ゴジラvsメガロ




 夜の暗闇に紛れてシートピア外周の絶壁を吸盤式の足場によって昇っていく。言わずもがな、イブキの発明品だ。

「本当にコレ、大丈夫なのか?」
「元々200キロまで支えられるのは実証済み。あんたが心配する必要はないわよ。第一、それを言ったらあんたよりもレイコさんが心配すべきよ」

 陣川が横を登るイブキと問答する。海中からそのまま絶壁を登っている為、まだダイビング器材も装備したままだ。イブキの発明品である小型のボンベやそのまま陸上での活動可能という一見すると特撮変身ヒーローの衣装と思われかねないプロテクターとカラーリングがされた水陸両用プロテクトスーツはどんなに軽量化された物と言え、10キロ以上はある。
 
「一体何キロあるんだよ……」
「陣川様、愚問を二度も口にするとは……。好奇心は身を滅ぼしますよ」
「レディの体重を聞くなんて最低ぇー」
「先輩、それは…………」
「ちげぇ! その重量じゃねぇ!」

 思わず素を出して大声を上げた陣川は一行から咎められた。




 深夜3時過ぎ、幸いにも発見されることなく一行はシートピア中央のドーム付近まで移動していた。壁面を昇った地点で装備を持ち込んだ武装に変更していた。
 先頭を歩くのは、黒と青紫色の配色になっている水陸両用プロテクトスーツを着た陣川とメイド服のレイコさん。それぞれメーサーライフルとサブマシンガンの二丁拳銃という構えで互いに死界を補って土砂に埋もれた遺跡と化したシートピア内を進む。
 後続が配色違いのプロテクトスーツを着た銘斗とイブキであり、ハンドガンを握る銘斗がイブキを護衛する配置となっている。二人は武器とイブキの用意した機材を分けた荷物を背負っている。
 尚、レイコさんはシートピア上陸後に、防水バックにわざわざ入れて持ち込んだメイド服を着ている。潜水時はボディの上からエアージャケットなどの器材を装備していた。レイコさん曰く「メイド服は私の制服であり、戦闘服です」とのこと。
 陣川がレイコさんに指摘した際の返答であったが、コレについてはイブキが全面的に肯定しており、これこそレイコさんの可能性でありアイデンティティらしい。曰く「知識だけでなく、体験や経験といった環境に応じた学習の中で獲得した他にはない個としてのルール、ロジック。それを人はこだわり、感性、個性、美徳と呼ぶ。レイコさんはそれを既に獲得しているのよ」とのこと。
 基、一行はかつて栄えた巨大な都市の名残りが基礎部分として遺されたシートピアの遺跡を進んだ。既に過去の建築物を想像することは難しいものの、一行が進んできたルートはかつての都市で道であった面影を遺す比較的障害物の少ない直線であった。
 ボートからのダイビングから10メートル以上の絶壁の上昇、土砂の堆積した単純計算7キロの悪路を数時間で移動したのはイブキの発明品の活躍も大きいが、この直線移動の成果も大きい。
 
「もうすぐドームだ。次の休憩を最後にドームへの潜入を試みる。……いいな?」
「問題ありません。また、潜入経路を探る目印も確認しました」
「……総理達を乗せたヘリコプターか」

 レイコさんが指差した先を見て陣川が言った。彼の目にはまだヘリコプターの姿をはっきりと視認できていない。ヘリコプターと思われるシルエットが僅かに闇の中で見えるだけだ。
 対してレイコさんはしっかりと視認できているらしい。暗所活動に合わせて光量を抑えた目の発光で返事をする。

「その通りです。三機確認。左右二機に防衛隊の文字があります。しかし、生体反応はありません」
「既に何か事が起きたということか?」
「不明。……私もこの闇の中で明確に遺体の視認をしない限り、そこまでの特定はできません。少なくとも、ここからは死者や血痕といった物騒な痕跡は確認できません」
「それなら……それに越したことはない。誰もいないというのは気になる。休憩はここでとり、その後ヘリに接近し、状況の確認。そのままドームの潜入を試みる」




 携帯食と水分補給、排泄等一通りの休憩を十分程度で済ませた彼らは、同じ位の時間でドーム前に放置されたヘリコプターにまで到達していた。
 ヘリコプターには死体も血痕も残されていなかった。
 しかし、楽観的な様子ではなかった。まず、鍵等の備品がそのままになっており、座席には『小波』と個人名の書かれたタンブラーが蓋の空いた状態で置かれている。通信等の電源も付いたままであった。即ち、すぐにローターを回転させて離陸が可能な状態で放置されていた。

「入口も見つけました。人気はありません。……罠を警戒するべきですね」
「だが、その誘いに乗る以外の選択肢もない。監視されていると考えるべきか?」
「私の目で解析する限り、赤外線などのセンサーは確認できません。監視カメラの類もありません」
「でも、レイコさんのサーチも限界はあるわ。私が想定、現在の技術で私の開発できる範囲の監視システムの類がない。ただそれだけよ。既に私の技術を超える通信情報操作やシートピアの浮遊、破壊光線の技術が確認されている。……アントニオのことも含めて、私達の認識する判断基準の一切は当てにならないと思った方がいいわ」
「五感どころか第六感すらも疑わないといけないほどの相手なら、むしろ警戒しても無駄だ。既に俺たちは彼らに捕捉されていると考えるべきだ。……では、なぜ何もされない?」
「誘われている。……いえ、アントニオが私達を招き入れていると考えるべきね」

 イブキの出した結論に陣川は頷く。銘斗とレイコさんも肯定した。

「であれば、堂々と正面から入るか、滑稽にもコソコソと警戒しながら入るか。どっちにする?」
「一応、私の解析には何もない為、本当に警戒がなく、私達は相手に気づかれていない。……と言う可能性が本来ならば高いことは告げておきます」
「勘繰り過ぎて身を晒すのは愚行。確かに滑稽だが、気づかれていても警戒しながら入れば、この愚行は犯さずに済むな」
「でも、陣川先輩。その顔は決めてますよね?」
「いや、俺はイブキの顔を真似てるだけだ」
「そう? ねぇ、レイコさん?」
「私には表情がありませんが?」
「私の目にはレイコさんの表情が見えるわよ?」

 3人がニヤリと笑い、レイコさんも目がぼんやりと光る。
 数分後、4人はまるで自宅へ帰るかの様な堂々とした立ち振る舞いでヘリコプター前のドームに空いた入口から内部に入った。




 
 ドームの内部は白いドーム壁面から注ぐ光に照らされ、昼の様に明るかった。同時に足元の影は小さく薄い。つまり、明確に光源があるのではなく、ドーム内は全体的に明るい空間となっているのだ。
 そして、外部のような土砂もなく、床は金属とも岩石とも判別のつかない物質により境目のない平面になっており、中心部に映像でも確認された水晶のモアイ像と天頂に浮かぶサナギ、そしてアントニオが演説をしていた円状のステージがある。
 一段毎のスペースにゆとりのある計8段の階段状になった円形ステージ上には、階段部分に双里総理達や防衛隊が立っていた。
 しかし、その様子の違和感に気づいた陣川は手を横に伸ばして、三人を制する。違和感の正体は、彼らの体勢にあった。総理達は階段を上がる途中、防衛隊員達は直立であるが、気ヲツケでなく銃を両手で装備した姿勢だ。大臣を前に取る姿勢ではない。

「よくその距離で気づいたな。流石だよ、陣川」

 耳馴染みのある声がドーム内に響いた。
 視線を総理達からモアイ像へ移す。モアイ像の前に透明な円形のプレートが浮かんでいた。そのプレートに仁王立ちするアントニオの姿があった。

「アントニオ!」
「ようこそ、我がシートピアへ。……イブキ、会えて嬉しいよ」
「アントニオ………」

 イブキは目を見開く。彼女の唇は震えていた。抑えていた感情が、溢れてくる。それを必死に抑え込む。まさに、それが今唇の震えとなって現れていた。
 一方で、レイコさんは気配に反応してモアイ像に両腕を出して二丁のサブマシンガンの銃口を向けた。モアイ像の左右から列を成して防衛隊員、更にステージにいるはずの総理達、そしてアントニオと同じ月桂冠の冠と白い衣を纏ったシートピアの民が現れ、彼らを取り囲む。

「イブキ様、総理の成体反応は本人と確認されました」
「隊員の中に見覚えのある顔があります」

 レイコさんと銘斗の言葉を聞き、陣川は視線をアントニオとステージで固まっている総理達と周囲に現れた総理達へと移す。

「こいつは一体……どういうことだ? あの総理達は一体……」
「あそこで固まっているのが、本物の総理。そして、こっちの総理はあなた達が用意した偽物。……いえ、寸分違わないコピーと言うべきかしら」
「面白い。流石はイブキだ。よくそんな発想をできるものだ」

 アントニオの言葉にイブキは唇をキュッと結んだ後、鋭い眼光で彼に問いかけた。

「アントニオ、調査に出発する前日に私が言った言葉を覚えてる?」
「おいおい、陣川達がいる前でか? イブキは平気なのか?」
「構わないわ! 言ってみなさい!」
「そうか。……行かないでほしい。どうして私を置いていくの。バカ。……だったか? そのシチュエーションも答えるか?」
「流石に遠慮しておくわ。……後悔で今も苦しくてしかたないわ。もっと伝えておくべき言葉があったのにね」

 視線を伏せたイブキに代わり、今度は陣川が声を上げた。

「アントニオ、俺と最後に会ったのを覚えているか?」
「勿論だとも。イブキが引き合わせてくれて、3人だけでなく2人でも時折飲むようになっていた。しかし、頻度は決して多くはなく、俺が旅立つ前の夏が最後だったか。……そうだ。サーフィンに行けず終いだったな」
「そうだな」
「……どうした? まだ本人確認が必要か? 確かに、そこの者達はコピーといえる。だが、寸分違わないコピーを果たしてコピーといえるか? 仮にあそこで固まっている彼らをオリジナルとして、彼らは今生物としての機能を停止させている。不可逆的な死ではないが、現在の彼らはそもそも生命体としての定義から外れた物体に過ぎない。それならば、コピーはコピーと呼べるのか?」

 アントニオの言葉に、イブキは前に踏み出した。

「アントニオ、その問答は人類にとってまだ早過ぎるわ。だから、アントニオ。貴方自身で答えなさい。貴方は、確かにアントニオの声、姿、記憶を持つ。それで、貴方は自身を本物だと言えるのね? そして、それを私達に認めさせられるの?」
「本物さ。だが、それをいくら伝えても君達が信じなければ、意味がない」

 アントニオの回答にイブキは平静を保とうと深呼吸をする。しかし、その喉笛、唇は震え、ヒュルルルルと細く音を立てる。
 既に彼女は確信していた。故に目に涙を溜めようと、アントニオを見上げる。

「アントニオ、貴方は私の知っているアントニオじゃない。どんなに同じであっても、五感の全てが貴方をアントニオだと認識しても、決定的に違うものがある。だから、私は貴方をアントニオと認めない。わかる? ………愛よ。貴方と私には、それがない」
「ふふふふふ……まさか、言うに事欠いて愛とはな。いや、ある意味で安心した。イブキ、君は天才だ。全ての答えを出し、解決できないものを発明によって解決させる。しかし、その君が未知を前に愛という不確実な存在を持ち出して否定した。実に人間らしい思考だ。自己防衛ともいえる。君は自らを守る為に行っているのだ、恥じることもない。生物としての本能だ」
「愛は、貴方が笑った本能よ。人が持つ生物としての性質であり、人が種の枠すらも超えて万物を理解し得る最大の生存戦略。その愛が、貴方にはない。貴方はアントニオでない。それだけでなく、貴方は理解し合うことのできない敵。……もっとも政府の要人を偽物と入れ替えている時点でまともな企てをしているとは考えられないけどね」
「………」
「他国は兵器を操り怪獣と戦わせながら破壊。何故か日本はその情報を秘匿して国の中枢を支配。日本だけ残して他の人類は滅びてよい。……そう見て取れる。日本にした理由に深い理由はないでしょうね。精々条件としては、島国で国土、人口ともに条件に合致し、アントニオの記憶で国民性や文化、地理を把握しやすかった。そんな程度の理由じゃない? 欲しかったのは囲いの中にいる家畜だとすらも気づかずに支配できる適度な数の地球人。目的が食料なのか労働力なのか寄生する宿主なのかは流石にわからないけどね。……でも、全てが貴方はアントニオに化けたろくでもないことを考えている宇宙人って答えを示しているのよ!」

 イブキはいつの間にか涙の渇いた目でアントニオを見上げ、その右手は彼に向かって指を突きつけていた。
 対するアントニオは朗らかな表情で両手を広げる。
 
「流石はイブキだ。……如何にも。我々は本来のシートピア人でなく、M宇宙ハンター星雲人。より正確に表現すると、第三期のM宇宙ハンター星雲人だ。我々星雲人の文明はこれまで2つの種が存在し、その文明を継承している為、第三期という表現をしている。このシートピアは第二期のM宇宙ハンター星雲人となった君達地球人と同種生物が作った遺物だ。彼らと異なり、我々は天敵を克服し、かつ繁殖力も高い種であった為、僅かな期間で生存域を埋め尽くした。故に植民地が必要になったのだ。先人同様に我々もルーツを地球に持つ生命体だった。千年の間に地球も我々も多少変わってしまったらしいが、多少のテラフォーミングは必要だが、新天地として選んだのが地球だ」
「つまり、地球侵略! そういうことだろ!」

 陣川が銃口をアントニオに向けて叫んだ。

「引き金を引くか、陣川。いいだろう! どの道、イブキを拐かすことに失敗した時点で、お前達の生存下での計画成功は低過ぎる! 残念だが、陣川よ! 交渉決裂だ!」
「アントニオの姿で俺の名を呼ぶなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 陣川は引き金を引いた。メーサー光線がライフルの銃口から放たれ、アントニオに襲う。しかし、光線はアントニオの手前で見えない壁に阻まれて阻止される。シートピアと同様のバリアだ。
 同時に、レイコさんは足を踏ん張り、両手のサブマシンガンを放つ。豪快な連射音と硝煙が立ち上る。床の上をレイコさんの足が反動で後退し、ブレーキ痕の如き黒ずみをつくる。硝煙が煙幕になり、視界を悪くさせる。
 弾丸の雨は偽総理達を一網打尽にする。バリアはアントニオのみ展開されていた。

「引くぞ!」
「……やはり人間とは異なる様ですね」

 レイコさんは静かに言う。対して、陣川は銘斗とイブキに声をかけて入口へと走らせる。
 一方、レイコさんの視線の先には今の乱射を受けても尚立つ偽総理達の姿があった。彼らの体からは黄色い血液が噴き出しているが、一部の者は生存しており、体を鳴らしている。
 そして、レイコさんが後退する中、生存した彼らの肉体は膨張するように皮膚を伸ばし、額からは長い触覚を出していた。




「ヘリコプターだ! すぐに離陸しろ!」
「はい!」

 陣川の声を背に受け、銘斗はエンジンが始動したままになっていたヘリコプターに乗り込むと、『小波』のタンブラーを蹴飛ばし、コーヒーを床に撒き散らすことも気に留めず、そのまま操縦席でローターを動かす。
 イブキも後に続いて乗り込み、浮上を始めたタイミングで陣川も飛び乗った。

「レイコさん!」
「来い!」
「はいっ!」

 レイコさんはヘリコプターから身を乗り出して手を伸ばす陣川に捕まり、同時にヘリコプターも上空へと飛び上がる。

「よし、すぐに知らせなければ!」
「基地を目指します!」
 
 ライトを手にした陣川が言うと、すぐに銘斗が叫んだ。闇夜の中だが、空に上がれば方角も判断できる。

「「!」」
「きゃっ!」
「うわっ!」

 突如、眼下にあるドームから光線が放たれ、ヘリコプターの尾翼が破壊された。計器は一斉に警告を鳴らす。
 同時にヘリコプターはコントロールを失い、大きく回転しながら、シートピアの岸壁近くに墜落する。

「うおおぉぉぉぉぉぉおっ!」

 銘斗は叫びながら、墜落をする最中も必死に操縦を続け、シートピアの地面を擦りながら回転をする。激しい衝撃を繰り返しつつも、海へと落下する直前で停止する。

「大丈夫か?」
「プロテクトスーツのお陰かしらね。……何とか」
「皆様、軽い打撲と擦り傷だけです」
「そりゃ奇跡だな。………だが、急ぎ離脱だ!」

 陣川はドームから現れた光線の正体を確認して声を上げた。ドームは天頂部から消滅しており、その大穴から露出しているのは巨大なカブトムシに類似した角であった。天頂に浮かんでいたサナギから現れたものだとその形状から容易に想像が付く。
 そして、角はゆっくりと上昇する。否、サナギが羽化し、“シード”の成体が立ち上ったのだ。半円錐形をした両腕を広げ、ドームを破る。合わせて、成体“シード”と水晶のモアイ像が全身を夜の闇に現した。

『イブキ、陣川……いや、日本人よ! 安然とした支配にならない不幸を嘆くがよい。我々としても日本という都合の良い拠点をみすみす逃すのは残念だが、計画変更だ。他の国々同様に滅び、その末に我々第三期のM宇宙ハンター星雲人に隷属し、その礎となるが良い! メガロよ、このシートピアの“シード”として攻撃の狼煙を上げろ! そして……地球攻撃命令! ガイガン、応答せよ!』

ギュェェェェェェェェグェェェェェンッ!
 
 アントニオの声に反応し、成体“シード”のメガロが目を光らせて咆哮を上げた。
 そして、背後の水晶モアイ像も光り輝き、そのまま月に向かって光線となって放たれた。その光は瞬く間に宇宙へ、更に月を周り、月の裏側に待機していた宇宙怪獣ガイガンに到達した。
 光を受信したガイガンは目を赤く発光させると、次の瞬間、月面に新たなクレーターを作る力で蹴り、飛翔。そのまま超高速で地球へと向かう。
 同時にシートピアを監視する防衛隊基地の機兵が突然動き出し、周囲の戦車へ攻撃を開始した。他国と同様の無人機の暴走。宣戦と同時という因果関係に誰もが察した。
 全てがアントニオ達シートピア人こと、第三期のM宇宙ハンター星雲人による攻撃であると。
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