古の秩序


【Episode Φ】


「ねぇ江戸川君、今日の発表した作文だけど」
「なんだよ。お前まで俺の将来の夢に文句言うのか? 俺がごく普通の生活を夢見ちゃいけないのかよ」
「別にそうじゃないよ。先生だって、悪気があって江戸川君の夢を現実的過ぎるって言ったんじゃないよ」
「悪気のあるかないかじゃない。俺のことを知りもしない癖に好き放題言うのが許せないだけだ」

 ごく普通の始業式帰りの小学生二人が、昼前の昭文駅前を歩いていた。人通りも多く、小さな二人は行き交う人の間をすり抜けながら歩いていた。
 彼ら迷探貞と江戸川和也の二人は、昭文商店街の路地へと入り、商店街の裏にある公園を目指していた。始業式の帰りに直接帰宅するほど真面目な小学生ではなかった。むしろ、入るな、通るなと言われた場所へ止められれば止められるほどに行きたがる好奇心旺盛な少年達だ。
 当然、形式的な挨拶で終わった始業式でも、その後の春休みの作文宿題の発表を伴って行われたホームルームでも、先生から家に帰るまでが始業式、寄り道はしてはいけないと口酸っぱく言われたばかりであるが、それは彼らにとって逆効果である。

「知りもしないって、別に江戸川君が見えるものが僕らに見えなくても、江戸川君が特別なわけでも、変なわけでもないと思うよ」

 探貞がブランコに向かう和也の背中に向かって言った。
 和也の足が止まり、青ざめた顔で探貞に振り向いた。

「お前、いつから知ってた?」
「遠足だよ。僕と江戸川君がはじめて同じ班になったあの遠足」
「去年の話じゃねぇか。それにはじめてまともに話したのが、あの遠足じゃねぇか。それでどうして知ってんだよ」

 和也が睨みつける一方、探貞は動じることなく、ランドセルを公園のベンチに下ろし、淡々と話す。

「あの時、江戸川君はお化けが出るって祠にお供えものを上げようとした班の女子を見て、言ったでしょ? 油揚げじゃなくて、バナナを供えろよって。……祠に奉れてるのは確かに狐だったから、油揚げで合ってた。でも、あの時、お化けに供えるならバナナが正しかった。猿だったんでしょ? あの祠にいたお化けは」
「……あぁ。でも、なんでそれがお前にもわかるんだよ」
「遠足で歩いている途中で、僕らは見ていたんだよ。猿回しの猿が逃げ出して車にひかれたことを書いたポスターをね。それで、気になったから、帰り道に聞いてみたんだ。そして、祠の前で猿が死んだことを確認したんだ。……念の為、確認したけど、僕以外にそれを聞いた子はいなかった。つまり、江戸川君は何も情報がないのに、祠のお化けを猿だとわかったんだ」
「まさかそれだけで」
「それからは些細なことの積み重ねだよ。石坂さんは知ってるんだよね? 江戸川君がお化けを見ることができること。石坂さんの家のことは僕も知ってる。それで、色々と思いつくことの中から一番説明がつくことを答えだと思ったんだよ」
「まさか、それで霊視が俺の力だって? 普通、そんなこと信じないぞ」
「普通なんて存在しないよ。それは大人達が都合よく物事を進めたり、理解したりする為に作った括りでしかないよ。宇宙人や超能力者、幽霊なんて普通いない。その方が都合がいいし、自分達は見たことも会ったこともないし、理解できないから。でも、あらゆる可能性を切り捨てた後に残るのは、どんなことでも真実だって、そんな感じのことを本で書いてあったよ」
「どんな本を読んでるんだよ」
「でも、それが正解だったんでしょ? だから、江戸川君はお化けの見えることのない“普通の”大人になりたいって夢を作文で書いた。違う?」

 探貞は目の前で驚きを隠しきれていない和也を見た。
 彼は黄色い帽子を外し、頭を掻いた。脱帽を示していた。

「参った。流石は落としものゼロの落としもの係だよ。そうだよ。俺は幽霊が視える。家族以外は涼しか、この力のことは知らない。……お前で二人目だよ、探貞」
「え?」
「な、なんだよ! 間抜けな顔しやがって! 俺の秘密を知ったんだ! 今日からお前も涼と同じ俺の親友だ! 文句あっか」

 和也は照れ隠しにそっぽを向いて言った。
 それを最初はきょとんと見ていた探貞であったが、すぐに笑顔で頷いた。

「うん。よろしくね。和也!」
「おうよ」

 そして、二人は照れつつも握手を交わした。

「いやいや、素晴らしい友情物語を見せてもらったよ」

 その時、木陰から拍手をしながら深々と帽子を被り、ブルゾンを着た男が現れた。

「だ、誰だ!」
「おじさんは何者だ!」
「ハハハ、おじさんか。確かに君達からすればおじさんだな。何、通りすがりの紳士さ。君達の話を聞いてしまったのは申し訳なく思うよ。霊視能力か……。この町で君達のような存在に出会えたことは私にとっても大変喜ばしいことだよ」
「てめぇ! 俺のことを聞いたのか!」
「おじさん、和也の秘密は黙っててもらうよ!」
「おやおや、小さな名探偵が一変、口封じを目論むマフィアのボスのような台詞だ。やはり私の目に狂いはなかったようだ」

 男は口元に笑みを浮かべると身を翻し、ブルゾンを脱ぎ捨てると、黒いマントを羽織り、シルクハットとモノクルを付けた姿へと一瞬で変化した。

「迷探貞、君に敬意を払い、直々に挑戦状を持ってきた。突然来訪した無礼は許してくれたまえ。なにぶん追っ手の多い身でね。君のお父上には、謝罪を伝えておいてくれ。我が子こそ宝と思う者こそ相手にしたいという気持ちと、探貞君に会っておきたいと思った私の悪戯心からの嘘だと。……もっとも、その君の表情から察するに、あながちエイプリルフールの嘘で終わらなかったようだが」
「おじさんがお父さんに何をしようとしているのか知らないけど、もしもおじさんが悪いことをしたら、お父さんは必ず捕まえるよ」
「ハハハ、私を捕まえられるかな? 少年、私の名は怪盗Φだ。覚えておきたまえ!」

 刹那、一陣の風が吹き、思わず探貞と和也は目をつむった。
 次の瞬間には、怪盗Φの姿は周囲のどこにもおらず、かわりに一枚のカードが地面に残されていた。






 

 圭二が探貞の安否を確認するために自宅へ駆けつけてきたのはそれからまもなくしてからであった。
 探貞もその少し前に帰宅しており、圭二は安堵した後に、居間でお茶を飲みながら、怪盗Φとの遭遇した際の話を彼から聞き取った。

「探貞、その男は怪盗Φと名乗ってこのカードを残したんだな?」
「うん。……これ、怪盗の予告状?」
「よく知ってたね。そうだよ」

 圭二は頷いて、怪盗Φが残したカードに視線を落とした。

『天幕のスターが観客の見る舞台で輝きさるとき、我は神々の黄昏を頂きに、漆黒より参上する。怪盗Φ』

 彼はその文面を読み終えると、静かに立ち上がると、電話へと向かった。
 すでに彼には予告状の意味が分かっていた。
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