『名探偵』第二の男




「というのが、我々とギケーとの因縁だ。そして、このソールズパイルの力についてだ」
「雷を纏った弾丸を撃つ銃ですか。まさにトール神の杭ですね。その力は他でも?」

 トゥルースの話を聞き終えた探貞は頷きながら、更に問いかける。

「いいや。オレがあまりの威力に躊躇しているのもあるが、発動条件がまだよくわからない。ヘレンの調べた話では、ギケーも昔、敵対する相手がトレーラーを特攻させて来たときにソールズパイルの力を使い、トレーラーを吹き飛ばしたらしい。一番イメージの近いレールガンについても調べたが、オレが見た弾道の姿とは全く違った。そもそも電撃があれほどハッキリと目で見えるように真っ直ぐ飛ぶ映像を、SF映画以外で見たことがない」
「そのソールズパイルは私でも条件が同じなら使えるのでしょうか?」
「いいや。それは絶対の自信のないオレの思い込みかもしれないが、オレとギケーにしか使えない。口にするもの馬鹿らしいが、テリーの血筋に宿る魔法のようなものに思えてならないんだ」

 トゥルースはグラスを傾け、苦笑混じりに言った。
 ソールズパイルの話は、七尾から前情報として聞いていたchaoticと一致する。そして、ソールズパイルの力を発動できる能力がテリーの血筋によって受け継がれるchaoticであるのも、トゥルースの予想通りだと探貞は考える。アールと合流してから確認する必要はあるが。
 そして、探貞には気になることがあった。

「ところで」
「ん?」

 トゥルースはカットした葉巻を丁寧に炙りながら返事をした。

「トゥルース君がギケーを倒した後、テリー財団をどうするつもりですか? 貴方以外に跡継ぎはいませんが」
「勿論、テリー財団の総帥を継ぐつもりだ。そして、ゲーン一家を切り離すのではなく、完全にマフィア、ゲーン一家を解体する。テリー財団の名で現在、輸出用の武器や兵器を開発し、国家を相手に売りさばいている。脚がつくと不味い相手に売るときはゲーン一家を使って密輸させてる。お陰でかなり景気のいい様子だ」
「密輸なら、リスクはありますが、税関を逃れる訳ですから、利益は莫大なものになりますね」
「あぁ。そういうことだ。もっとも、ここ半年はギケーが姿を眩ましていた影響で、新参のマフィアに密輸ルートを荒らされているみたいだがな」
「なるほど」
「まぁ、商品の内容は兎も角、生産も流通も一代で世界に名だたる組織に急成長させただけあって、相当なノウハウがある。要は武器や兵器でないものを作ればいい。オレはテリー財団を正攻法で今よりも優れたものにする」

 トゥルースは葉巻の煙を恍惚とした表情で口から洩らしながら、淡々と話した。
 流石は帝王学を教育されてきたことはあるトゥルースの言葉には、語った言葉以上に多くのことが含まれている。
 恐らく、現在テリー財団の兵器作りを応用した兵器以外のものも既にイメージがあり、流通ルートも把握しているのだろう。
 探貞の勘ではあるが、トゥルースならば総帥が十分に務まるだろう。
 そして、探貞はもう一つ気になることがあった。

「テリーの名を持つのは、トゥルース君とギケーだけですからね。……いや、もう一人、いましたね」
「ん?」
「お姉さん、ミズキさんでしたか? 彼女の足取りはその後わかったのですか?」

 探貞の問いに、トゥルースは首をふった。

「いいや。……ヘレン、話してやってくれ。同じ日本人同士なら、何かわかることもあるかもしれない」

 トゥルースに声をかけられたヘレンは、食器の後片付けをイリスに任せ、テーブルに戻ってきた。
 椅子に腰かけると、探貞に話し始めた。

「3年前のあの日、私はその道のプロをする友人に頼み、ミズキちゃんを保護させました。この段階は成功し、彼女のいた地域からかなり離れた場所まで丸一日移動し、彼女にはそこでほとぼりが収まるまで過ごしてもらい、私達と合流をする予定でした。このことは、友人を介してミズキちゃんにも伝えられています。勿論、その友人はプロです。任務の遂行に信頼は十分に置けます」
「なるほど。しかし、彼女はいなくなったのですね?」
「はい。潜伏場所へ行ってから数週間後のことです。本人から簡素なお礼と自分を探さないでほしいとの文面の手紙が残された状態で、滞在していた部屋も綺麗に片付けられていたそうです。事情が事情なだけに、警察へは通報していませんが、事件性は見られず、彼女自身の意思で行動したものと結論付けられました。そして、彼女は正式なパスポートを取得し、いくつかの国を点々としたところまでは掴めたものの、2年前にヨーロッパへ行った以降の足取りは途絶えてしまいました。パスポートの取得も、足取りも本人の書類なので、私やゲーン一家の情報網でキャッチできないとは考えにくいのですが、巧妙に隠されており、完全に次の足取りがわからなくなった頃にその情報が入ってくる状態です」
「となると、意図的に隠されているのでしょうね?」
「えぇ。そうなると、我々とは全く異なる存在による組織的な工作としか考えられません」
「ということは……端的にいうと、スパイ?」
「私もその可能性は考えています。そもそも事件の火傷で整形手術を受けているので、印象も当時とは異なる様ですが、それに加えて彼女の写真はどうしても入手できないのです。勿論、国家機密レベルの個人情報にアクセスすれば写真を入手することも可能でしょうが、それにはリスクが大きすぎるので、あくまでも探偵調査の範囲で留めているのが実情です」

 ヘレンの口振りから、つまり彼女が本気を出せばCIAの管理する個人認証も入手することは不可能ではないということらしい。
 探貞はヘレンがCIAやそれに類する国家規模の情報操作が可能な組織にミズキが属していると考えているのだと気づいた。

「なるほど。確かに、彼女が何故失踪したのか気になるところですね。それで同じ日本人同士なら、ということですか」
「どうですか?」
「心理分析を用いることはあまり得意ではないのですが、何となくトゥルース君から聞いた印象ですと、思いきりのあるサバサバした方なのだろうと想像できます」

 探貞が視線をトゥルースに向けると、頷く。ヘレンも頷いている。

「当然ながら、私の勝手な想像ですが、ミズキさんにとっても3年前の脱出劇は待っていた好機だったのでしょうね」
「好機?」
「ええ。彼女にとっても行動するには、現状のわからないトゥルース君の安否の補償に不安があったのだと思います。つまり、彼女からしたら、トゥルース君が人質にとられていたということです」
「なるほど」

 ヘレンは納得した様子で相槌を打つ。

「それが、トゥルース君の側、つまりヘレンさんがミズキさんを保護した。すぐに行動せずに潜伏生活をしたのも、トゥルース君達の脱出が成功したかを確認する必要があったからでしょう。そして、自身が失踪してもトゥルース君に危険が及ぶことがないことがわかったから、潜伏場所から姿を消した。多分、ミズキさんには彼女の目的があり、その為の手段は潜伏してトゥルース君達と合流することでなかった。その手段は、どこかのスパイなのかもしれませんし、もしかしたら別の国際的な犯罪組織のような存在だったのかもしれません。それは勿論、彼女の所在と何をしているのかがわからなければ、推理することもできませんし、本人に確認しないと真実はわかりません。日本人は合理性よりも道理や道義を優先させやすいところがありますが、彼女はむしろ合理性を優先させたのかもしれませんね」
「もしくは、オレ達と合流するよりも道義に見合うことだったか。……だな?」

 トゥルースが火が末端に迫った葉巻を灰皿に置いて言った。灰の束が静かにその中に落ちた。
 探貞は頷く。

「この私の推理……いや、憶測で仮定するなら、ミズキさんが施設に身を置いていた頃に何者かとの接触があったはずです。もしくは、潜伏生活中ですね。後者であるなら、ヘレンさんの動向に係わりのある人が少なくとも内通者とならないと成立しません。調べるのも少しは参考になるかと思います」
「そうですね。その二つの可能性については、私の方で調べてみようと思います」

 ヘレンが言い、トゥルースも頷いた。
 そして、探貞は少し彼らと談笑をした後、滞在先のホテルへ戻るため、アパートメントを後にした。





 
 

 ホテルに戻ると、探貞宛に伝言が残されていた。七尾から戻ったら、自分の部屋へ来るようにとの旨であった。
 探貞は教えられた部屋へ向かった。

「遅いでぇ! 御前様じゃねぇかっ!」

 部屋に入ると、開口一番にアールからの罵声が飛んできた。
 予想通りの展開に探貞は苦笑しながらも謝罪をする。
 そして、部屋の奥で疲れた様子でパソコンを操作する七尾にも詫びを入れる。本当に謝るべきは、何時間も苛立つアールと一つの部屋に居続けることになった七尾だ。

「その雪だるまは本当によくしゃべるな。それと海外旅行先で味噌と醤油だけならまだしも、納豆を密輸するなとお前からも言っておけ」
「てやんでぇ! 納豆、味噌、醤油は日本の心なんでぇ! それからオイラを雪だるまと言うんじゃねぇ!」
「否。その外見で何を言う」

 確かに部屋に仄かに納豆の匂いがする。恐らく、アールの頭部に乗せている四次元バケツに入れて、彼らの言う食べ物を日本から運んできたのだろう。
 探貞はアールと七尾をなだめた後、今朝からの一連の話を伝えた。トゥルース達のことも要点だけだが、二人に話した。

「つまり、テリー家の人間と接触し、目的のchaoticを見つけ、更には例の運送会社の失踪事件も調べることになった訳か」
「そういうことになりますね。まぁ噂の地下怪物の方なので、失踪事件は間接的ですけどね」
「相変わらず、大したものだ。その体質もchaoticなのかもしれないな」
「いやいや。そんな大層なものではないですよ。偶々です」

 探貞は謙遜して言うが、七尾は誉めているのではない。
 彼は嘆息した後、アールに話を向ける。

「だが、収穫があることに越したことはない。アールもこの町のchaoticを複数見つけている」
「あぁそうでぇ! 別に納豆を食べて、科学専門チャンネルを見続けていただけじゃないでぇ!」

 アールは胸を張るが、つまり調査していない時間は食べて、テレビを見て過ごしていたらしい。
 探貞は曖昧な表情で相槌を打つ。

「それで、chaoticの反応はどうだったんだい?」
「相変わらずの大まかな範囲の特定しかできねぇのが申し訳ねぇ。つっても、大体今の探貞からの情報で特定はできたでぇ! よっ、ポチっとな!」

 アールは四次元バケツを操作し、バケツの中心が丸く光り、プロジェクターを起動させて壁に反応があった範囲がマーキングされた図が表示される。

「位置関係を地図と照らし合わせっと」

 マーキングにニューヨークの地図が重ねられる。

「それなりに強い反応。要は生物や物質として安定して存在するchaoticは、恐らく5つ。1つはその範囲内にテリー財団とゲーン一家の屋敷があるからこれは、そのマフィアのボスってぇことになる。んで、もう1つ離れた場所にあるが、これはもしかしたら本当にニューヨークの怪物かもしれねぇ! っても、反応が鈍くて何とも言えねぇ。そして、一ヶ所に3つも反応が強くある範囲がある」
「トゥルース君か」
「そうでぇ! この範囲内にトゥルースの探偵事務所があるってぇ訳だ。んで、問題はトゥルースとソールズパイルの他にもう一つ反応があるってぇことだ」
「これはいつ頃のデータだい?」
「大体2、3時間前のものだな。日中はこの部屋でテレビ……んじゃなくて、広範囲の各種基本データの測定、分析をしていたんでぇ。この精度でchaoticの反応を抽出するには、それはもう沢山の基本データをフィルタリングする必要があっかんなっ! 七尾が戻ってから車で走って調べたものでぇ」
「となると、私が彼らと食事をしていた頃か」
「偶然同じエリアにいた可能性も否定できねぇが、オイラの勘ではその探偵の仲間のヘレンかイリスって女のどちらかが怪しいぜ」
「まぁそこを疑うのがセオリーだろうね」

 探貞も同意する。

「何にしても、異国の地だ。用心することに過ぎることはない」
「そうですね」

 七尾の言葉に同意しつつ、探貞はトゥルース達と敵対することはないと直感的な信頼を抱いていた。





 
 

「確かに動きはいいんだ。相当役作りで射撃も練習しているのもわかる。しかし、本当に練習しなければならないのは、その実力を発揮せずに解決する事ができる話術と駆け引きだ」
「なるほど!」

 翌朝、撮影の2日目が行われており、探偵役の俳優がトゥルースの言葉を手帳にメモする。
 彼らの前では、ビルでの撮影準備をしている。その傍らで、パイプ椅子に座っている探貞に俳優の大神が話しかけた。

「迷さん、何を見ているんですか?」
「あぁ、大神さん。このマンハッタンの地下道地図です」
「撮影に関係があるんですか?」
「いいえ。ちょっと今この街で囁かれている怪物の噂を調査する事になりまして」

 探貞が言うと、大神が食いついてきた。

「怪物ですか? 目撃証言があるのですか?」
「いいえ。まだそれは調査中らしいです」
「そうですか」

 大神は少し落胆した調子で言った。

「そういえば、大神さんは大学院で生物学を専攻されていたんですよね?」
「はい」
「巨大生物を生み出す方法というのはあるのでしょうか?」
「そうですね。先天的に通常よりも大きくなる三倍体というものはよく言われていますね」
「あぁ、大きな魚が捕獲されて偶に話題になるアレですね」
「えぇ、アレです。しかし、人為的となると遺伝子を操作して成長を抑制するホルモンを分泌できないようにする方法や、逆に注射で成長を促進するホルモンを与える方法があるでしょうね」
「身長を伸ばす為に使うホルモン注射とかの類ですか?」
「そうですね。あれもその一つです。しかし、結構調整が難しいと以前に伺ったことがありますね」
「成程。………仮に、薬物を吸収する事で巨大化するというのは?」
「薬物というのは、麻薬等の事ですか?」

 大神が聞くと、探貞は頷いた。

「無いという保障はありませんね。ただ、僕の知る限りではその様な薬物は知りません。しかし、投薬する対象によって毒にも薬にもなるというのを知る事が薬学ですから、哺乳類には麻薬でも他の生物には成長促進作用を持つという薬物が発見されるかもしれませんね。ただ、仮にその様な薬物が存在しても、その様な作用があるとしたら、本来の薬物としての価値はなくなってしまう気がしますが………」
「確かに、そうかも知れませんね。ありがとうございます」

 笑顔で大神に礼を言うと、探貞は立ち上がり撮影現場から出ようとする。

「ちょっ! 迷さん、どちらへ?」
「ちょっと探偵業の監修に行ってきます。後はよろしく」

 慌てる大神を残し、探貞は手を振りながら、振り返る事なく撮影現場を後にした。監督も撮影隊も、誰一人彼を止める事はなかった。

「いいんですか?」
「いいんだよ。彼の生きている姿、そのものが我々には刺激となって作品に深みを与えるんだからね」

 当惑している大神に対し、関口は平然とした様子で言った。
 そんな彼らの様子を見るギケーは静かに呟いた。

「あの名探偵は大したものだな。推理力もそうだが、その身に纏うものが、事件自体が彼に解決される事を求めているかの様に感じさせる」
「随分称賛するじゃないか」

 ギケーの横に立ったトゥルースが言った。対して、ギケーは笑みを浮かべて答える。

「そうだな。わしが期待をしていた者はどうも期待を裏切りがちの様だからな」
「………今度は何を企んでいる」
「さてな。貴様も、ちゃんと仕事をしろ。名探偵は二人もいらんが、他の探偵は一人の名探偵をより栄えさせる」
「ここにいるのが今のオレの仕事だ。それに、オレにも迷さんの考えている事の見当はつく」
「礼儀を知らぬ奴だな。人の会話を盗み聞きするとは」
「お前も同じだろ?」

 トゥルースが言うと、ギケーは軽く笑った。

「確かに。そうだが、わしが彼らの会話から判断した事と、貴様が判断した事、それが果して同じであるかは、わからない」
「確認するか?」
「それが礼儀知らずというのだ」

 ギケーは不敵な笑みで顔を歪めて言った。
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