古の秩序
まもなくリムジンは高い塀に囲まれた屋敷に到着した。瓦屋根の日本家屋の玄関前に停められたリムジンから降りた九十九達は橘に連れられて屋敷の客間に通された。
八畳の和室に赤黒い絨毯がひかれ、その上に黒革のソファー、大理石のミニテーブルが置かれており、橘と対面して三人がソファーに腰を下ろした。部屋の壁には和服を着た女性が描かれた水彩の掛け軸、手前に活け花、そして恐らく本物だろう戦国の鎧と日本刀が展示されていた。
「すまない。膝が痛くてな」
橘はそう言いながら、ソファーに腰を下ろした。
そして、大理石のテーブルの上にアルバムを広げた。
この屋敷で撮られた集合写真らしい。
「この赤ん坊がお前さんの父親の一だ。そっちの写真は……この白衣を着ているのがわし、そして抱いている赤子が亡き娘、お前さんのおばさんにあたる麗子だ。その隣にいる女性がお前さんの祖母にあたる。彼女が抱いている男の子が一だな」
集合写真の為、小さいが確かに九十九の幼い頃と顔が似ている。九十九が浮かんだ疑問を口にする。
「なぜ白衣を着ているのですか?」
「この写真を撮った当時、わしはカタギ……つまりこの家を継いでいた訳ではなかったんだ。当時は某大学開発部で研究者をしておった」
「えっ?」
「そこそこ意義のある工学の研究をしていたのだがね。まぁ色々とあって学会にいられなくなってな、この家を継いでいたんだ」
つまり、何かしらの理由で彼は学会から追放され、研究者として生きていけなくなったらしい。
何となく、話の方向が予想できたが、誰も口を挟まず先を待つ。
「元々、お前さんの祖母とは家業を継がないと約束をして結婚していた。まぁ当然の話だな。彼女の家はごく一般的な家庭だった。学者になると彼女の両親とも約束して結婚をした。……いや、あれは駆け落ちというべきだったな。しかし、それは叶わぬ現実となった。勿論、頭ごなしに離縁を彼女が言った訳ではない。わしも家業を継ぐとなれば、一や麗子にも極道の家の者としての人生が付きまとうことになる。彼女は子ども達を連れて実家に帰った。その名も旧姓の中口に戻してな。……そんな頃に出会ったのが、鉄大人だ。彼の家は知っての通り、中口の家があった昭文町にあった。資産家だったが、当時はあの町で一番の道場を構える武道家でもあった。一もそこに通っており、わしは鉄の友人として度々顔を出して、一の、時には麗子の成長を見守っていた」
彼はアルバムをめくり、道場で撮影をしたらしき九十九そっくりの少年の写真を見せていく。しかし、中高生くらいに成長をした少年とその妹の写真になった時、その言葉を切り、ぐっと拳を握った。
「麗子は、自殺した……」
「………」
九十九はそれをじっと見つめ、意を決して橘に話しかけた。
「自殺した理由、お祖父様はご存じですか?」
「あぁ。馬鹿げた話だが……。お前さん、知っておるのか?」
「はい。調べました。……俺にも、力があります」
九十九は頷いた。勿論、それは探貞と国見が語った話であり、九十九も含め、皆真相は知らされていない。
その言葉に橘は一瞬、呆けたが苦笑を浮かべた。
「確かに、中口は普通の家だったが、中口の血には特殊な力があり、祖先はシャーマンだったと聞いている。お前さんの口からそれを聞かされた以上、それはやはり真実だったのだろうな」
「その後は?」
「中口は早々に引っ越しをしようとしたらしいが、一が反対したらしい。それで、一の高校卒業までは昭文町に中口家はあったが、一も麗子の死を境に鉄の道場を止めたからな。わしもそれっきりだ。後に人を使って探しもした。だが、その頃すでに一は中口家を出て、行方を眩ましていた」
つまり、橘は中口一が怪盗φとなったことを知らないのだろう。九十九はそう考えながらも違和感を感じていたが、何がとはわからなかった。
「わしから話せることはここまでだ。九十九と言ったな?」
「はい」
「学校は楽しくやっているか?」
「はい」
「そうか。何か部活動はやっているのか?」
「生物部と風紀委員をやっています」
「そうか。母親とはうまくやっているのか?」
「まぁ、それなりに。あちこち飛び回ってます」
「忙しいのか。寂しくはないか?」
「大丈夫です」
「うむ」
表情は強面のままだが、目は正直だった。橘は孫の話を聞けて満足そうだ。
しかし、九十九は彼の違和感の正体に気づいていた。彼は口を開いた。
「母にはまだ今日、ここに来ていることは話していません。それは、昨日から海外に行っているからです」
「あぁ、そうか」
「母の仕事は乙談文庫社の記者です。父は俺が幼い頃に死にました。怪盗φであった為、命を狙われたみたいです」
「あぁ」
「この話は、今、初めてお爺様にお話ししている事実です」
「ん?」
橘の目が見開かれた。
「母と会ったことがありますね?」
「ああ。……最初は一が死んだ時だ。幼いお前さんを連れて、訃報を持ってきた。もう既に中口の家は絶えていたからな。一が怪盗φであったことは、その活躍が日本のニュースでも流れるようになったころに気づいていた。それからお前さんは一度わしに会っている」
「え?」
「遠方の取材旅行で、留守中いつもお前さんを預けている近くの神社がどうしても預かれない時に、頼みを受けてわしがお前さんの家に泊まった」
九十九と三波に心当たりがあった。昭文神社の先代の神主であった三波の祖父が死去した時のことだ。
うっすらと霧のかかった記憶だが、彼は老人と過ごした記憶があった。
「知っていることを話さなかったのは、俺が最初に、母に話していないと答えたから。父が怪盗φであったことを俺が知っているかわからなかったから」
「そうだ。九十九がそこまでわかっているならば、昭文学園に現れた怪盗φはお前さんか?」
「一応、俺が怪盗φです」
「一応?」
橘は九十九の返答に片眉を上げる。
彼の疑問に三波が答えた。
「ももちゃん以外に数ちゃんとかも怪盗φに変装しているから、一応。……設定上、ももちゃんが怪盗φだけど、実際に変装している回数は数ちゃんのが多いんじゃない?」
「三波、ありがとう。ただし、俺はももちゃんでなく、一ノ瀬九十九だ。……数ちゃんというのは」
「ただの人でないな?」
「え?」
橘の鋭い一言に、九十九だけでなく、三人ともが緊張した。
「身構えるでない。わしとて、極道を人生の半分生きている訳じゃあねぇ。色々と話は届くんだ。怪盗φについても同じだ。ただ、怪盗φの聴いた話が九十九どころか人とは思えないような立ち回りをしている話があったからな。といっても、魑魅魍魎の類でも、化物の類でもない。この目で見たわけでないから断定はできないが、恐らく機械。それも義手の類に近い」
「なんでそこまで……」
「ついつい気になってしまうんだ。気になってしまうから、どんどん話は集まり、造詣が深くなる。大昔、人工人体移植プロジェクトという夢物語に生きていた者の性だ」
「それがお爺様の研究なのですか?」
九十九が聞くと、橘は曖昧に頷いた。
「わしがもっとも深く携わったプロジェクトという方が正しいな。日本がまだ高度経済成長期だった時代の話だ。大国が挙って宇宙開発や代理戦争で競っていた中、我が国も敗戦国から経済大国、技術大国へのシフトを目指していた。大阪万博なんかはその一つの成果だったが、我々はもう一歩先の技術開発を目指していた。その為に政府が立ち上げたのが、国家技術水準向上委員会というわしが属していた組織の名前だ。略して国技向は、様々な分野から人材が集められた。現代に実現したプロジェクトも幾つかある電子通貨による交通渋滞の緩和、つまりETCシステムだ。当時の最終目標は、リニアモーターカーを筆頭とする超高速鉄道による列島環状プロジェクトは、新幹線の開発に少なからずの貢献をした。そして、人工人体移植プロジェクトは移植医療だけでなく、ロボット工学の技術向上も計られた。……だが、最終的には政治が横槍を入れてきた。電人計画とか云う他の組織のロボット兵開発計画と混合し、医学サイドは人工心肺や大型の人工臓器が開発された段階で、再生医療の研究開発に転換した。そして、蜥蜴の尻尾だ。調べるまでもなく、莫大な資金と利権関連の譲歩を得るために、電人計画とやらに資料を提供した政府は、わしにすべての責任を擦り付けた。……それからの話はさっきの通りだ」
和也は橘の話がすべて自分達に関わりのある話のような気がしていたが、最終的にそれは事実だったと確信した。
「橘さん、荒唐無稽な質問ですが、ふざけたものではありません」
「言え」
「その委員会では、時空転移。つまり、空間や時間を移動する技術の開発もなされていましたか?」
「ありはした。が、実現性は低いと結論が出た」
「では、電人計画は今も継続されているんでしょうか?」
「恐らく足踏みをしているような状態だが、義手、義足、人工臓器と個別の開発で成果を出している。もっとも、その組織は表立って動かない故、企業がバラバラに開発しているように見せているがな」
「その組織は、何者なんですか?」
「若いの!」
「!」
和也の質問に、橘はテーブルを拳で叩いた。
思わず和也は怯む。
「何を知ってる? 九十九、怪盗φは誰が演じてる? おめぇら、まさか、組織と喧嘩しようとしてるんじゃねぇだろうな?」
橘は三人を睨み付けて言った。
和也は迷った。これほどの情報を持つ橘に嘘をついて適当に誤魔化してしまうことは可能だ。しかし、橘の持つ情報や力は強力な助けになるのも明らかだ。数の正体を話すことは、未来にも影響がある可能性も考えられる。迂闊なことは言えない。とは言え、今更橘が納得するのかもわからない。
「さっきも言ったけど、数ちゃんよ。未来から来たサイボーグで、どんな奴が喧嘩をしてきても負けないわ」
「ちょ!」
「なっ!」
和也が迷っている間に、三波がさらっと答えてしまった。
和也だけでなく、九十九も動揺する。
一方、橘は彼らよりも冷静に聞いていた。
「なるほど。それで時空転移ということか。つまり、お前さんはわしの話を聞いて思った訳だ。その数ちゃんとやらも、電人計画によって未来で造られた者ではないか、と?」
橘は鋭い眼光で和也を見つめる。
和也は諦めて嘆息混じりに頷いた。
「えぇ、そうです。もしその想像が正しければ、未来で俺達はその組織と戦うことになるんです」
「その数ちゃんとやらがそう言っているのか?」
「そういうことです。数は俺の妹です」
「という設定で一つ屋根の下で暮らしています」
「おい!」
和也が答えると、余計なことを横から言い添える三波を睨む。
それに対して、橘は豪快に笑い出した。
驚く三人を他所に橘は清々しいほどに声を出して、ガハハハと笑い終えると、鋭い眼光を向けてきた。
「よかろう! 知りたいが身内のことを話したがらないその態度の理由、あいわかった! わしの知ることを話してやろう! ……ただし、その数という人工人体の者に会わせてもらう! 話は道中で良かろう!」
そう言い立ち上がった橘を見て、九十九は目を点にして聞くのだった。
「え、今から?」
「見えない相手を探すのは、まず不可能だよ。でも、来るとわかっていれば対策はできる」
昭文神社に着いた探貞達は、境内の隅で集まっていたアール、銀河と合流した。
探貞は、銀河との挨拶をすませ、これから対することになるεの判明している情報を聞き終えて、そう言った。
銀河が口を開いた。
「誘き出すのか?」
「えぇ。怪盗φの予告状を出すんです。怪盗φの暗殺を盗むと」
探貞が頷いて答えると、腕を組んで聞いていた七尾が口を開いた。
「確かに、待ち伏せの方が奴との戦闘には向いているし、奴はそのステルス戦に対して絶対的な自信がある。誘き出すことは可能だろう。しかし、怪盗φの予告を出すと、ε以外にも人を集めてしまうぞ。奴の目に止まるように予告を拡散させる必要がある。そうすれば、お前の親、警察やその他訳のわからない奴らも集まってくる」
「勿論、それは回避します。なので、εに対して予告を伝えられる方法を取ります。加えて、第二、第三の刺客を抑制させるように行いますよ」
「どうやるんだ? εの居場所がわかれば苦労はしていない」
「先輩、忘れていませんか? 今回のε、元々はどこから始まっているか」
「……っ。雨場か」
七尾は探貞の考えに気づき、思わず天を仰いだ。確かに彼は雨場のことを失念していた。
「えぇ。幸いにも生徒会長は本当に何も知りません。怪盗φの正体は勿論、そもそも今回の出来事で彼は蚊帳の外です。なので、彼の家に予告を送りつけます」
「なるほど。情報戦に持ち込み圧倒的な情報量の差を見せつける。表立って活動できない奴らのもっとも恐れる手段だ。……迷、お前は名探偵でなく、戦略家になる方が大成するかもしれないな」
「そうしたら、もっと早く殺されてしまいそうだ」
「肯定だな。……で、誘き出すのは良いとして、本当に奴に勝ち、怪盗φ暗殺計画そのものを白紙にできるのか?」
「できると思います。条件は2つ。暗殺者のもっとも恐れることとその暗殺目的の意味をなくせばいい」
探貞は顔の前で右手の人差し指と中指を立てて、ピースの形をする。
自信満面に探貞は言うが、七尾は懐疑的な顔をする。
「そう簡単にそんな事ができるのか?」
「備え次第ですね。勿論、完璧は求められないことです。つまり、一番重要な要はハッタリです。しかし、相手が信じればそれで十分な効果があります」
「まさか、名探偵からハッタリが要と言われるとはな」
七尾は探貞の言葉に苦笑する。
しかし、探貞は自信満々だ。
「今、僕は名探偵ではありませんよ。姿も気配もわからないような相手とやり合うなら、反則技のアンフェアで望む方が、むしろフェアだと思いますよ」
そう言い、探貞は銀河に笑顔を向けた。
「後藤さん、あなたが父さん達から聞いている人物であれば、きっとこのハッタリは成功します」
「?」
銀河は全く理解できない表情で首をかしげた。
彼だけでない。誰も探貞の指示を聞いても、その真意を理解することはできなかった。
そして、準備だけは着々と進んでいった。
日は沈み、空が淡い紫色から暗くトーンを落としていく中、町の明かりがあまり届かない高速道路沿いの資材置き場に探貞達は集まっていた。
この資材置き場は、七尾の父親が経営する建築会社の所有する敷地で、決算期の今は資材を入れるために、敷地の大部分が開けてある。
「親には上手く誤魔化しておいた」
「何て言ったんですか?」
「学校や警察に仲介されないように学校風紀の治安維持活動を行う為の決闘を行うと伝えてある。俺も嘘をつかず、恐らく親は文化祭の一件を知っているから、不良と風紀委員会の戦場にしたいと言っているものと解釈した」
「それで許可するんですか?」
「肯定だ。むしろ、社員の何名かが加勢を申し出たが丁重に断っておいた。父もいざと言うときは連絡をしろと」
「その社員さん達でも来るんですか?」
「いいや。懇意にしている議員に口添えの連絡を入れてくれるそうだ」
「………」
そういえば七尾の家庭については全く聞いたことがなかったことに探貞は気がついた。そして、町内の建設現場に七尾組と書かれた看板が掲示されているのを見たことがあることを思い出した。主に、公共施設や中小企業の店舗改修現場で。
探貞は改めて七尾を見た。坊主とまでは行かないものの、所謂スポーツ刈りで太い眉と鋭い眼光、模範的な背筋を伸ばした姿勢と「肯定だ」などをはじめとする厳格は口調。それらは前の人生からの癖だと探貞は考えていたが、周囲が彼の変化に気づかなかったことを踏まえると、元々の生活環境と小中高皆勤の風紀委員というキャリアによって、既に形成されていたものだったのかもしれない。
「どうした? 人の顔をじろじろ見て」
「いえ。なんでもありません。その、七尾先輩の家が建築会社だったことを知らなかったので」
「肯定だ。俺の親について知っているのは、学校担任と校長くらいだ。雨場も家の場所くらいは知っているだろうが、俺の親については奴にも話していない」
「なぜ?」
「話す必要がない。俺が親のことを他人に伝えるのは、それを利用する為以外にない」
「なるほど」
探貞は怪盗φに変装した数が予告状を雨場家に送り付け、戻ってくるまで時間が空いたので、改めて自分の周囲の家庭を整理してみた。
自身は父が刑事で、母はたまにパートもするが、専業主婦。和也は両親とも一般企業に勤めている共働き家庭だが、妹は未来人の数だ。涼の家は昭文商店街の石坂納棺。三波は昭文神社。九十九は母子家庭で、母は記者で海外へもよく行っているらしい。そして、故人の父は怪盗φだ。それに加えて、七尾は癒着や談合の気配が漂う建築会社。挙げ句、生徒会長の雨場は両親ともに組織の関係者らしい。
そこでふと疑問を感じて、七尾に問いかけた。
「先輩、雨場先輩の両親ですが、まさか暗殺者を送り込むような組織に属していることを大っぴらにしてませんよね? 表向きは何をしているんですか?」
「あぁ。迷は知らなかったのか。広い意味で、お前の親と同じ公務員だ。両親ともな」
意味深な言い方と、両親共にという言葉にひっかかりを覚えた探貞は、雨場という名字に心当たりがないかを思い出す。心当たりが確かにあった。6年に一度、この町でポスターが貼られている。
「それって、まさか雨場代議士?」
「肯定だ。生徒会長も納得だろ? 俺の知る範囲では、父親は官僚だ。省庁までは聞いていないが、文科省か厚労省辺りだ。母方は松田姓だ。直系ではないらしいが、昭文学園や某大学の理事、教育委員会や文科省などに名を連ねるあの松田一族の親類らしい」
「松田理事長の?」
探貞は昨年夏に解き明かした学園の七不思議の大元となった事件の黒幕だと突き止めた昭文学園創立者の松田理事長の存在を思い出していた。
七尾は頷く。
「それは、初代松田理事長のことを指しているな? それならば肯定だ。つまり、あの一族が組織に関連している、もしくは重要な役割を担っている可能性が今回の雨場の話から浮上した訳だ。これは全く寝耳に水の話で俺自身も詳細を理解できていない」
「それはつまり、先輩の記憶に松田一族と組織に因果関係が見いだせていないと?」
「肯定だ。勿論、松田一族の経営するもう一つの学校法人、某大学の関係者に組織、いや後の666の要職になっていた者もいるが、経営陣と直接の関連性を示す情報はなかった。これも俺の記憶と異なる点だ」
「もしくは、未来ではわからなかったことが、ここではわかるようになったのかもしれません。今はまだ起きる前ですから。未来ではすべてが隠ぺいされた後でも、過去である今はまだ糸口が残されている。そう解釈することもできますよ」
「希望的な憶測だと一蹴したい話だな。当時の俺が自らを含めた多数の命をかけて調べていたことが、こんな棚からぼた餅のようなことでわかってしまうとなると、認めたくないものだ」
「しかし、それは先輩が未来を経験したからわかることですよ」
探貞の言葉に七尾は細く微笑んだ。
そして、数が戻ってきて、予告状を雨場家が確認したことを彼らに伝えた。
「え? 松田一族と666の関係、ですか?」
資材置き場に戻ってきた数に探貞が、先程七尾との会話で判明したことを伝えると、意外にも数は驚いていた。
元々彼女は後の666こと、組織の刺客であった。七尾よりも松田一族との繋がりを知っているかと考えたが、彼女は全く知らないらしい。
「少なくとも、私がこの体になって、刺客となった段階では松田一族と組織に関連は殆ど覚えがありません。勿論、昭文学園や某大学のOB、関係者の中に組織の人間もいましたが、それは他の有力な組織、機関にもいえたことで、松田一族の関連したところだからというものではありませんでした」
「なるほど。早計過ぎる可能性だったのかもしれないな」
数の返答に七尾は、探貞に告げた。
しかし、探貞は松田初代理事長と組織に繋がりがあるという可能性を棄てきれない。直感に近いものが、探貞にはあった。
むしろ、その繋がりを前提にしないと、七不思議事件を契機とした怪盗φの出来事に暗殺計画が結び付かないような気がしてならなかった。例え、それは七尾達が既に怪盗φであった中口一の暗殺に組織が関与していた可能性によって、動機付けがされていることであっても。
そう思った時、探貞に過去、現在、未来を繋ぐ糸が見えた。彼の目が大きく見開かれる。
「……そうか」
「ん?」
「迷さん?」
探貞の様子に七尾も数も気がついた。
そして、探貞は二人に口角を上げて言った。
「わかった!」
「わかったというのは、何がだ? これは暗殺者、つまり敵との戦いであり、謎解きをするような事件ではないんだぞ?」
探貞は七尾の言葉に首を降る。
「謎はありますよ。なんで、組織は今の怪盗φを暗殺したがっているか? それこそ、暗殺計画を破綻させる切り札になります。アールと後藤さんも呼んでください! ハッタリがただのハッタリではないものにできるかもしれません!」