『名探偵』混沌の現
懐中電灯の灯りを頼りに、探貞と康介、そして関口の三人は、暗いペンションの外へと出た。他の面々は自室に籠って、眠れる者は眠ったらしい。
真っ先に食堂の前のバルコニー周辺を調べた。雪が窪んでいる場所を見つけ、調べると太い釣糸が落ちていた。
更に念入りに調べると小さな滑車も落ちていた。ミシン用のもので見るからに量販店で売っている安物だ。
「これで迷君の言っていたトリックの物証が出たな」
「はい。でも、犯人にはたどり着かないものでしょうね」
「だろうな」
関口の言葉に探貞は頷く。
「でも、何を結びつけたんでしょう?」
「さあ。と言っても、血の付いたシーツや手袋か、雪の塊だろうね」
「雪の塊?」
康介がぎょっとした顔で聞き返した。顔には何故? と書かれている。
「雪の塊なら、落下した衝撃でバラバラになります」
「どうやらビンゴらしい。ほら、雪というか最早氷の塊だ。砕けても、全くわからない程に砕ける訳じゃないからな」
関口が探貞の言葉を受けて、窪みの周辺から拳大の氷の塊を手に取った。
探貞も頷いた。唯一、康介が納得できない顔をしている。
「康介君、犯人にとっては目撃のリスクを減らすことがこの仕掛けの目的です。血の付いたシーツなどでは、物証が残る。しかも、毛髪や指紋なども付いているものです。これはここまでトリックをする犯人にとって、絶体に残せないものです」
「その、なぜ血の付いたシーツがあると?」
「生きてる物を刺したら血が噴き出す。返り血ってやつだよ。しかし、納戸にも榊原の部屋にもロープにも血痕は付いていない。確かに血液は乾いていたが、全く付着しないって筈はない。犯人にしても、血だらけの格好じゃいたくないだろ。シーツと手袋で身を包んで刺し殺せば、返り血はシーツと手袋が受けてくれる。そのシーツを後はどうしたか? それを迷君は考えているんだ。そして、二階から落下したものが氷の塊とわかった今、犯人はシーツと手袋を丸めるか何かして持ったまま現場から逃亡したことがわかったということだ」
「なるほど」
探貞と関口の説明を聞いて、康介は理解できた様子だった。
「さて、ここはもう大丈夫ですね。次は榊原さんの部屋の下に回りましょう」
「問題の、な?」
「まぁ、そういうことです」
「どういうことですか?」
「行きゃわかるよ、探偵助手君」
関口はニヤニヤと明らかに楽しんでいる笑みを浮かべて、クエスチョンが頭の上を回っている康介の肩を叩いた。
建物を回り、勝手口の前を通りかかると、探貞はおもむろに勝手口のドアノブをガチャガチャとさせた。鍵はちゃんとしまっている。
「どうしました?」
「戸締まりの確認です。まぁ、仮にここから侵入しても、鍵を開けっ放しにするような真似はしないでしょうね」
「それはそうでしょう? 開いているのに気づいたら、また誰かが侵入したと考えますから」
「僕もそう思います」
苦笑混じりに言う康介に探貞は笑顔で返し、ドアノブから手を離した。
そして、探貞はふと、茂みの方を指差した。
「彼処にあるのは焼却機でしたか?」
「そうですね。有害物質の発生リスクもあるんで、使わないようにと言われていますが」
「でも、煙が出てますね」
「本当だ」
「行ってみましょう」
探貞達は雪を踏みながら、焼却機のところまで歩いた。近づくと、物が燃える臭いがはっきりとする。
探貞は焼却機の辺りを探り、鉄の棒と軍手を見つけると、それを着け、焼却機の窓を開け、中身を鉄の棒で掻き出す。
灰に混ざって血の付いた白い布が出てくる。更に変形したビニールが塊で出てきた。血の付いたシーツとビニール製の手袋だ。
「物証、見つかりましたね」
「まぁ、犯人に繋がる証拠にはならなそうだけどな」
「そうですね。……足跡も、残ってないですね」
「さっき吹雪いたからな。仕方ない」
関口と探貞は苦笑いする。
その苦笑いの意味がわからず、康介は不思議そうな表情になる。
「寄り道はこの辺で、ロープの垂れていた下に向かいましょう」
「はい」
康介は淡々と進める二人についていく。
新雪に足を取られながらも、三人は榊原の部屋の下に着いた。
屋根と風向きのお陰で、雪の積もり具合が浅い。
しかし、足跡らしきものは見つからない。
「やっぱりだな」
「そうですね。痕跡はないですね」
「残っていないんじゃ、仕方ないですね。中に戻りましょう?」
康介は二人に声をかける。さっきの新雪を踏んだときに靴の中に雪が入って冷えているのだ。
そんな彼に探貞は苦笑混じりに言う。
「残っていないんですよ。困ったことに」
「俺としては、次の作品のネタになるんで有り難い話だがな」
「悠長ですね? 残っていないんですよ?」
「? どういうことですか? 残っていないのは仕方ないじゃないですか。そんなに嘆いても……」
康介の言葉に、探貞は困った笑みをする。関口も苦笑する。
そして、探貞は嘆息した。
その仕草に康介はムッとする。
「わからなくて申し訳ないですね」
「いや、康介君についた溜め息じゃないよ。僕が今ついた溜め息は、足跡が残っていないことが意味することについたものだよ」
「?」
「鈍いな。足跡が消えたんじゃない。足跡はなかったんだよ。この程度の薄い雪。ほら、お前の足元を見ろよ。地面はぬかるんでいるから、足跡が残る。この上に薄い雪が乗っても、足跡が付いていたかどうか位の判別は簡単にできる。それが残ってないってことは?」
「ここに足をついていない。……犯人はここから逃げたのではない!」
康介は口角を上げた。理解できたらしい。
「ついでに言うと、焼却機までの道はなんとなく誰かが歩いたような痕跡があったが、それは勝手口からのものだ」
「康介君の靴に雪が入ったのは、焼却機からこの場所までの最短経路だね? だけど、勝手口から焼却機まではそうではない。つまり、一度誰かが、というか犯人が歩いたからだよ。そして、焼却機よりも先は同じく新雪が積もっていた」
「それじゃあ、犯人は?」
「流石に理解できたか。探偵助手、言ってみろよ」
問題を正解することができた生徒を褒めるように、関口はニヤニヤと笑いを浮かべて、康介に促した。
「犯人は、ペンションにまだいる」
「そうだ。勿論、屋根裏や何かを探した訳でないから、確信を持っていえる訳ではないが、ペンションの中に俺達以外の人間がいるとは考えにくいからな」
「僕達の中に、犯人がいる。つまり、そういうことになるんだよ」
探貞は、面白半分の様子の関口とは対照的に、難しい問題に出会い困り果てた様子で、再び嘆息した。白い息が彼の顔の前に舞った。
明け方、工事現場前の様な硬い岩が磨り潰されるけたたましく、そして不気味な音と、やや大きい縦揺れの地震で探貞は目を覚ました。
寝ぼけた頭で周囲を見回して記憶が甦る。ここはオーナー室で、部屋の隅で寝袋に康介が潜り込んで眠っている。肩には恐らく康介がかけてくれた毛布がかけられていた。布団を敷かずに、テーブルで事件の整理をしていたら、そのまま眠ってしまったらしい。
冷えからの身震いと眠気からの欠伸をし、体をゆっくりと立ち上がらせると、大きく伸びをした。
大分、目が覚めてきた。
テーブルの上に昨夜、康介が入れてくれた珈琲の存在を思い出してテーブルを確認するが、すでに片付けられた後らしく、残っていなかった。
探貞は重い頭を回しながら、厨房で珈琲でも淹れようと、上着を羽織って廊下に出た。部屋よりも更に廊下は冷え込んでいた。
探貞は体をぶるぶると震わせた後、厨房へと行こうと食堂に向かった時、ふと気付いた。水の流れる音だ。
探貞は嫌な予感がした。それを振り払う様に首を振り、音のする方向へ、風呂場へとゆっくりと歩いていく。
音は女湯から聴こえてきていた。
探貞は深呼吸をしてから、脱衣室のアルミ製引き戸をノックした。返事はない。
一瞬、躊躇するものの、探貞は意を決して、再度ノックして声をかけた。
「どなたかいますか? ……開けますよ!」
探貞は引き戸を開けた。ガラガラと軽い音を立てて、引き戸が開かれると、浴室の曇りガラスを嵌め込んだ引き戸は開いており、水の流れる音が浴室の中から聞こえている。
「すみません、どなたかいますか? 大丈夫ですか?」
探貞が浴室に向けて再度声をかけながら、恐る恐る脱衣室の中へと入っていく。
そして、浴室を覗き込んだ。
「! 須藤さん!」
浴槽には水の溜められており、美衣が裸で浴槽に頭を入れた姿で倒れていた。声をかけても、全く反応はなく、肌の色も真っ白になり、足は青紫色に変色していた。
彼女の元へ駆け寄る前に、すでに彼女が死んでいることを気づいていた。
探貞が引き上げると、美衣の水で白く浮腫んだ顔が露になった。思わず息を飲みつつも、探貞の頭の冷静な部分が遺体の状態を少しでも正確に把握しろと訴える。外傷は両膝と両肘、そして両手、更に爪先にも傷があり、血が出て炎症を起こした後に紫色に変色した黒ずんだ痕がある。
法医学を学ぶ幼馴染みの顔が浮かぶが、彼女はここにいない。親友の霊視能力者もいない。すべて、彼が見たもので判断するしかない。
そして、導きだした結論は、美衣は夜間、風呂に入り、犯人によって溺死されたというシナリオだ。溺死される際に抵抗して暴れた。だから、怪我をした。炎症の痕は生きている間の傷、つまり生活反応がある傷だ。
探貞の脳内で浮かべた情景から出た想いは可哀想に、それだけだった。彼女は力で恐らく冷たい浴槽に頭から突っ込まれ、抵抗むなしく息絶えたのだ。
探貞は涙が自然に垂れることに気づいた。同時に、自身を守らなければならないと気づいた。
そして、大きく息を吸うと、言葉にならないどうしようもない全ての想いを込めて、力一杯に叫んだ。
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁーっ!」
美衣は探貞が思った通り、皆の意見も溺死であった。脱いだ衣服は纏めて脱衣場の籠の中に突っ込まれていた。
それが元々彼女の性格的に普段から行われていたのか、犯人によって突っ込まれたものなのか、一緒に風呂へ入った椎名もわからないと答えた。
そして、脱衣籠には一つ、彼女の衣服以外の物が入っていた。紙片だ。
『二人目』
ただそれだけが書かれた紙片が、脱衣籠の中に衣服と一緒に仕舞われていた。
康介、関口の意見では、昨夜の間に美衣は殺害されたようだ。
美衣が部屋などの別の場所で溺死したのか、夜中にシャワーを浴びている際に溺死させられたのかは、犯人にしか知り得ない謎となった。
しかし、何れにしても栄子に続き、美衣も殺された。今回も勝手口の鍵こそ開いていたが、昨夜の雪で足跡は探貞達が外へ出たときのものか、犯人のものか、素人では判別はつかなかった。にわかに、残った者達の中に、犯人が自分達の中にいるのではないかという疑念にかられ始めていた。
「今回のアリバイは皆ない」
「しかし、鍵が開いていたんですよ? 犯人は今も外で我々の様子を見ているんですよ!」
出井と高田の意見は真っ向から割れていた。
それは、残された面々を巻き込んで、出井派と高田派と分かれる程に広がった。
具体的には、出井と飯沼、康介が内部犯説を主張した。勿論、康介は探貞の推理こそ話さないが、知らない体でいる為、探貞も関口もそれに反論できない。
そして、高田と椎名、榊原が外部犯説を強く訴える状況で、探貞と関口、麻倉の3名だけが、二つに別れた者達をなだめる状況となった。
「しかしね、麻倉さん。我々の中に犯人がいると考えないと、犯行をあんなピンポイントにはできないですよ!」
「いやいや、我々に犯人はいませんよ。だって、最初の予告状は外部の人間しかありえないでしょう?」
「それはストーカーでしょ? ストーカーにここまでの犯行を考えるなんて難しいですよ! 犯人はストーカーを利用したんですよ!」
中でも、康介と高田が熱くなり、二人は麻倉の同意を得ようと交渉する。
それでも探貞の足跡の推理を使わずに考えをいう康介を彼は見直していた。確かに内部の人間の可能性は雪の件では高いものの、他の犯行は脅迫状を含めて内部よりも外部の犯行の方が疑わしい。
探貞が内部犯だと言わない理由もそこにある。不用意な発言で、僅か9人となった者達で疑心暗鬼にかられたくないのだ。それに、探貞も関口も、ペンションの外で岩噛巳という怪獣が活動していると考えている。残された者で連係しないといけない状況で、互いを疑う状況は避けたかった。
しかし、恐れている事態は着々と迫っていた。
「もう我慢ならない! 少なくとも二人も殺した奴がいるんだ! いつまでも救援を待ってられないだろ! 倉庫を確認した時に、登山道具も見つけている! 多少の土砂崩れなら慎重に行けば、越えられる!」
食堂で各々が意見を出していると、出井が立ち上がって言い始めた。
岩噛巳を見た探貞達は止める。
「待ってください! 外には常識では計り知れない怪獣がいるんですよ!」
「そうです! 迷さんの言う通り、外は危険です!」
探貞に続き、同じく目撃者の高田も止める。
しかし、出井も頭に血が上っている為、聞き入れない。
「何を言う! この青年はBちゃんの第一発見者だ! 榊原、お前も俺はまだ疑っているんだ! 共謀という可能性だってある。そうなれば、アリバイなんて意味がないだろ?」
そうなのだ。探貞も内心で思った。
美衣と栄子、そしてストーカーの予告状などの犯行が同じ犯人によるものであるなら、複数の人が共謀しないと今のところ犯行は難しい。ストーカーが別にいて、殺人は別という可能性も捨てきれない。
そして、一人の人物による犯行だった場合、探貞はそれができる人物を一人だけ見つけている。だが、その可能性を追求できないのは根本的な理由、動機がわからないのだ。
「待ってください。共謀なんて言ったら、彼らだけでなく、私も、あなたも犯人である可能性がありますよ。山を降りると言って、あなたが実は犯人だったら、そのまま逃げるつもりなのかもしれない」
「椎名さん、俺を疑うんですか?」
「私は可能性の話をしているんです。そうして疑い出したら、互いの言葉を信じられなくなりますよ! そう言う意味で、私はあなたのことを信用することはできませんよ」
「うっ」
椎名の言葉に出井は言葉を詰まらせる。
そして、少し熱が冷めた様子だ。深く息を吐くと、食堂の窓を開いて外に出ると、ポケットから煙草を取り出して火を付ける。
そんな様子を見ながら、康介が恐る恐る他の者達に声をかける。
「あの、一応皆さんにお伝えしておきたいことがあるんですが」
「何?」
不安が表情に現れている康介に麻倉が柔らかい表情で問いかける。その表情に、康介は安心した顔になり、話す。
「実は、シーツや手袋、ロープの他に、凶器で使われたナイフもこのペンションのものでした。昨夜、備品の一覧を見つけて、確認をしたんですが、他にも大きいネットもなくなっていたんですが、ご存知ありませんか?」
「ネット?」
「はい。まぁ、俺も実物をちゃんと見ていないので、もしかしたら元々壊れておじが捨てていたのかも知れないのですが、気になりまして」
康介の話に、麻倉だけでなく、探貞も含めた皆が首をかしげる。
ロープなら絞殺を連想できるが、ネットで連想できるものがない。
「うーん、断定はできないですが、それは犯人が何かしようと盗んだというよりは既に使ったんではないですか? 雪崩防止や獣避けに使うとか考えられることは多いですから」
「そうですね」
高田の言葉に康介は頷く。しかし、どこか附におちていないようだ。
「うわぁぁぁぁっ!」
その時、窓の外にいた出井が尻餅を付き、叫んだ。
一同は一斉に彼に注目し、食堂から窓の外へ出て、煙草を落として顎が外れたかの様に口を開けたままの出井に駆け寄った。
彼は指を森の奥に向かって指差した。
「あがあがあが……」
一同は彼の指の先を見るが、ただ木々とその先に山が見えるだけだ。
「どうしましたか?」
探貞が彼の肩を支えながら声をかけると、彼は咳き込み、言葉にならない。
「がはっ! がはっ! がいぶつ!」
「怪物?」
探貞が問い返すと、彼は激しく首を縦に振る。探貞は彼が何を言いたいのか、理解した。岩噛巳だ。岩噛巳がこの近くにいて、それを彼は見たのだ。
探貞は目を凝らして、森の奥を見つめた。
「!」
「また揺れか!」
「きゃぁ!」
また地鳴りと縦揺れが起こった。
関口は身構え、麻倉は頭を押さえてしゃがみこむ。一方、そのまま森の奥を見つめ続けた探貞はその先で何かが動くのを見た。
そして、木々が折れる音が森の奥から聞こえ、森の上に黒い岩石の様なゴツゴツとした表面をしたワニガメの頭部のような形をした岩噛巳の頭が彼らの前に姿を現した。昨日よりも、はっきりとその姿がわかる。頭部の中心には平坦な大きい結晶状の構造があり、それは宝石店に並ぶ黒水晶の四角くカッティングした宝石の様に、太陽の光を反射して輝く。
しかし、その表面には傷がついており、中心に異物が入っているのに探貞は気づいた。目を凝らすと、黒い点に見える。
岩噛巳は首を空高く伸ばし、木々の上に大きな胴体の影が見えた。まさに亀だ。もしくは四神相応で描かれる玄武だ。頭部や首と同じく黒いゴツゴツとした岩石状の胴体だが、その形状は上半分でありつつも、亀の甲羅と酷似している。
仮に甲羅とするならば、その全身は長く伸ばす首といい、動物園で見るゾウガメのような姿だと想像できた。そう、頭はワニガメのように強大で強靭な顎を持ち、目や鼻の代わりに黒水晶のような構造を持ち、首から下はゾウガメで、全身は黒い火山岩の様に黒くゴツゴツとした高さ凡そ10メートル、全長は30から50メートルは優にある怪獣こそ、岩噛巳の正体であった。
勿論、これまで非常識な存在に何度か接近遭遇をしてきた探貞も、この様な生物にであったことはなかった。
「か、カメラ! カメラを回せ!」
はっと我に返った飯沼は出井に叫ぶが、彼は首を横に振るばかりだ。屈強な山男でも、熊と未知の怪獣とでは訳が違うらしい。
榊原が飯沼に言う。
「飯沼さん、ここのカメラは全部デジタルで、今は電源が入らないままです」
「なんだって! くっ!」
「飯沼さん、カメラだけじゃないですよ。電子機器の殆どが不調です。通信は相変わらず使えないですし、疑いようがない。あの怪獣、岩噛巳の近くで電子機器は使い物にならない」
「何なんだ! くそっ! 特ダネが!」
関口の言葉を聞いて、飯沼は年甲斐もなく地団駄する。太った腹の脂肪がブルンブルンと揺れている。
そして、悔しがる飯沼を余所に、岩噛巳は地鳴りと縦揺れの地震を起こしながら、歩き始めた。ペンションから離れていく。
「ま、待ちなさい!」
咄嗟に椎名が岩噛巳を追って走り出した。無我夢中で追いかけるとしか形容のできない突発的な彼女の行動に、探貞も他の一同も一瞬呆気に取られたが、すぐに康介が後を追って走り出した。
探貞も後に続き、更に他の面々も次々に彼女を追って走り出した。