『名探偵』第二の男




「てめぇ!」
「殴りたければ殴ってください。私には何もできなかった。イリスさんを危険に陥らせた責任は私の責任です」

 事務所で、トゥルースに胸ぐらを掴まれた探貞は言った。

「落ち着いて、トゥルース。私は大丈夫。あの状況での迷さんの判断は正しい」

 イリスは血が頭に上がったトゥルースを抑える。トゥルースは握られた拳を自身の頬に殴る。床に倒れるトゥルース。

「トゥルース君……」
「すまない、迷さん。責任は、オレにある。許してください」
「か、構わないですが」

 呆気にとられた探貞が言うと、トゥルースは血の出た唇を拭うとソファーに座った。
 そして、トゥルースは葉巻に火を付け、紫煙をふかせ、言う。

「さて、事件の解決をする為にやる事は済んだな」
「トゥルース君も何か仕入れたのですか?」
「あぁ。二人が帰ってくる少し前に、ジュールから電話があってな。例の新しい薬の出所がわかった」
「どうでしたか?」
「某国の製薬会社で開発されていたものだったらしい。開発担当者が買収されて、研究資料一切を持ち逃げして、現在捜査中だったらしい」
「それで、その新薬は?」
「爬虫類の成長促進剤だ。そのマウス実験の最中に麻薬としての作用を確認したらしい」

 そして、トゥルースは紫煙をゆっくりと吐きだした。

「……よし、わかった。………トゥルース君、情報はそろいましたね?」

 探貞が言うと、トゥルースは頷いた。そして、葉巻の火を消して、彼は言った。

「後は、怪物退治だ」




 

 

 日没となっても眠らない町、ニューヨークの街は煌々と明かりに包まれているが、地下道は明かりがほとんどなく闇に包まれてる。
 そんな地下道に何人もの足音が響く。

「大神さんも同行して頂いてありがとうございます」
「いえ。今日は敵役の撮影で、オフですから。それに、大蛇退治に同行できるなら、こちらからお願いしたいくらいです!」

 探貞が言うと、大神は笑顔で答えた。

「しかし、ここまでの大規模なローラー作戦ができるとは思いませんでした」
「ゲーン一家の全面協力だからな」

 探貞が武装したゲーン一家を見て言うと、トゥルースは答えた。

「しかし、ギケーが全面協力を承諾するなんて………」
「その事については、怪物を倒してから話す」

 トゥルースはイリスに言った。

「反応が近くなってきたでぇ」

 探貞の背負うリュックの中からアールが小声で伝えた。
 アールも怪物を見たいという希望と、いざという時に備えての切り札として同行している。

『怪物発見! 怪物発見! 北上します!』

 その直後、通信機からもゲーン一家の声が聞こえた。
 そして、遠くから銃声が聞こえる。

「あっちだ!」

 一行は走る。
 角を曲がると、マシンガンで怪物と戦うゲーン一家がいた。

「これが怪物か!」
「アナコンダの一種ですよ!これは大きい!」

 トゥルースも大神も怪物に興奮する。

「うわぁ!」

 ゲーン一家が怪物に吹き飛ばされ、探貞の足元に倒れる。
 その時、反対側からショットガンで怪物に攻撃が浴びせられる。

「あれは………」
「例のマフィアだ」
「なぜ………」

 イリスが言うと、トゥルースが言った。

「怪物を退治したいのはオレ達だけじゃないって事だ」

 マフィアの攻撃で弱る怪物だが、尻尾で彼らはなぎ払われる。
 そして、怪物は暴れながら、トゥルース達に迫る。

「行くぞ!」
「うん」

 トゥルースとイリスが動いた。
 トゥルースは黒いロングコートを翻すと、両手に二丁の拳銃を取り出した。一丁はオートマチック式マグナム、そしてもう一丁は装飾銃ソールズパイルだ。
 一方、イリスは細長いナイフを取り出した。
 怪物はその巨体を二人に向って叩きつけてくる。
 二人は同時に二手に分かれ、トゥルースは体を翻し、二丁の拳銃から次々に弾丸を撃ち込む。威力の強いソールズパイルの弾は節約しているらしく、マグナムを中心に撃っている。イリスも翻すと、その勢いを殺さず、ナイフを斬りつける。

「ぎゃー!」
「ぎゅぉー!」

 怪物は血を流しながら、暴れる。援護射撃をしていたゲーン一家が投げ飛ばされる。
 更に怪物の長い尾がトゥルースにも襲い、彼の体も数メートル飛ばされる。

「うわぁっ!」
「トゥルース!」

 トゥルースは右肩から血を流し、床にうずくまった。
 イリスが彼のもとに駆け寄る。

「イリス、頼む!」
「うん」

 イリスは頷くと、立ち上がり、怪物に向って走る。怪物はイリスに噛み付こうと、巨大な口を開けて、飛びかかる。
 しかし、イリスは高く飛び上がると、怪物の頭の上に着地し、ナイフを突き刺す。
 激痛に怪物は暴れ、その巨体を地下道の壁に叩きつける。金属製の扉にもぶつかり、扉が砕ける。
 イリスは怪物の頭から飛び降りる。同時に、彼女は怪物の巨体の下に手榴弾のようなものを投げた。

「よし!」

 イリスが投げた手榴弾らしきものは爆発と同時に半透明な結晶にかたまり、怪物を固める。

「これは?」
「超強力瞬間接着弾だ。名前のままだが、超強力な瞬間接着剤が手榴弾になっている。もう残りが少ないですがね」

 驚く探貞にトゥルースは説明をする。
 彼はゆっくりと壁によりかかりながら、体を起こす。肩からの出血は続いているものの、傷は浅いようで、探貞が布で簡易の圧迫止血を試みると出血量が減ったので、命の危険はなさそうだ。しかし、トゥルースの腕は傷の痛みに痙攣している。一時的なものだが、拳銃の発砲は難しそうだ。

「強度は?」
「具体的な数は忘れたが、以前に猛進する10tトラックを止められた」
「それはそれは………」
「ただ、耐久力に問題がある。10分位で形を脆くなり、粉々に砕けてしまう」

 トゥルースの言葉を聞きながら、探貞はトゥルースの肩を圧迫をイリスに任せ、怪物が壊した金属扉の中を覗きこんだ。

「これで、証拠も見つかりましたよ」

 探貞は言った。
 探貞はイリスの体をトゥルースと支えながら扉の先にある小さな倉庫の中に入った。
 そこには木箱が山積みにされていた。中を確認すると、例の薬と思われる白い粉末が詰められていた。
 その時、怪物の咆哮が彼らの後ろに響き渡った。

「しまった!」

 トゥルースが言うや否や、左手にソールズパイルを抜いた。
 目の前には怪物が燃え上がって、火達磨になり、二人の前に現れた。

「どうしたんですか?」
「怪物にトドメをゲーン一家の方が刺そうとしたら、暴れて………。ゲーン一家の方がガソリンと火を怪物に放ったんです」
「やられましたね」

 探貞は大神から話を聞くと呟いた。
火達磨となった怪物は、まもなく接着剤の効力が切れ、地下道を暴れながら倉庫の中に飛び込んだ。勢いよく燃え上がる怪物と薬の入った木箱。
 そして、ゲーン一家は素早く撤収した。

「面倒事はオレ達に押し付けるか。しかも、あいつらの目的は達成したか。……いや、目的自体は達成できてないか」

 トゥルースは呟いた。

「でも、これで大蛇も死んだはずです」

 大神が言うが、イリスは首をふった。
 リュックの中からアールも言った。

「気を付けろ。まだ生きてるでぇ」

 トゥルースはイリスに支えられながら、ソールズパイルを倉庫に向ける。
 彼の髪の毛が逆立つ。

「くっ!」

 トゥルースは顔を痛みに歪めながらも、左手でソールズパイルを発砲した。
 刹那、これまでの発砲とは全く異なる閃光が迸り、稲光を纏った弾丸が炎に包まれながら暴れる怪物を貫いた。
 地下道に落雷のような轟音が響いた。

「生きてる」

 イリスの言葉通り、電撃を帯びた弾丸は怪物を吹き飛ばしたが、それは怪物の尾であり、頭部はまだ生きていた。
 炎に包まれ、体の半分を吹き飛ばされても尚、生きている大蛇は紛れもなく怪物であった。
 一方、イリスに支えられていたトゥルースは脱力し、左手に握っていたソールズパイルも床に落とした。
 それにイリスは血相をかく。

「トゥルース!」
「大丈夫です。貧血です。勿論、長時間ここに居ては危険ですが」

 探貞の言葉にイリスは安堵する。
 しかし、怪物を倒さなければ、彼だけでなく、全員の命がない。
 探貞はリュックを体の前に回し、アールがいつでも動けるように備える。
 燃え盛る倉庫から炎だけでなく怒りに包まれた眼で彼らを捉えた怪物が再び姿を現した。

「……トゥルース、力を分けて」

 イリスはソールズパイルを取り、床に寝かしたトゥルースの顔を見つめて呟いた。
 そして、彼女はトゥルースに口づけをした。唇ではない。深い口づけをイリスはトゥルースにする。すると、彼女の金色の髪が逆立ち始める。
 炎を纏った怪物がいよいよ間合いを二人に詰め、口を開く。

「消えろぉぉぉーっ!」

 イリスは口をトゥルースから離すと、ソールズパイルの銃口を飛びかかる怪物に向け、同時にその引き金を引いた。
 刹那、ソールズパイルから放たれた雷を纏った弾丸が怪物の頭部を消滅させた。
 そして、怪物の胴体は、彼女達の前に倒れた。

「うぅ……」
「トゥルース!」
「す、すまない。頭がくらくらした」

 燃える怪物の死骸の傍らで、彼女の膝の上に寝ていたトゥルースが意識を戻した。

「怪物は?」
「倒した」
「……そうか。力を使わせたのか。ありがとう、助かった」

 トゥルースはイリスの持つソールズパイルと燃える怪物の死骸、そして自身の口の中に広がる血の味で全てを理解した。
 探貞と大神も二人に近づく。日本人の二人には非常事態と言え、刺激的な光景だった。

「これで怪物は退治できましたね」
「あぁ。だが、怪物と一緒に証拠の薬も燃えちまった」
「そうですね。………では、早速次の怪物を退治しにいきますか?」
「あぁ」

 探貞が言うと、トゥルースは同意した。
 まもなく、怪物の死骸と証拠の薬は原形をとどめる事なく燃え尽きた。






 

「ベン・トルーマン、警察だ」

 翌朝、ジュールはトルーマン物産の社長室に入ると、ベンに令状を突きつけた。

「私が一体何をしたのですか?」
「まずは、薬物の不法所持だ」
「なんだね、君は?」
「トゥルース・テリー、探偵だ」

 ジュールの後ろから現れたトゥルースはベンに名乗った。そして、探貞も一緒に現れる。
 右腕を布で吊り、頭に包帯を巻き、身体中絆創膏だらけのトゥルースの姿にベンは驚く。

「貴方がテリー探偵ですか。薬物とは? それより、どうなさったのですか、その姿は?」
「オレの事はいい。それから正確には、まだ国家に認定されていないので、薬物の所持自体が犯罪ではない。その薬物がある国で盗難されたものだったのが問題だ」
「知り合いの国際警察に問い合わせた所、海外にも捜査依頼が出ているそうです。つまり、この国の警察権限でも貴方に盗まれた薬物の捜査をする事ができる訳です」

 探貞が言った。

「君は………本当に探偵助手か?」
「あぁ、あれは一時的なものです。本当は私も日本で名探偵をやっているんです。まぁ、国外で捜査をしたのは始めてなので、知らないとは思いますが………」
「二人の名探偵か。笑ってしまうな」

 ベンは笑って言った。

「それで、一体その薬物と私になんの関係があるのか?」
「それについてはオレから説明しよう。貴方は某国から入手した新薬をあるマフィアに売ろうと考えた。しかし、その薬には問題があった。爬虫類が摂取すると巨大に成長してしまう。そして、アラン・ホワイト氏がその薬によって巨大化した大蛇を目撃、その話が噂となってマンハッタンに広まった。その為、この取引には問題が起こってしまった。………爬虫類を巨大化させるような薬だ。麻薬としての使用を躊躇させるような材料があって、ばら撒く事に問題が起こってしまう。そうなっては、マフィアとの取引が成立しなくなってしまう。かなりの損害が出てしまうのだろう」
「………」

 トゥルースの話をベンは何も言わず聞いている。

「その為、貴方はその事実を隠そうと考えた。そこに近づいてきたのが、ゲーン一家だった。ゲーン一家としても他のマフィアに薬が流れて財源にさせる訳にはいかない。その為、ゲーン一家は取引を持ち出した。怪物を退治するから、自分達にも取引をしろと」
「………」
「しかし、そうなってしまうと問題が起こる。薬と怪物の関わりを知らないマフィアだ。彼らからしたら、ゲーン一家が自分達の取引を妨害したのだからな。だから、彼らはゲーン一家のボスを襲撃した」
「それで、その薬を我々が持っているというのか?」

 ベンは口を開いた。その問いにトゥルースは首を振った。

「いいや。薬は地下道の中に隠していた。しかし、向こうのマフィアにも怪物の存在が露呈した以上、時間がなくなった貴方はその隠し場所をマフィアに売った。そして、その薬は現在燃えてしまい、証拠は残っていない」
「ならば、仮に薬が残っていても我々を検挙する事は不可能ではないか?」
「そうかもしれないな。薬が残っていても、管理そのものの権利は既にマフィアに移動している。仮に捜査の手が貴方に及んでも、貴方は一言こう言えばいい。私達は中身を知らなかった、私も被害者だ」
「その通りだ」

 ベンは勝ち誇った笑みを浮かべて言った。

「薬に関しては、あくまでも盗難品としての捜査。オレ達が貴方に捜査をする理由は、もう一つある。アラン・ホワイトの殺害容疑だ」
「!」

 トゥルースが言うと、ベンは驚いた。何も言わず驚くだけのベンに、トゥルースは更に続けた。

「アラン・ホワイトは怪物の目撃者だ。噂となり始めていた事を知らず、貴方はホワイトを殺害した」
「飛躍し過ぎではないかね?」
「ならば、構わないではありませんか?」
「………」

 トゥルースに言われ、黙ったベンにジュールは言った。

「既に、地下倉庫に科学捜査班が入っています。………失礼」

 そう言うと、ジュールは電話に出る。そして、電話を切ると、ベンに言った。

「トルーマンさん、倉庫の床に人のものと思われる大量の血液が確認されました」

 ジュールが言うと、ベンはその場に膝を落とした。

「流石ですね、迷さん」
「いえ、扉は兎も角、内装まで変えており、天井に対し床には後が一切残っていなかった事が気になっただけです」

 探貞はトゥルースに言った。
 その後の取調べで、ベンは怪物を見たというアランの話を聞くという理由で倉庫に呼び出し、アランの存在が不利益になると判断したという身勝手な理由からアランを殺害。死体を解体し、下水道に流して処分したという。
 こうして、事件は終わった。
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