『名探偵』第二の男
「トゥルース・テリー。私立探偵だ」
空いていた休憩用テントを借りて探貞と青年は、通報を受けて駆けつけてきた警察が立ち会う中、お互いの事情を説明していた。
椅子に座るとコートを着た青年は、探貞に身分証を見せて言った。確かに、トゥルース・G・テリーと書かれていた。
トゥルースは、二十歳前後の白人系の青年で、大学生と言っても十分に通用する外見だが、ロングコートの下には銃社会のアメリカ合衆国でも中々見ない装飾銃を、マグナムの他に携帯していた。
「彼はニューヨークにおいて、結構ある件に関わることでは有名なんだ。我々も彼には何度も世話になっている」
警察の一人である大柄な黒人男性は、探貞に説明した。彼は、ジュール・マーフィーニューヨーク市警警部と名乗った。
「つまり、狙われたボスのマフィアに関する事件の専門家という事ですか。一応同業者なだけに、日夜お祖父さんと戦い続ける本物のハードボイルドにお会いできて光栄です。……申し遅れました、私は日本で名探偵をしております、迷探貞と申します」
探貞は興奮して目を輝かせてトゥルースに握手を求めた。
しかし、トゥルースはそれに応じず、探貞を睨んで聞いた。
「なぜオレがゲーン一家絡みの事件の専門家だとわかった。しかも、孫であると。今のジュールの説明だけでは、そこまで断定できないはずだ。それに、なぜあの男がスタッフに変装した偽者だとわかった?」
「あのスタッフの左肩が少し下がっていたんんです。消音装置付きの拳銃の重さの為です。違えば、それでよいと思って、走って彼に話しかけようとしたら、という事です。テリー探偵については大した事はありません。一応私はこの映画の監修ですから。狙われたマフィアのボスの本名が、ギケー・ゲーン・テリーである事を知っています。ミドルネームと苗字が一緒なら、年齢を考えれば孫と祖父の関係であるのは想像がつきます。そしてこの撮影現場を監視しており、尚且つ銃の扱いに卓越している。相当な経験がなければ、例え早撃ちに自信があっても相手の発砲した銃弾を打ち落とすなんて業をやろうとは思わない。でしょ?」
「なぜ、オレが撮影現場を監視していたか……という質問は野暮だな。あのタイミングであの男の前に立っているのは、様子を見ていた為。ですね?」
トゥルースに聞かれ、探貞は頷いた。
「まぁ、最初はそのゲーンさんの雇ったエージェントか何かだと思ったんですがね。警部さんの対応とかを見て、そして今の自己紹介で確信をした、という訳です」
「………日本の探偵はこれ程に優秀なのか。トゥルース、お前ものんびりとしてはいられないな」
「オレはのんびりとなんかしていない。事実、こうして監視をしていたんだからな。……まぁ、オレがいなくても結局迷探偵が犯人を捕まえられていた訳だが」
トゥルースは、ジュールに言った。そして、今度はトゥルースが探貞に手を差し出すと言った。
「あの時、照明弾を犯人に打ち込むという手段を選び、成功させたのには脱帽です。驚異的な状況判断力でした」
「いえ、テリー探偵が時間を稼いでいたから成功したんですよ」
「トゥルースでいい」
「わかりました。私も、探偵とつけなくて良いですよ」
そして、探貞とトゥルースは握手をした。
「全く、騒々しいと思えば新参のマフィアの仕業だったか」
ジュールに同行したトゥルースと探貞は、狙われたニューヨークの老舗マフィア"ゲーン一家"のボス、ギケー・ゲーン・テリーのテントへ事情を聞きに訪ねていた。
表向きは、テリー財団の総帥という肩書きだが、そのテリー財団そのものも実態は殆どゲーン一家と同一の存在らしい。ジュールとトゥルースを前に、ギケー老人はマフィアのボスであることを全く隠すことなく話す。
「どうやらアンタが潜伏していた間に、この界隈の闇市場を開拓してきたマフィアらしい」
「潜伏とは聞こえが悪い。まるであの時わしが貴様に負けた様ではないか。わしの眼下で悪あがきをする事しかできなかった小僧の癖に」
「なんだと!」
トゥルースがゲーンに憤るが、ジュールと探貞に制される。
「では、狙われた動機は相手のマフィアがこのニューヨークの闇市場支配を狙った一方的な報復であると受け取ってよろしいのですね?」
「そうだな。………新しい薬とやらをこのマンハッタンに蒔こうとしている輩だ。さっさと警察が検挙をしないから、こういう礼儀しらずの事件が起こるのだぞ」
ギケーはジュールに説教をする。
「確かに、ゲーン一家は薬だけはやらないからな。………本当に薬だけだが」
「そういうならば、殺しや武器密売の証拠を見せろ。できぬにも関わらずその物言い、名誉毀損で訴えてやろうか? 言っておくが、あの助手は証拠にならないぞ」
「わかっている。だが、いつか覚悟しておけよ」
そう言うと、トゥルースはテントを飛び出した。
「若造が。……ところで、なぜ監修のお前がいる?」
ギケーは探貞に視線を向ける。お互い今朝の撮影前に挨拶を交わしていた。
「私も今回の一件に噛んでいまして」
「迷さんが犯人を倒したのです」
「つまり、トゥルースはあれだけ大口を叩いておいてただのかませ犬か。これは傑作だ!」
ジュールの説明を聞くと、ギケーは大笑いをしながら言った。
「それに、テリー氏にはお伺いしたい事がありましたので、ます一度ご挨拶をしておこうと思いまして」
「………なんだ?」
「"名探偵"を知っていますか?」
「………知らん」
「ありがとうございます。では、私もこれで失礼致します。撮影がありますので」
一礼すると、探貞もテントを後にした。そして、残されたジュールはギケーへ定型的な質問を始めた。
「お願いします!」
テントから出ると、探貞の耳に関口の声が聞こえた。声の方を見ると、関口だけでなく、監督と撮影隊までもがトゥルースに向かって頭を下げていた。トゥルースは当惑している。
「どうかしましたか?」
「いや、実は………」
トゥルースは探貞に困りながら言う。
「迷さん! 貴方からもお願いします!」
「関口さん、どうしたんですか?」
「先ほどの彼の無駄が一切ない完璧な射撃。その格好、オーラ! 全てが完璧なニューヨークの探偵だ!」
「まぁ本当にニューヨークの探偵ですからね」
「そうなのか! ならば、決まりだ!先生!」
関口と監督は再び頭を下げた。後ろに控える撮影隊達も先生! と言いながら頭を下げる。
「探偵役の演技指導を依頼された」
トゥルースはため息混じりに、状況が飲み込めない探貞に答えた。
探貞は同じ探偵役の監修として、そして同情から曖昧な苦笑で返した。
話は昨日の夕方に遡る。
撮影隊がマンハッタンの港に到着すると、すぐさま翌朝からスタートする撮影の為にテントの設営を開始していた頃、ニューヨークの中心街から少し離れた一角にあるアパートメントの一室の"テリー探偵事務所"に、ジュールが訪ねていた。
「ギケーが動くぞ」
応接用のソファーに腰掛けると、向かいに座る探偵事務所の所長であるトゥルースに言った。
「本当か!」
「あぁ、しかも我々の予想を超えるものだ。明日から、日本が中心となって製作される映画の撮影があるらしいのだが、その映画に実名でマフィアゲーン一家のボス役として出演するらしい」
「は?」
「言葉のままだよ。ギケーが何を企んでいるのかはわからないが、映画に出演するんだ。俺もつい数時間前に知った話だ。とりあえず、お前さんには一番に伝えておいた方がいいだろうと思って、仕事帰りに直接来たという訳だ」
「それは、ありがとう。………この半年、ニューヨークから姿を消していたと思えば、映画出演だと……。奴は一体何を考えているんだ」
トゥルースは苛立ちを露にする。
「とりあえず、情報は伝えるが、警察にも警護の依頼は出ておらず、あくまでも撮影の許可等の関係で知ったことなんだ」
「そんな事を気にする必要はない。10年もの因縁で後一歩のところで逃して半年だ。オレはギケーの監視をする」
「わかった。お前さんには夏の件もあるし、協力しよう。とは言え、俺ができるのは警察がお前さんの邪魔をしないようにする程度だが」
「それで十分だ。早速、明日から張り込ませてもらう」
トゥルースはこぶしを握ると言った。
「まぁ、友人としての話はここまでだ。実は、警察から依頼があるんだ」
「なんだ?」
「この街の地下に巨大な怪物が潜んでいるという都市伝説を聞いた事がないか?」
「あぁ、確か随分前にUMAブームがあった時に並べられた話だな。ペットが逃げ出して、巨大化したとかだったな」
「そうだ。それがまた最近囁かれていてな。それが、あまりに急だった事と、どうもその噂が人を襲っただの、実際に行方不明者が出たといった真実味がありそうな話でな。警察の方に問い合わせが何件かよせられいるんだ。とはいえ、怪物がいるとは思えないし、実際に警察に被害が届けられた訳でもない。それにどこかに事実がある可能性がある」
「つまり、事件性があるかないか、そして噂の真相を調べてほしいというわけだな」
「そういう事だ」
ジュールは頷いた。
「まぁ、そういう事なら依頼を受けよう。とはいえ、オレはギケーの方が気になる。………ヘレン! イリス!」
トゥルースは廊下に向かって声をかけた。しばらくして、二人の女性が部屋に入ってきた。一人は老婦人。もう一人はショートカットの金髪と紅色の瞳が印象的な透き通る様な白い肌をした白人の美少女だ。
「ヘレン、イリス。すまないが、オレの代わりに調べてもらっていいか?」
「その目を見ればわかります。ギケー様が動き出しのでしょう? ならば、トゥルースさんはそちらへ集中してください」
老婦人、ヘレン・グリコーはトゥルースに言った。そして、隣に立つ美少女、イリス・サトラーも頷くと言った。
「任して。私ももう一人前の助手よ。警部、依頼内容は?」
ジュールは微笑むと、改めて二人の探偵助手に依頼内容を話し始めた。
「さて、トゥルースさんも港へ出かけたし、私達も調査を始めましょうか」
翌朝、探偵事務所ではヘレンがマンハッタンの地図を広げると言った。トゥルースは先程港へギケーの同行を監視するために出掛けていった。
「そのエリアが噂の広まっている範囲ね」
イリスは地図に赤ペンで描かれている範囲を見て言う。
「そうよ。単純に考えると、この範囲の中心が噂の元だけど、マンハッタンじゃそうもいかないでしょうね。地道に情報網を使って探るのが一番だと思うわ」
ヘレンは言った。彼女は元々ギケーに仕えていたが、トゥルースと共にゲーン一家から抜けた。当時、彼女がその力を利用して独自に開拓した情報網があり、それによってトゥルースも助けられている。
「じゃぁ、私は一度地下を調べてみるわ」
「危険じゃない」
「私を誰だと思っているの? 大丈夫よ。地下なら昔暮らしていたし、腕は鈍ってないから」
イリスは笑って言った。元々ストリートチルドレンとして過ごしていたが、ギケーの元で殺し屋の技術を仕込まれ、半年前にトゥルースの助けでゲーン一家を抜けた過去がある。
「わかったわ。でも、気をつけるのよ」
「はい」
暗い地下道、その中をイリスは懐中電灯の明かりを頼りにゆっくりと歩いていた。
噂と関係がありそうなものがないか、慎重に彼女は調べながら暗闇を進んでいく。
周囲はパイプが走っており、ガスか上下水道のパイプだろうと彼女は判断した。しばらく歩くと、その判断を証明する様に、大きな地下下水道に出た。僅かにマンホールから差し込む光が確認できる。
臭いはカビと泥の臭いであり、好ましいものではないが、排泄物等の持つ悪臭とは違い、耐え難いものではなかった。
「………いや、そんなのは贅沢か」
幼少の記憶を思い出し、イリスは苦笑した。
その時、地下道の先に動く灯りに気が付いた。清掃か点検の為に来た人間だろうと思い、イリスは灯りを消すと横穴の影に隠れてその場をやり過ごそうとした。
しかし、近づくにつれ、それが招かれざる存在である事に気が付いた。
「兄貴、臭いっス」
「黙れ、お前の息が臭い。ゲーン一家の人間ともあろう者が下水の臭い程度で音を上げてどうする!」
二人組みのゲーン一家の構成員であった。イリスも一度も見た記憶がなく、言動からも下っ端であろうと判断した。
「兄貴、ちゃんと横穴も見ておかないと」
「馬鹿、俺達の目的はそんな小さい穴にはいないだろ!」
しかし、弟分の男は兄貴分の言葉を無視して、イリスが隠れる横穴を覗き込んだ。
「だ、誰だ!」
「ちっ!」
イリスは素早く弟分の持つ懐中電灯を蹴り飛ばした。何が起こったのかわからず、ただ驚く事しかできない弟分をイリスは無視し、拳銃を抜いた兄貴分へ駆け寄る。
「お、お前は!」
イリスの顔を見て彼が叫んだ直後、イリスの掌底が彼の胸部を突き、そのまま下水の中に落ちた。
二人が下水から這い出ようともがいている間に、イリスは素早く下水道を後にした。
「ゲーン一家が? 映画出演に敵対マフィアの襲撃に地下道探索とは、また忙しいな」
事務所で夕食を食べながら、イリスの話を聞いたトゥルースは言った。
「うん! おいしい。ヘレンさんの料理はとてもおいしいです」
全く会話の前後を無視した料理への感想がトゥルースの向かいで述べられた。
「迷さん、今の話を聞いていましたか?」
事務所に招かれて彼らと一緒に夕食を食べているトゥルースの向かいに座る探貞は、彼の問いに頷く。
「聞いてましたよ。確かに忙しいみたいですね」
「まぁ、そうなんですが………。昼の様に素晴しい推理を期待していたんですが」
「トゥルース君、謎を解くにはデータがいるんですよ。なぜ彼らが地下道にいたのか、まだわかりません。案外、怪物を捕まえて一括千金でも狙っていたんではないですか」
そう言うと、探貞は満足そうにヘレンの料理に舌鼓を打つ。
「……それとも」
探貞はワインで口を潤すと、言った。彼らは探貞を見る。
「その怪物の調査、手伝いましょうか?」
トゥルースはその言葉に、一瞬返事を躊躇し、ヘレンとイリスを見る。彼女達は目をふせて食事を続けている。トゥルースの判断に委ねるということだ。
トゥルースはナイフとフォークを置くと、義母から習った日本の礼儀を思い出し、探貞を見て頭を下げた。
「御協力、よろしくお願いします」
「畏まらなくていいですよ。私も、トゥルース君達にお願い事がありますから」
「……お願い事?」
トゥルースが怪訝な顔で聞くと、探貞は頷いた。
「トゥルース君とギケーとの間に何があったのか? その事情と、トゥルース君の持つ装飾銃について教えて頂きたいのです」
探貞の言葉に、ヘレンが反応した。ヘレンは瞬時に手に持つナイフの構えを変え、鋭い視線を向ける。
探貞に彼女の実力はわからないが、恐らく彼を仕留めるには十分な間合いなのだろう。
トゥルースは探貞に視線を向けたまま手でヘレンを制し、探貞に聞く。
「なぜ?」
「ゲーン一家とトゥルース君達の事情は知っておかなければ、手伝う上で何かと不都合があると思うからです」
「それはオレも理解できている。オレ達の聞きたいのは、こいつの方だ」
トゥルースは装飾銃を抜くと、探貞に銃口を向けて言った。
「日本で依頼を受けているんです。その装飾銃の持つ力とトゥルース君が持つ力について確認をしてほしいと」
「何故?」
「それは何故私にそんな依頼がされているのかですか? それとも、何故能力について知っているのかという意味ですか?」
「両方だ。こちらの事情を聞きたいなら、そちらの事情も教えて頂きたい。勿論、返答次第ではオレ達もそれ相応の対応を取らせてもらう」
「なるほど。まず依頼者は当然ご理解いただけると思いますが、守秘義務があるのでお伝えできません。ただ、私もその依頼者も、その装飾銃やトゥルース君の持つ力と同じ様な能力を持つ存在と関わりがあります。そして、敵対目的はなく、しかしながら敵対するならば応じるという立場にあります。何故力の存在を知っているのかについては、最早説明のしようがありません。予め知っていたとしか言い様もなく、それ以上のことはまだ話すこともできません」
「ただの探偵ではないということか。……良いだろう。話そう。ただし、オレもヘレンもこいつについては殆ど知らない」
トゥルースは装飾銃をテーブルの上に置いた。ヘレンもナイフを戻した。イリスもテーブルの下で何かを構えていたらしく、それを納めて手を料理に戻していた。
探貞はその緊張感に物怖じせず、全く変わらない口調で言った。
「話せる範囲で構いません」
「わかった。長くなるぞ?」
「大丈夫です」
「わかった。ヘレン、酒を出してくれ。素面では話しずらい」
トゥルースの言葉にヘレンは速やかにグラスを用意し、ワインとブランデーをテーブルの上に置いた。
ワインを探貞のグラスに注ぐと、トゥルースはブランデーを入れた氷入りのグラスを仰ぎ、彼らの過去について話し始めた。