『名探偵』混沌の現




 ペンションに戻った探貞と康介は地震の被害を確認しに部屋を回る。
 一方、撮影メンバーは機材の故障の有無を確認する。
 そして、高田と麻倉達は食堂のテレビを付けて、地震の情報を調べる。

「棚に積んでた食器とコップが割れています!」
「オーナー室は書類が落ちていたけど、大丈夫です!」
「機材に傷がいくつかありましたが、異常はありません!」
「テレビが壊れたわよ!」

 探貞、康介、飯沼の順に食堂に戻って報告に来るが、麻倉は高田と共にテレビのケーブルを確認しながら、叫んだ。
 食堂のテレビは、砂嵐になっており、映像が見えなくなっていた。

「アンテナが壊れたのか?」
「そうかもしれないですが、今さっきまで見えていたんですよ」
「突然、映像が消えたんだ。それで、電源をつけ直したらこの通りだ。それから、どの局番も地震の報道はしていない。時間が経っている為かもしれないが」

 飯沼が聞くと、テレビの裏から出てきた麻倉と高田が口々に言う。
 そして、栄子と関口は携帯電話を見ている。

「携帯の電波もテレビと一緒に使えなくなりましたよ!」
「気象庁の地震情報の履歴を開いていたんだがな。速報の表示は出てなかった。テレビのことも鑑みると、ここの地盤が周辺地域と異なるんだろうな。非常に局地的な地震だったんだろう。それに、石英などの結晶を多く含有している岩石が強い圧力を受けると電磁波を発する。もっとも、これほどの電波障害になるような電磁パルスは、圧電の性質が物凄く高い巨大な結晶が相当な圧力を受けないと考えにくいけれどな」

 関口が苦笑混じりに、考えられる可能性を話す。

「電磁パルス……まずい! 映像が!」

 出井が慌ててロビーに置いたままのカメラを操作する。そして、彼はうなだれて嘆息した。

「カメラ自体は壊れていませんでしたが、映像が消えてました」
「あぁ、俺のデジカメもだ。雷防止はしてなかったからな。再起動すらしない。完全に壊れたな。精密機器は恐らく全滅だな」

 関口はデジタルカメラを出して嘆息した。

「一度、一ヶ所にカメラや携帯、パソコンを集めて故障の有無を確認した方がいいですね。確か、電磁パルスなら時間が経てば通信が復旧すると思います。そこの受付ならコンセントも電話やLAN回線もあるので、確認しやすいかと」
「そうだな。……ん? 固定電話は有線だから使えるはずだろ?」

 康介の言葉に関口が疑問を言うと、康介は首を振った。

「どちらも不通の状態です」
「ちょっと見せてください」

 榊原が受付の電話を確認する。そして、電話機を取り外し、オーナー室の中へ入る。一同が後に続く。彼は壁にある電話回線の交換機に繋がる大元の電話線を電話機に直接繋ぎ、確認する。複数回線を繋いでいる為、交換機を中継していたのだ。直接電話機を繋げば、交換機が故障しても使用できる。榊原の行っていることを関口が他の者達に耳打ちする。一同の顔に希望の色が浮かぶ。
 しかし、彼の眉間に皺がより、やがて力なく首を振った。

「この地域の大元が落ちている、またはどこかで断線していますね」

 一同は落胆するが、その時間を与えないかの様に、ズズズズ……と地鳴りが鼓膜を震わせる。

「余震だ!」

 一同は廊下に出て、一ヶ所に固まる。
 大きな縦の揺れがペンションを襲う。
 皆、声にならない悲鳴を上げる。
 どこかで大規模な地崩れが起きている。地響きの中に、大量の土砂が崩れる低い音が彼らの耳に響く。

「お、収まったか?」
「今度は大きいが、短かったな」

 すぐに揺れは落ち着いた。
 しかし、一同に嫌な予感が過った。





 
 

「やはりか!」

 ハイエースの後部座席から関口が叫んだ。
 通信手段が断たれたので、康介の運転するハイエースで、麓の民家に連絡を取り、災害の状況についての情報収集をしようと山の一本道を向かっていた。
 探貞が助手席に乗り、高田、関口の二人が後部座席に乗り込んでいた。他の面々は、飯沼をリーダーにペンションの周囲の安全確認と電子機器を受付に集める作業を行っている。登山経験のある出井と電子機器に強い榊原、そして女性陣を残した結果の人選であった。
 ハイエースは麓の民家に向かう途中、祠の手前で停車した。
 道は崩れた土砂によって使用できなくなっていた。

「装備を整えれば歩きでも行けそうか?」

 関口は前に身を乗り出して聞いてきた。
 助手席から見ると、よじ登れないことも無さそうだ。

「まぁ、この先の状況次第ですが」
「しかし、空模様が悪いですね。……あ、雨」

 探貞の返答に続き、康介がフロントガラスに水滴がポタポタと落ちる。

「一度降りて確認してみましょう」
「それが一番早いですね。しかし、このまま本降りになったら、無理せず引き返しましょう」

 高田と関口はドアを開けて、外に降りた。探貞と康介も互いに頷くと車から降りた。
 近付くと土砂だけでなく、大きな岩石や木の根が混ざっており、遠めで見るより、登るのには危険を感じる。

「これなら出井さんにも同行してもらえばよかった。素人が進むには危険だろうな」
「雨粒も増えてきましたね。このまま本降りになりますね」
「引き返す他ないな。少なくともこの分なら麓の民家もこの事態を把握できているはずだ。時間はかかっても、我々が道が寸断され、連絡も着かなければ、安否の確認をする為にこちらへ来るはずだ」
「だと良いんだがな」

 高田と関口が話しているところに、探貞達も混ざる。

「この時期の雨は夜になると雪になります。雪にならなくても、濡れた地面が朝の冷え込みで凍ります。安全を考えると、今から準備して動くよりも、明日の朝を待つ方がいいと思います」
「麓の民家も同じ様な状況であれば、更に先の集落まで徒歩での移動となります。僕も康介君の意見の通り、一日ペンションで待機した方がいいと思います」

 康介と探貞の意見に、二人は重々しい表情で頷く。
 その時、再び地震が起こった。
 一同は慌てて崩れた土砂から離れる。崩れた土砂から岩石が浮いてきて、転がってくる。
 何とか岩石の下敷きになるのは回避したが、そのまま岩石はハイエースのフロントにぶつかり、潰す。
 更に、周囲に土埃が立つ。

「車が!」
「一度離れろ!」
「怪我するぞ!」
「こっちへ!」

 ハイエースに向かおうとする康介をひっぱり、四人は崩れる土砂と岩石から離れる。
 そして、崩れる土砂、岩石に潰されるハイエースをただ眺ることしかできない彼らが、その様を見つめていると、土埃の先、崩れた土砂の先に巨大な何かが動く影が見えた。
 彼らの耳にも岩石や土砂の立てる音とは異なる硬い岩石が砕ける音と、地鳴りに似た巨大な何かが移動する音が聞こえた。

「な、なんだ。あれは?」
「わからない。巨大な岩石が崩れたのか?」
「ですが、あれは岩石の影というよりも、生きているように見えます」
「それに、この音は一体?」

 彼らは疑問を口にしつつも、一つの答えを脳裏から拭いきれない。
 そして、土埃が晴れる頃には、その影は崩れた土砂の先に消えてしまった。






 

 ハイエースは車両の前半分近くを土砂に潰されてしまい、進むにも退くにも徒歩を余儀なくされた。
 彼らは、ハイエースからロープやタオルなど重量のない最低限の荷物だけを回収し、徒歩でペンションに戻ることになった。
 車での移動距離から、30分程度でペンションに戻れるはずであったが、雨が本格的に強く降りだし、斜面から土砂が雨水と共に流れ出してきたことで、安全を確認しながら少しずつ前進するしかなく、一時間以上もかかっていた。それでもペンションまで、まだ少し歩く必要がある。
 足元が悪く、精神的にも辛い状況での移動は想像以上に彼らの体力を蝕んでいた。

「ここも斜面が崩れかけている! 迂回しながら慎重に歩くぞ!」

 先頭を歩く関口が後ろの三人に声をかけた。無言で三人は頷く。
 ハイエースから回収したビニールとロープで、簡易なポンチョをこしらえ、タオルを内側に入れて雨に体温を奪われることを防いでいるが、随分前から染み込んだ雨水で既に全員下着まで濡れている。それらが抵抗となり、余計に体力を消耗させる。
 しかし、寒い雨の山道だ。ポンチョを脱いで軽装にすれば、たちまち体が冷えて、この移動距離でも命に関わる。

「この辺りは開けているし、地面も安定している。少し休もう」
「そうですね」

 関口が倒木から抜き取った長い枝を杖がわりにして、地面の状態を確認して言った。代表して高田がその提案に賛成した。
 休憩といっても、雨ざらしの中、濡れた地面に腰をおろす訳にもいかず、ただその場に立ち止まるか、しゃがむことしかできない。それでも、不安定な地面や周囲に警戒しながら歩き続けた彼らには十分な休憩であった。
 これからの事はペンションに戻って一晩明かさないと何もできないことは既に全員が理解していた。その為、自然と会話は先の巨大な影の話題になった。

「高田さんは、あれをどう考えますか?」
「関口さん。あなたもお人が悪い。この状況であれを見せられてしまったら、皆考えることは同じでしょう? それを私に言わせますか?」
「それだけで十分なご意見だ。じゃあ、迷君。俺と同じ見解であり、あくまでも一般人の若者としてその発言の責任を課さないと我々が約束した上で、考えを教えてくれ」
「そんな気を使わなくてもいいですよ。あれを見間違えと言うのは簡単ですが、実際に見た僕には、あれは生物だとしか思えません。崩れた土砂の壁の高さからして、多分10メートルはある巨大な生物です。その姿は掴めませんでしたが、岩を砕く音といい、あれが岩噛巳だと僕は考えています」
「有無。ここでは、あれを岩噛巳だという前提の元、意見を交わしていこう」

 関口の言葉に皆、頷く。別に本当に岩噛巳であろうと、実際は間違えであっても構わない。ただ、気を紛らすことのできる話題であれば、何でも良いのだ。

「まず、あれが資料にあった岩噛巳と同一個体なのか? という謎だな。まず俺は、同じ個体だと考える」
「そうですね。僕もその意見に賛成です。何世紀も生きていることは信じられませんが、別の個体であれば百年に一度だけ現れることの説明が難しいです」
「それはどうだろう? 普段は地中深くにモグラの様に生き、百年に一度だけ何かの目的で地上に現れるとも考えられる。目的として考えられるのものは、繁殖か?」
「確かに、同一個体としては、恐ろしく長命になりますね。世代交代の為に、百年に一度現れるというなら、一体だけしか現れないのが謎ですね」

 高田や康介も意見を発し始めた。

「そう言われると、私の説は痛いんだよな。繁殖目的なら、複数個体が現れなければ、種の繁栄は望めない」
「ならば、僕は関口さんの説に肉付けをします。例えば、一世紀に一度だけ栄養の摂取を目的に活動するという仮説はどうですか? 僕ら人間は、一日の間に複数回、食事を摂り、消化しますが、それが百年の単位で、二日間食べた物を百年間で消化するということです。これなら、周期の説明ができます。それに、その栄養が岩なら、岩噛巳という名前の由来にも説明がつきます」
「しかし、岩を食べて生きていけるのか? 石喰い男なんて超人もいたが」
「動物には岩石を食べるものもいます。ただし、その目的は例えば、ナトリウム分だとか、栄養の乏しい環境でミネラルを補給する手段として行うケースがほとんどです。俺の岩噛巳の仮説は、もっと大胆なものだ」
「というと?」

 高田が関口の仮説を促す。
 関口はニヤリと笑った。

「これまでの生物の常識にとらわれない。岩噛巳はそんな存在だと仮説する。我々人類を含むほとんどの地球に生きる生物は、エネルギーを消化し、栄養からエネルギーを補充する。それは電気的なエネルギーで、アデノシン三リン酸という化合物の形で補完する。高校の生物で習うATP合成だ。しかし、俺の仮説では岩噛巳はそうしたエネルギー保存に頼らない。もっと直接的な発電でエネルギーを取り出している」
「もしかして、圧電ですか?」

 昼間、関口から聞いた電波障害の話を思い出した探貞が問いかけた。
 関口は力強く頷く。

「そうだ。結晶構造に圧力を加えると、圧力が電気エネルギーに変換される。これを圧電と言って、主には電磁波の形で発散されるが、これは電気的な信号やエネルギーを保管することも理論上は可能だ。そして、鉱物であれば、エネルギーを電気陰性度によっては取り出すことも可能だ。勿論、効率は悪いが、それを補う方法もある。巨大化だ。体積が大きくなり、動くことによるエネルギー効率は悪いが、燃費が悪いだけで蓄積する能力は全身すべてがエネルギーの蓄積をする鉱石で構成されており、全身が細胞でなく鉱石で構成されているなら、代謝の必要はない。全身で一つの細胞ということだ。岩を取り込むことで、含有する鉱石を摂取し、そこらかエネルギーを取り出す。そのエネルギーを使い、圧力を体内の結晶にかけることで発電し、生命活動を行う。百年はただの分解とエネルギーの充填期間。つまり、我々でいう消化の時間で、昼を食べて夕食を待つ時間に過ぎない。無機物からエネルギーを摂取する尋常ではない寿命をもつ生命体という仮説だ」

 関口の仮説は、現在の状況を十分に説明できるものだった。
 岩噛巳が活動すると、大規模な電磁波の放出がなされる。それは人が汗と共に熱を発散させることと同じだ。
 それによって、電波障害が起こり、食事である岩石を食べるために山や民家を潰しながら移動する。そして、摂取後は巣に帰り、消化の為の眠りに着く。
 これに高田も康介も反対意見はでなかった。

「さて、大分休めたな。そろそろ行こう」

 関口の言葉に応じ、三人も彼の後ろにならんだ。






 

 更に20分近くの山道を歩き、遂に四人はペンションに戻った。

「おかえりなさい。無事でよかったわ!」

 ペンションに入ると、麻倉が笑顔で出迎えた。それを見て、四人に安堵した笑みが自然と浮かぶ。
 一方、ロビーのソファーに座る栄子の表情は暗い。
 その隣に座っていた椎名が思い詰めた表情で立ち上がった。

「栄子をつきまとうストーカーから、また怪文書が届いていました」
「え?」

 四人が椎名の差し出した小さな紙片を受け取った。紙片は五センチ四方程度で、四つ折りにされていた跡が付いている。文字の書き方は同じ直線の組み合わせだ。

『栄子、ココハ私ノ鳥カゴダ 出ラレナイ』

 紙片の文を見た探貞は、椎名に聞いた。

「これはどこに?」
「建物の外壁にある電話線に、このビニール袋に入れてくくりつけられていた。刃物か何かで切断された電話線にな」
「え?」

 出井が食堂から出てきて言った。
 彼に続いて出てきた飯沼は、暗い表情をしており、その表情のまま彼らに伝えた。

「既に椎名さんから、脅迫状と今朝の怪文書について、皆に伝えています。……それで、麓は?」

 その言葉を受けて、四人は顔を見合わせた。
 そして、探貞達からは岩噛巳と思われる影についても包み隠さず、これまでの出来事を彼らに伝えた。もっとも、実際に影を見ていない彼らには半信半疑で、雪山などで自らの影が巨人に見えるブロッケン現象の見間違えではないか、といった意見も出ていた。
 一方、彼らから伝えられた内容は、怪獣岩噛巳という話に対し、非常に現実的な驚異を含んでいた。
 今朝の警察が来た時には、確かに何もなっていなかった電話線と通信用の線が鋭利な刃物で切断されていたという。
 榊原が直接外部の電話線から配線を抜き出し、電話機との接続を試みたが、電話は繋がらず、彼の見解では実際には山奥で電話線などの通信回線を破壊している可能性が高いという。つまり、外壁の電話線の切断はメッセージを残すためのパフォーマンスという見解だ。

「同時に、我々の内部に犯人がいる可能性は低くなりました。警察の通報は、あの受付の固定電話からしています。それからの時間で山奥にこっそり行ける奴は誰もいないですから」

 飯沼が探貞達に説明した。
 つまり、警察が帰ってからペンションに戻って電話が繋がらないことに気づくまでの間に山奥と外壁の電話線の二ヵ所を切断して紙片を取り付けたことになり、それができるのはここにいない外部の人間による犯行ということだ。

「ストーカーと怪獣、何れにしてもこの雨の中、外へ行くのは危険です。高田さん達が判断されたように、明日になるまではこのペンションで過ごした方がいい。新聞や何かの配達でここへ定期的に来る人は?」

 出井に聴かれて、康介が答える。

「新聞は取っていませんが、飲食物の配達を2日置きにしています。昨日来たので、明後日の予定です。しかし、前日の17時までにメールで注文をする約束になっているので、注文がなければ確認の電話を入れるはずです。それで電話が不通なのに気づくと思います。それでもし気になって、こちらに来れば、土砂崩れに気づいて警察なり消防なりが来ると思います」

 若干運頼りな点を含んでいるが、救助が来る可能性が示唆されたことは、彼らにとって希望となる。
 自然と表情が軟らかくなる。
 それに、全面的に通信機器が使用できない為、明後日よりも早く連絡がつかないことを心配した誰かが通報してくれるかもしれない。探貞がその可能性を言うと、その意見には皆、消極的であった。

「この業界、山奥や田舎というと秘境やサバイバルの生活を想定するから、一週間くらいは音信不通でも心配されないだろうな」
「私も、家族に陸の孤島みたいなド田舎での撮影だから、電気もないと思うから、連絡しても無駄だって伝えちゃってるわ」

 飯沼と麻倉が嘆息混じりに言った。
 そして、然り気無く含めてくる麻倉の毒舌は絶好調だ。もはや、椎名も眉間に指を当てる程度で、彼女を注意しなくなっている。

「となると、プランは二つ。一つは雨の様子を見ながら、朝を待って麓へ向かう。もう一つは明後日、救助が来ることを信じて待つ。まぁ、全員で麓を目指すのは危険も多いから、選抜したメンバーで救助を呼びにいくというのが、堅実なプランだな」
「よし、そうなれば明日に備えて、まずは腹ごなしだ! 遅くなってしまったが、昼の弁当を食べよう!」

 高田が言い終わると、飯沼が手を叩きながら言った。気付けば、昼前であったのが、もう15時近い時間であった。
 一同は食堂で弁当を食べた。自然と皆の顔に笑顔が表れていた。
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