未来への約束
中間試験前で、雨天の放課後というだけあって図書室にはまだ多くの生徒が残っていた。図書室とはいえ、中高一貫の私立学校である昭文学園の図書室は、10年前に新設された総合学習センターの一階にあり、広く蔵書量も公立図書館に負けないほどの規模がある。
探貞は迷わず学校史の置かれた資料室へと向かった。
他の五人も後に続き、探貞が資料室へ入るとまっすぐ棚から一冊の分厚いアルバムを手に取った。
「昭文学園の歩み?」
「あぁ。この前の創立百周年記念に製作された学園史だよ。ここに必要とする大体の情報はあるはず」
表題を読んだ三波に探貞は頷くと、ぱらぱらとページを捲りながら答えた。
そして、探貞はニヤリと笑った。
他の面々も探貞が開いているページを覗き込む。
「制服の歴史?」
「へぇ、昔は摘め入りの学ランだったのか」
「マントみたいなの着てたんだ。このスカート長すぎだし、ダサいわね」
「今の制服になったのはたった10年前のことなのね」
各々が感想を言う中、和也は一つ前の女子制服であるセーラー服に釘付けになっていた。中等部と高等部での違いはスカーフの色で、中等部は赤、高等部は紺となっていた。
和也は探貞を見た。彼はその視線の意味に答えるように頷いた。
和也は探貞がこれを見せようとしていたことを理解した。
つまり、幽霊は中等部の生徒だったのだ。
「よし、次は校舎の歴史だ」
「校舎の歴史?」
涼が聞き返すと探貞は、頷いてメモ帳を開いた。
「七不思議の生まれた時期は一体いつなのか? それを知らないで七不思議の謎は解けない。自殺したという桜の木の幽霊は誰なのか? 八つ目の不思議とは何なのか? 何か意図したものを感じる。つまり、七不思議は誰かの手によって作られたものである可能性が高いんだ」
「その人を見つけ出すの?」
「というよりも、その人が七不思議に何を仕掛けたのか、だね。過去に何かこの学校で起こったことは間違いない」
「つまり、事件ね!」
黙って探貞の話を聴いていた三波が前に乗り出して食いついた。
九十九は溜め息をつく。その一方で、探貞は口角を上げた。
「十文字さん、この七不思議の謎が気になる?」
「当然! 気になります!」
「よし、じゃあ調べてみよう」
笑顔で答える探貞を和也は何も言わずに見つめていた。
和也の視線を気にとめず、探貞はメモ帳に七つの不思議を箇条書きする。
1、 変死した理事長。動いた銅像。
2、女子中学生の自殺。桜の木の幽霊。
3、開かずの扉。
4、消えた男子生徒。
5、階段。
6、ミステリーサークル。
7、女子トイレ。
「順番がおかしくない?」
メモを覗き込んだ涼が言った。
「これでいいんだよ。いや、これも正しい順番じゃないね。多分、1つ目の変死と銅像、2つ目の自殺と幽霊は本来別々で、8つ目の蘇る死者が加わって、七不思議だったんだと思うよ」
探貞はメモの5、7の項目と桜の木の幽霊と書かれた部分を二重線で消し、1の項目の後半に5と書き込み、最後に7つ目の項目を書き加えた。
1、 変死した理事長。
2、女子中学生の自殺。
3、開かずの扉。
4、消えた男子生徒。
5、動いた銅像。
6、ミステリーサークル。
7、蘇る死者。
出来上がったメモは以上のようになった。
「これって……」
「なんだかストーリーがありそう?」
驚く涼に探貞が言う。頷く涼。
「えぇ。理事長と女子中学生の二人が死んで、一人の男子生徒が消え、そして死者が蘇る」
「事件ね!」
三波が身を乗り出した。
それに探貞は頷く。
「そう。事件なんだよ。多分、本来の七不思議は七つの事件を意味していて、いつしか形が変わって今の七不思議になったんだと思う」
「その理由は?」
「七不思議の内、2つは常に存在する現象なのに対して、他のは出来事に関することだからだよ。自殺した女子中学生に関しては幽霊という部分が強いけど、幽霊を見れる人はそう多くいない」
一瞬、探貞は和也を見たが、お互い幽霊が見える点については気にせず、彼は先を続ける。
「特に、移動する銅像は、怪談話として語り継がれるなら歩く銅像とされる方が自然だよ。しかし、移動する銅像として語り継がれている。僕は、実際に銅像がある日突然移動したんだと思うんだ。つまり、七不思議は七つの怪談話でなく、実際にかつて昭文学園で起きた七つの不思議な出来事を意味していると考えているんだ」
探貞の推理に一同は何も言わない。いや、言葉が思いつかないのだ。
それを予想していた様子で、探貞は一呼吸を置いて、改めて昭文学園の歩みに目を落とし、開かれている校舎の歴史のページを読みながら、話を続ける。
「これらを踏まえて、校舎の歴史を確認すると、本来の七不思議の起きた時期と今の七不思議に推移した時期がわかるはずだよ。10年前に新校舎としてこの図書室がある学習センターが出来ているけど、七不思議にこの校舎は一切登場しない。そして、代わりに場所が特定できないものがある」
「開かずの扉か?」
和也が聞くと、探貞は頷いた。
「うん。校舎の歴史曰く、23年前に取り壊しになったというかつての特別棟だろうね。推移としては、旧特別棟の取り壊しに先立って、24年前に今の特別棟が建造され、順次移行されていったらしい。そして、10年前に旧特別棟跡地にこの学習センターを建造したみたいだね。そして、声が聞こえる女子トイレとさっきの階段は、言わずもがなだけど、今の特別棟。また、地下倉庫と一緒になってる地下体育館は15年前に作られているらしい。それまでは体育祭が雨天延期になってるところをみると、体育館がなかったんだろうね。……ん? どうやら旧特別棟にも地下倉庫があったみたいだね。ふーん、死んだ理事長の部屋も旧特別棟の地下室だったみたい」
「つまり……」
「整理しよう」
探貞は再びメモに書き出した。
24年前、現特別棟建造。移行。
23年前、旧特別棟取り壊し。
15年前、地下体育館建造。
「これにもう一つ、年代を特定できる情報がある」
「初代理事長の死ですね?」
九十九の言葉に探貞は笑顔で答える。
「正解。加えて、銅像がいつ作られたものか? というのもだね」
パラパラとページをめくり、初代理事長についてのページを開いた。
初代理事長は、戦前の財閥傘下にある家系の二男として生まれ、若くして才能を開花させ、僅か22歳で昭文学園を創設し、教育分野でその天性の手腕を余すことなく発揮した偉人と評すべき人物であったらしい。引退後も長く生き、婿養子の二代目理事長へも多くの助言をしていたということが、彼の華々しい人生史には書かれていた。
そして、25年前の春、学校の校舎内で死亡しているところが発見された。本ではそれを最期まで学園と共に生きた美談として語られてた。享年99歳とあり、今年で102年になる学園の創立年数とも一致する。
そして、銅像は創立77周年を記念して造られたもので、奇しくも彼の死の一週間後に完成式典を予定していたという。
「25年前に初代理事長が死に、その一週間後に完成した銅像が移動したってことか。まさか、さっきの探貞が書いた本来の七不思議ってのは全部25年前に起きた事件ってことか?」
「僕はそう考えているよ。多分連続したことだったのだとは想像していたんだけど、これで確信が持てたよ。25年前に本来の七不思議となった七つの事件が起こり、その後……少なくとも翌年の24年前以降に今の七不思議に変化したんだ」
和也の言葉に同意した探貞の顔は、一切に興味のなさそうないつもの表情ではなく、全ての謎を解き明かそうと好奇心に満ちている者のそれであった。
図書室を後にし、総合学習センターから特別棟へ繋がる渡り廊下を歩く探貞を除いた五人の表情は神妙なものだった。
探貞は未だ止む気配のない雨の降る校庭を眺めている。その視線の先には桜の木がある。
特別棟には、最上階に講堂、各階に生物室、化学室、音楽室、調理室などの教室があり、各文化部室も兼用されている為、特別棟一階のラウンジにある自販機で飲み物を買う部活動帰りの生徒達の姿がちらほらあった。
それを横目に一行は、ラウンジを抜けて高等部棟への渡り廊下へと進む。
各校舎間は渡り廊下で繋がっており、中等部棟と高等部棟、特別棟が並び、形が歪であるが、コの字型になっている。そして特別棟の裏に総合学習センターがある。地下体育館と倉庫は総合学習センターと特別棟の地下に存在し、所々に明かり取り用のガラスタイル張りの窓がある。校庭へはどの校舎からも出られるようになっている。
そして、校庭の反対側に駐輪場、駐車場、そして中等部の裏にある通りに面して校門がある作りになっている。
「じゃあ、僕達はここで」
高等部棟へ抜け、高等部棟一階にある下駄箱で探貞達三人が、三波達中学生組と別れを告げる。
「あ、お兄ちゃん。今日、十文字さんちに寄っていくから」
「わかった。涼がうちに寄っていくから、おやつが欲しかったら早めに帰ってこいよ」
「わかったわ」
江戸川兄妹の会話が交わされた後、探貞達は各々の下駄箱へと向かおうとする。
その時、三波が叫んだ。
「ちょっと待ったぁぁぁっ!」
「「「っ!」」」
突然の大声に三人は、肩をビクッと弾ませ、目を丸くさせて振り向く。
「どうしたの?」
滅多なことでは驚かない探貞が、満面に驚きを露わにさせて三波に問いかけた。
それに対して三波は、ドタドタと足音を響かせて探貞に詰め寄った。やはり顔が近い。
「先輩に協力して欲しいことがあるんですっ!」
三波は探貞の顔に唾が飛ぶのを全く気にすることなく言った。彼女は気にしなくても、顔に唾がかかった探貞は気にする。
あからさまに嫌な顔をしながら三波を引き離し、手で顔を拭いながら彼女にもう一度同じ言葉を投げかける。
「どうしたの?」
「詳しいことは秘密です! でも、先輩の力が必要なんです! 秘密を守って下さい!」
「えぇーと……」
一番重要な部分が抜けている三波の頼みに探貞は当惑する。
そこに九十九が嘆息しつつ近づき、探貞に言った。
「こいつの免疫がないと、迷先輩であっても当惑するんですね。でも、俺も三波と同意見です。元々先輩には時期をみて話を持ちかけようと考えていましたが、今日のことで決心がつきました。俺達は今、ある重大な秘密を抱えています。その秘密を今ここで話すことはできませんが、先輩なら俺達の抱えている秘密に協力できると思います。協力して下さい」
九十九は探貞に頭を下げた。
探貞は相変わらず困った表情のまま答える。
「それは構わないけど、僕が加わって、連休中に君達が解決できなかったことを解決できるかはわからないよ?」
「その言葉だけで十分です。俺の言葉から連休中にあった出来事が発端だったと推理していのですから、心強いです」
九十九はニヤリと笑って答えた。
そして、彼は和也に視線を移す。
「江戸川先輩も協力をお願いします」
「俺?」
「江戸川先輩の力も必要になるかもしれませんから」
「あぁ?」
和也は九十九の言葉に眉を寄せるが、九十九はそれを気にせず、涼に告げた。
「ということですので、先輩もご一緒して下さい。迷先輩達とは違う意味で、優秀な先輩の協力も心強いですから。……では、校門前で待っていて下さい。すぐに俺達も靴を履き替えて行きますので」
そう言うなり、九十九は三波と数を連れて中等部棟へと歩いて行ってしまった。
九十九と三波に半ば強引に連れて来られた探貞達は、昭文山の石段を登り、昭文神社の境内を進み、更に奥にある十文字家に案内され、そのまま客間へと通された。
客間に入ると、三波は素早く障子を閉め、押し入れを開けるとその上段へよじ登る。
「十文字さん、何をしているの? っていうか、スカート! パンツ見えちゃうわよっ!」
「絶対領域っ!」
慌てる涼に押し入れの奥へ入った三波は自信満々に親指を立てた。
そして、彼女は両手を上げて、天井裏を開ける。
その一方で、和也は九十九に話しかけた。
「おい、百瀬」
「一ノ瀬九十九です。で、何ですか?」
「俺の何を知ってる?」
「あぁ。やはり気になりましたか。先輩、霊感というか霊を認識するような力を持っていますね?」
九十九の言葉に客間で待つ四人が一斉に反応した。
「やはり皆知ってましたか」
「なぜだ? なぜそう思う?」
「迷先輩ですよ」
「僕?」
探貞が意外そうに声を上げた。
九十九は嘆息して頷く。
「先輩は名探偵になれても、怪盗にはなれませんね。先輩の話した推理には不可解な部分がありました。それは、自殺した女子生徒が女子中学生であると断定していたこと、そして幽霊に関することです。階段では階段を調べて謎解きをしているのに対し、桜の木は確認こそしても謎解きをしていません。あれは、本当に幽霊がいたからではありませんか?」
九十九の推理に探貞は静かに微笑んだ。
少しの間、居間には外の雨音と押し入れで三波が天井裏をガサガサと漁る音だけが流れた。
それを破ったのは、和也だった。
「百瀬、お前ならさっきからこの部屋をうろうろしている雪だるまみたいな霊達の正体を知っているんだろ?」
畳にあぐらをかいて座る和也の言葉に、九十九は名前の訂正も忘れて茫然としていた。
その時、押し入れから三波の声が聞こえてきた。
「あーいたいた! ちょっと何してたのよ!」
「てやんでぇ! オイラをあんなキタねぇところに押し込みやがって!」
ガサガサと音を立てて、三波が何かを抱えて押し入れから出てきた。
床に押し入れから飛び降りると、探貞達にも三波が抱えていたものの姿が見えた。
それは、30センチくらいの白い球体が2つ重なった雪だるまのような存在であった。
小さい黒いバケツのような帽子がのる顔には黒い目が2つあり、繋がり眉があるが口らしい部位はない。胴には二本のチューブのような腕がのびる先端には団子のような手があり、鏡餅のような楕円形の足がついていた。
三波が抱える腕に胴が沈んでいることから表面が比較的柔らかいことがわかる。
そして、何よりも今その雪だるまは三波となぜかてやんでぇ口調で会話をしながら現れたことが、探貞達に事実としてあった。
「なぁ。和也の見た霊って、あの雪だるまの仲間?」
「恐らくな。ってことは、生き物なのか? あの雪だるま」
「それ以前に今話してたわよ。あの雪だるま」
「………」
探貞、和也、涼、数、それぞれ反応は違うが、四人全員が驚いていた。
それに対して、当の雪だるまは三波の腕から客間の真ん中にある卓上へと飛び降りると、不機嫌そうに片手を彼らに突き出して文句を言う。
「てやんでぇ! オイラをどいつもこいつも雪だるまとか言いやがって! オイラにゃアールって名前があんでぇ!」
「アール?」
探貞が言うと、アールは力強く頷いた。
「そうでぇ! 何ならニィちゃん、アール様って呼んでくれても構わねぇよ?」
「いや、遠慮しときます。……もしかして、宇宙人とかそういうのですか?」
「あーあーこれだから島国根性に毒された日本人は困るねぇー。金髪で背のデカい人を見りゃ外人さんと言うし、地球以外から来た奴を見りゃ宇宙人と言う。外人なんてもんはいないし、宇宙人なんてもんはいないんでぇ! アメリカへ行きゃ、日本人もアメリカ人からすりゃ外人ってなるってんだ! 地球人だって、宇宙にいるんだから宇宙人だろうがこんちきしょー! こういう時は外国人ですか? とか異星人ですか? ってんだ!」
ここが変だよ日本人と饒舌に語るアールに探貞は、相づちを打ち、言い直す。
「アールは」
「初対面の目上の人には、とりあえずさん付けをするもんでぇ!」
「アールさんは、異星人」
「オメェさんは、アメリカ人の子どもに『外国人?』って聞かれて気分いいかい? 外国の出身の方ですか? って聴かれた方が気分いいってもんだろ?」
「……アールさんは、異星のご出身の方ですか?」
「おっ! 応用で丁寧語を使ったな! ニィちゃん、やりゃできるじゃねぇか。そうでぇ! オイラは地球以外の星の生まれで、けっ! こっぱずかしいけど、発明家で研究者でもあるんでぇ! それで故郷の星を離れて、この地球へある現象を調べる為に来て早いもんで、云百年。千年にはまだなってないはずだ」
アールは満足気に語る。
探貞はゆっくりと深呼吸をすると、作り笑顔で聞いた。
「それで、アールさんは何を調べる為に地球へ?」
「こっぱずかしい! さん付けはよしてくれ。アールでいいよ」
さん付けしろと言っていたその口も渇かぬ内に照れた様子で真逆のことを言っている。
そんなアールは咳払いをして話し始めた。
「コホン。オイラが地球に来た理由ってのは、時空間の座標軸間を湾曲化させて生じさせる空間転移を超越した時空間外湾曲である次元干渉による物質転移現象の調査だ。だいたい千年前に最初の現象を地球、しかもこの日本で観測されて、オイラはその観測をしようと既に試験運用を始めていた空間転移を用いて転移したんだけど、オイラの観測精度の問題もあって既に現象の場所も痕跡も特定できなかったって訳でぇ。仕方なく、ここの土地の人から御神体として祀って貰って眠りについたんだ。それが、数日前に同種の現象が近くで起こったもんで、眠りから醒めて、この三波と九十九に会ったって訳よ」
「それが一昨日の話です。偶然、出先で三波に捕まっ……いや、出会ってそのまま神社へ来たところアールと出会ったんです。昨日、江戸川先輩のお宅へ伺ったのは、迷先輩の遺失物係のことを確認して協力を求めるかを考える参考にしようと思ったからです。アールが調べたいのは恐らくかつて地球でタイムスリップがあり、連休に入る前後でも同様なことが起こったと推測しているようです」
「厳密には次元、つまり異世界と空間が繋がった可能性がある訳な」
アールと九十九の説明を聞いた探貞は考えをまとめながら口を開いた。
「つまり、僕達へ求めている協力ってのは、その異世界からの転移かタイムスリップした物か人を見つけ出して、いつどこで起こった現象かを特定してほしいってことかな?」
「そうです。既に一昨日のアールの話で、それがこの昭文町内での出来事と考えていいと範囲から特定できています」
九十九が答えた。
探貞は続いて浮かんだ質問を投げかける。
「この昭文山は北部にあるけど、隣町は範囲に含まれないと考えていいんだね?」
「それはオイラが保証する。オイラのこの四次元バケツが観測器でもあってぇ、方角と大凡の範囲で特定は可能って代物なんでぇ!」
「四次元バケツ? 一昨日は長い名称を言ってたよな?」
九十九はアールに怪訝な顔で言うと、アールは手から指のような突起を立てて、チッチッチッと舌を鳴らした。
「過去は過去。細かいことにこだわるもんじゃねぇよ、九十九。知識は更新するもんでぇ!」
「昨日、押し入れにしまってた私の漫画を読んでたもんね。ドア型の空間転移装置はどうとか言いながら」
三波が顎に指を当てながら言う言葉を聞きながら、九十九達はジトッとした視線をアールに向ける。
アールは明らかに狼狽しながら弁明する。
「べ、別にパクったわけじゃねぇ! ちょっと参考にしただけでぇ! それにオメェさんだって長くて呼べないって言ってたろ? これはあくまでもオイラのオリジナルでぇー!」
「………」
アールの台詞は最早盗作した者が言い逃れに放つ典型的なものだった。
九十九は嘆息しつつ、探貞に言う。
「まぁその四次元バケツゥ~によると、その現象は昭文町内で起きたと考えて問題ないそうです。ただそれが人為的なものか、人なのか物なのかは不明です」
「その四次元バケツの範囲は狭くさせることは可能? 例えば、アールを連れて町内を歩いて範囲を特定することとか」
「可能だそうです。もっとも、どの程度の範囲まで絞り込めるかはわからず、またいつまで可能かもわからないそうです。前例がないからが理由だそうです」
「今回のも、その昔のも一度きりだったの? 二度とか連続であったりとかは?」
数が聞くと、アールは首を振った。
「それならデータが多くて助かるんだけんど、どちらも一度きりなんでぇ」
「そう」
一方、探貞は時計を確認した。18時半。
「よし、まずは行動してみよう。十文字さん、アールが入りそうなカバンはある?」
「三波でいいですよ。それならリュックがあります」
「よし、それならもう少し範囲を絞ろう。参道を南下して駅、商店街と歩けば昭文町を東西で分けられるから、それでどちら側かがわかるはず。更に、線路と並行する国道沿いに歩けば、東西南北のブロックで範囲を絞れる。そこからはローラー作戦で絞れるはずだよ」
探貞の提案に誰一人異論はなかった。
そしてまもなく彼らは、昭文神社から出発した。