ゴジラ対キングギドラ

【怪獣現る】


「あれ、早かったですね」
「あぁ、こっちが気になってね。それに、頼もしいボディーガードもいるしな」

 達郎の言葉が理解できなかったようで、顔に?が浮かんでいる中村の横に座る。

「それで、どうだった?」
「あぁ、それです。先ほど上から連絡があって、今総理府で警戒宣言をする場合の準備を進めているそうです。それから、国内のいくつかの観測所から、隕石の速度が変わっているという情報が来ています。そういう謎が多い隕石である為、かなり宇宙観測や研究をしているところはコレの返事に慎重になっていますね」
「速度が変わったというのは?」
「理由は色々考えられるみたいですが、少し変化が極端だったので頭を抱えているみたいです。具体的にいうと、先刻NASAからFAXが届いた時は、後2週間は先に見て良かったのですが、現在の速度で計算すると3日後にはいつ来てもおかしくない距離になるそうです」
「さらりと言ってくれたが、それはいくらなんでも早すぎないか?」
「そうです。それで、困っているみたいです」

 中村は他人事のように言うが、これは十分に大変な事だ。こんな室内で首をかしげる前に、今すぐ荷物をまとめに家に帰ったほうが得策なのかもしれないと達郎は思った。

「防衛庁や国土庁はどんな様子だ? そんな短い時間ではかなりの被害が予想されるだろう?」
「そうですよね。ですが、どうも国土庁…というか北海道開発庁と防衛庁の中で少しバタバタしているみたいなので、ちょっと情報が正確に流れてこないんですよ」
「何か北海道であったのか?」
「まだよくわからないのですが、どうもロシアの大型原潜か何かが日本の領海内に侵入しているみたいですよ」
「どっちもこっちも忙しいな。テレビじゃないが、ノストラダムスの大予言とやらで日本は滅びるんじゃないか?」
「そういえば、そろそろですね。1999年の8月。あ、ハルマゲドンってこの隕石じゃないですか?」
「縁起でもない事をいうな」

 達郎は冗談まがいに言ったが、内心本当にこの隕石が中村の言うハルマゲドンではないかと思えてきた。




「すみません。もう消灯時間なので、面会の方はお帰り下さい」

 看護婦に言われ、光一は目を覚ました。いつの間にか、由実の横で眠っていたらしい。
 目をこすりながら、光一は時間を確認する。確かに消灯時間だ。
 光一は伸びをすると、荷物を手に持った。
 そして、由実に別れを言おうと、彼女の顔を見た時、彼女の目がゆっくりと開いた。

「ゆ、由実? ………由実!」
「………う、う」

 自発呼吸はある程度できていたものの、補助として呼吸器を取り付けていた為、上手く声が出ないらしい。

「ちょっと待ってろ! ……先生! 先生!」

 光一は兎に角、ナースコールを押しまくった。


 

 翌朝、そのまま部屋にあったソファーで眠っていた達郎は、周りの騒がしさで目を覚ました。

「………どうした?」
「あ!鞍馬さん! 大変ですよ! 大変!」

 近くにいた職員に話しかけると、彼は大変としか言わず、明らかにパニックを起している。仕方ないので、他の人間に当たる事にした。

「中村君、どうかしたのか?」

 丁度電話を終えた中村を見つけ、声をかけた。

「あ! 鞍馬さん、おはようございます。大変です!」
「大変なのは知っている。何が大変なんだ?」
「北海道に、根室に怪獣が襲撃したんです!」
「カイジュウ? なんだい、それは?」
「怪獣は怪獣ですよ。ゴジラとか映画に出てくる火とか吐く、あの怪獣です!」
「…………」
「鞍馬さん?」

 一瞬意識がどこか遠くへと行ってしまった。達郎は、改めて冷静に情報を整理する。
 どうやら自分が眠っている間に、根室を怪獣が襲撃したらしい。………なるほど。

「今日は4月1日だったか?それとも、これはよく言うドッキリ番組か何かか?」
「鞍馬さん、全く信じていませんね」
「当たり前だろう。それより隕石はどうした?」

 達郎は少し怒りながら中村に聞いた。

「だから! ホントなんですよ! ほら、今朝の4時過ぎに震源が0mの群生地震が発生してます。これは、歩いた時の地響きです。それに……ほら、ニュースもどこも今、緊急報道番組です。それから………」
「わかったわかった。百歩譲って、根室にゴジラが現れたとしよう。とりあえず、私は思考を整える為にトイレに行ってくる」

 そう言うと、達郎は部屋を後にした。

「ちょっと、鞍馬さん! 沢山見てもらわないといけない資料があるんですよー!」

 慌しい室内に、中村の声だけが空しく終わった。



 

 達郎は用を終えると、顔を洗い、ポケベルを見た。

「……12件? えらく溜まってるな」

 最新の記録から表示される。新しいのは、“カイジュウ”という単語ばかりだ。

「ここまでやるものなんだな。確かに結構リアルだったか」

 いまだに全く信じていない達郎は、更に古い記録を確認する。“ユミ メザメタ タンゲ”一番古い記録に表示された内容を見て、驚いた。

「由実、目覚めた。丹下……だと!」

 達郎はトイレから出ると、一目散で病院へ電話をかけた。すぐに、光一へと電話は回された。どうやら、病院に泊まったらしい。

『すみません、お忙しいところに。そっちは大丈夫ですか?親父もてんやわんやらしいですが………』
「君までその話か。大丈夫だ。それよりも、由実は?」
『今、検査を受けています』
「そうか。今すぐそっちに向かう」
『無理をなさらなくても大丈夫ですよ。俺がついていますから、そちらも大変でしょう?』
「とりあえず、一度そっちに行く」
『わかりました。お待ちしています』

 達郎は、電話を切ると、すぐさま荷物を取りに部屋へ戻る。

「あ、鞍馬さん! 資料を!」
「すまない、後にしてくれ。娘の意識が戻ったんだ。すぐ戻る!」
「本当ですか! おめでとうございます! …あ、ちょっと、鞍馬さーん!」

 すぐに部屋を出て行ってしまった達郎に、またしても中村は残されてしまった。



 

 夜が薄く明けてきた4時過ぎ、根室はいつもと同じ朝を迎えるはずであった。
 漁船が出入りする港に、一隻の漁船が慌てて戻ってきた。

「どうした?」
「た、大変だ! ヤスの船が沈没した!」
「なして?そで、ヤスは? …おめ、助けんかったのか? いくら夏といっても、この時間の海はかなりしゃっこいぞ!」
「た、助けられるわけねぇ! あん、あんな化けモン!」

 漁師は慌てて、縄を岸にかけると、駆け上がって逃げていった。

「おい! どこに行く?」
「逃げんだ! あんなもん陸に上がったら、命いくつあってもたんね!」
「なんで、アイツは? ……それより、ヤスを助けに行くぞ」

 一目散に逃げていく漁師を尻目に、港から漁師達は船を出す準備を進める。

「な、なんだ?」

 港にひときわ大きな波が襲ってくる。いや、波というよりも、それは津波という方が正しい。そう気がついた時には、港は大波にさらわれた後であった。
 全身をもまれ、傷だらけになりながらも、運よく岸辺にしがみつけた一人の漁師は、その津波の正体を見て絶句した。

「ば、化けモンだ」

 港に現れたのは、体長50mはゆうに超える巨大な怪獣であった。全身を黒い岩のような皮膚に覆われ、背中には無数に生えたいびつで不気味な背鰭、そして長くのびた尾。それは、何十年も前に本で見た恐竜を彷彿させるものの、決して同じ姿ではない。全くの異形の存在。恐らく、映画などでしか見たことの無い怪獣の姿であった。
 怪獣は、まだ活動の始まっていない根室の街を起す、大きく咆哮を一声上げると、ゆっくりと市内に向かって歩みを進めていった。
 怪獣の出現は、根室市民全てを混乱の渦に叩き込んだ。
 怪獣の巨大な足は、民家を踏み潰していく、逃げ遅れた住人諸共。
 郊外まで避難をした人々は、朝焼けに照らされ、怪獣とその跡に立ち上る炎と煙によって姿を変えつつある根室の街をただ何もできず眺めている事しかできなかった。
 その時、寝ぼけた子どもが呟いた。

「ママ、ゴジラがいるよ。ゴジラだ! ゴジラだ!」

 誰も、その子どもを叱る事はできなかった。目の前にあるのが、現実なのか夢なのか、誰も判断ができなかったのだ。
 しかし、非情にも怪獣は淡々と、ただ本能にしたがって根室を破壊し、やがて海へと消えていった。



 

 達郎が病院に着くと、丁度検査も終わった所であった。

「由実!」
「お父さん。………聞いたよ。私、半年も寝てたんだね」
「由実ー!」

 達郎は、車椅子に乗る、意識のある、会話のできる由実に抱きついて、恥ずかしげもなく涙を流した。

「お父さん、恥ずかしいよ」

 親子の感動の再会に光一は、静かにその場を離れた。
 そして、光一は公衆電話に向かう。

「あ、もしもし、剛か?」

 光一は家に電話をかけた。同じ高校に通う弟の剛に、昨晩はしっかりと伝えられなかった経緯を簡単に伝える。

「そろそろお前も学校だろ? ……悪い。母さんと親父には黙っておいてほしいんだけど、学校に俺が風邪で休んだとでも伝えておいてくれる? ………そ、親には学校に向かったという事で。……わかってる。今度なにか奢る。じゃ、よろしく頼んだ」

 光一は、電話を終え、廊下へ戻ると、どうやら達郎は主治医の先生に呼ばれたらしい。再び光一は由実の車椅子を押して、病室へ戻った。



 

「脳、身体、全て異常ありません。かなり少ないケースですが、世界中でも数例存在している原因不明の昏睡状態からの回復と言っていいでしょう。とても説明が抽象的な言い方で申し訳ないのですが、現代医学の限界を超えた人体の不思議です。兎に角、検査の結果、由実さんは普通に睡眠をして目覚めたのと同じように、全く異常はありません。当然、事故による後遺症もありませんし、怪我も完治しています」

 由実を担当していた主治医の遠山百恵は、達郎に言った。恐らく、当人もこの奇跡的な事象に対して、少なからず動揺しているのだろう。

「しかし、無事でよかった。ありがとうございます」
「いいえ、今回の事は私達医師の力ではありません。完全に彼女の起した奇跡です。私たちはただ彼女が無事に退院出来る様に看病をする事しかできません。………それから、一つ気になる事があります」
「なんでしょうか?」
「事故当時、金星や金色の龍などに関係した事が由実さんの周りに存在したか、起きたりはしませんでしたか?」
「いいえ。私の知る限りは。それは一体?」
「夢………だそうです。彼女が眠っていた間、繰り返し繰り返し、たった一つの夢だけを見続けていたそうです。あまりに非科学的ですので、今回の事とは関連付ける気はないのですが、彼女はSF映画に出てくる様な高度に発展した金星を襲ったキングギドラという金色の三本の首を持った龍から金星人を助けようとする夢を見ていたそうです。夢ですので、どうこうはありませんが、昏睡状態の間の夢ですので、念の為精神科の先生に診てもうのも手かもしれません」
「キングギドラ………。残念ながら、私は知りません。そうですね、折角ですのでお願いします」

 達郎は、百恵に頭を下げた。
 そして、百恵に礼をすると、病室へ向かった。

「あ、お父さん。先生はなんだって?」
「安心しろ、奇跡的な事だそうだが、全く異常はないそうだ。ただ、夢の事で一度精神科の先生に診てもらう事をすすめられた」
「そうね。その方が、良いわ。私も気になってたから」

 ベッドに戻った由実は答える。

「そういえば、丹下君は学校に行かなくて大丈夫なのかい?」
「はい。看病をする為に、一日だけ休む許可をいただきました」
「それなら良かった。さっきからポケベルの呼び出しうるさくて、一度戻らなければならなかったんだ。また由実の看病をお願いできるか?」
「喜んで、お受けいたします」

 光一は笑顔で答えた。由実も父親が帰るにも関わらず、笑顔だ。これは父親としては少し微妙な心境だと達郎は思いつつ、病院を後にした。



 

「遅いですよ! 大変なんですから!」
「すまなかった!……本当の事だったんだな」

 かなり怒っている中村に達郎は謝った。ここへ来る途中で、テレビのニュースから号外、待ち行く人々が怪獣の出現の話題で持ちきりである事で、初めて怪獣出現が事実であると理解したのだ。

「鞍馬さんって、結構頑固だったんですね」
「本当に申し訳ない」
「これがゴジラ……怪獣の資料です」
「ゴジラ?」
「あぁ、テレビであのゴジラに似ているからと、ゴジラという通称が付いたんですよ。正式には、どうも怪獣〝G〟としているみたいですけど、結局これもゴジラからですね」
「なるほどな」
「それから、こっちが隕石の資料です。実は、また少し速度を上げたみたいです。場合によっては今日中に来る可能性もあるそうです」
「本当か?」
「どうも、ゴジラでパニックなのに今、隕石の避難を出して良いのか、結構総理府は慎重に考えているみたいですよ」
「だろうな」

 達郎は、資料を見ながらうなった。確かに、このままだと隕石やゴジラの前にパニックで日本は滅びてしまいそうだ。

「とりあえず、ゴジラの方はどうなんだ? 防衛庁も動いているんだろ、当然」
「はい。話によると、ゴジラを動物とみなして、自衛隊法83条に基づく災害派遣として自衛隊の出動をするそうです。それから、武器・弾薬の使用による対策ですが、有害鳥獣駆除の目的として、それを可能として緊急対策本部をたてるそうです。それから、被災地域の支援などは、4年前の震災での教訓を活かして、なんとか上手くやってるみたいですよ。後は、北海道社会福祉協議会が明後日にボランティアセンターを立ち上げて、上手くボランティアで集まってくる人を捌こうと準備しているらしいです」
「天災の教訓が、怪獣に活かされるとは皮肉にしか聞こえない話だな」
「確かにそうですね」

 中村は苦笑する。

「それはそうと、私達は隕石だ。それほどに早くなっている隕石が堕ちたら、東京どころか、日本や地球規模の被害が出るんじゃないか?」
「それも、議論の対象みたいです。結構厄介な話みたいで、アメリカのどこかの大学が計算したものだと、条件によっては地殻がめくれるほどの被害も考えられるそうです」
「………本当にアルマゲドンかもしれないな」

 そんな絶望的な話を突きつけられると、ゴジラ一匹はどうでもいいように思えてきてしまう達郎であった。
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