ゴジラ対キングギドラ

【二つの愛情】


「全く、私はもうこんな子どもっぽい映画は見ないわよ。
 ………でも、仕方ないか。じゃあお父さんと一緒に、ゴジラを見に行ってあげる!
 ………映画館の前で待ち合わせね。遅れないでよ!
 ………じゃ、いってきまーす!」

 鞍馬達郎は、娘の最後となるその後姿をいつまでも、いつまでも見送り続けていた。



「……またこの夢か」

 目を覚ました達郎は、気だるそうにベッドから身を起すと、サイドテーブルに置かれた写真を手に取る。

「由実………」

 達郎は、写真に写る娘の名を呟くと、一人薄暗い室内で何度目かもわからない涙を流した。





 運輸省に所属する気象観測に関わる部署。ここでは観測によって得た気象の情報を、民間の気象予報会社やラジオやテレビ等の電波によって伝える他に、近年発達したインターネットを利用した電子情報でも配布している。その扱う情報は、通常の気象観測情報の他、台風などの警報や勧告の必要性の判断、地震などの災害情報など多岐に渡る。更に、二次災害としての建築物などの被害などがある場合、建設省や国土庁、防衛庁などからの情報の提供も依頼される場合もある。
 そんな運輸省に所属する気象観測官が達郎の仕事である。

「鞍馬さんって、素敵よねぇ」
「そうかしら? いくら官僚とは言っても、時間ピッタリにそそくさと一人で帰るし、あまり他の人とも会話しないし。………それに知ってます? 鞍馬さんの娘さん、交通事故で半年前から意識不明で入院中なんですってよ」
「えぇーそうなの? ………確か、5年前に奥さんを交通事故で亡くしたはずでしょ。不幸ってついて回るって言うけど、本当の事みたいね」
「どうも、今は毎晩娘さんのお見舞いをする為に定時に帰ってしまうらしいわ。………あら、こう言うと結構素敵な人ね」
「でも、そういう事だと当分再婚とか考えなさそうね」
「あら、あなた、冗談じゃなくて、本気で話していたの?」

 給湯室で女性職員が話をしている後ろを、若い男性職員が通り過ぎる。
 彼は、気象観測官が詰める部屋へと入ると、迷わず達郎の机の前にやってきた。

「鞍馬さん、結構人気があるみたいですね。そこで女子が噂してましたよ」
「ん、中村君か」

 彼の話を聞いていなかったのか、達郎はそっけなく返事をする。達郎の後輩に当たる中村真彦は、達郎を尊敬しており、各省庁や色々な部門に友人を持つらしく、横の繋がりが弱い達郎にとって彼は、結構頼りになる。

「中村君か、じゃないですよ。そういうのだから、周りに色々言われてしまうのですよ。………まぁ、自分は他のゴルフだの下り先だのばかり考えている人よりも、そんな鞍馬さんを尊敬していますが」
「そういう毒ばかり吐いていると、上にいけないぞ。………で、どうした?」
「そうでした!実は、先ほどNASAからFAXが届いたのですが……これです」

 中村は手にしていた封筒から数枚の紙を取り出し、達郎に渡した。

「………隕石か?」
「はい。まだ落ちるとは確定していないのですが、どうも進路が本州付近に向かうらしいので、連絡を頂きました。ちょっと、自分の一存でどうこう言ったり、騒いだりもできないと思いまして、上へ連絡する前に鞍馬さんの御意見を伺いたいと思いまして」
「なるほど。種子島や管理局の方は?」
「どうやら、存在は確認しているようですが、まだ落ちるか判断できないようです。場所的に、最悪東京に落ちる可能性もありますからね」
「そうなると、総理府は勿論、防衛庁、公安委員会、国土庁………後なんだ」
「隕石となると、環境庁や科学技術庁にも意見を求めた方がいいかもしれませんね」
「そもそも首都機能そのものを停止しなきゃいけない。確か、まだ完全にガイドラインできてなかっただろ?」
「……ですね。面倒ですから、全部に連絡しちゃいますか?」
「………いや、それはマズイだろ? 確実に大パニックになるぞ。………とりあえず、私が上に伝えておく、中村君はすまないけれど、しばらく宇宙観測をしている研究機関や部署に情報がないか聞いて回ってくれ。しばらくの間、私は出るが夜にはここに戻る」
「娘さんですね。構いませんよ、こういう時にこそ会いにいく鞍馬さんに、自分は着いていきたいです」
「すまない」

 達郎は素直な気持ちで、中村に頭を下げ、すぐに受話器を取り、上司へ電話した。



 

 夕方の病室は、窓からさす日の光で一面オレンジ色に染まる。
 丹下光一はこのオレンジ色に包まれる由実を見るのが好きだ。そして、完全に日が落ちる前に病室を後にする。
 今日も、返事を返せない由実に向かい、光一は一日の出来事を話した。高校の事、受験勉強の事、友達の事、家族の事、その話題はいつまでも尽きる事はない。
 また今日も一日が終わる。そう思いながら、光一は荷物をまとめる。

「おや、確か君は……丹下君だったね。看護婦から君が毎日由実の見舞いに来てくれるとは聞いていたが、本当だったのだね。ありがとう」
「あ、由実さんのお父様ですか? ……いつもいつも入れ違いのようで申し訳ありません」

 光一は慌てて達郎に頭を下げる。

「かたくならなくていいよ。娘の彼氏に対して、世の父親というのはあまり良い印象を持たないと言うが、こうして娘の見舞いに毎日来てくれる方にどうしてそのような事が言えるか。いつもありがとう。娘がお世話になっているよ。………しかし、高校3年生というのはこんなにもしっかりしているものなのか、由実も見習ってほしいものだよ」

 そういうと、達郎は由実の顔を見る。

「あ、いえ! 由実さんは俺なんかよりもずっとしっかりしています。………いや、それに俺のコレは親父の影響ですし」
「ほう。お父さんは何を?」
「陸上自衛隊の将補をしています」
「それはそれは」

 これには、正直達郎は驚いた。将補といえば、少将クラスの事ではないか。同じ官僚職とは言っても、達郎とは全く位が違う。

「由実さんから聞いています。気象観測官なのですよね? ………聞かれたので、お答えしましたが、親父の事で俺を決して色眼鏡で見ないで下さい。俺はあくまで高校3年の丹下光一ですので」
「わかった。そうしよう。しかし、それほどに自分が確立できている人物であるとは、私は認識したから、それ相応の対応をさせてもらうよ」
「ありがとうございます」

 光一は達郎に笑顔で頭を下げる。こういうところはまだ幼いらしい。

「……今日は予備校などあるのかね?」
「いいえ。俺は独学で受験を考えていますので、予備校には通っていません」
「では、今日家に早く帰らなければならない理由はあるかね?」
「ありませんが?」
「それはよかった。実は今日は用事があって、すぐに戻らなければならなかったんだ。もしよければ、もう少しだけ由実の傍にいてもらえないかな?」
「よろしいのであれば、俺はよろこんでその任をまかされます」
「では、お願いします」
「はい!」

 達郎は、由実に別れを告げると、その場を光一に任せ、病院を後にした。
 光一は、暗くなった窓の外を眺めながら、日没が遅くなった事に感謝した。



 達郎が病院を後にしたのと同じ頃、オホーツク海の深海を、クジラよりも遥かに巨大な生物が移動をしていた。
 まだ誰も知らないこの巨大生物は、静かにあたりの海洋生物を脅かしつつ、北海道へ向けて移動をしていた。
 
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