異世界の勇者 the novel




 そこは魔法が存在する別の世界。

 遥か古より、魔族と人による果てなき戦乱が幾度となく繰り返されていた。

 しかし、その争いも、ついに終焉が訪れようとしていた。

 魔族の王、魔王。その圧倒的な力を持つ怪物に対峙する存在が現れたのだ。

 その名は、勇者。その者は、魔王に匹敵する力を手に入れ、劣勢となっていた戦況を一転し、魔族を追い込んで行った。

 ついに魔王を追い詰めた勇者。紅蓮の炎に包まれた中での最終決戦が始まった。

 勝負は一瞬だった。

 二つの力がぶつかり合った刹那、二人はその世界から忽然と姿を消したのだった。




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「……ん」

 高速で動くが故の独特の音が迷探貞の耳に聴こえてきた。次第に意識が闇の底から浮上していく。
 いつの間にか眠っていたらしい。自分が今新幹線の座席で眠っていたのだと気づく。
 ゆっくりと目を開くと、車窓の先に青空と山の景色が広がっていた。

「やっと起きたか。後はこいつだな」

 隣に座る江戸川和也が苦笑混じりに言った。
 探貞が視線を向けると、三列シートの真ん中に座る和也の先、通路側の席にいる石坂涼が寝息を立てて眠っているのが見えた。
 探貞は視線を和也に戻し、問いかける。

「和也は寝なかったのか?」
「色々なのが高速で飛んでいくところで寝れねぇよ」
「霊視能力者の苦悩だね」

 憂鬱に答えた和也に探貞は素直に同情する。彼には霊視能力という希有な能力を生まれつき持っている。故に普通を求める彼の苦悩は探貞にとって想像することしかできない。
 会話をしていくうちに、次第に記憶が蘇ってくる。
 冬休みを利用して、博多への旅行に行くことになり、今はその行きの新幹線車内なのだ。
 そして、対面する三列シートに座る中学生達の一人、十文字三波が大きく頷きながら、自身の隣に座る一ノ瀬九十九に言った。

「ももちゃんもよ。旅行中に一瞬たりと寝るなんて信じられないわ!」
「俺の名前は一ノ瀬九十九だ。移動中はともかく、夜は寝るだろ? 起きて何するの?」
「UNOでしょ!」
「……もう一度寝るか」

 九十九が嘆息して視線を車窓に向ける。
 自信満面の三波と対照的に彼は行きの移動中にも関わらず疲れた表情をしている。
 その時、三波の膝の上に置かれた一見、雪だるまのぬいぐるみのような姿をした宇宙人のアールが声を上げた。

「てやんでぇ! オイラが起きてて眠る気か?」

 すかさず探貞がアールに忠告をする。

「アール、大声出してて見つかったら大騒ぎだよ?」
「大丈夫よ。大声出す雪だるまだと思うだけよ」
「雪だるまは大声を出さない」
「テメェら! オイラは雪だるまじゃねぇって言ってんだろ!」

 間髪入れずに三波、それに対する突っ込みを九十九が入れ、アールが大声で異議を申し立てる。
 霊視能力者に宇宙人と非日常的な面々であるが、これだけではない。

「もう三人共、UNOをやろうよ。ね?」

 三波の隣に座る美少女が三人をなだめるようにUNOを片手に話しかける。
 一見、人形の様な美少女である彼女も、和也の妹という設定の最終兵器な未来人、シエル・睦海・シスだ。
 半年前に学園で起きた七不思議事件で彼らは出会い、その事件は探貞によって謎が解かれ、全員の協力で彼らの存在や正体が明かされることなく事件を終結させることができた。
 今回の旅行は、事件解決後、学校行事などで中々チャンスがなかった春には未来へ帰ることになっている数との思い出作りというのが最大の目的である。

「うぅ……」

 三人+一つが喧々囂々と盛り上がっていると流石にうるさかったのか、傾眠していた涼が目覚めた。

「やっと起きたか」

 和也が話かけると、涼はぼーっとした様子で彼を見つめ、ボソリと言った。

「……この顔は、和也ね」
「寝ぼけてるな」

 珍道中を繰り広げつつも、まもなく一行を乗せた新幹線は予定通りに博多へ到着した。





 
 

「着いたぁぁぁぁっ!」

 博多駅を出た三波は両手を広げながら大声で叫んだ。

「やめろ。恥ずかしい」

 そんな三波に九十九が額に手を当てながら注意をする。

「日本語の看板なのね」
「日本だよ。数ちゃん」

 周囲をキョロキョロと見回しながら呟く数に探貞が苦笑しつつ言った。
 未来の世界では九州は日本の国土ではなくなっているのだろうかと空恐ろしいことが探貞の脳裏に浮かんでしまった。

「浮かれているな」

 一番冷静な態度をしていると和也は主張するように発言するが、その視線は周囲をせわしなく見ており、落ち着いていない。
 対して、涼は何かを考えているように荷物を持ちながら沈黙している。
 一方で、絶好調な三波はバス乗り場を指差して叫んだ。

「まずは屋台よ!」
「それは夜だろ」

 すかさずつっこむ九十九。彼もいつもよりも高揚している。

「とりあえず観光して昼食かな」
「雨が降るから屋根があるところにしましょう?」

 探貞がこれからの動きを提案をすると、やっと口を開いた涼が空を見上げて言った。
 それに対して、和也が考える。

「屋根か……」

 アールが白昼堂々と姿を三波の鞄から出して、得意満面に言う。

「あるとですよ! …あるとですよ!」
「福岡ドームね」

 アールの発言を瞬時に理解した三波は、キメ顔で言った。

「……今の、なに?」

 当然理解できるはずのない数が三波に聞く。

「昨日の深夜にやってた映画のネタよ」
「寝ろよ」

 三波につっこむ九十九。すっかり板についている。
 それを尻目に探貞は観光案内用の地図を確認して一同の意見をまとめる。

「ドーム前のモールなら昼食も食べられるし、ちょうどいいね。…よし、行こう!」

 そして、一行はバスに乗り込んだ。






 

 福岡ドームに到着した頃には雨がシトシトと降り始めていた。

「本当に雨が降り始めたな」

 和也が折りたたみ傘を広げながら冷静に言った。
 その後ろで数は天気を見事に言い当てた涼に尊敬の眼差しを向けている。

「すごいですね」
「大したことじゃないわよ」

 一方、福岡ドームを前に三波とアールの興奮は最高点に達していた。

「大変! まだ屋根がしまってないわ!」
「まずいでぇ!」
「はぁ。…まだやってるよ」
「楽しませてあげましょう」

 傍目に一緒のグループだと思われることすら恥ずかしいと思った九十九が頭を抱えていたが、涼が彼の肩に手を当てて優しく微笑んだ。
 珍しい構図だと思いつつ、和也はドームから反対に視線を向け、それに気づいた。

「……ん?」
「どうした?」

 和也の異変に気づいた探貞が話しかける。
 和也は視線を道路に向けたまま頷いた。その視線の先には、路肩で花を手向けている老婦人がいた。

「そこの路肩に花をあげてるおばあさん。………犬だ」
「視えるのか?」
「あぁ。あの花と同じ花を咥えてる」
「そうか」

 老婦人と共に花を咥えた犬の霊がいることがわかった探貞は、その花を見る。見覚えのある花だ。彼の母が先日芳香剤代わりになると言ってもらってきた花と同じものだった。
 そして、探貞は無言でまっすぐおばあさんに近づいていった。
 和也の位置からは二人が何を話しているのか聞こえなかったが、少し言葉を交わして路肩の花壇を探ると、おばあさんは泣きながら探貞に頭を下げていた。

「ありがとうございます」
「いいえ。それはポチくんに言ってください」

 そして、探貞は離れていくおばあさんを見送る。
 和也は彼に近づいて、疑問を投げかける。

「何を話したんだ?」
「昨日、愛犬がここでトラックにはねられたそうだよ。花はおばあさんが好きな花だったそうだ。それでおばあさんは路肩に咲いていた花を取ろうとして犬がはねられたと思っていた」
「いい話だな」

 和也が言うと、探貞は寂しい表情で首を振った。

「でも違うんだよ。あの花は香りが強いから犬は嫌いなんだ。それでおばあさんに犬が咥えた花は路肩のどこにあったか聞いたんだ」
「それで?」
「花があった場所にブローチが落ちてたよ。おばあさんのもので、昨日なくしていたらしい」
「じゃあ、犬は落ちたブローチを取ろうと飛び出したってことか?」
「あぁ。ブローチは愛犬の形見として大切にするってさ」

 探貞の推理を聞きつつ、和也は彼とは別の方向を見て微笑んだ。

「……どうやら正解らしいな。今、成仏した」
「そうか」

 そこに傘をさした三波が二人のもとに駆け寄ってきた。

「二人共ぉ……きゃぁああああああっ!」

 途中、三波が盛大に転んだ。
 傘が吹っ飛ぶ。
 傘は通りかかったトラックの前にぶつかる。
 トラックが道から外れる。
 探貞と和也にトラックが迫る。

「「!」」

 突如、絶対絶命の危機に追い込まれた二人は悲鳴すら上げる余裕はない。
 諦めかけた刹那、二人の前に涼が飛び込んだ。

「%*#+$@+#!」

 二人の前に立つ涼は、彼らが聞いたことのない呪文を唱え、次の瞬間、トラックはその場に静止していた。

「これは一体なんでぇ?」

 一同が呆気に取られている中、アールが涼に問いかけると、彼女は静かに答えた。

「……魔法よ」






 

 その瞬間、彼の中で何かが意識を奪った。
 漆黒の闇の中から閃光が迸り、眠っていた意識と共に記憶が蘇る。
 炎が周囲を取り囲む中の戦い、閃光の中をくぐり抜ける未知の感覚。そして、それよりも以前の記憶。己が魔王であった時の記憶が蘇った。
 トラックの前に立つ宿敵だけが彼の目に入った。姿が変わっていても彼にはわかった。 

「見つけたぞ! 勇者ぁっ!」

 刹那、九十九は涼にどす黒いオーラをまとって襲いかかった。
 それを間一髪で回避する涼。

「くっ! そこにいたのか、魔王っ!」
「因果応報よ! 死ねぇ!」

 叫ぶ涼に九十九は振り返り、手をかざし、地面から炎が湧き起こり、龍のような姿で襲いかかる。
 しかし、涼の身体は何かに守られているかのように、炎が彼女を傷つけることなく擦りぬける。

「効かないわ! 今度こそ!」

 今度は涼が手をかざすと、閃光と共に九十九が後方に吹き飛ぶ。
 それを持ちこたえた九十九は、不敵な笑みを浮かべる。

「くっ! 魔力が少ないか……。命拾いしたなっ!」

 刹那、九十九は姿を消した。

「一体、今のは?」

 一部始終を見ていた探貞であったが、事態が全く飲み込めなかった。
 残された涼に駆け寄ると、探貞が問いかけるが、その答えを彼女から聞く前に和也が質問を彼女にする。

「その前に、お前は涼じゃないな?」

 涼は頷いた。

「えぇ。私はこことは違う世界で魔王討伐を掲げた勇者よ」
「今度は異世界人ってことね」
「おめぇが言うか」

 涼の姿をした勇者の返答に数が納得した様子で言う。
 それにアールがつっこむ。
 一方、三波は興奮している。

「宇宙人、未来人、異世界人! 次は地底人ね!」
「はしゃぐな! …それで、百瀬が魔王だったということか?」

 苛立ちが隠しきれていない和也の問いかけに勇者は頷いた。

「えぇ」
「それはどういうことなんだい?」

 探貞が聞く。とはいえ、大体の予想はできていた。

「私たちは戦闘中に突然この世界に飛ばされ、私はこの石坂涼の、魔王は一ノ瀬九十九の意識に転移されたみたい」
「意識のみの転移。…またこのパターンってことね」

 数も予想をしていたらしい。勇者の言葉に驚くというよりも納得している。
 一方、ある意味一番正しい反応をしている和也が質問を彼女に投げる。

「で、どうすりゃお前らは元に戻る?」
「確証はないけど、次元転移の魔法があるからそれで戻れると思うわ。ただ、魔王を道連れにすることはできない」
「つまり、九十九君はこのまま?」

 数が聞くと、勇者は残念そうに頷く。

「魔王を倒して、彼を解放させられれば話は違うけど……」
「だったら、話は早いわ! ももちゃんを倒して、魔王を解放させましょう!」
「三波ちゃん、逆になってるよ」

 探貞が三波に言うが、彼女はそんなことを一切気にしない。
 すでに彼女はこの状況を楽しんでいた。

「いいのよ。ももちゃんは魔王に負けるほどヤワじゃないから」
「そうだな。百瀬なら倒しても死なない。問題ないな」
「ボコボコにしちまおうぜ!」
「未来の為なら。…ごめんなさい、九十九君!」
「……皆さん、ありがとう!」
「そろそろ誰かツッコンであげよう?」

 三波の調子に影響されたのか、和也、アール、数に勇者までも物騒な会話を違和感をもつことなく進めていく。
 探貞は九十九に同情して言いながらも、九十九だったら魔王よりも倒せない存在なのではないかと一瞬考えていた。
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