古の秩序




 探貞の推理を聞いた一同は、再び所定の位置に付いた。作戦の大詰めに一部変更がなされたが、大筋は変わらない。
 そして、まもなく資材置き場の中心に立つ怪盗φに扮した数の近くで足音が聞こえた。彼女とアールのセンサーも反応する。

『作戦開始でぇ!』

 声を絞っているらしいが、あまりそれとは感じられない覇気のある声で、アールの通信が一同に届いた。
 資材として置かれていた鉄パイプが空に浮かび上がり、数の元へと射出される。εが投げたのだ。
 しかし、オーバーアクションは十分、数に予測行動の時間を与える。彼女の髪が銀色に変わり、鉄パイプを真っ向から掴んで受け止める。
 地面がジャリジャリと音を立てる。
 すかさず数は掴んだ鉄パイプの勢いを殺さずに音の先へと投げつけた。
 地面に突き刺さる鉄パイプ。しかし、それから離れた場所で音が鳴る。

『行動パターンをトレースしてリアルタイムで数へデータ送信してるってぇのに、5~7パーセントずつ予測結果とズレが生じてるでぇ! パターン行動に警戒しているみてぇで、フェイクも不規則に入れてるでぇ! 数、気ぃつけろ!』

 アールが伝える。
 作戦その一は、王道の対ステルス戦だ。よく音の出る砂利を一面に敷き詰めて、アールと数のセンサーが音をキャッチし、位置情報と動きから行動パターンを演算し、予測された行動に対応した攻撃を行うものだ。アールと数のリアルタイムな情報交換と並列させた演算ができるネットワーク環境をこの資材置き場に構築している。
 これはこの後の作戦でも同様に機能させる通信網で、音を元に観測をされているのを早期にεに察知されることを前提に考えられたものだ。
 案の定、εは地面の砂利を不規則に蹴り飛ばして音を撹乱させる。アールと数、更に厳密には探貞と七尾の手元、そして銀河の手元にある測定器からの三点測定法によって、音の位置から入斜角も計測し、フェイクの音のフィルタリングも行い、正確な位置情報と体の向きなども把握できるが、フィルタリングにタイムラグは生じる為、コンマ一秒で変わる戦況では予測誤差が広がる一方だ。
 数の体に砂利が当たるようになってきた。

「作戦その二に移行だ!」

 七尾が指示を出した。
 刹那、アールがボールを宙に飛ばした。そして、ボールが数達の上空で破裂し、吸着性の高い白い粉末が瞬間的に周囲に降りかかる。それこそ、作戦その二の要になるアールの秘密道具の正式名、「お手軽型ドール(ボール)」だ。
 マスクを被っている数以外の探貞と七尾達もマスクを被る。
 刹那、マスクにも粉末がべったりとくっつく。
 アール曰く、人体への悪影響もなく、水などの液体によってすぐに流れ落ちるらしいが、眼球なども覆ってしまう為、一時的に視角を奪うらしい。ちなみに、呼吸器系や耳や鼻の穴にも露出していたら吸着するらしいが、害はないらしい。
 ただし、安全性の向上を図った結果、表皮の汗にもすぐ溶けて分解されるらしく、効果時間は体質によって数秒も持たないらしい。
 しかし、数とアールにとってはその一瞬で構わなかった。瞬間的にその全身に付着した粉末をスキャンする。同時に、アールがスキャンされたεの型にマーキングした虫ロボットを放つ。虫ロボット、正式名「気になるあの子は健康蚊?」は、マーキングしたターゲットから微量の体組織を採集し、ヘルス情報を測定する機能を持つ。同時に、遺伝子情報も採集される。

「暗殺者にとって、一番恐れること。それは自らの素性を明らかにされること。……っ!」

 探貞は真っ白になったマスクを外して言った。
 しかし、探貞も他の一同もその目でεの姿を見た瞬間に続く言葉を失った。

「しかし、まさかεが人間ではなかったとは思わなかった」

 やっとの思いで七尾が言った。
 彼らの見たεの姿は、確かに直立二足歩行の人間に近い特徴はあるが、目はない、或いは極端に小さく、代わりに眉とも取れる場所に一対の巨大な触覚状の構造があり、首も極端に短く、肩との境界線が曖昧で、体毛はなく、全身は固い鎧のような表皮で覆われている。胴に対して足は短く、腕は逆に長く、指も長い。また、耳も小さく尖っている。
 人間の特徴を残しつつも、それとは異なる特徴が多くある。

「一体何なんだ? あまりにも想定から外れすぎた外見だぞ」

 七尾が声を殺して探貞に言う。
 探貞は驚きを隠しきれない様子ながらも、その外見的特徴からεのステルス能力以外の特性を思い出し、その常識離れした姿が合理的になる可能性を考える。
 しかし、生物学者でもなければ、珍獣ハンターでもない探貞に解けるわけもなく、思い付くことを口に出す。

「目が極端に小さくなるなら、暗いところ! 感覚器官の内、触覚を選び、空気の振動や音に強くなっているなら、水中以外! そして、固い表皮を持つような生活環境は?」
「……まさか」

 七尾がぽつりと漏らした。

「先輩! 答えを!」

 探貞が声を絞り出す。

「地底だ。地中なら光は届かない。あっても発光性の生物に由来するような僅かなものだ」
「地底人?」
「もしも、あの外見が奇形でなく、一種の進化や退化によるものだとすれば、だが」

 七尾も混乱している様子だ。額に手を当てて、少しでも冷静かつ客観的な推測を心がけている。しかし、宇宙人や未来人、異世界人以上の衝撃を彼らに与えていた。なぜなら、これまでの彼らは端的に言えば来訪者であり、唐突に現れた存在だったが、地底人となればこれまでの人類史の根底を揺るがしかねない元々この地球の文明と共に存在し続けていたことになるからだ。
 そこにアールからの追い打ちがかかる。

『てやんでぇ! オルタナティブな人生をしている奴が何を動じてるんでぇ! それよりも、遺伝子解析結果が出たでぇ! εってぇのは、オイラからすりゃ、おめぇらと同じ地球人でぇ! 遺伝子レベルでは99%以上お前らと同じでぇ! ただし、極僅かにヒトには見られない遺伝情報が含まれているってぇことは、概ねおめぇらホモ・サピエンスの亜種ってぇことでぇ! それと、ヒトの遺伝的多様性を考慮してマーカーと比較するってぇなると、概ね民族として多く分布するエリアも特定できたでぇ!』
「どこだ?」

 七尾が聴くと、アールは含みを持たせた後に言った。

『ヒマラヤ山脈周辺に分布する民族と特に多くの共通点が見つかってるでぇ! つまりアジア系、おめぇら日本人ともそこまで遺伝的に離れていない存在ってぇことでぇ!』
「な、なんだってー!」

 七尾は狼狽えた。
 一方、探貞は冷静さを取り戻し、銀河に連絡を取る。

「後藤さん、以上です。うまくやれそうですか?」
『十分過ぎるぜ? それに、迷君の言っていた暗殺者の一番恐れる自分の素性を暴かれることについても、俺は答えを知っている! 任せろ!』

 銀河の言葉に探貞は安心した。心に直接彼の言葉は響く。言霊使いの自称は伊達ではないらしい。
 探貞は勝負に出た。

「作戦その三に移行してください!」






 

 リムジンが高速道路から一般道に降り、建設会社七尾組の所有する資材置き場が見えてきた。

「あの資材置き場よ! アール達がいるのは!」

 三波が無駄に大きな声で資材置き場のフェンスを指差した。
 既にアールから居場所を聞いて位置情報をカーナビにセットされているので、派遣和尚の案内の時のようにあれこれ道を伝える必要はないが、彼女は屋敷を出てからずっとこの調子だ。
 途中渋滞に嵌まった間は、車内でうずうずして地団駄を踏んだところで、九十九から厳重注意をされている。

「まさか七尾組にまでコネがあるとは、お前達の友達は相当だな」
「七尾組ってなんですか?」

 愉快そうに車内で酒を煽る橘に九十九が聞いた。

「まぁどこにでもある小さい建設会社なんだが、族上がりや前科者の元三下を引き受けてくれててな。ウチのすぐ頭に血が昇って塀に入ってばかりの若い奴が親になるっていうんで、足を洗わせて七尾組に引き取ってもらったんだ。それにここいらの政治家や商工会とも繋がりが深くて、七尾組のお陰でこの町は血の気の多い暴力団のシマにならずに済んでる。そのお陰でワシも悠々とこの町に出入りできるってわけよ」

 つまり、暴力団や暴走族に睨みを利かせるだけの力を持つ優良企業らしい。七尾の風紀委員長像に見合った素性だった。
 リムジンが資材置き場前に停車すると、何かがリムジンの側面に次々に当たる。
 ガラスにもヒビが入った。
 オールバックの無口な中年の男性の運転手が素早く上着の懐に手を入れ、チャカと音を立てると、ドアを開けながら、その鉛色の筒を胸元から覗かせて、叫ぶ。

「ざっけんなごらぁ! こちったぁオジキが乗っとんのじゃぁ!」

 しかし、彼はその懐から拳銃を抜くことはなかった。
 彼の目の前、車体の横に数が飛んできたのだ。高級なリムジンの左側に大きな凹みができ、窓ガラスは蜘蛛の巣状に亀裂が入り、粉々に砕けた。

「数!」

 割れた窓から顔を出し、和也が叫んだ。

「お兄ちゃん、なんでここに?」
「異世界人やら暗殺者やらと戦ってるって聞いたから」
「だから連絡をしなかったのよ」

 心配する和也に数は苦笑し、体を起こす。
 それを見て、土煙の舞う資材置き場に視線を向けて懐に再び手を入れる運転手。しかし、それを橘が制する。

「待て、チャカは出すな! ここはカタギのシマだ。それに、チャカ程度のモノでどうにかなる相手じゃねぇ! ……だろ? お嬢ちゃん」

 橘は数に向けていった。数は静かに頷いた。
 探貞が作戦その三の号令をした瞬間、εは体を大きく回転させ、周囲の砂利を舞い上げ、それを吹き飛ばした。その瞬間の隙で、数の体を長い腕で思いっきり突き飛ばしたのだ。
 εの存在を限りなくゼロにするεの力にばかり注目されていたが、周囲にあるものを使って殺傷するその肉体の力は、条件次第では数に匹敵するものであった。
 既にεの体に吸着した粉末はほとんど溶けてなくなっている。
 数のセンサーも胴体の一部に残った粉末しか認識できていない。しかし、それでも位置を正確に認識できる分、数には歩があった。
 作戦その三を行うには、εに銀河の言葉を最後まで聞かせられる状況を作る必要がある。今の状況では、言葉をいう途中でεに攻撃をされてしまう。
 数はεに対して、本気で挑むことにした。
 両足の制御を外し、地面を蹴った。
 刹那、地面が陥没し、周囲に土煙が舞う。数の両足からも瞬間的な圧力を受けたことで発熱し、蒸気が立ち上る。そして、そのまま数歩地面を蹴った後、手刀を構え、εに飛びかかると同時に手刀も振り放った。
 切断しようとする程の勢いで行った数の攻撃であったが、手刀は空を裂き、背中に強烈な一撃を受ける。
 何が起こったかわからないまま、数は地面に叩きつけられ、εの位置も掴めなくなっていた。

「どう……いうこと?」

 地面を舐めながら、数が呟くと、砂利の音が聞こえ、εの声も聞こえた。

「俺が馬鹿正直にお前達の策略に嵌まると思っていたのか? 俺に付けた粉なんて一瞬で落とせたんだよ。お前がひっかかり、反撃に回避不能な攻撃を仕掛けてきたお陰で俺はカウンタートラップを成功できたという訳さ」
「くっ」

 完全に勝負は着いてしまった。
 数も両足と右腕をオーバーヒートさせてしまい、背中に受けたダメージ以上に身動きが取れない状態であった。
 この状況で怪盗φに変装した銀河が言霊で何を言っても効果はなく、返り討ちに遭うだけだ。
 運転手も人間技と思えない出来事を目の当たりにし、拳銃を抜くことができない。
 探貞や七尾はもちろん、アールもεを生かして倒す術がない。

『こうなったら、アイツを空間コピペで消滅させるっきゃねぇぞ?』
「それはダメだ。εには生きてもらわないとならない!」

 アールに探貞は言った。アールの異世界の魔王との戦いで使用した空間を切り取り、コピー、貼り付け、または削除を行える最強の秘密道具が切り札にあるものの、異世界の魔王なら兎も角、εでは恐らく空間と共に消滅してしまう。
 消滅とは殺人であり、それと同時にεは未来の世界で生きていなければならない存在なのだ。
 倒しても、殺すな。この条件に数だけでなくアールも苦戦を強いられているのだ。
 そんな時、リムジンの上に人影が飛び乗った。

「え?」

 資材置き場の反対側からリムジンを飛び出した和也は、リムジンの屋根の上に立つ人物を見て、思わず間抜けな虚を突かれた声を上げた。
 それは、彼がこの状況下で、全く想定しえない人物だったからだ。




 

 

「今回の暗殺は、怪盗φが復活した為。前の怪盗φと今回の怪盗φが無関係だとわかれば、手出しをするほど、自分達の首を絞めることになります。恐らく、今回の暗殺の意味合いは、疑わしきものを早めに排除しようというものです。だからこそ、εが選ばれた。しかし、その怪盗φが従来の怪盗φとは全く別人で、そのεすら退かし、逆に近づくと丸裸にしてくる相手なら、下手な敵対よりは泳がせておく方がいいと判断する。……つまり、これが僕の考えた暗殺計画阻止のシナリオです」

 資材置き場での戦いから三週間が経った。この日、昭文学園の卒業式が行われ、晴れて三波、九十九、数の三人は中学校を、そして七尾と雨場は高校を卒業した。
 探貞は夕日に赤く染まり始めた昭文神社の境内にある石を切り出したベンチ腰掛けて語った。
 それを聞くのは、和也と三波、九十九、そして数だ。全員卒業式帰りのままの格好の為、制服のままだ。
 最初の一週間は、新たに3人の暗殺者が昭文町に現れた。しかし、3人共怪盗φにたどり着く前に戦意を喪失し、昭文町を去った。
 その方法は最早探偵でも怪盗でもない。哀れな暗殺者に同情してもいいほどのオーバーテクノロジーにものを言わせた反則技の数々。最後の一人に至っては、昭文町に入って数分で昭文警察署へ自首し、数時間後に取調室から忽然と姿を消した。彼のその後はわからないが、あまり良い結果にはなっていないだろう。
 同時期、関東の裏社会で昭文町に近づくなという噂が広がり、一部の情報はネット社会でも関東有数のミステリースポットとして様々な噂が流れるようになった。
 そして、一部の暴力団組織やマフィアで昭文町での活動を禁じるお触れが出されるに至った。
 これに反応したとある宗教の過激派テロリストが昭文町に侵入したのは、その翌週のこと。結果は、世界的なニュースとなった。テロリストが突然改宗し、昭文神社のゴミ拾い活動をしているところを警察に逮捕されたという。
 このニュースを境に、数多くの犯罪組織が昭文町に関わる仕事を断るようになり、三週目には昭文町に暗殺者はもとより組織的な犯罪の一切が行われることがなくなった。

「しかし、橘の爺さんが全面協力してくれたのが大きいが、あの時のεは完全に偶然だっただろ?」

 和也が呆れ半分に言うと、探貞も苦笑して素直にその指摘を認める。

「うん。相手が透明人間だったら、姿を暴いた段階で、ある程度の民族的なルーツを特定し、数ちゃんが牽制してεと膠着状態に持ち込んだところで、後藤さんと入れ替わる予定だったんだ。そして、後藤さんは言霊の力を発揮して、εの素性をさも突き止めたように語り、更に依頼人と暗殺目的について話すことで、暗殺を暗殺にならなくさせて撤退させるつもりだったんだ」
「その依頼人と暗殺目的ってのは、実際にあの異世界人が話した内容なのか?」
「あぁ、そうだよ。暗殺の依頼人がどうやって怪盗φが昭文町の限定的な範囲にターゲットを絞っていたのかをついつい僕は考え、決定的なことまで掴むことができていなかったけど、そもそも九十九君のお父さんであった二代目怪盗φを暗殺できたことそのものが不思議な話だったんだ。僕も彼に会ったことがあるからわかるけど、本当に小説に出てくるような怪盗だった。少なくとも怪盗として暗殺されるようなことは考え難い。それなら、怪盗φではなく中口一であり、九十九君のお父さんとしての姿の時に暗殺をされた可能性が高い」
「まぁ、実際にそうでした。調べたら海外で俺達と別れた後。多分、次の仕事をするつもりだったんでしょうけど、その移動中に何者かに暗殺されていました」
「つまり、暗殺は怪盗φの正体を知らないと成立しない訳さ。では、当時怪盗φの正体を知っていたのは誰か? 九十九君達以外だと、後藤さんと僕、父さんと伝さんも知っていたとは言えるけど、あの時は九十九のお父さんということしか知らず、僕と後藤さんが直接会ったことがあるだけで、父さんも伝さんも怪盗φが中口一という人物だったということまでは知らないはずなんだ。しかし、逆に中口一が怪盗φになったと知っている人はいる。国見先生ともう一人だけ」

 その理由はまだはっきりと彼らに探貞も話していない。
 しかし、初代怪盗φが中口麗子で、その後二代目怪盗φに中口一がなったことを知ることができるのは、昭文学園七不思議のルーツとなった出来事の渦中にいた人物だけだ。

「国見先生以外でそれを知っていたのは、学園の地下で死んだと偽装した松田初代理事長だけだ。勿論、今も彼が生きているとは思わない。だけど、彼は雨場先輩の親類に当たり、先輩は親が組織の仲間だと話していた。なら、初代理事長が組織の仲間で、中口一さんが怪盗φになったことを組織の人間に伝えていたとすれば、組織の怪盗φ暗殺計画は成立するんだ。これが、あの時後藤さんに組織と松田家の繋がりを示唆する発言と初代理事長のことを仄めかした理由だよ。まぁ、こういった情報よりも、後藤さんの話術と言霊、あと彼の活躍の方がεの撃退には効果的だった訳だし、本当に偶然なのはεの故郷を後藤さんが既に知っていたことだね」
「綱渡りの偶然。今、改めて聞いても成功できたのはただの幸運だな。……良いのかよ、名探偵がそれで」

 和也が苦言を吐く。彼にとっては、探貞も数も心配で仕方なく、ひたすら気を揉まされて数もボロボロにやられた失敗の負け戦だ。運良く大団円となったでは、虫の居所が悪いのだ。

「まぁ、そう言われてしまうと耳が痛いけど、僕は名探偵じゃないし、まだなれるとも思えない」
「でも、迷さんは名探偵ですよ。確かに、解決できたのは偶然でしたけど、既に謎は解いていたじゃないですか。εの正体を掴み、εが少なくとも数年以上の活動の心配がなくなったのは、後藤さんに彼の故郷を気づかせた迷さんの推理ですよ」
「数は探貞にひいきをしすぎだ」

 数のフォローを和也はバッサリと切り捨てる。しかし、偶然言われて否定することは探貞にはできない。
 まさに偶然、銀河がかつてチベットのヒマラヤ山脈内にある小さな村を訪れていたから今回のことは成功できたのだ。その村に暮らす民族は、先祖代々その村の奥にある洞窟の先あるアガルタを守り、アガルタの民からの頼みで、村の人間を嫁がせていた。そのアガルタこそ、シャンバラとも称される伝説上の地底都市アガルタであり、村ではアガルタの民を神格化していた。そのアガルタの民の一人がεであり、アガルタこそεの故郷であった。
 更にεの話では、かつてアガルタの民が先祖代々受け継がれた文明は、地上の文明とは異なるルーツを持ち、様々な侵略者に狙われてきたという。そして、εの祖父母の代に遂に地上の文明に侵略されたという。伝え聞いた話である為、確証はないが、銀河の見解ではナチスドイツ軍によるものだという。その後実質的に支配したのが、今εの属する組織で、七尾の推測では今の組織の前身がそのナチス軍を操っていたという。
 現在、εは被支配者の立場にあり、表向きの表現での契約者で、組織の刺客となったらしい。しかし、契約者とは故郷を人質に取られ、故郷を保護することを条件に組織に忠誠を誓うことを意味し、故郷から見れば半世紀以上も続く支配者の元に下った者であり、アガルタの追放者とされるらしい。εは生まれもったその能力から、その契約者へなる道以外の選択肢はなかったと語っていた。

「しかし、後藤さんは上手く行くんでしょうか?」

 九十九はポツリと空を見上げて言った。

「さぁな。本当に元神様みてぇな存在なら、何年かかってもやるんじゃねぇか? だけどオイラは銀ちゃんを信じるでぇ!」
「アールにしては珍しく希望的で不確実な言い方だね」

 探貞がアールに言うと、アールは頭のバケツを位置が落ち着かない様子でカチャカチャと片手で直しながら言った。

「オイラだって、わからねぇけど信じてぇと思うことくれぇあるんでぇ。銀ちゃんは、神にも悪魔にもなれる。そんな風にどんな結果を出してくれるのか、オイラが期待しちまう魅力があるんでぇ」
「何? アール、照れてるの?」
「てやんでぇ! 照れちゃ悪ぃか?」
「別にー」

 三波とアールがいつもの言い争いが始まったので、探貞はそうそうに本題を切り出した。

「それで、アールはどう思うんだい? あの時のこと。つまり、彼がεを倒したというあのことを」
「そうです! 私はそれを確認しておきたいんです!」

 探貞に数も同調した。
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