古の秩序


【Episode Ε】


 土手の側に延びる道、通称町環沿いにある小さな公園に紺色のマントを羽織った青年が一人、公衆トイレからゆっくりと出てきた。
 その青年は、二十代半ばの容姿ながら、全身を包む紺色のマントも相まって、外見年齢以上に近寄りがたい落ち着いた雰囲気を醸し出している。
 そして、何とすることもなく、伏し目がちな目で周囲をただ漫然と見渡し、徐に手頃な近くのベンチに腰を下ろした。

「……あなたがもう一つの反応の正体ね?」
「ん?」

 青年は突然かけられた声に別段驚くこともなく、声のした方を見た。
 そこには数が立っていた。
 当然、彼に数とは面識もなく、何故女子中学生が夜の公園で声をかけてくるのか、知るはずもない。
 しかし、彼は動じることもなく、数を一瞥すると、静かに嘆息した。

「この町は特異点というのか、集める特別な力でもあるのかね? ……まさか、一日に二人も会うとは」
「その口振り、私が何者かわかるみたいね? それに、二人ということはあなたもεと遭遇済みなのね」
「なるほど。つまり、彼が俺の前に戦っていたのはあなただったんだな? ……残念ながら、俺は奴の存在を認識こそしていたけれども、あなたの存在は今まで認識していなかった。しかし、わかるよ? εとは違うし、俺とも違う。違うけれど、本来の世界の秩序からは異物とされるはずの存在だな? あなたが怪盗φなのか?」
「……だったら? どうします?」
「どうもしないさ。俺は探し物をしているだけだからな? 泥棒に奪われないように精々気をつけるだけさ」

 青年は数を相手にするつもりもない様子で、ベンチに体を横にして、手をヒラヒラと振る。
 その様子を見つめながら、数は静かに言った。

「そうですか。私なら、あなたの欲しい情報を持っているかもしれませんが、残念です。なら、もう会うこともないでしょうね。さようなら、後藤銀河さん」
「! ちょっと待て!」

 数が公園から立ち去ろうと背を向けると、青年は体を起こして、彼女を呼び止めた。

「!」

 刹那、数の体は急に重くなり、足を止めた。
 数はニヤリと口元に笑みを浮かべると、彼に振り向いた。

「……どうして俺の名前を知っている? 答えろ!」
「……そうですね。会ったことがあるからですよ」
「俺はあなたに会った覚えはないぞ?」
「そうですか。ならば、そうなのではないですか?」
「どこであった? 答えろ!」
「ここで。今」
「………。本当に俺を知っている様だな? 俺の力を知っているな?」
「それならどうだというの?」
「……なら、これ以上の問答は大した意味がない。今の俺の言霊では多少のとんちで煙に巻く返答ができてしまうからな?」
「そうですね。……では、銀河さん、ここからは無意味な問答を抜きにしてお話をしましょう。私も答えられる範囲でお答えをします」
「そうだな? ……はじめから貴女の手のひらの上で踊らされていたようですし」
「そんなことはないですよ? ……では、銀河さんの探し物を教えて下さい。εではないのですね?」
「あぁ。恐らく姿も名前も変えているだろうから、あてにはならないが、不老不死の男を探している」
「不老不死の男?」

 数が問い返すと、後藤銀河は頷いた。

「そうだ。……その探している男が俺の求むモノを持っており、この日本にいるみたいなんだ」
「ずいぶんと漠然としていますね」
「まぁ俺も情報を与えられただけで、それ以外の一切の情報がないからな?」
「……それで日本へ不法入国し、εと戦闘をしたのですか?」
「……ん? なんで君は俺が不法入国をしていると知っているんだ? 俺の情報をどこまで知っている?」
「……事情があり、お答えできませんが、貴方のことは限りなく正確に入手しているとお答えいたします。日本人であり、言霊という特殊な力を持ち、後藤銀河の名前と姿を隠して虚無僧ミナモトとして表舞台には出ないように世界中の独裁者や紛争、戦争に介入し、何かを調べている。この程度が今の私があなたにお答えできる限界です」
「………。お前は何者だ! 答えろ!」
「江戸川数。ただの高校生ですよ?」
「………」

 数は涼しい顔で答えた。
 それを聞いた銀河は静かにベンチから立ち上がると、数の肩に徐に手を置いた。

「ひっ! なっ、なんですか?」

 突然肩に手を置いた銀河に驚いて、思わず後退りをする。

「……やっぱり。お前は、この世界の理と異なる存在だが、特殊な力をもつ存在でもない。……人では、ないな?」
「ど、どうしてそれを?」
「これだよ」

 銀河は数の肩に置いた手に持っていたお札を見せる。

「お札?」
「まぁそういうものだな? ただし、魔除けのまじないとかではなく、本当に効果のあるものだ。怪物や怪獣は勿論、俺自身も、使う前に逃げられてしまったけど、恐らくεにも効果のある代物だ。……だけど、君には効果がなかった。これまで効果が上手くいく時といかない時のあったパターンがある。……それが、無生物に対してのものだ。君は人ではない……いや、生物ではないな?」
「……」

 数は思わず息を飲んだ。
 この公園にいる銀河と接触をするに当たって、彼に対してこれまでで最も強い催眠電波をかけて、情報を引き出そうとしていたのだ。
 しかし、探貞同様に、銀河にはそれを論破する力があったのだ。

「どうした? ……故障した?」
「私はそんなに柔な存在ではありません。……おっしゃる通り、私はとある組織が極秘裏に開発したアンドロイドです。正確には素体であり、意識そのものは人です。だから、あなたの言霊の効果もありますが、そのお札の効力はなかったのでしょうね?」
「……つまり、猫型ロボットでなく、愛玩ロボットと?」
「何をどう聴き間違えればそうなるんですか!」
「いや、どうも狙ったような美少女の外見だから、話を聴いていてダッ……」
「殺しますよ?」
「………」

 数は、髪を銀色に戻し、銀河の喉元に真っ直ぐ指先を伸ばした腕を突き立てた。
 銀河は無言で両手を上げた。

「……はぁ。どうやら、あなたも相当話術に長けているようですね? ペースが崩れます。馴れてますが……」
「なら、そろそろネタを吐いてもらえないかな? 未来のロボットなら、俺の探しているものを知ってるんじゃないか?」
「似たものは知ってますし、調べている人物にも心当たりがあります。しかし、恐らくあなたの求めている答えはありませんよ?」
「それは俺が判断するさ。……案内、してくれるんだろ?」
「……付いてきて下さい」

 数の返答に満足したように銀河は頷き、お互い両手を下ろした。






 

「………で、今に至るってぇことだな?」

 昭文神社の三波の部屋で、アールは向かいに座る数からあらましを聴き、頷いた。

「はい」
「ちょっとアールゥ~。私たちにもわかるように説明しなさいよー!」

 部屋の隅に座る三波が異議を唱える。
 それを隣に座る九十九がなだめる。
 ちなみに、和也と涼は滅茶苦茶になってしまった葬式の後始末を残って手伝っている。喪主を含めて故人の子ども達が殺人幇助と殺人未遂で自首をしたのだから、仕方がない。
 しかしながら、通夜自体は殴り込みに来た自称、故人の弟子である蒲生凱吾によって慎ましく執り行われ、翌日の葬儀も彼の家が喪主を代行することとなったと、和也達から聞いている。
 その諸々から神社に戻り、三波と九十九が一息ついたところに、数と銀河がアールを訪ねてきたのだった。

「てやんでぇ! 後で話してやるから、今はそこでおめぇらは聴いてなぁ。今日はとんだ一日ってぇんだ。透明人間に未来人御一行様に、言霊使いの革命家と来やがった! もうオイラは宇宙人が来ても驚かねぇぞ!」
「いやいや、あんたが宇宙人だろ?」

 思わずツッコミを言った銀河に、アールの目の奥がキラリと光った。

「兄ちゃん、なかなかいいツッコミじゃねぇかっ! オイラ、気に入ったでぇ! 名前、何てったけぇ?」
「後藤銀河。……さっきも言ったんだけどな?」
「長いから、銀ちゃんってぇことで、いいな? んで、銀ちゃんはオイラに何を聴きてぇんだ?」
「銀ちゃん? その呼び名ははじめてだな? ……まぁいいか。アールは、時空を、いや次元を転送する装置を開発しようとしているのか?」
「んまぁ、オイラの研究はそうそう簡単には説明できるような単純なもんじゃねぇんだが、強いて言えばタイムマシンの研究と開発、及びその関連製品の発明と販売だな?」
「なるほど。つまり、タイムマシン屋さんですね?」
「一言でまとめた! っていうか、アールの説明じゃただのタイムマシン屋の何者でもないし、いつから販売まで始めたんだよっ!」
「おっ、百瀬も切れが良くなってきたなぁ? ヤフオクゥ~ってぇ奴があるんでぇ。この前、予算獲得の為にいくつか開発予定品の購入権利を販売したら、すんげぇ稼げたんでぇ」

 思わずツッコミを入れた九十九にアールはうんうんと頷きながら、上機嫌に答えた。

「あぁ、そう言えばどこかでタイムマシンを出品した人がいたって話題になったなぁ……」

 九十九はがっくりと項垂れた。
 それを気にとめることなく、アールは話を戻す。

「んで、銀ちゃんよ。おめぇは探し物をしてるってぇ話だけど、その探し物が件のオイラのタイムマシン研究が役立つか否かは、次の銀ちゃんの返答次第でぇ」
「……なんだい?」
「……おめぇ、本当は何者だ?」

 アールのトーンの落とした質問に、部屋の空気が張りつめた。
 銀河も伏し目がちな瞳を鋭くして、アールを見据える。
 他の者も口を挟める雰囲気でなく、二人の間で無言の腹の探り合いをする。
 しかし、その静寂は銀河の嘆息で破られた。

「はぁ。……アールで二人目だな?」

 そして、銀河はすっと姿勢を正した。

「俺は、真理の爾落人、後藤銀河。アール達にとっては、異世界人だ」
「「「えっ!」」」

 銀河の告白にアール以外の全員が声を上げた。

「んで、もう少し補足が必要なんじゃねぇか?」
「やはりわかっていたな? アールのいう通り、真理の爾落人というのも正しくはない。爾落人というのは、先程数ちゃんから聞いたこの世界でいうchaoticの様な存在で、能力が何らかの現象に干渉する特徴があることと、大きな違いに大体の爾落人が成熟すると普遍性の特徴が現れることが上げられるな? まぁ所謂不老長寿だな? ……だが、不老長寿でも人の姿をした「G」であるものの、その存在は永久普遍ではない。本来は、世界の理に従って、いつかは滅びる。……しかし、例外があるんだ。その例外が三佛。おれはその内の一つ、真理の佛だ。言い換えるなら、宇宙の理を司る存在だな?」
「……それって、つまりは神様じゃない?」

 数が驚きつつ、恐る恐る聞いた。
 銀河の代わりにアールが頷く。

「そうでぇ。この銀ちゃんは、俺達の認識できる三次元と一時間次元よりも高位の存在でぇ。本来なら認識できない存在のはずが、どういうわけか異世界のオイラ達の前で胡座をかいて座っているってぇことでぇ! しかも、宇宙の理を司れるはずの力が、ちょっと人の心に影響がある程度の言霊ってぇ力に弱まっているんでぇ」
「まぁ、そこにはこちらの事情があってな? 本来なら世界を狂わし兼ねない出来事があったんだが、仲間達のおかげで最悪の事態は防げたんだけど、俺はその時の爆発に巻き込まれて気がついたら、この世界のニューヨークに飛ばされていたんだ。俺の力が弱まったのは、その時に俺の力を封じたからだな?」
「なるほど。その話で概ね、オイラの推論が証明できたでぇ。銀ちゃんの転位された時の歪みってぇのは、ぎりぎり三次元の物質が転位できない程度のものだったんでぇ。だけど、転位の瞬間、銀ちゃんは佛ってぇオイラ達が本来なら認識できない高位次元の存在だった。故に、銀ちゃんは転位された後にその姿と能力の一部が三次元で再構成されたんでぇ。それならば、三次元の物質転位が可能な歪みを検出するオイラのセンサーが認知できなくても、不思議じゃねぇ」
「アール、俺はエンジェルフォールと仮称しているぜ?」
「堕天ってか? なかなかユーモアが効いたネーミングでねぇか」

 アールが笑って頷く。
 一方で、九十九は今一納得できない表情で手を上げた。

「でも、アール。それなら、逆になるんじゃないか? 三次元が通れない歪みなら、二次元は通れても、四次元、五次元は通れない気がするんだけど?」
「実体そのもので考えようとしたら、そうなるでぇ。……そうだなぁ、おめぇらもファックスは知ってるな?」
「うん」
「全く違うものってぇ前提で、あくまでも漠然としたイメージを説明するでぇ。ファックスは当然平面でぇ。紙に書いたイラストは、送れっけど、三次元の物体はどうなる? ……平面で見た姿が写る。あえて言うなれば、影でぇ。三次元の物体に、三次元のうちの一方向から二次元の平面に投影したら、二次元の図になるんでぇ。その図はファックスをすることは可能ってぇことでぇ。……これを一次元足して考えてみぃ? 四次元の存在に同次元の一方向の力を加えて三次元に投影したら、三次元の物体として現出するでぇ。まぁ物体の説明はこんな単純なものでねぇけど、ざっくりとしたイメージで言えば、このオイラ達の目の前にいる銀ちゃんは、異世界の高位次元の存在が同次元の爆発によって、歪みを通して現出した存在。つまり、スクリーンに投影された写真みたいなものでぇ」
「じゃあ、実体はここにいないの?」
「いやいや、百瀬。実体ってぇのは、あくまでもこの世界で三次元で認識できる存在が存在するかどうかを判断する時の表現でぇ。そもそも、オイラ達に銀ちゃんそのものは本来なら認識できねぇ。仮に認識できるとすれば、それこそ投影された影でぇ。んで、スクリーンってぇのが、本来の世界の宇宙になるだけんど、今回はそれがこっちの世界に写し出されちまったってぇことでぇ」
「それってただの送信ミスってことでしょ?」

 三波のざっくりし過ぎといえる解釈を口にしながら、納得する。
 あまりに端的ながらも的を射た意見に誰もつっこまない。

「まぁそういうことかな? それで、俺はその送信ミスを正す為に元の世界に戻りたいんだ」
「そういうこってぇ。仮にファックスを喩えにしたっけど、オイラにもファックスのように原稿ってぇか……つまり元の世界に佛の銀ちゃんが存在しているままなのかも不明でぇ。もしかしたら、二重送信でもう一人の銀ちゃんが元の世界に転移されてたってぇ落ちなのかもしれねぇし、今目の前にいる銀ちゃんしか存在が残されてねぇのかもしれねぇ。一ついえるのは、誰一人として答えを知らねぇことなんだから、試してみねぇと答えはわかんねぇってことでぇ」
「アールの言う通りだね。……それに、いくらコピーや残像かもしれなくて、元の世界に戻って、本体と統合されるだけかもしれなくても、今ここにある俺の意思はここにしか存在しない。だから、俺は俺の為すべきだと信じる行動を取ると決めているんだ。……勝手かもしれないけれど、協力をできるのであれば、協力をお願いします」

 銀河はアールだけでなく、三波達全員に対して頭を下げた。
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