朱雀家の損壊




 倉から出た探貞は改めて倉の周りを見回した。地面は乾いており、タイヤの後などは素人目ではわからなかった。
 そして、この場で麻生とは別れ、再度母屋へ誘った刃の好意に甘えることにして、探貞達は母屋へと向かった。
 母屋へ入ると剣輔は荷物を置きに自室へと消えていった。
 探貞達は刃に続いて廊下を歩く。料亭や旅館という単語を連想する日本家屋の廊下を歩きながら、既視感を感じた探貞が思い返すと、昭文神社にある十文字三波の家と似た雰囲気であった。
 客間へ通された探貞達は、刃の出したお茶を頂きながら、事前に用意していた質問をしていく。

「朱雀家の歴史は長いのですか?」
「室町時代の中期以降は現存する家系図があるが、その前からこの地で続いておる。代々伝えられている邪苦熱丸の伝承では、平安時代から続く千年の歴史があると言われている」

 探貞が質問をし、涼はメモを取り、和也は撮影を担当している。とはいえ、和也は撮影という口実で部屋の周囲を霊視するのが役割だ。

「邪苦熱丸の伝承はどのようなものなのですか?」
「そもそも邪苦熱丸は人の手で鍛えられた刀剣ではなく、元々は初代朱雀家頭首が退治した鬼の持っていたものと伝えられている。宇宙から飛来したものとも、鬼が魔力で鍛えた魔剣とも伝えられており、その真相は今も謎のままだ。しかし、都の南に現れた鬼を退治した初代は、藤原朱雀と云い、当時の朝廷の記録でも存在が確認されているらしい」
「藤原朱雀。……藤原氏の関係者だったのですね」
「そうらしい。まぁこの街の歴史ある家はどこも藤原氏に繋がるものばかりだよ。藤原朱雀は陰陽師のような立場だったのではないかと云われている。この土地に着いたのは同氏が鬼退治の功績として朱雀氏を朝廷から賜ったことから始まる。元々はもう少し西の集落に屋敷を置いていたらしい」
「南西の方角、裏鬼門ですか?」
「おお、しっかり勉強してきたんだな。関心関心。そう、つまり我がご先祖様は裏鬼門から来る邪から都を守る役割を担っていたと考えられている。実際がどうであったかはわしにもわからないがな」

 刃の話を聞き、探貞は想像する。
 和也の霊視したのだから、鬼は実在し、邪苦熱丸と関わりがあるのだろう。刃の話が真実味を帯び、情景が脳裏に浮かぶ。
 白い着物に黒い烏帽子を被った百人一首の絵に描かれる平安時代のイメージの姿をした藤原朱雀が邪苦熱丸を持つ鬼の前に対峙する光景だ。彼の後ろには都がある。空は曇天。しかしながら、果たしてどうやって藤原朱雀はそんな怪物を倒すことができたのだろうか。
 探貞はその疑問を刃に問いかけた。

「藤原朱雀はどうやって鬼を退治したのでしょう?」
「さぁ。念力だか魔法だかが使えたのかもしれない。眼鏡をかけて杖をふるふると」

 刃が真顔で指をくるくると回して探貞を指した。
 それが冗談だと気づくのに一瞬の間が空いた。

「まぁそんな魔法使いというのは冗談だが、我が家には藤原朱雀が考案したと伝えられる古流剣術がある。名を朱雀流百式剣法といってな。実際、型は零式から九十九式まで百ある。まぁそのほとんどが演舞用の動きだと解釈されているのだが、中には凡そ人間にできない動きを求める型も存在している。それに、九十九式までと言ったが、藤原朱雀は更に百式という幻の奥義を使えたと伝えられている」
「幻の奥義ですか?」
「あぁ。幻なのは藤原朱雀以外に使えたものがいないのと、江戸時代にその型を記した書が失われたのが原因だ。他の百の型は再現することができたことで、失われることはなかったが、百式だけはどういうものなのか、その書を見ながらでないと説明できないものだったと伝えられている」
「一体、どんなものだったのでしょう?」
「江戸時代に朱雀流百式剣法に纏わる伝承をまとめたと伝えられる書があるんだが、そこには藤原朱雀は邪苦熱丸から炎が上がりその炎を身に纏い、燃える鳥の姿になりて邪を祓った。これが百式であると書かれている」

 それは想像以上にファンタジーな型だった。探貞のイメージは、完全にゲームの鳥形モンスターが火の鳥になって敵モンスターの鬼を攻撃する光景になっていた。先ほどの百人一首の絵のイメージはどこにも残っていない。
 しかし、探貞はそれが現実に存在した可能性を否定できない。何故なら、彼らがこの朱雀家を訪ねていること自体がファンタジーの話なのだから、当然だ。
 未来人から聴いた朱雀炎斬という人物、恐らく剣輔の息子にあたるその人物は、藤原朱雀が行ったファンタジーなことを行えるという。
 したがって、探貞は藤原朱雀がそのような魔法攻撃を使えたと仮定をするしかない。

「それからその藤原朱雀にはもう一つ伝説が残されている」
「それは?」
「人魚伝説」
「人魚?」

 ますますファンタジー色が強くなった。既に探貞のイメージは、火の鳥に変身した藤原朱雀が魔剣を持つ鬼から人魚姫を救う剣と魔法の世界になっている。

「人魚を食ったらしい」
「え?」

 探貞のイメージが崩壊し、瞬く間にグロテスクな描写へと変わった。

「人魚を食った者は不老不死になるという伝説があるんだ。そんな話の中に藤原朱雀が登場するんだ。その伝説は我が家の伝承でなく、別の地区の人魚伝説に由来があって、例の邪苦熱丸を研究した時に民俗学者から教えられたことなんだがな」
「なるほど」

 結果、探貞のイメージにいる藤原朱雀は不死属性と火の鳥への変身能力を持つ炎属性の魔法剣士という姿で落ち着いた。






 

 麻生が犯人グループを逮捕したと伝えに来たのは、一通りの話を聞き終え、世間話になっていた時だった。お茶を飲み終えたら、朱雀家を後にするつもりだったが、探貞が涼と和也を見ると、彼に任せると無言で頷いたので、その動向を見守ることにした。

「犯人は?」
「大陸系の外国人グループでした。他県でATMを重機で破壊して奪う大胆な犯行をしたらしく、その捜査で潜伏場所を特定して先程逮捕されたらしいです。犯行手口から本件や関連した窃盗事件が照会され、これから余罪として追及する予定だそうです」
「そうですか」

 刃が安堵する。
 しかし、探貞は疑問を麻生に投げかける。

「潜伏場所どうやって特定したんですか?」
「Nシステムで追跡できたらしいです。犯行は昨夜ですが、犯行時刻が本件の一時間後なので、本件が失敗して自棄になっての犯行じゃないかと上は考えているみたいです」
「妙ではありませんか? これまで警察の網を掻い潜り続けたのに、今回はお粗末というか……」
「迷君! 世の中、そんなにミステリー小説みたいな事件ばかりじゃないんだよ! せっかく犯人が捕まって朱雀さんが安心されているのに不安を煽る必要はないんだよ!」

 麻生が先程とは違う諭す口調で探貞に言った。
 彼はそれに対して物を言おうとしたが、肩を和也に掴まれ、これ以上は止めておけと黙って首を降る和也を見て引き下がることにした。
 そして、麻生と刃が事務的な話を始めたので、そこで失礼させてもらうことにした。

「あ、倉の周辺を最後に写真を撮るために、少し見て行ってもいいですか?」
「構わないが、雑木林は結構危ないから気を付けるんだぞ」
「ありがとうございます」

 探貞は深く頭を下げると二人を連れて退室した。






 

 母屋を出た探貞は改めて倉を眺めながら、雑木林へと向かった。和也達も黙って着いてくる。
 そして、雑木林の中に入ると、和也が探貞に話しかけてきた。倉の前に立つ警官が目で追ってきていたので、和也はカメラを構え、倉の撮影をするフリをしながら話しかけた。

「で、色々と気になってるんだろ?」
「そりゃね。本当なら朱雀さんから聴いた藤原朱雀や邪苦熱丸の謎について整理をしたいところだけど」

 探貞も両手でカメラのフレームを見立て、倉を撮影するアングルを考えているフリをしながら、答える。しかし、その視線は倉でなく、足元や周囲、そして雑木林の奥に向けられている。

「探貞、これじゃない?」

 二人より数メートル後ろに立って見渡していた涼が探貞に声をかける。どうやら探貞の探していたものに気づいていたらしい。そして、涼の動きから凡その見当をつけて探していたらしい。流石は才女と言ったところだった。

「真新しいし、これだね」

 探貞は涼の指差す場所を確認して言った。それは一本の木だった。木全体に変哲はないが、彼らが見上げる、だいたい2メートル強の高さの枝が折れて垂れ下がっている。折れた断面がまだ白く、最近折れたばかりだとわかる。
 そして、涼は指で倉から弧を描くように折れた枝を指し、そのまま延長させた先を指差す。地面に不自然な影ができていた。
 雑木林は奥へ入るにつれて草が減り、落葉が積もり、木々に覆われて日が射し込まず、薄暗くなっている。その為、ただ雑木林の手前から眺めただけではその影に気づけない。
 影の場所に近づくと、明らかに何かが上に乗って積もった落葉を潰し、同時に周囲に撒き散らしたことがわかる。土が露になっているところがあり、周囲の落葉に土がかかっていた。

「涼はこれをどう説明する?」

 落ち葉の積もった地面に空いた跡をしげしげと観察しながら探貞は涼に問いかけた。この手のことは涼の分析の方が論理的な説明ができる。

「それなりの質量を持つ何かが、倉の中から一定以上の力で屋根を突き破って飛び上がり、枝を折り、ここに着地した。問題はどれくらいの力が働いたのか、どの位の質量なのか」
「そうだね。……倉からここまで結構な距離があるから、生身で何かの装置を使って飛んだとしたら、大怪我、場所によっては死んでしまうだろうね」
「そもそも装置なんてなかっただろ? それとも倉の中にあるのを組み合わせて装置ができるのか? 名探偵なら、それらしく導き出された可能性を証明することを考えろよ」

 和也が髪を掻きながらぼやいた。
 ある意味彼が一番探貞の考えている荒唐無稽な可能性を示唆した立場なので当然とも言える。さっさとその馬鹿げた考えを話せということだ。
 探貞は二人を見て嘆息する。まさか自分だけでなく、二人ともが同じことを考えているらしい。
 そういえば、行きの新幹線で前の座席に座っていた文芸部員達が世界最古のミステリー小説について議論をしていた。その話が三人の潜在的な意識に残っていたのかもしれない。
 そもそも外国人らしき言語のわからない声、人間の力では不可能といえる現場の状況。仮に犯人と考えられるグループが逮捕されたとはいえ、それは別の事件の容疑者だ。この事件に関しては人間の仕業ではない。
 つまり、そういうことだ。

「なら、和也は猩々と鬼、どっちだと思う?」

 探貞は苦笑まじりに聞き返した。
 モグル街の殺人もとい、朱雀家の損壊に彼らは立ち向かうことにした。






 

「で、実際問題どうするんだ?」

 雑木林の奥へとずんずん進む探貞に和也が問いかける。
 もっともな質問だ。UMAを見つけること自体が無茶苦茶な話だが、それ以上に彼らに残された時間は僅かしかない。
 それに昨夜の倉の損壊が未確認生物によるものとしても、外国人窃盗団が犯人ではないという証明にはならず、子どもの妄言と一蹴されるのがおちだ。それどころか、探貞の父にも迷惑をかけてしまう。
 その為にも探貞は雑木林の奥へと進んでいた。

「涼は朱雀家の周辺地図を確認しているんだよね?」
「まぁ一応、タクシーで最低限の説明ができる程度には」
「この雑木林の先は道があるの? それとも住宅?」
「住宅街になってたはずよ。まぁ私道とかだとわからないけど」
「それならやっぱり妙なんだ」

 涼の答えを聞いて探貞は言った。
 涼はその言葉の意味を掴めず首をかしげると、和也が代わりに言った。

「犯人が雑木林の中に逃げたと、朱雀のおっちゃんは言ってただろ? なのに、警察も周辺の住民もこっちの方に騒ぎがない。まるでこっちに来るはずがないというような、騒ぎにしたくないというような」
「もうとっくに捜索を終えた後なんじゃないの?」

 涼が言うと、前を歩く探貞が立ち止まった。

「捜索するまでもなかったんだな。……こりゃ無理だわ」
「ん? あぁ……」
「確かに。平面の地図じゃこれはわからないわね」

 雑木林は突然終わり、崖になっていた。そして、その下には住宅地が造成されていた。
 起伏のある土地だと稀にある話だ。土地の境界線で造成をして、切り立った崖になってしまう話。この崖の裏側に重機を回す道もない。それに、広い土地とはいえ、それは私有地としての話だ。雑木林で視界が悪くなっているから余計に誇張されているが、雑木林の実際の広さは一周200メートルトラックがある昭文学園のグラウンドと同じくらいだ。農地で開墾したら、二田が限度だろう。
 崖の上から住宅地を見下ろすと、通りを歩く人に警察官が聞き込みをしている姿が見えた。

「なるほど。警察は、犯人は仲間を近くに待機させて徒歩で雑木林に侵入したと考えたのか」

 聞き込みをする警察官の身ぶりを見て、探貞は呟いた。
 確かに、警察官は朱雀家の門の方角をさして、車を指したり、写真を見せたりして、聞き込み相手のご老人に説明をしている。
 しかし、和也はその様子を見ずに、怪訝な表情で雑木林を見回していた。

「どうした?」
「妙だな」
「何が視える?」
「視えるんだが、視えない。像がないんだ。地面から浮き上がるモヤモヤしたものだ。滅多に視えるものではない。多分、意思のない生き物の集合体みたいなものだ。普通、動物でもなかなか視れないがありゃ虫だろうな。物凄い数の虫が一瞬で、一ヶ所で襲われたんだろう。怨念なんて呼べばそれらしいが、恐らく同じ防衛本能が無数に重なって霊というか意思の様に見えるものになったんだろう」

 和也は淡々と地面を見つめて説明する。彼の話では、霊とは意思や思念の残り香みたいなものらしい。以前、RPGのノンプレイヤーキャラクターを例に上げて解説したのを探貞は思い出す。
 特定の条件を満たすまでは同じことを基本的には繰り返すらしい。ずっといる地縛霊や特定の人の近くに現れる憑依霊、何だかよくわからないが一定の範囲を特定の周期でふらふらしている浮遊霊などがいて、更に出現条件の有無、行動に変化の現れる特定の条件があるなど、まるで事前にプログラムされていたかのように動くらしい。そして、上手く条件が嵌まるとコミュニケーションを取っているようなやり取りをすることができ、情報を引き出すことができるらしい。

「とりあえず、近づかない方がいい。それに未確認生物らしき姿もないし、移動しよう。……ん?」
「どうした?」

 今度は探貞が住宅地を見て声をあげた。
 視線の先には先ほどの警官がまだ聞き込みを続けていた。周囲に小学生くらいの子どもが何か話しかけているが、警官は別の老人に話かけている。相手にされず、子どもが怒った様子で地団駄し、探貞達の足元の民家に走ってきた。
 探貞は何か気になり、二人の同意を得て、崖を降りると少年に声をかけた。

「うわっ!」
「ごめん。いきなり話しかけてしまって。……上からお巡りさんに何か話しかけていたのが見えて気になってね」
「お兄ちゃん達、あのお化けの森の何なんだ?」

 少年は自分の家の裏から話しかけてきた見知らぬ高校生に対してではなく、朱雀家の雑木林から出てきたことに対しての警戒をしていた。

「僕達は探偵団なんだ。昨日、この裏の屋敷で事件が起きたからその捜査をしているんだ。君は、あそこのことをお化けの森と言っていたけど、皆そう呼んでいるのかな?」

 探貞が父親の口調を意識しながら、少年に挨拶をして問いかけた。
 警戒はしているが、少し表情の和らいだ少年は答える。

「探偵団? ……お化けの森ってのは、僕達だけだよ。大人は御守り様の森って呼んでる」

 探貞は話を聞きながら、少年の言葉を解する。僕達というのは、少年の友達で、子ども達はお化けの森と呼ぶ。そして、刃の話では語られなかったことを考えると御守り様というのは、朱雀家そのもののことだろう。

「どうしてお化けの森なの?」
「………」

 少年は口を閉ざした。
 言えないというよりは、言いたくないという方が正しいのだろう。口の中では言葉を紡いでいるらしく、モゴモゴと口が動いている。

「大丈夫。僕は君が何を話してもちゃんと聞くよ」
「……見たんだよ。こんなやつを」

 少年はグシャグシャになった紙をポケットから取り出して探貞に渡した。
 広げると、黒いモジャモジャの中に2つの目だけが描かれた怪物の姿だった。
 探貞は頷いて、質問を続けた。

「いつ見たの?」
「俺は昨日。タクヤ君は先月」

 少年は答えた。恐らく、この紙を警官に見せて話したが取り合ってくれなかったのだろう。

「昨日、何を見たのかを詳しく教えてほしいんだ」
「うん」

 少年は頷き、昨夜のことを話してくれた。
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