未来への約束




 翌朝、捜索中の警察が体育館倉庫で気絶をしている一ノ瀬九十九を発見し、病院へと搬送された。
 しかし、外傷はなく、行方不明であった間の記憶は全くないと警察に彼は受け答えをしたのであった。
 そして、彼はその日のうちに帰宅したのであった。

「……以上が、事件のあらましだ。まぁ九十九君に関しては覚えていないと言われてしまえば、こちらとしてもそれ以上の追求はできない」
「うん」

 事件が終わってしばらくした休日の昼。迷家の居間でお茶を飲みながら、圭二は向かいに座る探貞に事件のことを話していた。
 探貞はテレビのニュースを見ながら、空返事を返す。

「また地下から発見された遺体は、消えていた理事長の遺体と保管されていた解剖サンプルと一致した。そして、別に遺族から提供してもらった理事長のサンプルとはDNA鑑定の結果、不一致となり、発見された遺体は怪盗φの言葉通り、理事長の替え玉だということがわかった。とはいえ、とっくに時効を迎えた事件だ。魂を盗んだなんて荒唐無稽な窃盗も罪に問えず、陥没した地面は爆発物の類が一切発見できず、関係性はあっても証拠がなく、怪盗φに対しても学校への不法侵入と、机と椅子、銅像の移動と黒板の落書きで、どんなにやっても軽犯罪と器物損壊罪、あといくつか公務執行妨害などの罪を加えることができて、昭文署は捜査を続行しているが、かつて怪盗φが起こした事件に比べると明らかに規模が小さい。警視庁は偽物だと判断して、昭文署に一任したよ」
「そう」
「幽霊騒動については目撃者が多いが、一部の専門家がホログラム映像であれば条件次第で可能だと主張している。その一方で、怪盗φは超能力者だったんだという意見も根強く囁かれている。元々そういう噂があったから、尚更だろうな」
「ふーん。ズズズ………」

 お茶をすする探貞に、圭二は体を前に乗り出した。

「……探貞、今回の事件の黒幕はお前だな?」
「んなわけないじゃん」
「そうか? 事件の前半と後半だと犯行のスタイルが変わっている。人間業とは思えない怪奇な犯行は同じだが、前半は生徒をターゲットにしている印象が強いが、後半は明らかに我々警察や月見里探偵といった大人を対象にした事件に変わっている。最後に至っては完全に演出がメインの舞台だった」
「それは怪盗φが自分でも舞台だって言ったんでしょ?」
「あの怪盗φは九十九君だな?」
「さあね? 被害者を疑うのは捜査の鉄則かもしれないけど、こんな不可解な事件でそんな単純なトリックを怪盗φが使うかな?」
「それが探貞の狙いだろう? ミステリーサークルや銅像、幽霊、地面の陥没。どれも全くどんなトリックを使ったのかはっきりとわからない。手品というよりも魔法だ。それほどのことができる者が、まさか中学生で自分が消えて見せるという簡単なトリックを使うとは思わない。事実現場も、神隠しという表現が正しいくらいに、人の気配が全くなかった。……当然だ。そもそも倉庫に九十九君は入っていなかった」
「いない人間を消すなんて造作もないもんね」
「そうだ。それに、あれだけ大掛かりなことをするんだ。一人二人の協力者じゃない。そういえば、国見先生が声を上げて人の注意を向けていることが多かった。マジックショーでは、観客の中に協力者が紛れ込んで、注意を向けさせるということをよく行う。丁度彼はその役割だったんじゃないか? 学校内外は当時、風紀委員が教員と共に見回りをしていた。警備が強化されているようにみえるが、それが協力者であれば、それは普段よりも条件として犯行を行い易い状況だったいえる」
「木を隠すなら、森の中。みんなが犯人だったら、一人の犯人を見つけるのは大変だもんね。でも、そんなことがあると思う?」
「少なくとも、探貞はそのやり方を知っている。五月の連休の時、探貞は村人達がみんな共犯であった事件に出会い、それを自らも協力している。有名な推理小説でも同じようなものがあったな」
「確かに。でも証拠はないよね? 僕が証拠もなく父さんの推理に答えるわけがないよ」

 探貞はお茶を飲み干し、ちゃぶ台に置いた。
 圭二は苦笑する。

「そうだな。……ただ、一つだけ聞かせてくれ。事件は不幸な者を出さずに解決したんだな?」
「うん」
「そうか」
「じゃぁ、僕は期末試験の勉強を三波ちゃんのところで和也達としてくるから」
「あぁ、気をつけて」
「うん、行ってきます」

 そして、荷物をもって家を出ていった探貞を見送った圭二は一人、お茶をすすり、微笑んだ。






 

 一学期期末試験最終日の放課後、試験も終わり、残すところは終業式のみとなった。
 探貞達は昭文神社に集まって、のんびりと休息を味わっていた。

「いよいよ夏休みだな。数、どこか行ってみたいところあるか?」
「えっ?」

 和也に聞かれ、数が驚いて顔を上げた。

「そんなに驚くこともないだろう? お前が俺達と過ごす夏は今年だけなんだ。折角なら、お前が行きたいところに行こうぜ」
「お兄ちゃん……」
「んで、どこがいい?」
「そうね。海、かな? 考えてみたら、私、のんびりと海水浴に行ったことがないのよ。キャンプはなんだか、訓練を思い出すし」
「なら海に行こう。探貞、確かお前のばあちゃんちって静岡だったよな?」
「あぁ。今晩電話してみるよ」

 和也に聞かれて探貞は笑顔で答えた。
 その言葉を聞いて、三波が突如立ち上がり、叫んだ。

「海だぁぁぁああああっ!」
「うわっ! なんだよ、いきなり!」
「海といえば、海の家で焼きそば、カレー、ラーメン! そしてスイカ割り、かき氷、ビーチバレー、サーフィン、カバディ!」
「最後の違うだろ!」

 真夏の太陽よりも熱く燃えている三波に、九十九がつっこみを入れるが、彼女の燃えたぎる情熱は全く収まらない。

「花火を買いましょう! ロケット花火よ! ただし、線香花火は別よ! あれは夏の思い出を演出するには最高のエッセンスよ。それから、肝試しも計画しないと! 迷さん! 静岡のホラースポットとその詳細な地図を用意して! あぁ、確か押入れに暗視カメラがあったはず。それから、数ちゃん、涼先輩! 終業式の終わった後、水着を買いに行くわよ! 明後日行くには、明日行かないと!」
「ちょ、ちょっと! 明後日って、夏休み初日に行くの?」
「当然よ! 夏は待っちゃくれないわよ!」

 驚く探貞とは裏腹に三波は凄まじい勢いで、旅行の計画を練り上げる。

「行きの新幹線と東海道線の時刻表と切符の手配は、ももちゃん! そこのパソコンでインターネット予約よ! 料金支払いは窓口よ! じゃないと学割が効かないから! 静岡なら、静鉄のパスカードが便利ね。あと、確か水族館や科学館があったはずよ! そこらへんの情報も一緒に調べておいて。雨天時のスケジュールも組んでおかないと!」
「……和也、ちょっとおばあちゃんに電話かけてくるよ」

 探貞が顔に縦スジを浮かべて立ち上がる。

「あぁ。ご愁傷様」
「ははは……」

 探貞は乾いた笑いを残し、部屋を出て行った。
 一方、三波はすでにルーズリーフの紙にスケジュールを記入し始めていた。

「三波、言っとくが俺の名前はももちゃんでなく、一ノ瀬九十九だからな!」
「わかっているわよ。ももちゃん、それよりも予約状況はどう?」
「……全部取れたよ」
「流石ね! 数ちゃん、大船に乗ったつもりで楽しみに待っててね! あ、涼先輩はゆっくりしていてください。ここは私とその部下でうまく手配してしまうので!」
「部下じゃねぇよ!」

 九十九が三波に怒る。
 しかし、彼女は余裕だ。

「へー…そう。私にそういう口が利けるんだ。行方不明になっている間、屋根裏に匿って上げて、怪盗φの変装したあなたの姿を隠したり、ホログラム映像を写したり、死体の場所を発見して、その場所だけ地面を崩したり、色々協力してあげたのに……。三代目怪盗φさんはそういうことを言うんだ。へぇー」
「おいこら。最初の屋根裏の事以外は全部お前じゃなくて、アールの協力だろうが!」
「アールの手柄は私のもの。私の手柄は私のもの。そんな当たり前のこともわからないの!」
「なんてジャイアンなんだぁぁっ! おい、アール! いいのかよ!」

 九十九に話しかけられたアールは、興味なさそうに答えた。

「別においらと三波は一進一退でぇ。別に気にしても仕方ねぇし、おいらは欲しかった時空転移のデータが手に入ったから満足でぇ。そのうち、どこにでも移動できる空間転移機能のついたドアをつくるから楽しみにしとけぇ」
「……味方は、いない」

 九十九はがっくりと肩を落とし、おとなしく三波の指示でパソコンを操作し始めるのであった。
 そして、旅行は夏休み初日に出発することに決定し、わずか数時間の内に三波が中心となって旅行の計画が練り上げられたのであった。



 


 

 翌日、終業式はつつがなく執り行われ、生徒達は教室を後にしていった。
 最後、教室には探貞と国見が残った。

「先生、この度は僕達の無茶なお願いを聞いて頂き、ありがとうございました」
「改まらなくていいさ。私も中口達と過ごした高校時代を思い出せて結構楽しかった」
「そうですか」

 探貞は窓辺に近づき、校庭の隅にある例の木を見下ろした。
 探貞には見えないが、今もあそこには中口麗子の霊がこの教室を見上げているのだろう。
 彼は一度深く息をし、気持ちを落ち着かせる。

「……よし」

 探貞に一人頷くと、教壇に立つ国見に顔を向けた。

「先生。まだ、先生から聞いていないことがあります」
「ん? なんだ?」
「地下で会った理事長は何とあなたに言ったのですか?」
「……何?」

 国見は手を止めて、顔を上げた。

「先生は旧地下倉庫から通じる地下空間で、死んだはずの理事長に会っています」
「何をばからしい。それなら君達にも、中口にも話しているはずだぞ?」
「いいえ。先生は話せない事情があった。……なぜなら、その時先生は学校に来ていないことなっており、その時先生は中口麗子さんの遺体と一緒だったからだ」
「っ!」
「そうです。中口麗子さんは自殺じゃない。先生に殺されたんです」
「な、何を言うんだね!」

 国見は語気を強めるが、酷く動揺していることがわかる。

「これは僕の想像が多分に含まれていますが、麗子さんは理事長を地下からあぶり出す為、恐らく爆弾を仕掛けるという強硬手段を取ろうとしたのでしょう。それを阻止しようと、先生は麗子さんの首を絞め、殺害してしまった。ただし、麗子さんの遺体には殺人を示すような痕跡がなかった。それは、恐らく麗子さんは自分が殺される場合も方法の一つとして想定していたのだと思います」
「何っ?」
「先生は麗子さんに協力こそしていましたが、彼女と同じ立ち位置にはいなかった。それは先生の話からもわかっています。自らの死も彼女の策略の一つでしかなかったんです。まさに、彼女は彼女の言葉通り、大いなる目的をなすための犠牲となったんです。彼女は無抵抗で殺害され、先生は彼女の狙い通り、殺人者という他者とは異なる立ち位置になった」
「………」
「しかし、そこからの先生の行動は彼女の予想に反した。先生は麗子さんの死体を倉庫で吊して自殺に偽装するのではなく、無関係な校庭の木に吊してしまった。それが麗子の恨みの本当の意味です。先生は話の中で、『あの地下』と表現した。知らない筈の地下空間の様子を見たように発言している。いくら中口一さんから聞いたと解釈しても、違和感があります。先生は地下空間を通って中口麗子さんの遺体を運んだ。そして、理事長に会った」
「いいや。理事長に会ったのは、あの地下の迷路のような空間ではなく、麗子を殺した直後の倉庫だ。……私は気が動転していて、逃げ出そうとした。その時、倉庫の壁が開いて、理事長が現れ、私を『待て』と呼び止めた。そして、地下空間を使って麗子の遺体を自殺に偽装するのを協力してくれた」
「なるほど。理事長は協力者として、注意を地下から校庭に向けさせる為の偽装を施したという訳ですね」
「あぁ。理事長は、時間を協力する条件として出した」
「時間?」
「そうだ。しばらく地下に潜まないといけない事情があると告げ、その時間を稼ぐのに協力するという条件だった」
「なるほど。理事長像を動かした後に地下への出入り口を塞いだのは先生だったんですね? それに中口さんが地下に潜入したにもかかわらず収穫がさして得られなかったのも、先生が前もって情報を理事長に伝えていたからだ」
「そうだ」
「それに、理事長が蘇ったという噂と、現在の七不思議に意図的に変えたのも、先生ですね?」
「その通りだ」
「……先生、これからどうするつもりですか?」
「生徒に殺人がバレたんだ。教師を辞めるよ。来学期にはこの学校から私はいないだろうさ」
「……それは僕が許しません」
「え?」
「既に時効です。先生の罪を法で償わせることはできません。それなら、こうして教師をしている今こそ、先生にとっての懺悔の日々なのではないですか? 教師を退職するというのは、先生にとって罪と罰からの解放と言えます。だから、教師を辞めるのは、僕が許しません。彼女の無念が晴らされるまでは昭文学園を去らないと約束して下さい」
「……君はどこまでもお見通しということか」

 国見は肩を落とし、探貞の前に歩み寄る。

「かつて人を、しかも愛する人を殺した男を、君は教師として仰げるのか?」
「罪のない人間なんてこの世にいません。それに、その答えは僕が出すものではなく、先生が一生をかけて導くべきことですよ」
「そうか……。迷、来学期も宜しく頼む」
「こちらこそ」

 頭を下げる国見に、探貞は笑顔で頷いた。
 そして、彼は視線を校庭の木に移した。恐らく、中口麗子の霊はこの先もずっと国見を恨み続け、国見は懺悔の日々を続けることだろう。
 しかし、それでいいのだと、探貞は思うのだった。
 こうして、波乱に満ちた一学期が終わりを告げた。





 
 

 そして、遂に始まった夏休みの初日の朝。探貞は昭文駅前の喫茶店で七尾と会っていた。
 朝食のサンドイッチを食べ終えた七尾は探貞に告げた。

「迷、今後は少しずつお前に未来の出来事や重要になる人物の情報を伝えていく」
「あぁ。僕も出来る限りの協力をするよ。七尾先輩や数ちゃんとの約束を果たせるだけの人物にならないといけないしね」
「肯定だ。これでただの人になられては根本から崩れてしまう」
「あぁ。……でも、今という時間は例え人生を繰り返しても、二度と経験はできない。先輩も、来月の修学旅行を大いに楽しんできて下さい」
「そうさせてもらう。まさか、京都が今回の事件の後始末で予算不足になって三重に行き先が変わってしまったのは想定外の歴史改変だがな」

 七尾はコーヒーを飲みながら苦笑した。

「京都に何かあるんですか?」
「未来の世界で、重要になる人物の祖先がいるはずだ。……まぁ、焦ることはない。大学へ進学してからでも遅くはないし、来年は例年通りお前達が京都に行けるだろうさ」
「そうですね。……さて、そろそろ僕は行きます」

 探貞は椅子の脇に置いてた旅行カバンを肩にかけて立ち上がった。

「静岡だったか?」
「清水に両親の実家があるんです。皆で泊まりがけの海水浴旅行です。数ちゃんとの思い出をこの一年間で一生分作ろうって、三波ちゃんが燃えてましてね」
「そうか。お前も今という時間を大切にしろ」
「ありがとうございます」

 探貞が七尾に礼をして、席から離れようとする。

「あぁ、迷。一つ忠告しておかなけばいけないことがあるんだ」
「忠告? 東海地震が起こるんですか?」
「いや、そうじゃない。が、お前にとっては重大なことだ。お前の父親だが、来年の大晦日に何者かに殺される。……少なくとも、俺の最初の人生ではな。くれぐれも注意しておけ」
「……わかりました」

 探貞は静かに頷き、七尾を残して喫茶店から出て行った。
 その背中を見送り、七尾は残ったコーヒーをすすり、小さく呟いた。

「9ODの『名探偵』、迷探貞……。これからの運命は、お前にとって決して優しいものではないぞ」




 

 

 とある館の一室。暖炉と燭台の灯りのみの暗い室内に、一人の男がソファーに座り、暖炉の火を眺めていた。
 男の背後に一人の老人が歩み寄る。

「昭文学園の事件、怪盗φによる犯行となったそうだな?」
「はい。怪盗φが生きているとは考えがたいので、偽物だと考えられます」
「だろうな。……調べるのか?」
「一応、ほとぼりが冷めた時期を見計らい。場合によっては始末致します」
「良かろう。……昭文学園はお前に任せたぞ。俺は他の準備に移る」
「申し使いました。あなた様が百年かけて作り上げた昭文学園、必ずや我が花開かせてみせましょうぞ」
「頼んだぞ。蛾雷夜」

 男は頭を深々と下げる老人の言葉にニヤリと不気味に笑った。




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