『名探偵』第二の男




 二週間後、ニューヨークのテリー財団所有のホテルで映画のアメリカ撮影終了を祝うパーティーが催されていた。

「俺も参加していいのか?」
「いいんだよ。一応、撮影を妨害した襲撃事件の捜査をした警部なんだから」

 居心地の悪そうなジュールにトゥルースは言った。他にも監修の探貞と主演俳優の大神と麻倉、演技指導のトゥルースの招待として、ヘレンとイリスも参加している。

「それで、どうなったんだ?」
「そうだった。解決したぞ。トルーマンが全て話した。マフィアとの関わりについても全てな。今朝、一斉捜査をして、いくつかの証拠品が見つかった。少なくとも幹部に盗難品の薬をそれとわかって入手した事は判明した。マフィアに関しては更に余罪を追及するつもりだ」
「なるほどな」

 トゥルースはワインを飲む。甘酸っぱい赤ワインの味と香りが口に広がる。

「それから、アラン・ホワイト殺害の件だが、それも解決した」
「見つかったのか」
「あぁ。流れてなかったみたいだ。あの地下倉庫の目の前ある地下下水道の中に発見された。更に、薬に関しても保管されていた箱と思しきものの残骸の中からトルーマンの毛髪が発見された」
「……あぁ、そうか。あの薬を食べて怪物が生まれたのだから、当然一度はあの箱が開けられているのか」
「そういう事だ。完全にトルーマンは言い逃れができなくなり、全て話したという事だ」

 ジュールは言い終わると、生ハムを口に含んだ。

「ゲーン一家は?」
「当然、お咎めなしだ。怪物退治の依頼を受けた事しか事実としては残っていないからな。むしろ感謝状が贈られるかもしれない」
「結局最後に笑うのは、ギケーという事か」

 トゥルースはため息をついた。そして、パーティー会場を見回して、ギケーと探貞がいない事に気がついた。

「……ジュール、すまない。少し席を外す」
「あ、あぁ……」

 ジュールにグラスを渡すと、トゥルースはパーティー会場を出た。



 


 

「夕涼みには少し風が強すぎませんか?」
「………貴様か」

 ホテルの屋上で夜景を眺めていたギケーに話しかけてきたのは探貞であった。

「なに、あぁいう賑やかな場が嫌いなだけだ」
「それなら、気が合いそうですね」
「よく言うわ」

 ギケーは吐き捨てる様に言った。探貞はギケーと少し距離を置いた位置に立つと、ゆっくりと話しかけた。

「今回、悪人がトルーマンで、敵が怪物とマフィアだとしたら、事件を仕組んだ黒幕は、ギケー・ゲーン・テリーさん、貴方ですね?」
「………おい!もう一人の探偵、こそこそしていないで出て来い! そんなところで名探偵の謎解きを聞くつもりか?」

 ギケーは後ろに向って声を張り上げた。
 物陰からトゥルースが出てきた。

「トゥルース君」
「すまない。二人の姿が見えなかったもので、気になった。………それよりも、ギケーが黒幕というのはどういう事ですか?」

 トゥルースが聞くと、探貞は答える。

「全ての発端は、貴方がマンハッタンに帰ってきた事からです。貴方は半年間で勢力を伸ばし始めたマフィアを快く思っていなかった」
「そうだな。ただの縄張り争いだけでなく、ゲーン一家が唯一嫌っている薬物の密売を行おうとしている」
「そうです。この街を愛する貴方は、薬物で荒廃する危機をなんとしても防ぎたかった。それが動機です」
「………」

 ギケーは探貞に何も言わず、黙って夜景を眺めながら彼の話を聞く。

「しかし、ギケーは一体何をしたんだ?」
「彼は薬の情報をまず入手した。そして、爬虫類の成長促進作用に注目した。これを利用すれば、薬の価値を変え、自分がその売買に関われる」
「麻薬ではなく、本来の薬品としての価値か」
「そうです」
「じゃあ、あの怪物を用意したのはギケーなのか?」
「はい。しかも、ただの蛇ではありません。……貴方は三倍体のアナコンダを入手し、予め入手した薬を与え、薬を追跡できるように調教したものを、ニューヨークの地下に離した」

 探貞はギケーの背中を見て言った。驚くトゥルースを無視し、ギケーは一言呟いた。

「………面白いな」
「えぇ」
「だが、結果としては今の話が成立したが、怪物を利用するなんてのは話が飛躍し過ぎやしませんか?」

 トゥルースが探貞に聞くと、彼は首を横にふる。

「映画ですよ。彼がニューヨークに帰ってきた際に、一つの目的があった。それが、今回の映画出演です。この映画は怪獣がテーマです。怪物を生み出すという考えは、映画がきっかけとなり浮かんだのでしょ?」
「確かに、映画の話でこの街に帰ってきたが、怪獣と聞かされた時は驚いた」
「という事は、本当に?」

 ギケーは夜景を見つめたまま言った。驚くトゥルースに探貞は先を続ける。

「本来は、怪物の出現により、取引が上手くいかなくなったトルーマンに怪物退治を引き受け、薬を取引するはずだったんでしょう。しかし、イレギュラーが現れた」
「………オレか」

 トゥルースが呟くと、探貞は頷いた。

「そうです。……トゥルース君の存在は、貴方の薬取引を牽制させた。その為、トゥルース君の交渉をのんだ」
「怪物退治の話の事か」
「えぇ。それにより、薬を入手する為にトルーマンと取引しているという理由を逆に利用し、トゥルース君に怪しまれず、怪物を退治できる事になった」
「まんまと利用されたのか。……オレはトルーマンの弱みに迫り、薬を手に入れる為に怪物を退治したと思っていた」

 トゥルースは苦虫を噛んだ様な表情で言った。

「恐らくトルーマンも、トゥルース君と同じ様に考えていたのでしょう。しかし、本当に怪物を退治したかったのは、トルーマンではなく、貴方だった。貴方は証拠を隠滅したかった。三倍体である怪物そのものを」

 推理を言い終わった探貞はギケーの反応を待つ。ギケーは肩を震わせ、笑い始めた。

「ガハハハ、流石は名探偵だ。全て貴様の言う通りだ! しかし、証拠はないぞ」

 ギケーは大笑いをしながら、探貞に言った。探貞はビル風に髪を靡かせ、ギケーに聞く。

「何故、この様な手段を取ったのですか?」
「決っているだろう? 面白いからだ」
「他人の人生を引っかきまわして、また証拠も残さず、お前は一人笑うのか……!」

 トゥルースが拳を震わせてギケーに言う。しかし、ギケーは素知らぬ顔で夜景を見続ける。
 探貞はトゥルースを制すると、ギケーに聞いた。

「……もう一度、聞きます。"名探偵"を知っていますか?」
「知っていた。これで満足か?」

 ギケーは悠然とした態度で答えた。

「………トゥルース君、行こう。もうこれ以上は、何も追求できない」
「必ず、お前の尻尾を掴んでやる」

 トゥルースは搾り出す様な声でギケーに言った。

「ならば、そうなる日を待っているぞ! ……貴様も、そこの迷探貞も、所詮は同じだからな」

 そして、ギケーは勝ち誇った様に大笑いする。
 彼を残し、二人の探偵は屋上から降りていった。彼の笑い声はいつまでも摩天楼に轟き続けた。





 
 

「んで、結論はどうするんでぇ?」

 屋上から会場のあるフロアに戻った探貞に、人のいないバルコニー近くの物影から七尾が現れ、彼の抱えるアールが問いかけた。
 事件は解決した。謎も解け、最後のchaoticの正体もイリスだとわかった。アールはその上で探貞にソールズパイルの破壊について問いかけているのだ。

「破壊は必要ないと思うよ」
「それは今の所有者がトゥルース・ゲーン・テリーだから言えることだろう? テリー家には問題が多い。いつソールズパイルを悪用するものが現れるとも限らないぞ」

 七尾も口を開いた。
 しかし、探貞は首をふる。

「先輩、それでも僕は信じたいんですよ」
「否、情に流されるところではないぞ」
「情か。確かにそうかもしれませんね。ただ、僕にはまだトゥルース君と敵対するわけにはいかない理由があるんですよ」
「理由だと?」
「はい。彼の義姉は行方不明です。それも国際的な組織が関与している」
「それがお前はお前の追う9ODとかいう秘密結社だというのか?」
「さあ? もしかしたら、666かもしれませんよ?」
「肯定だ。奴らの場合なら、問答無用で敵対することになる」
「だったら、その時に敵対すればいいじゃないですか。……僕なりに日本に戻ってから調べてみたいんですよ」

 探貞はそう言うと、顔を二人からバルコニーに向けた。
 カーテンの裏からトゥルースとイリス、ヘレンが現れた。

「探貞、気づいていて話をしていたのか?」

 七尾が探貞を睨むが、彼は涼しい顔で答える。

「ここは海外ですよ、先輩。用心に過ぎることはないんじゃなかったんですか?」
「くっ! 肯定だ。俺が軽率だった」
「本当に、オレ達以外にも特異な力を持つ人がいたのか」
「まぁ、一人はどうみても雪だるまですね」
「オイラを雪だるまって言うんじゃねぇ!」

 ヘレンの言葉にアールが噛みつく。

「それで、トゥルース君。これで私達のカードは見せましたよ。イリスさんの正体を教えてください」
「あぁ。イリスは吸血鬼だ。オレと同じく代々血統で現れる存在で、血を吸った者の秀でた能力を一時的に吸収することができる。それを知っているのは、オレとヘレン以外はギケーだけだ」
「なるほど。わかりました。それではトゥルース君、改めて先程の話ですが、僕なりに日本に戻ってからミヅキさんについて調べてみたいんですよ」

 トゥルースは探貞の言葉に微笑む。

「それはありがとうございます」
「それで、写真か何か、持っていませんか? 幼少のものでもかまわないのですが」
「ある。……これだ」

 トゥルースはライセンスカードを入れているパスケースを懐から取り出すと、その中から古びた家族写真を取り出した。

「しかし、これは大切なものだ。カメラで撮るか、コピーをしてほしい」
「勿論そのつもりです。アール」
「あいよ! テレレッレー、そのまんま写しでぇ」

 アールは四次元バケツから四角い水槽を取り出した。
 そして、その写真を中に入れ、スキャンさせると、写真をトゥルースに返す。呆気にとられながら写真を受け取ったトゥルースを無視して、アールはそのまんま写しを操作する。
 次の瞬間、全く同じ写真が水槽の中にあらわれた。

「3Dプリンターだな」
「違うでぇ、七尾! オイラのそのまんま写しは、全く同じ素材で生成させるんでぇ! 勿論、保存状態も傷も完璧にオリジナルと同じなんでぇ!」
「保存状態を回復させることは?」
「ばーろー! それじゃ、そのまんま写しじゃねぇだろ!」

 あくまでもオリジナルと全く同じものを作り出せる装置らしい。
 もっとも、骨董品や宝石を完璧に複製することのできる道具でもある訳だが、彼らにそんなことをする興味はない。
 アールは七尾と言い争いをしながら、四次元バケツにそのまんま写しを仕舞う。
 そんな二人のやり取りを尻目に、探貞は写真を確認する。

「………。ありがとうございます。ちなみに、彼女の実のお父さんについてはご存じですか?」
「失踪同時に調べた。確か、興信所の仕事をしている、つまり同業者だな。名前は確か……」
「ヤマナシです」

 ヘレンがすかさず答えた。

「漢字でどう書くか、わかりますか?」
「流石にそこまでは。……しかし、トゥルースさんの情報で法的な両親の戸籍までは調べられるので、日本に送らせていただきます」
「ありがとうございます」

 そして、ヘレンと握手を交わしながら、探貞は七尾を見る。
 七尾は嘆息した。

「理解した。……ソールズパイルの破壊は見送る。ただし、その探偵から別の人物に所有権が移った場合は、この約束は無効だからな」
「いいですよ。十分です」

 探貞は笑顔で頷いた。

「あっ、見つけたーっ! 迷さん、大神さんと探していたんですよ!」

 会場から出てきた麻倉が大声で探貞を呼びながら歩いてきた。
 流石は元グラビアアイドルの女優といった欧米でも見劣りしないボディラインを浮き出すドレスを着ている。
 探貞は苦笑しつつ、彼女に連れられる。

「全くこんなところにフケて、中学生? 腐ったミカンになるには老けすぎよ?」
「あはは、すみません」
「兎に角、戻って飲みましょう! ん? うおおっ! これは逸材だわ!」

 探貞を吹っ飛ばし、麻倉はガバッとイリスの両手を握った。
 麻倉の目が血走っている。

「お姉さんと一緒にお話ししましょう! ほら、迷さん! さっさと来なさい!」

 先程とは態度を一変し、麻倉は探貞に顎で指示する。
 そして、笑顔でイリスの手を引いて会場に連れていく。
 一瞬でその場の空気を支配した麻倉は、そのまま探貞とイリス、そしてなし崩し的にトゥルース達を引き連れて、大神達と朝まで飲み明かすことになったのは言うまでもない。
 ちなみに、七尾とアールは会場に戻った段階で姿を消し、ホテルに戻っていた。




 

 

「いっちゃったね」

 翌日、事務所のソファーで、二日酔いで横になっていたトゥルースに、イリスはコーヒーをテーブルに置いて、時計を見ると言った。

「あぁ」

 トゥルースは静かに相槌を言った。

「なんだか、不思議な人だった」
「そうだな」

 イリスの言葉に再びトゥルースは頷いた。そして、トゥルースは窓から見えるビルの隙間にある空を見て呟いた。

「………名探偵、か」

 彼らは戦い続ける、大都会ニューヨークで。




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「はぁ~!」

 喫茶店のカウンターで女性がコーヒーを一気飲みをすると声を上げた。

「………三須さん、美人が台無しですよ」
「だって、映画撮影に同行して、アメリカに行ってほぼ3週間なのよ」

 探貞の経営する喫茶店では、店番をする九十九が探貞の担当雑誌記者である三須照梨の愚痴を聞いていた。ちなみに、この愚痴を聞くのは、20日目だ。

「迷さんがいなくて寂しいならそう言えばいいのに……」
「九十九君!」

 照梨が顔を赤くして、九十九を睨む。しかし、若干その眼が潤んでいる。

「まぁ、もう現地は出発しているらしいですから、今日あたりに帰ってきますよ」
「私を置いていく人なんて、知らないわよ! ………九十九君、コーヒーおかわり!」
「はいはい」

 そうして、九十九はコーヒーを淹れる。三波は散々に言うが、探貞直伝の淹れ方なので、かなり自信がある。

「はぁ、迷さん成分が足りない」

 照梨はテーブルに突っ伏して言った。
 それを聞きながら、九十九は苦笑する。探貞と付き合っている訳ではないらしいが、ほぼ毎日一緒にいて、お互い決定的なことを口にしないだけで好意は口に出している。不思議な関係だと思いながら、九十九は彼女にコーヒーを出した。
 その時、喫茶店の扉が開かれた。二人が顔を扉に向けると、ガラスがはめ込まれた扉から差し込んだ光に照らされて、荷物を持った探貞が笑顔で言った。

「ただいま!」




【fin】
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