッコいいから改装したのではないですか?」
「それも、一理ある!」
彰人はため息を吐いた。
『貴方が澤本博さんの息子さんですか?』
「……はい。澤本彰人です。はじめまして、小美人さん」
彰人は、綾瀬の机の上に立つ小美人に挨拶した。
『本当に小さいと驚かれたようですね』
小美人は微笑んだ。
「考えを読めるのですか?」
『完全ではありません。ただ、悪意があるか、善意があるかを判断するには十分な力は持っております』
「さて、彰人。お前は歩美のところへ行け」
「え?」
「お前は客人だが、規約上は技師扱いだ。ディメンション・タイドの勉強で、大体の装置を整備できるだけの技術を持っているのは知っているんだぞ」
「……わかりました」
「私が案内するわ」
副官席に座っていた澄子が立ち上がった。
各自が自分の場所に着いたのを確認すると、轟天号は地球最後の任務に出発した。既に、人が残っていない基地には、当然彼らを送る者もいなかった。
グローバル・キラーの地球衝突まで、残り4日と迫った正午であった。