未来への約束




 夕日に赤く染まる学校の一室に、まだ残っている生徒がいた。
 部屋の扉が開き、彼は机に置いた書類から顔を上げた。
 入口に立っていたのは探貞であった。

「……まだいたのか。忠告したはずだぞ」
「そうですね。だから、戻ってきました。僕は無事です」
「ふっ……。それはご丁寧に。……ん?」

 彼は一度書類に戻した視線を再度上げた。

「もう謎は解けてます。φの正体も、そして七尾先輩、あなたの正体も」

 探貞の言葉に、七尾はニヤリと笑った。

「ほう。なら、聞かせてもらおう」
「あなたは未来を知っている。方法や理由はわかりませんが、あなたは未来を知っており、その未来を変えようと考えていた。しかし、思わぬ邪魔が入った。それがφです。あなたは未来を知っている。当然、φは本来現れるはずのない存在だとすぐに気づいた。そして、φもまた未来を知っていると気づいたはずです。それはφのターゲットが未来を変えようとしている自分だということを意味している。だから、影を潜めるしかなかった。違和感は最初からありました。和也の霊視能力を知っているかのように執拗に問い詰めたり、僕達が七不思議やアールと未来人について調べ始めると、まるでそれを妨害するかのように持ち物検査などを行った。あれは和也の力やアールの存在を暴く為だったんですね? あなたはこう考えていたのでしょう。異能の存在を社会に知らしめれば、人々は異能を排除し、未来で起こる争いを止めることができると」
「……なぜ、俺がアールの存在に気づいていると?」
「アールの存在を知っていると仮定すれば、あなたはアールを警戒するはずです。事実、僕達がアールを連れて町内を歩いた時に、あなたは僕達を尾行していましたね? 九十九君があなたの視線に気づいていました」
「流石だな」
「あとはφから話を聞いて、あなたの存在を導き出したに過ぎません。別に証拠ありません。ただ単にタイミングとして、考えられるのがあなたという可能性が最も高かったに過ぎません」
「まぁ、それだけで正解できたのだから大したものだ」
「認めるのですね? 自分が二度目の人生を生きる未来人だと」
「肯定だ。……まさか、俺が二度目の人生を生きていることまで気づいていたとは驚きだ」
「考えられるのが、それくらいだっただけです。アールが観測している以上、φの様に時空転移をしたとは考えられない。なら、記憶だけがタイムスリップしたと想像する方がありえる。アールに確認したら、それならば観測されずにタイムスリップできるとお墨付きもあった」
「ふむ。当てずっぽうにしては的をえすぎている。これが『名探偵』の才ということか。……それで、俺をどうするつもりだ?」
「どうもしません。強いて云えば、あなたが二つ条件を呑んでいただければ、僕達も協力します」
「条件?」
「えぇ」

 探貞が頷くと、彼の背後から和也、涼、九十九、三波、そして数とアールが現れた。

「迷さんの生存は私が保証します。なので、必要以上に未来を変えないと約束をして下さい」
「お前は……そうか、お前がφか?」
「えぇ。本名はシエル・睦海・シスといいます。あなたには、666の元刺客とお伝えした方がおわかり頂けると思います」
「なるほど。お前がシエルか。まさか、二度目の人生にしてお目にかかれるとは思わなかった。……そういうことか。いいだろう。協力する。……ただし、その条件は全てのめない」
「どういうこと?」
「それは、既にお前の云う未来とやらが、俺の未来とは違う姿に変わっているからだ」
「えっ……?」

 驚く数。
 その代わりに探貞が言う。

「つまり、あなたの知る未来では僕は数ちゃんに殺されているんですね?」
「肯定だ。俺の最後の記憶は、迷をはじめとする探偵達が666の一斉蜂起で暗殺された後、二人のchaoticの戦いによって世界が滅亡する未来だ」
「嘘。……私の未来と違う」
「つまり、あなたが未来を変えたことで、数ちゃんは僕を殺さず、この時代に来れたということですね?」
「肯定だ。恐らく、シスが恐れているのは、歴史を変え過ぎた場合だろう。当然、今の話を聴かなければ、俺は異能排除の思想を拡散させる活動を行っただろう」
「つまり、異能排除でなく、666という異能拡散の思想を持つ組織の暗躍を阻止すれば、数ちゃんの未来と同じ……いや、もっと良くなるかもしれない。七尾先輩、僕だって死にたくはない。協力しますよ」
「それならば異論はない」

 七尾は探貞と握手した。
 そして、探貞は数に向いた。

「数ちゃん、必ず未来を守ってみせる。だから、再会しよう。暗殺者として会うのではなく、今僕と話している数ちゃんと」
「わかりました。約束ですよ」
「あぁ」

 探貞は力強く頷いた。

「それで、迷。もう一つの条件とはなんだ?」

 七尾が探貞に問いかけると、彼は笑顔で答えた。

「来年の卒業まで、この学校から、この昭文町から離れないことです。未来のことも大切だけど、あなた方の生きているのは今です。春夏秋冬、四季の移ろいを僕達と、この昭文町と共に過ごして欲しい。この一年を過ごした上で、未来をどうするのか、その結論に僕達は何も言いません」
「私も同じ条件をのまされました」

 探貞の隣に立った数が苦笑混じりに言い添えた。

「つまり、モニター期間というわけか。確かに。前の人生で、俺は高校三年生をお前達や昭文町としっかり向き合って過ごしてはいなかった。……何かが変わるかもしれないな」
「なら、条件をのんでくれるんですね?」
「肯定だ。この七尾北斗、もといコスモス総統オオマサアキハルの言葉に、二言はない」
「えぇっ!」

 七尾が力強く断言した。
 一方、数は彼の正体に驚愕する。

「まさか、大正明治と書くふざけた名前が本名だとは思っていないだろうな? あれは俺が666を裏切る際に正体を隠す為に名乗った偽名だ」
「裏切る? じゃあ、あなたも666の仲間だったの?」
「肯定だ。俺も元々電人計画の協力者だ。つまり、お前にとって生みの親の一人といっても誇大な表現ではない」
「嘘っ!」
「それだけ人の一生というのは波瀾万丈だということだ」

 七尾はフッと笑い、探貞に視線を戻した。

「それで、今はどうするつもりだ? 確かにφの正体も目的も明らかになり、その目的である俺も協力を約束したが、どう収集をつける? このまま迷宮入りさせるのか?」
「それはおすすめできません。僕の父が捜査に加わり、怪盗φを追う探偵も現れています。事件をこのままにしていれば、いずれこの真相にたどり着きます。それこそ、あなた方未来人の存在は勿論、アールや和也の霊視能力、九十九君の能力なども露呈してしまう。……それは今僕達が至った結論を覆してしまうものです」
「なら、どうするつもりだ?」

 七尾の質問に探貞はニヤリと笑みを浮かべ、答えた。

「七不思議事件を完結させるんですよ」




 

 

 数週間後、梅雨明けが例年よりも早くおとづれ、学期末試験よりも先に夏の暑い陽気が始まっていた。
 そんな試験前のある日、一ノ瀬九十九が学校の地下体育館倉庫から忽然と姿を消した。

「倉庫には、φからの犯行声明文が残されていました」

 早速捜査に現れた圭二と伝に探貞はA4の紙を渡した。
 紙にはパソコンの文字で『神隠しが起こった。φ』と印字されていた。

「この印刷を調べてみよう」
「伝さん、それは無駄だと思います。その紙は学習センターで使っている再生紙です。複数の生徒が自由に使え、時には教師や卒業生も使っています。恐らく、人物の特定は難しいと思います」
「なるほど。……行方不明になった少年の足取りを調べるすべは?」
「一応、防犯カメラが地上にあるので、それにもしかしたら」
「まぁ、確認しても映っていないだろうな。相手はこの学園を熟知している」

 圭二は難しい顔をして、現場検証をしたが、まるではじめから生徒がいなかったかのように、何も収穫はなかった。



 


 

 更に二日後、昭文学園周辺を歩いている月見里の前にマントを羽織った人影が現れた。

「誰だ!」

 月見里が路地で人影に叫ぶが、その影はそのまま逃げ出し、彼はその後を追う。
 しかし、人影はとても足が早く、彼は全く追いつけない。
 まもなく、人影は昭文学園の中へと消え、月見里もその後を追って学校内へと入った。
 校舎を抜けて校庭に出ると、生徒達が校庭の隅の木に集まっていた。

「どうした!」
「あ、あれを……」

 生徒の一人が怯えた様子で、月見里を見ると、木の上を指差した。
 彼も視線を上げると、目を見張った。

「なっ!」

 そこには首を吊っている女子生徒の姿があった。
 彼は慌てて、木に登る。
 しかし、次の瞬間。空気がゆらりと揺れたように見えたかと思うと、先ほどまではっきりと見えていた女子生徒の姿が忽然と消えていたのだった。
 驚く月見里の足元に、一枚のA4用紙が落ちていた。

「なんだと……」

 紙にはパソコンの印刷で『幽霊は現れた。あと一つ。最後は今夜零時。死者が出る。φ』と書かれていた。




 

 

 その夜、月見里の他に、圭二や伝達警察、そして国見達教師陣が学校の校庭に集まっていた。

「本当に現れるのか?」
「もし、伊達や酔狂でなく相手がφを名乗っているのであれば、予告をした以上。必ず奴は現れる」

 国見の疑問に月見里は断言した。
 圭二達も同じく、必ずφが現れると確信を持っていた。

「……もうすぐ犯行予告時間の午前零時だ! 付近の警戒を怠るな!」

 伝が警察無線で警戒を促す。
 一方、圭二は時計を確認する。

「もうすぐだ。……五、四、三、二、一、零!」

 刹那、学校が轟音と共に揺れた。

「地震!」
「いや、違う! 爆発だ!」

 国見が指をさした学習センターの前から土煙を上げ、地面が陥没していた。
 陥没した地面は崩れ、地下体育館の壁を巻き込み、崩落した。
 揺れが収まると、学習センター前の校庭には巨大な穴が空いていた。

「なんてことだ……」
「あ、あれは!」

 驚く月見里の横で国見が学習センターの屋上を指さした。
 一同が見上げると、そこにはマントを羽織った人物が立っていた。

「まさか! そんな馬鹿な!」

 叫ぶ月見里を見下ろして、その人物は高らかに名乗りを上げた。

「久しぶりだ! 諸君! 我が名は怪盗φ! 地獄の淵より蘇ったぞ! 今宵は私の復活祭に出席頂き、感謝と敬意をここに表する。ついては、我が復活の生贄に相応しい獲物を頂こう!」
「何!」
「獲物だと?」

 驚く一同の前で、怪盗φは両手を高らかに掲げた。

「死者には死者を! 迷えし魂を我は貰い受けよう! 名も無き屍よ! 今こそ偽りの松田理事長の名と体を捨て、誠の魂となり、我の贄として一つになれ!」

 刹那、怪盗φの言葉に呼応するように、陥没した地面から光が浮かびあがり、怪盗φの前に来ると、その身体に入っていった。
 何が起きているのかわからない一同は、皆呆然としていたが、圭二が視線を陥没した地面の穴に視線を落とすと声を上げた。

「むっ! あれを見ろ! 白骨した人間だ!」
「じゃあ、まさかあれは怪盗φの言葉通り、死んだと思われた松田理事長の替え玉?」
「そうなりますね」

 圭二は国見の言葉に頷いた。
 そして、彼らは怪盗φを見上げた。

「その哀れな遺体は君達にくれてやろう! これにて、我が怪盗φの復活の舞台となった七不思議事件を閉幕とさせて頂こう! 諸君! また会う日を楽しみにしていたまえ! 良い夢を! さらば!」

 刹那、怪盗φの姿は忽然と消えた。
 驚く一同であったが、すぐさま警察は現場に駆けつけ、同時に非常線の配備や怪盗φの一斉捜索を開始した。
 しかし、ついに怪盗φを見つけることはできず、夜が明けたのであった。
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