『名探偵』第二の男




 深夜のある一つの倉庫の前にトゥルース達三人の姿があった。

「そういえば、この港でイリスと出会ったのか。……いや、再会したというべきだな」

 トゥルースは二丁の拳銃の残弾を確認しながら、呟いた。口には火のついた葉巻が咥えられている。

「今度は注意しないんだな?」

 トゥルースは紫煙の中から、同じく拳銃の残弾数を確認するジュールに聞いた。

「最期の一服になるかもしれないからな」
「……『人情』だな」
「ニンジョー?」
「日本の魂だよ。侍魂とかだ。義理と人情は、大切だと義姉が昔言っていた。まぁ、その当人は成せばなるという大雑把な人だったけどな」

 拳銃を懐にしまいながら、トゥルースは苦笑する。その瞳に一瞬悲しみが宿ったのに、二人も気がついたが、何も言わず自分達も武器を装備する。

「そろそろ、行くか?」

 葉巻の火を消すと、トゥルース達は立ち上がった。三人は横に並んで、堂々と歩き、倉庫の扉を開けた。
 倉庫の中には何もなく、閑散としていた。物陰が少なく、誰も潜んではいない。そして、倉庫の中央には、上にあるクレーンから延びる鎖に手を縛られて立たされ、猿ぐつわを口に嵌められたイリスの姿があった。

「イリス!」

 彼女の体勢は立っているとはとても言えない。力無く鎖に身を委ね倒れかかっている。
 トゥルースの声を聞いて、イリスはゆっくり顔を上げ、彼らを見る。

「んんー!」
「今助けてやる」

 トゥルースはイリスの元に駆け寄ると、彼女の口の猿ぐつわと手を縛る鎖を外そうとする。
 猿ぐつわはすぐに外すことができたが、鎖の方は簡単に外れない。

「………ダメだ。頑丈に止められている。縛りも固い」
「助けなくていいわ。それより逃げて! きっとこれは………」
「罠か?」

 トゥルースは鎖を外そうと試行錯誤しながら、言った。ヘレンとジュールは更に詳しく人がいないか調べている。

「わかってるの?」
「人質がいるのに、見張りが一人もいない。罠と考えるのが普通だろ? ……何もされていないな?」
「うん」

 イリスの衣服には、暴れた後や、大人しくさせる為にしたと思われる傷の後こそあるが、乱暴された後も無く、必要以上の暴行の後も無い。

「なら、罠にかかったとしたら、謝るべきはオレの方だ。オレがイリスを巻き込んでしまった」
「どういうこと?」
「昼間の男達は明らかにイリスを殺そうとしていた。しかし、先の襲撃時も含めて、イリスを殺すチャンスが十分にあったにも関わらず無事だ。今の奴らの狙いは、オレだ。すまない。………くそ! ダメだ!」

 やはり鎖は外れない。

「ありがとう」
「え?」
「ううん」

 イリスは小さな声で囁いた為、トゥルースには聞こえなかった。そこへジュールとヘレンが戻ってきた。

「この倉庫にはオレ達以外に人はいないぞ」
「やっぱり罠ね」

 その時、倉庫の外から音が聞こえてきた。

「なんだ?」

 ジュールは倉庫の外を見つめて言った。すぐには、トゥルースにもわからなかった。

「………トラックだ」

 倉庫の入口から見える二つの車のヘッドライト。しかも、大型のトラックであった。

「大変だ! あんなモノがつっこんで来たら、絶対に助からないぞ!」

 ジュールは驚いて言った。

「逃げて…………早く逃げて!」

 イリスが叫ぶ。

「何言っているんだ! お前を助けてに来たんだ。お前をおいて行けるか!」

 トゥルースはそう言って、鎖に外そうとした。

「ヘレン様! トゥルースを! 今彼を死なせる訳にはいかない!」
「わかったわ! ………すみません」

 イリスはヘレンに言う。ヘレンはトゥルースに謝ると、殴りかかった。

「うわっ! 何を!」
「すみません。トゥルースさん………しかし、あなたはこうでもしないと、ここを離れない」

 謝りながら、彼女は回し蹴りを炸裂させ、トゥルースはイリスの元から吹き飛ばされた。

「うっ! 痛っ!」

 トゥルースは倉庫の端の床に叩きつけられた。今の彼にヘレンを倒す事は不可能だ。

「別の方法……がぁっ!」

 ジュールも反対側の端に蹴り飛ばされた。
 いよいよトラックの轟音が迫ってきた。トゥルースは両手に銃を構え、トラックに撃った。

「くっ!」

 猛進するトラックに止まる気配はなく、彼の銃も残弾がなくなった。思わず喉から音が出る。
 トゥルースは無我夢中で、イリスの元へ駆け戻った。

「トゥルースさん!」
「トゥルース!」
「来ないでぇーー!」

 皆の声を無視して、彼はイリスの元に行き、鎖を外そうとする。トラックのライトがッ二人を照らす。しかし、鎖は全く外れない。
 一瞬、諦めたのかトゥルースの手が止まり、イリスの体から離れる。
 刹那、猛進するトラックの真下で何かが爆発した。

「…………」
「………!」
「……生きてる」
「……た、助かったの?」
「あぁ」
「あれは、昼間の?」
「あぁ、超強力瞬間接着弾だ」

 トゥルースはイリスに言った。彼は衝突の直前、コートにあった超強力瞬間接着弾を取り出し、ピンを抜き、トラックに向かって投げたのだ。彼はそれを一瞬の内にやってのけたのである。
 トラックは二人の目の前で、モーターが回転する音を立てて、止まっていた。接着剤はトラックの下でベッタリと地面との隙間を埋める形で固まっている。
 運転席の中は、エアーバックで見えない。しかし、想像絶する衝撃が運転席を襲った事は間違いないだろう。命を落としていなくとも、気絶は間違えなくしている筈だ。

「ハッ! ………オイ! 警察だ! お前には黙秘権が………」

 衝撃的瞬間を目の辺りにしたショックから戻ったジュールは、トラックの運転席に向かって言う。当たり前だが、返事はない。
 ジュールは銃を片手にトラックへ寄り、ドアを開ける。泡を吹いて気絶している運転手が落ちてきた。正確にはシートベルトで、宙吊り状態だ。ジュールは運転手を助けて、地面に寝転がした。

「あっ! ジュール、早くエンジンを切ってくれ!」
「あぁ!」

 トゥルースに言われ、ジュールは慌ててトラックのエンジンを切った。

「まだたくさん気絶しているわよ」

 イリスを縛る鎖を外そうと悪戦苦闘するトゥルースに、ヘレンがトラックの荷台の中を見て言った。

「退いて」

 ヘレンがそう言いながら来ると、トラックの中から見つけた工具で、鎖を壊した。鎖が外れ、イリスは力無くトゥルースに倒れてきた。

「おっと、大丈夫か?」
「えぇ」

 イリスはトゥルースに抱かれながら答えた。

「ありがとぅ………」
「何言ってる。これが依頼だろ? イリスを守るって、オレは約束を果たしただけだ」
「でも、ありがとぅ………」

 イリスはか細い笑みで言った。大分疲れたらしい。

「こりゃ大漁だ!」

 ジュールは手錠ではなく、縄でグルグル巻きにされた男達を地面に積んでみせた。

「おい! 指示はギケーだな?」

 トゥルースは、縛られた彼らの中の意識が戻りかけている男に聞いた。

「あぁ………」

 彼にはそれだけで十分であった。
 その時、トラックの下で固まっていた接着剤がミシッという音をたてた。10分が経過したのだ。
 トゥルースはヒビの入った接着剤を叩いた。接着剤は粉々に砕け散った。

「………よし! ヘレン、行こう! ジュール、そいつらとイリスを頼む」
「待って! ………私も行く」

 地面に腰を下ろしていたイリスが立ち上がって言った。躊躇するトゥルースにヘレンが横から告げる。

「連れて行きましょう? それに、この娘の目、止めてもついてくるわよ?」
「わかった。イリス、ヘレン、行くぞ!」






 

 いつの間にか夜空は青みがかっていた。トラックは、ギケー宅の西門の前で一時停車した。

「戻ってきてしまったわね、ここに」

 運転席に座るヘレンの言葉に、助手席に座るトゥルースは答える。

「確かにオレ達は再びここに来た。だが、ギケーが言った意味とは違う」

 トゥルースの意見に納得したのか、ヘレンはアクセルを踏み込んだ。
 トラックは西門を破壊して中へ突っ込む。破壊された門では、警備が呆然と立っていた。
 庭を疾走するトラックは、ギケーのいる屋敷の前で停車した。割れた窓こそ直されていたが、屋敷は4年前と同じであった。
 トゥルースがトラックから降りると、サーチライトが彼を照らした。屋敷の窓、屋根、庭の木の影、至る所からゲーン一家は彼を狙っている。

「我が孫よ! 久しぶりだな」

 屋敷から声が聞こえると、玄関が開き、ギケーが現れた。

「そして、イリスよ。命拾いしたな」
「ギケー!」
「いい目だ。10年前を思い出す」

 ギケーは笑った。完全にこの場の流れは彼が支配している。
 マグナムをトゥルースは抜いた。

「っ!」

 銃声と共に、トゥルースの手に衝撃が響く。その手にあったマグナムは吹き飛ばされていた。
 既にギケーは硝煙を上げる銃を構えていた。

「早いな……」

 思わず本音が出てしまう。彼の額に汗がにじみ出る。
 しかし、トゥルースが辛うじてもう一方の手に構えた装飾銃ソールズパイルの銃口もギケーを捕らえていた。

「どうだ? トゥルース? わしと一騎打ちしている気分は?」
「………悪くはないな」
「皆の者! わしとトゥルースの邪魔をするな!」
「イリス、ヘレン、わかってるな?」

 トラック車内にいる二人は頷いた。

「これで邪魔はない。どうする? トゥルース。今わしを殺したらイリスの命の保証はないぞ」
「……お前を殺せば皆の呪縛は解き放たれる。オレはお前を殺す!」
「お前がいくら喚いても所詮は弱者の啼き声だ。そのソールズパイルも返してもらうぞ。その銃を使いこなせていない貴様には過ぎた代物だからな」
「オレはゲーン一家がイリスから手を引くようにさせる為に来た。この銃も渡しはしない」
「だが、トゥルースよ。お前が死ねば、イリスは間違いなく死ぬ! その引き金を引く事で、イリスを助けられるのか?」
「やってみればわかる」

 トゥルースの銃口はギケーを真っ直ぐに狙う。

「その覚悟は果たしてあるかな?」

 答えの代わりに彼はギケーを睨んだ。ギケーはニヤリと笑うや否や、素早く動いた。トゥルースは発砲した。
 しかし、外れてしまった。装飾銃はやはり重たく、口径も大きく、照準が衝撃でずれる。

「トゥルースよ! 所詮、その程度か?」

 続けて発砲するが、また外れる。衝撃の影響もあるが、意外にもギケーの動きは速い。補整が追い付かない。

「ギケー! イリスを諦めろ!」

 更にもう一発発砲した。今度はギケーの隠れる柱の端に当たった。柱に大きな弾痕とヒビを走らせ、破片が飛び散る。威力は相当なものだ。
 残弾は3発。

「トゥルース! お前はどうなのだ?」
「オレは家族の仇を討つまで戦い続ける!」
「家族か! ヘレンから聞いているのだろう? お前の真の父が誰で、お前が両親という者達がどのようなことをしたのかも!」
「それでもオレはギケー! お前を許さない! そう、お前が死ぬまでな!」

 ギケーも発砲する。トラックの影に隠れたトゥルース。弾はトラックの脇に当たった。

「ふん! わしは殺しても死なん男だぞ?」
「だが、オレより先に死ぬのは確かだ! それまでずっとオレは探偵としてお前の悪事を暴き続ける!」
「ふん! 探偵を続けていれば、わしより先に死ぬのは思わんのか?」
「オレは探偵だ! ギケーやゲーン一家に苦しむ者の依頼で、悪事を邪魔してやる!」
「ふん! それこそ下らない! そもそも、お前のやっているのは探偵ではない! ただのチンピラだ! 少なくとも、わしの知る探偵はそんな男ではない!」
「それはギケーが知る探偵だからだ!」
「違うな! 少なくとも、お前はあの親子の様な名探偵にはなれない! お前は所詮ギケーの名を背負うただの何もない探偵だ!」
「そんな事はいずれわかる! 今はイリスを諦める事を約束しろ!」

 トゥルースは叫んだ。

「………なるほど。トゥルース、イリスに惚れたか?」
「違う! そんな単純な理由ではない! イリスを守る、それが依頼だからだ! そして、その依頼を完了する事はギケーに勝つ事に繋がる!」
「それこそ下らない! わしはゲーン一家のボスとして、わしの失態であるお前を潰す事になるぞ!」
「なっ! 失態だと?」
「この意味はいずれわかる! お前がわしの様に人を操り、社会を操る立場になればな!」
「そんな事………わかりたくもない!」

 トゥルースは隙を突いて発砲する。
 弾はギケーのいる柱の端に当たり、柱は砕けた。
 ギケーは別の柱の影に素早く移る。

「往生際が悪いな!」
「それは、ギケー譲りだ!」

 トゥルースは最後の賭けとばかりに、トラックの影から飛び出し、ギケーに向かって走りだした。
 ギケーの弾が彼の側を通過する。そのまま銃弾はトラックや木に当たる。トゥルースはギケーの弾をギリギリで回避し、彼の元へ着いた。

「これで………」

 一瞬遅かった。ギケーはトゥルースが銃を構える一瞬前に、銃を構えていた。

「わしの勝ちだな。…………少し遊び過ぎた。動くな」

 ギケーはそう言い、銃をトゥルースに構えて玄関から、トラックの方へ歩いていく。そして、真ん中で立ち止まった。
 空から空気を揺らす轟音が近付いてきた。トゥルースは見上げた。ヘリコプターが二機、屋敷の裏から現れ、その内の一機から梯がギケーの元へ下ろされる。もう一機からは自動小銃が彼らに照準を合わせていた。

「待て!」
「動くな!」

 ギケーは梯に捕まり、銃口をトゥルースに向ける。

「待てぇ!」

 トゥルースは構わず銃を発砲した。空で火花が散り、弾道がそれた。ギケーの銃弾が彼の銃を弾いたのだ。
 しかし、その銃弾はもう一機のヘリコプターに当り、ヘリコプターは爆発しながら回転し、トゥルース達の方へと墜落してきた。

「なっ!」

 思わずギケーまでもが声を上げた。
 ヘレンとイリスは何かを叫んだ。逃げろとトゥルースに叫んでいるようだったが、トゥルースには瞬時に状況が理解できた。ヘリコプターの墜落コースはトゥルースだけでなく、イリスとヘレンも巻き込む。
 その瞬間、トゥルースの腕が電流を帯びた様に素早くソールズパイルをヘリコプターに向けて構えた。全身に痺れるような感覚が宿り、全身の毛も逆立つ。
 45口径の弾丸で墜落してくるヘリコプターをどうすることもできるはずもない。
 しかし、トゥルースにはわかった。ソールズパイルならできると。残弾は1発。トゥルースは迷わず引き金を引いた。
 刹那、ソールズパイルの銃口から巨大な電撃を纏った弾丸が発射された。銃声もこれまでのものとは全く別物で、まるで落雷の様な激しく大きな音であった。
 弾速も威力もこれまでとは桁違いに大きくなっており、貫かれたヘリコプターはミサイルに爆撃されたかの様に爆発四散した。

「な、なんだ? 今のは?」

 トゥルース本人ですら、その身に起こったことが理解できなかった。
 ただわかるのは、彼らの周りにヘリコプターの細かくなった破片が落下していることだけだ。
 驚くトゥルースの頭上から声が聞こえる。ギケーだ。

「ガハハハハッ! よくぞ、ソールズパイルの力を使った! そいつは餞別にくれてやろう! そして約束しよう! イリスの事は諦める! ただし、今回は大人しくお前も手を引け、警察には下っ端の勝手な暴挙とする! これを約束しなければ、次はイリスを殺しにいく!」

 思考が回復したトゥルースは、ギケーに答える。

「わかった! 約束しよう!」
「よし! 次会う時が楽しみだ! ガハハハハ、去らばだ!」

 ギケーはそのまま遠くの空へ去った。
 その後、三人はゲーン一家の人達に丁重に門の外へ連れられた。彼らは再び西門の前に立った。

「ギケーの奴め、騒ぎが収まるまでしばらくどこかに隠れるつもりだ」
「仕方ないですよ。それに、勝負に負けたとしても、戦いには勝ちましたよ?」

 悔しそうに言うトゥルースにヘレンは優しく言い、イリスに視線を向ける。

「トゥルース、ありがとう」

 イリスはぎこちなくも、満面の笑みを浮かべて言った。トゥルースは照れくさそうに空を見上げる。いつの間にか日が昇り、空は白く輝いていた。

「行こう。………いや、帰ろう!」

 三人はゆっくりと歩き出した。自由と戦いが待つ外の世界へ。






 

 ギケーとの一騎打ちから10日が経った。
 トゥルース達は約束通りギケーに捜査の手が延びない証言をした。しかし、偽証とも違う。実際、ギケーが犯行を指示した証拠はどこにもない。
 事実として残った事は、ギケーはゲーン一家にイリスを狙う事を諦めさせ、イリスは自由になった事だけだ。

「イリスさん、まだ警察から帰って来れないんですか?」

 ヘレンは机で新聞を読むトゥルースにコーヒーを差し出すと聞いた。新聞から視線を外さずに、彼は説明する。

「イリスは警察で事実確認をしているんだ。いくらジュールが一緒についているとはいえ、問題が厄介だからな」
「問題?」
「イリスが“仕事”をしたのか否かというポイントだ。これにはかなりの時間がかかるだろうからな。釈放となると時間がかかるんだろう。それよりも、ギケーだな。あれからずっと姿を隠したままだ」
「屋敷の様子を探ってみました。しばらくニューヨークから離れるつもりかもしれません」
「まぁ元々捕まえる事が出来ない相手だからな。ギケーは一度も警察と話す事なく事件は解決となるだろうな」

 そして、彼はコーヒーを啜る。ヘレンもソファーに座ってコーヒーを飲む。事務所の日常だ。
 そこへ、ドアがノックされた。

「依頼人かしら?」

 ヘレンがドアへと歩いていく。

「どうぞ」

 ドアを開けると、ジュールが立っていた。

「久しぶりだな。すまなかった。嬢ちゃんの証言の事実確認に追われていてな」
「それで?」
「嬢ちゃんはまだ誰も殺していない事が証明されたよ」
「よかった」

 ジュールが言うと、トゥルースとヘレンに笑顔が浮ぶ。そして、彼は廊下に戻り、誰かに声をかける。

「ほら、入ってきな」

 ジュールに促されて事務所に入ってきたのは、イリスであった。

「イリス! 釈放されたか!」
「はい。ありがとうございました!」
「正確には、まだ監視があるがな。まだゲーン一家と繋がりがあるかわからないから、その証明の為だ。嬢ちゃんには悪いが、しばらくこのニューヨークにいてもらう」

 ジュールが横から補足説明をする。

「そうか」
「でも、それは問題ではありません。ずっとこの街で暮らすつもりですから」
「え? しかし………」
「彼女はお前さんの事務所で働きたいってさ」

 ジュールが言うと、イリスが照れているのか顔を少し伏せて頷く。

「だけど、せっかく自由になったのに……」
「私は自由になったから、自分の意思で、ここにいたいと思った。それに、私の殺し屋の腕は本物よ。役に立つと思うけど?」

 当惑するトゥルースに、顔を上げたイリスは自信満々に言った。

「私は大賛成よ。トゥルースさんも助手が欲しいって言っていたじゃない。それに、あの部屋もまだグチャグチャだけど、イリスさんの部屋もあるしね」
「……よし、わかった! ようこそ! イリス・サトラー! 我が事務所へ!」

 トゥルースは満面の笑みでイリスに言った。

「トゥルース、ありがとうございます! ヘレン様、ありがとうございます!」
「そのヘレン様は止めて、仲間でしょ? 私もイリスと呼ぶわ」
「わかったわ。ヘレン、ありがとう。トゥルース、ありがとう。そして、ジュール警部、ありがとう」

 イリスは涙を浮かべながらも、精一杯の笑顔で言った。三人も頷いた。

「よし、イリス。早速仕事だ。そこの部屋を直す。手伝ってくれ!」

 トゥルースはイリスの部屋を示して言った。

「はい!」

 テリー探偵事務所に少女の声が加わった。
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