未来への約束




 昭文町は、都内の県境に位置する町で、大きく南北で分かれ、中心に東西に延びる鉄道の昭文駅があり、発展をしている。
 また、沿線にそった南北それぞれに北を国道(北街道)と南を都道(南街道)が伸びている。
 南側は駅から商店街が伸びており、広く開けた土地の為、探貞達の暮らす住宅地が広がっている。
 東側には県境にもなっている川が北東から南西に向かって大きく曲がるように流れており、西側には幹線道路(西幹線)があり、隣町との境界線になっている。
 北側は昭文神社のある昭文山という小高い丘があり、駅に延びる参道がある。参道に沿って伝の住む閑静な住宅街があり、旧家や名家も点在している。この参道沿いに昭文学園もある。
 そして、町の東西南北を結ぶ道の輪があり、それぞれ別の道の集まりであるが、地元住民からは「昭文町環状線(町環)」と呼ばれている。 このように昭文町は昭文駅を中心に東西南北に延びる参道、商店街と南北の街道と鉄道、そして町を囲むように町環があり、北の山と東の川、そして南の広大な土地と西の幹線がある為、風水的に最良の立地であると云われている。

「どう? 東西で違いはある?」

 昭文神社を出発した探貞達は、仕事帰りや買い物帰りの人々が畳んだ傘を片手にまばらに歩く参道を歩いていた。雨はいつの間にか止んでおり、水溜まりが点在していた。
 探貞は歩きながら、三波が背負うリュックに入ったアールに話しかけた。

「まだわかんねぇな。やっぱり大分反応が微弱になってる」

 そうしたやり取りを時折挟みながら、昭文学園の前を通り過ぎ、一行は参道を抜けて、北街道に差し掛かった。

「若干西側に反応が強いようだけど、まだ確信は持てないな」
「このまま駅を抜けて南口まで出て、予定通り商店街も歩いた方が良さそうだね」
「よぅ学生諸君、夜遊びは感心しないな」

 交差点で信号待ちをしながらリュックの越しにアールと探貞が話ていると、彼らのいる交差点の角に面した銀行から出てきた男が話かけてきた。
 声に覚えのある探貞は振り返り、苦笑しながら挨拶をした。

「今帰りですか?」
「まぁな」

 伝だった。仕事帰りの伝は、ズボンのポケットに片手を突っ込みながら、三波達一人一人を見回す。

「何を調べているか知らないが、もしそれが宿題だったら日が沈む前にやるべきだぜ?」

 さらりと放った伝の言葉に探貞以外の面々はギョッとする。
 しかし、探貞は平然とした表情で答える。

「日が沈む前はみんな部活や塾なんですよ」
「そいつは忙しいな。何を調べているんだ?」
「調べているというよりも、探しているというべきですね。この連休中にこの町で変わったことはありませんか?」
「変わったこと? 事件か?」
「どんなことでもいいです。ご存知ありませんか?」
「そうだな。昭文署ならわかるかもしれないが、本庁だと特には聞いてないな。……なんだ? 昨日の一件に感化されたか?」
「全くないとは言えませんが、直接は関係ありません」
「なるほど。……確か、昭文神社の娘だったけな。探貞は依頼をするのに最適な奴だが、所詮は高校生だ。犯罪絡みだと思う時は警察に届けろよ」

 伝は三波を見て言った。
 目を見開く三波と伝の間に入った探貞が苦笑混じりに言う。

「その時は、僕が父さんや伝さんに相談しますよ」
「確かにな。……無理はするなよ」

 最後に釘をさした伝は、探貞が頷いたのを確認すると、彼らに手を振って参道に消えていった。
 それを見届けると和也が探貞にひじを突いてきた。

「おい、今のは?」
「伝節男さん。父さんの同僚だよ」
「ってことは、探偵課ってところのか?」
「正しくは特殊捜査課」
「何だか全部俺達のことをわかってたかのような物言いだったぞ?」
「それが伝さんなんだよ。でも、全部じゃない。あくまでも状況と会話からの推理だよ。一人だけリュックの三波について説明がつけば、伝さんは納得する」
「ふーん。……面倒くさいな」

 思わず言った和也の感想に探貞は苦笑した。
 そうしている内に信号が変わり、一行は北街道を渡り、昭文駅の北口ロータリーへと進んだ。
 大型スーパーや飲食店がある駅前には、まだ多くの人が歩いていた。

「駅前こそさっさと行こう。誰に声をかけられるかわからないから」

 涼の意見に皆賛同し、足早に駅構内を抜けて、南口ロータリーへと出た。
 南口側は商店街がまっすぐ南へと伸びている為か、発展している北口側に比べて、下町や昭和という単語を連想させる古い家屋や商店が多い。レトロな町並みと地元の宣伝広報では表現されていた。
 ロータリーを出て、北街道に比べて道幅の狭い南街道の交差点を越えて、商店街沿いに歩いていると、涼がばつの悪そうな顔をした。

「ねぇ、反対側を歩かない? お父さん達、戻ってるみたいだから」
「ああ、看板が出てるな。ここで渡るか。……いいよな?」

 和也の提案に異議はなかった。
 商店街の中にある「石坂納棺」と楷書で書かれ、桶のイラストが描かれた看板が出ている事務所が涼の家だ。看板が出ているということは、どうやら仕事を終えて事務所へと戻っているらしい。
 一行は、石坂納棺の前を避けて、反対側の歩道を歩いて南下し続けた。

「どう?」
「こっちじゃねぇな。どうやらさっきの北側みてぇよ」
「東西は?」
「多分西側だろうけど、今の段階でオイラには確信をもてねぇ」
「わかった。ありがとう」

 商店街の端まで歩いた探貞はアールの結論を聞いて、駅の方角を見た。

「昭文学園か……」
「確かに学校は疑わしいけど、短絡的すぎないか? 町の北西側っていっても結構広い範囲だぞ?」
「侵入者がいたって七尾先輩が言っていたよ。確認する価値はあると思うよ」

 頭を掻く和也に探貞は答えた。






 

「一度東へ少し歩いてみよう」

 北街道まで戻った探貞は、信号待ちをしようとした彼らに提案した。
 九十九がニヤリと笑みを浮かべた。

「確信がほしいんですね?」
「まぁね。ここまでで、アールの四次元バケツの精度がおおよそわかったからね。一度北街道沿いに東西を歩いた方がいいと思うんだ」
「やけに慎重ですね?」
「それが人なのか物体なのかも大きさも形も全くわからないんだ。仮に学校でその現象が起きたとしても、もう閉門時間が過ぎているからね。確認できるのは明日以降になる。だったら、今できることはその現場が昭文学園の敷地内だと特定することだよ。さっき、昭文学園の横を通った時にアールは何も言わなかった。つまり、四次元バケツは近づいても反応が強くなるわけじゃなくて、一定範囲内にその場所があるかどうかしかわからないんだ。だったら、昭文学園を中心に大きく距離をとって円状に移動した方が確実だからね」
「範囲は扇状に広がっているようですからね。扇状の範囲は90度以上180度未満にはなっているようですが、まだその具体的な角度と距離はわからない。町環を使って絞り込みをかけようと思っているんですね?」
「正解。どの程度絞り込めるかはわからないけど、試す価値はあるからね」
「なら、これを使ってください」

 九十九は鞄から昭文町の地図と定規を取り出し、探貞に渡した。受け取った探貞は定規で地図上の距離を測ると満足そうに頷いた。
 一方で、和也が呆れた表情で言った。

「お前、いつもそんなマニアックな地図を持ち歩いてたのか?」
「備えあれば憂いなしです」
「お前も大概変わりもんだな」
「宇宙人の幽霊が見えてて平然としている先輩に言われたくはありません」
「物心ついてからハチ公やらハナコも含めた幽霊をさんざん見てれば宇宙人程度で驚かねぇよ」
「ハナコってなんですか?」
「上野動物園のゾウだよ。上野はすごいぞ。時々ファラオやネアンデルタール人とか恐竜とかうろついているからな」
「霊視能力を嫌がっている割には、楽しんでますね」
「好き嫌いと楽しむことは別だ。……ところで、アール。お前は単身で地球に来たんだよな? なんでお前の仲間の幽霊がうろついているんだ?」
「あぁ? オイラは別に一人とは言ってねぇぞ? 調査団で地球に来たんだ。だけども、調査船が墜落してな。偶々先発調査で地球へ降りてたオイラだけが助かったんだ」
「……さらりとものすごい衝撃発言をしたな」
「というか、アールって遭難者だったんだね」

 驚きを通り越して唖然とする和也。そして、探貞は苦笑交じりに言った。
 その一方で、三波は一人だけ眉間に皺をよせて、ジトッとした目で九十九に詰め寄る。

「うっ! なんだよ、三波!」

 やはり顔が近い三波を引き離す九十九があからさまに嫌そうな顔をして言った。

「私だけ話が分からない! あんた、わかってるんでしょ! 教えなさい! 幽霊って何よ!」
「あぁー……どう説明すればいいんでしょう?」

 一人だけアールを探して押入れへ入っていた為、三波だけが和也の霊視能力の存在を知らなかったのだ。
 アールはどうやら和也の力に気づいていたらしい。
 そして、そのことを三波にどう説明すれば理解をしてもらえるか、九十九は探貞達に助けを求めるが、彼らは一斉に視線を逸らせた。
 それから九十九が和也の霊視能力についてを三波が納得できるまで説明するのに相当な時間を要したのは言うまでもない。




 

 

「私、昔から幽霊っているって思ってたのよ! でも、私には見えなかった。多くの人も見えない。だから、幽霊はいないって言われている。けれど、それはやっぱりおかしいと思うのよ! カモノハシだって昔はUMAだと云われてて、本当は存在しないとされていたわ。でも、それは間違いで実在する生き物だった。幽霊も同じように、実在するのに見えないから存在しないってされていると考えていたのよ! まさかこんな身近に霊視能力者がいるなんて、驚きね!」

 三波は興奮した様子で隣を歩く和也に熱弁をふるっていた。さっきからずっとこの調子だ。
 一方、三波への説明ですっかり疲れた九十九は最後尾で溜息をついていた。

「実在しないから幽霊っていうんだろうが」
「話は聞いているのね?」

 独り呟いた九十九の言葉を聞いて、涼がクスリと笑った。

「聞こえているの間違いですよ。まぁあいつは昔から宇宙人とか超能力とか幽霊とか、そういう類の話が大好きでしたからね。それに、ただ好奇心が強いだけじゃなくて、実際にそれを前にしても警戒とか拒絶を一切しない。単に好奇心が強すぎるだけの話かもしれませんけど、あぁして分け隔てなく接することができるところはあいつの長所だと思います」
「理解があるのね」
「腐れ縁ですから」

 苦笑をしつつも九十九はふっと笑みを浮かべた。
 その一方で、探貞はと数はまじめな表情で、地図を確認しながら歩いていた。

「もうすぐ参道にぶつかりますね」
「うん。ここまでで場所が予想通り町の北西側だということはわかった。あとは、町環を進んで北街道にぶつかるまでにどれだけ範囲が絞り込めるかだね」
「そうですね。迷さんは、タイムスリップしたのが人か物のどちらだと思いますか?」
「どちらともいえないな。ただ、人であったら、偶然起きた現象じゃないとは思うよ」
「どうしてですか?」
「仮に偶然であったら、混乱もするだろうし、誰かに姿を目撃されると思う。というか、情報を求めて誰かに話かけると思う。でも、まったく目撃情報はない。それはここに現れることが分かっていたからだよ。そして、人為的に誰かが来たのなら、何かの目的があるはず。その目的を遂行する為に、その人物は行動した。だから、正体や痕跡を残さないようにした。それに……いや、なんでもない。もしも、物ならそれこそ特定は難しい。強いて言えるのは、一目につく大きさや場所ではないことだね。いくら連休明けとはいえ、気づく人がいるはずだし、それこそ僕たち遺失物係に連絡があるはずだから」
「なるほど。でも、物だったら侵入者の話の説明がつきませんね?」
「そうだね。物であった場合、侵入者は偶然だね。もしくはSF映画みたいに大昔に頼まれた手紙を届けに現れた郵便配達員かもね」
「本気で言っていないですよね?」
「勿論冗談だよ。でも、三波ちゃんじゃないけど、僕もせっかくなら未来人とか異世界人であってほしいなとは思うよ」
「目的はなんでしょうね?」
「なんだろうね? ぐうたらなご先祖様を立派にさせて未来を変える為なのか、ロボットに支配される未来を変える為なのか、はたまた未来を変えさせない為なのか」
「未来を変えさせない?」
「アールが言っていたでしょ? 大昔にも同様の現象があったって。もしかしたら、その影響が今になって起こり、それで未来が変わりそうになったから、それを変えさせないようにやってきた。憶測を話す段階では、考慮しておいてもいい可能性だとは思うよ」
「そうですね」

 数は探貞の推測に満足した様子で頷く。
 それを見て微笑むと、探貞は小さく呟いた。

「それに一人とも限らない」

 それは数に聞こえなかったが、彼の脳裏にこびり付いた。
 アールによれば、転移したのは一つだが、それは人や物であり、物質でなければもっと沢山のものが送られている可能性も考えられる。
 未来から過去へ干渉しようとする動機は、推測しきれないほどに沢山存在した。

「……ん? 気のせいか」
「どうしたの?」

 一方、九十九が後ろを気にしていることに気づいた涼が話しかけた。

「いや、何か背後から視線を感じた気がしたので」
「えっ! まさかあなたまで視えるの?」
「いや、俺はそんな力を持ってはいません。多分、気のせいですよ」

 そんなやりとりを各々繰り広げながら歩みを進め、まもなく一行は参道を越え、昭文町を一周し、最終的に当初の予想通り、昭文学園がその地点であろうとほぼ確信に近い形で特定するに至った。




 

 

 場所が特定できれば、後はアールを連れて校内を虱潰しに探し回ればいい。
 そうなる筈であった。

「それってどういうことよ!」

 翌朝、登校時間前の昭文神社の前に探貞達が九十九に集められていた。
 九十九の話に三波が甲高い声を上げて彼に詰め寄る。

「どうもこうもない。どうやら決定事項らしい。学校側は昨年の進学率が低下したこともあって即時賛成。生徒会も雨場会長の鶴の一声で意見が一致。今朝から始めるらしい」
「あのアメーバ会長も引退前に功績作りに乗っかったってことか」

 九十九の言葉に和也が悔しそうに拳を打つ。

「定期試験終了までって、来月になっちゃうじゃない!」
「そういうことだよ。七尾会長、昨日の一件が大きいみたいだ。仲が悪いとはいえ、後輩を陥れ駆けたから」
「いや、ありゃ俺を陥れる為にわざとやったことだろう? 大方、面子とかを守るために強行したんだろうよ」

 和也は昨日濡れ衣を着せられかけたことを根に持っているらしい。甚だ一方的な見解だが、誰も否定はできない。
 事はそれほどに突然であったからだ。
 緊急校内警備強化月間。それが、突如風紀委員長七尾北斗より各委員へ通達されたメールの内容だった。
 つまりは、先日の侵入者問題に対する自衛的手段という体裁をして、全校生徒の潔白が何が起きても晴らせられるように規律を強化するものだ。
 具体的な項目として、風紀委員と生徒会、学校の生徒指導部が中心となって、校門と教室内の荷物検査と頭髪服装検査、放課後の校内巡回の実施、施錠と鍵の管理の徹底、児童指導委員や地区の自治会と連携しての周辺自治の強化にまで及んでいる。

「理由は何であれ、アールを校内に連れていくのは難しい状況ね。探貞、何かいい方法はないの?」

 涼が探貞に聞くが、彼は両手を広げて無策であることを表現する。

「では、どうしますか?」

 数が探貞達に問いかけるが、既に答えは出ていた。
 しかし、なかなかそれを口にしようとはしない。
 しばらくの沈黙の後、しびれを切らした探貞が嘆息混じりにアールへ問いかける。

「アール、来月まで待っても痕跡はあると思うかい?」
「保証はねぇな。ただ、それだけの時間があれば、オイラも道具を改良することができるでぇ」
「つまり、絶望的な状況とまでは言わないんだね?」
「ただし、期待はするんじゃねぇよ。オイラだって、まだ試したことのねぇことをするんだからよ」
「あぁ。それで十分な答えだよ」

 そして、ひと呼吸を置いて、一同を探貞は見回す。

「今は危険を犯してアールを校内へ連れて行くのは得策じゃないと思う。来月の試験明けまで待とう」
「まぁそれしかないな」
「そうね」
「えぇー!」
「三波、我慢しろ」
「仕方ないですよ」

 一部異論はありつつも、概ね意見は一致した。
 それを確認すると、探貞は頷き、少し険しい顔つきで、もう一つ導き出される想定を口にした。

「アールを連れて行くのは来月として、問題は痕跡が消えるかということではないと僕は考える。というのは、昨晩も数ちゃんに話したけど、相手意図的にこの時代に来た未来人と仮定すると、未来から過去である現在に何らかの干渉をする為に現れたのだと推測ができる。ここまではわかるね?」

 探貞が確認すると、一同が頷いた。

「それならば、来月までの間、その未来人が果たして何もせずに潜んでいるのか? そんな確証は全くない。多分、何か動きがあるはずだ。それが、逆を言えばチャンスだ。昭文町内で何かがあれば、その犯人を探せば未来人の正体がわかる。……この類のことなら、三波ちゃんも得意でしょ?」
「まぁ。一応、神社だから町の情報は入ってきやすいわね」
「それに、九十九君もお母さんにちょっと頼んでおいてよ。確か、新聞記者だったよね?」
「なんでそれを?」

 九十九は三波をジロッと見る。
 彼女は両手と首を振って、無実を訴える。

「小学校の時に九十九君が言ってたよ」
「……何年前のことを言っているんですか?」
「んー…五、六年前かな。ともかく、僕も父さんや伝さんに頼んでおくよ。この時期がチャンスなのは、未来人だけでなく、僕らにとっても相手を不特定多数から振るいにかけられるチャンスだよ」
「そううまく行くかね?」
「行くさ。ここは我慢比べだ」

 探貞の自信に満ちた表情に、一同も納得しない道理はなかった。
 そして、彼らは一度解散し、その後試験期間終了まで、他の生徒達と同様に試験勉強に集中する一介の中高生の生活を送った。
 日々が順調に過ぎ行く一方で、水面下で彼らの情報の網を張り巡らせたものの、探貞の予想に反して昭文町もまた平和な日常が過ぎ行き、ついに何事も起こらず、試験最終日を迎えてしまうのであった。
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