古の秩序


【Episode Ω】


「そう言えば知ってるか? 迷の親父さん、殺されたらしいぞ」

 ある休日、久しぶりに高校時代の友人と昭文駅前の喫茶店で会っていた時のことだ。
 お互いの進学した大学のことや誰と誰が卒業後に付き合っただの、他愛のない話題がいくつか上がった後、そいつが不意に思い出して話題に上げたのだ。

「迷?」

 最初、七尾北斗は相手が話題に出したそれが誰のことだかわからなかった。
 昭文高校を卒業して約一年がたった。ある程度の名前は覚えているが、元々友人が多いとは言えない七尾にとって、迷が誰か思い出せなかった。

「ほら、一年後輩でずっと遺失物係をしていて遺失物ゼロの連続記録を作った迷だよ。七尾と仲が悪かった江戸川とかいう風紀委員とよく一緒にいた」
「仲の悪い後輩の友人なんて覚えているわけがないだろう? ただ、話を聞いて、思い出してきた。確か親父が警察じゃなかったか? ということは殉職か」
「あぁ。どうやらそうらしい。この前の大晦日に死んだって話だ」
「大晦日か」

 当時の七尾は、迷探貞の存在を何人もいる後輩達の一人としか認識していなかった。



 


 

「なぁ。あれって担任の国見先生じゃないか?」

 一年前の連休前の放課後。
 迷探貞は校庭の片隅に生える一本の前に立つ担任の国見辰巳の姿を見つけ、その場にいた江戸川和也と石坂涼に言う。
 二人も彼に注意を向けた。

「本当ね。何やってるのかしら?」

 涼が探貞の机の上に身を乗り出して疑問を口にした。
 しかし、和也は違う言葉を呟いたのだった。

「……今日もいるな」

 それを聞いた二人の顔が曇った。二人は知っていた。和也の言う人物が国見ではないことを。
 涼が木から視線をそらさない和也に聞く。

「視えるの?」
「あぁ。俺達が入学した時からだ。いつもって訳じゃないが、あの木以外では一度も視ていないことを考えると、恐らくはあそこで死んだんだろうよ」

 それがきっかけとなり、探貞達三人は中口麗子の自殺と国見の過去について知ることになるが、怪盗φ誕生の秘密や七不思議の真実にまでたどり着くことはなかった。
 そして、江戸川数が存在せず、時空の歪みも発生しなかった為、アールも昭文神社で眠り続けていた。
 六人が七不思議について調べるきっかけとなった七尾と和也が中等部で言い争うこともなく、七不思議事件も起こることはなく、彼らはそれぞれの日常におけるトラブルに巻き込まれる程度に過ぎない事件があるだけの、比較的普通の高校生活を過ごしていた。
 そして、一年後の大晦日。突如、探貞は父圭二の死を知ることになるのである。



 


 

 数年後、偶々時間を持て余した七尾は、本屋に立ち寄り、雑誌棚から適当に一冊を手に取った。『今と人』という乙弾文庫社の雑誌であった。
 パラパラとページを捲っていると、覚えのある名前が目に入った。

「名探偵迷探貞?」

 しばらく思案し、それが後輩であると彼は気づいた。
 名探偵が事件を解決したという話は耳にすることがあったが、彼は21世紀の時代に名探偵が活躍するというのがどうにもピンとこず、それが後輩であったとは今まで気付かなかったのだ。

「今度映画の監修もやるのか。著名人が身近にいたとはな」

 ほとんど面識のない後輩であったが、活躍する後輩という存在は多少なりとも彼を嬉しくさせた。
 それから数年後、彼は後に9OD事件と呼ばれるマフィアのボス暗殺と怪盗φの出現、そして名探偵を生み出す犯罪結社の壊滅と迷探貞が名探偵を引退したことをニュースで知った。
 そして、その頃から七尾はある組織の傘下に加わり、電人計画なる研究にプログラマーとして関わることとなる。




 

 

 歳月が流れた。
 壮年になった七尾は日本のある無人島にいた。そこには、極秘にある研究施設が建てられていた。
 その研究施設は特殊なバリアを張り、人工衛生からもその存在を掴む事は出来ない。
 研究所は島の洞窟に造られていた。

「また揺れたか」

 施設の一部がまた破壊されたらしい。先程からこの揺れが繰り返し起こる。
 もう既に警報音もしていない。警報装置自体が破壊されたらしい。
 ヤツがもうすぐそこまで近付いているらしい。
 七尾は、そこにあった唯一の武器、緊急用の細い棒、高熱を発し、閉じ込められた部屋の扉を溶かし切る為のサーベルを手に取り、スイッチを入れた。
 サーベルは赤く発光する。
 また揺れた。今度はかなり近い。

「うあぁぁぁ……!」

 そこから壁一枚隔てた先から、男の断末魔が聞こえた。
 その後、鉄とは違う硬いものが砕ける音がした。彼にはそれが何の音だかわかった。
 そして、遂に壁が吹き飛んだ。

「うわっ!」

 彼は衝撃で床に倒れた。
 壁や天井から破片が落ちてくる。
 彼はサーベルを掴み、ヤツを見た。

「もうここは用済みだ。お前もな」

 ヤツは彼を見下しながら言った。

「うぉぉぉぉっ!」

 彼はヤツにサーベルを振るう。ヤツの腕に当たり、肉の焦げる音がしたが、焼ききれなかった。
 しかし、サーベルの当たった箇所は肉が焦げ、火傷を負わした。その箇所はコロイド状になっている。かなり深い傷を負わしたのは間違いないが、ヤツは平気な顔をしている。
 七尾が一瞬怯んだ隙に、ヤツはサーベルを掴んだ。ヤツの手から煙と悪臭が立ち込める。
 しかし、ヤツは平然と、サーベルを両手で掴み、砕いた。
 灯りを失い、周囲が闇となった。

「小癪な」

 爆音と共に、すぐに闇に明かりが射した。ヤツが天井諸共洞窟を破壊したのだ。
 天井の破片が頭上から落ちてくる。
 月明かりにヤツと七尾が照らされた。

「貴様は殺す価値もない。代わりに、貴様は我を恨み、苦しむがいい」

 そう言うと、ヤツは七尾の右眉から右頬へ一筋の傷を与えた。
 彼は激痛の走る右目をおさえ、ヤツを睨んだ。
 刹那、彼はヤツの残像のみを確認出来ただけで、彼はまた床に倒れた。
 すぐにヤツが七尾を睨んだと同時に彼を吹き飛ばしたのがわかった。腹から血が流れでていくのがわかった。
 彼が倒れている横をヤツは歩いて行った。
 彼は体内の血がどんどん流れ出ていき、意識が薄らいでいく、空いた天井の穴から見える夜空に浮かぶ月が薄らいでいく。
 目がかすんできた。
 力つきる直前に、ヤツの名を彼は忌々しげに呟いた。

「おのれ、マオめ」






 

 木漏れ日の中にあるベンチに腰をかけた男の前に、一人の少女が立っていた。
 青々とした芝が風に揺れ、少女の長い銀髪が舞った。
 彼は眠っているかのように閉じていた瞳をゆっくりと開いた。すべてを見透かすような鋭く聡明な眼孔が少女を捉える。

「私はキミを知っている。遠い昔、キミに会ったんだ」

 男は少女に目尻に皺を寄せて微笑み、穏やかな口調で告げた。
 数時間後。探貞の遺体が発見された。






 

 探貞が死亡したのと同時刻。アメリカ合衆国のニューヨークは夜であった。
 ニューヨークにあるテリー家の廊下をブラット・スバル・テリーは書斎に向かって歩いていた。
 テリー財団総帥の息子。それが彼の肩書きであった。
 書斎には父であり、テリー財団総帥であるトゥルース・ゲーン・テリーがいる。
 スバルはトゥルースに詫びようと思っていた。昨晩些細な事で喧嘩になったのだ。
 トゥルースの意思により、部屋より最も近い廊下の交差点よりも手前には警備を立てていない。
 かつてスバルが生まれる以前、テリー財団はマフィアというもうひとつの顔があった。それを正したのが、両親と名探偵と呼ばれた男だった。
 平穏な生活を手に入れたトゥルースは、警備を最小限にしていた。
 そして、スバルは廊下で待機する警備に礼をし、書斎へと進む。
 スバルが扉に手をかけた時、中で大きな音がした。何かが倒れたような音だ。

「父上!」

 スバルは扉を開き、部屋へと入った。
 その時目に飛込んだのは、倒されたソファーから無理矢理体を起こされたトゥルース。
 そして、その父を異様な形をした腕で掴む男。
 目を悪魔の様に赤く染め、額から顔全体までをまるで木の根の様に這わしている赤い血管。人である事すら疑う様な姿の男は、驚くスバルを見た。

「ブラッド・スバル・テリーか」
「ブ、ブラッド………早く。早く逃げるのだ……!」

 トゥルースは苦痛に顔を歪めながら言った。

「は、離せ! 父を離せ!」
「大した勇気だ。将来が楽しみだ」

 男はトゥルースから手を離すと、まっすぐスバルに近づいた。
 スバルは思わず後退る。しかし、男の言い表せぬ威圧にその足もすぐにすくむ。

「………まだ動けたか」

 男は言った。見るとトゥルースが後ろから男を抑えている。

「ブラッド! 逃げろ!」
「しかし、それでは父上が………」
「うるさいな………」

 男はトゥルースを掴んで突き放すと、スバルへ腕を構える。男は腕でスバルを突き刺そうとする。

「ブラァーーーッド!」

 トゥルースはスバルと男の間にわって入った。男の手はトゥルースの背を貫いた。

「父上!」
「ブラッドよ。後は、任せた………」

 そして、トゥルースはその瞳を瞑った。

「死ね」

 男の声と共にトゥルースの体は吹き飛んだ。
 一瞬前にその死を悟ったスバルだが、爆発の様に腹が四方八方に飛び、彼にも生暖かい感触を与える父の変わり果てた姿は、そのショックで動きを封じられてしまった。

「安心しろ。お前にも我を追う存在として生き残り続けて貰う。ただし、傷に一生苦しみ続けるだろうがな………」

 男は言い終えると、もう一方の手を振り上げ、スバルの両目を横に荒く切り裂いた。

「うがあぁぁ……!」

 彼は闇が訪れた世界の中、激痛の続く目をおさえて蹲る。

「我の名はマオ。復讐する男の名はマオ。盲目の勇者よ。再び遭う日まで」

 風が抜ける。マオは外へ逃げたらしい。

「失礼します。……っ! 旦那様! スバル様!」

 異変を察した警備の者が部屋に入ってきた。
 そして、スバルは医者の元へと運ばれた。
 後に、彼は母親も何者かによって殺害されていたことを知らされた。






 

「大正さん、奴らはエナジークリスタルシステムを狙っています」

 数年後、ゴーグルをしたスバルがニューヨークの摩天楼を見つめる七尾に告げた。
 スバルはゴーグルによって、偽りではあるが視覚を取り戻した。
 そして、七尾は過去を捨て、名を捨てた。現在は大正明治と名乗り、コスモスなる組織を結成している。
 秩序を名に宿し、世界を混沌に陥れようとするマオとその背後に存在する組織666を倒すこと、そして確かに世界に存在する混沌そのものであるchaoticと呼ばれる異能や異形を秩序によって排除することを目的とする組織だ。

「chaoticの言うことだ。信用はしないが、一応参考にさせてもらう」

 彼はスバルに言った。
 スバルもまた彼の排除する対象に該当するchaoticの一人なのだ。

「大正さん、あなたと私のマオや666に対する復讐心は同じです。しかし、あなたのやり方が正しいとは決して思わない」
「それはお前も所詮はマオや連中と同じchaoticだからだ。連中への復讐が終わったら、次はお前やお前の仲間達だ。あの宇宙人も含めてな」
「アールや零二も世界を滅ぼす存在なんかではない!」
「貴様と議論をする時間はない。名探偵を名乗る一ノ瀬の息子と宇宙人に、マフィアの生き残りのたった三人だけの秘密結社に何ができる? 我が部隊が本当の戦いというものを見せてやる」

 彼はそう言い残し、スバルの前から立ち去った。
 迷探貞とテリー夫妻が殺された日、一ノ瀬九十九と江戸川和也もまた、εという暗殺者に殺害された。すでに名探偵といえる存在は一ノ瀬九十九の忘れ形見、一ノ瀬零二の一人となり、名探偵という存在が組織を壊滅する鍵となったことは過去の栄光と成り果て、組織と組織の戦いが世界の存亡を左右する状況へなっていた。
 数時間後、ニューヨーク郊外にある研究施設で666とコスモスの大規模な戦闘が始まった。
 しかし、コスモスの部隊はマオを筆頭とするchaotic達の前に大敗し、エナジークリスタルシステムは666に奪取された。

「おのれ、許さんぞ。……マオ。渚。シエル。ガラテア。後藤。ブルース」

 間一髪で命を繋いだ七尾は、666の構成員の名前を忌々しくつぶやいていた。
 すでに世界は謎や真実で語られる秩序はなく、混沌が支配していた。




 

 

 数時間後、エナジークリスタルシステムの臨界によって京都が壊滅したことを七尾は知った。
 これが、世に言われるカオス・パニックの始まりだった。

「生存者はたった一名か。そいつの名は?」
「朱雀炎斬。数学者で、エナジークリスタルシステム開発者の一人です」

 ベッドで横になっている七尾が側近の人間に問いかけると、彼は即座に答えた。

「京都で確認された666の構成員は?」
「マオとガラテア・ステラです」
「テリー財団の連中は?」
「ブラッド・スバル・テリーが日本側に接触、医療部隊の派遣支援を行っているようです。また、一ノ瀬零二が朱雀炎斬のエナジークリスタルシステム共同開発者である時光と共に朱雀炎斬の搬送された病院にいます」
「もともと奴らは知り合いだったのか?」
「名探偵を名乗る一ノ瀬零二と朱雀炎斬、時光はかつて同じ大学の友人だったようです」
「一ノ瀬の息子が……。何もしなければ666と無関係なchaoticの一人として、しばらく無視をするつもりだったものを」
「お知り合いなのですか?」
「一ノ瀬零二の父親は学校の後輩にあたる。迷探貞やトゥルース・ゲーン・テリー達を殺害した時に、神社と一緒に燃えたがな」

 迷探貞を名前を出した時、七尾はふと考えた。
 生前、探貞は名探偵として活躍したわずか数年間で、マフィアであったゲーン一家や犯罪結社を壊滅させた。探貞達が真っ先に命を狙われたのは、彼らの存在が666にとっては最大の脅威だったと考えられる。
 探貞達が生きていたら、状況は違っていたのかもしれないと、七尾は漠然と考えるのであった。








 数ヵ月後、ローマに著しい損害を与えた戦闘、オーストラリアのゴールドコーストの炎上とマオ達666のchaoticと七尾達コスモス、そしてテリー財団が中心となって集まった第三の勢力の戦いは激しさを増していた。
 特に、テリー財団のフェニックス、灼熱の不死鳥とあだ名される朱雀炎斬はマオに匹敵するコスモスの最重要注意人物となっていた。
 京都壊滅時にただ一人の生存者であった彼は、ガラテア・ステラの追撃を受けた際にchaoticとして覚醒し、妖刀邪苦熱丸を片手に炎の翼を背中から生やし、超常的な攻撃が繰り出される激しい戦いの後、ガラテアを滅した。
 それ以降、マオに匹敵するchaoticへと急速に能力を開花させ、炎斬は世界各地の都市を犠牲にしながら666のchaoticを倒していった。

「……このまま、この世界は滅びるのか。混沌の中で」

 七尾は血だらけになった体を引きずりながら、瓦礫の中から這いずり出て呟いた。
 眼前に広がるのは、壊滅状態のニューヨークであった。
 刹那、テリー財団のビルが爆発しながら倒壊し、噴煙が周囲を包む。
 その中で空気を切り裂く音と怒声が聞こえる。

「マオぉぉぉぉ!」
「朱雀ぅぅぅぅ!」

 噴煙は突風で吹き飛んだ。
 ニューヨーク上空からマオと炎斬の二人がきりもみ状態になって落下するのが七尾に見えた。
 地面に落下すると同時に衝撃が大地を揺らす。

「ククク……これが俺様の求めていた力だ!」
「マオ! 空間を歪めたのか?」
「魔王の力を手に入れただけだ。これで世界を混沌に還す力が手に入った。礼を言うぞ朱雀。世界を燃やす炎を持つ勇者よ」
「世界をお前の好きなようにはさせん!」
「止められるものならば、止めてみろ!」

 周囲を覆うほどのどす黒いオーラを身にまとったマオに、周囲の地面を溶かすほどの高熱を放ち背には顕現化するほどの炎で形成された翼を生やした炎斬が襲いかかる。
 刹那、地面は一瞬で蒸発し、クレーター状になった大地の中心で二人が激しくぶつかり合う。
 それを見つめる七尾は、この世の終わりが迫っていることをひしひしと感じていた。

「世界は……終わる。世界の混沌によって」

 次の瞬間、マオと炎斬の力が衝突し、七尾と見渡す限りの世界が一瞬で蒸発した。
 或いは、ニューヨークだけでなく、地球全てが蒸発したのかもしれないが、それを七尾が確認することはできなかった。
 この瞬間、長い七尾北斗の人生は終わり迎えた。

 


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「……こ、ここは?」

 七尾が気づくと、どこかの部屋にある布団で寝ていた。
 どこか懐かしさを感じる。

「天国にしては……いや、地獄行きだな」

 過去の己の行いを自嘲しつつ、彼は周囲を見渡す。
 彼はその部屋を知っていた。遠い昔、彼は毎日この景色を見ていた。

「私の部屋?」

 それは、遥か古に埋没した青春時代の七尾の部屋であった。
 ゆっくりと体を起こし、薄暗い部屋の中を見渡す。
 机、本棚、どれも懐かしい。
 布団の脇に伸ばした手が触れたものを手にとった。

「電話?」

 確かにそれは、高校時代に彼が使っていた折りたたみ式の携帯電話であった。
 画面を開くと、日時が表示された。
 それは紛れもなく、彼が高校三年生であった年を表示していた。

「……これは一体」

 ゆっくりと起き上がる。その体は、老体とは思えないほどに軽かった。
 灯りを付けると、彼は恐る恐る鏡を確認した。

「!」

 鏡には、正しく高校時代の七尾北斗の姿が写っていた。
 夢を見ていたのかと考えるが、鮮明に覚えているのはニューヨークでのマオと炎斬の戦いの光景。そして、コスモスのリーダー大正明治として過ごす昨日までの日常の記憶だけだ。
 高校生としての記憶は、忘却の彼方にわずかに残る断片的なものだけであった。
 動揺を隠すことも難しい状況の中、彼は机に向かい、紙に覚えている限りの歴史を書き出した。
 悩んだ末、彼が導き出した答えは到底信じられないものであり、彼にとって否定したい事実であったが、自分が過去に戻り、人生を再び高校三年生から始まったことであった。

「輪廻、二度目の人生? chaoticだとでもいうのか、この私が? この俺が? この七尾北斗が?」

 やがて当惑が過ぎ、ふと冷静になる瞬間が訪れた。
 そこに浮かんだのは、彼が度々考えた可能性であった。
 彼は学生鞄を手に取り、中から昭文学園風紀委員会の資料を取り出した。

「風紀委員……。先天性chaoticの江戸川和也、一ノ瀬九十九。そして遺失物係……。名探偵迷探貞」

 この世界には、未来を変える可能性が存在していた。
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