ゴジラvsメガロ




 2日後、城南島及び浦安沖の東京湾洋上にシートピアは移動していた。上空に浮遊しているのではなく、海面に着水し、東京ゲートブリッジから見たシートピアは湾内に出現した巨大な堤防であり、0メートル地帯である湾岸エリアを見下ろす十数メートルになる高台であった。
 そして、シートピアを撮影する為の取材ヘリが飛行制限のかかっていない新木場周辺と袖ヶ浦周辺を旋回していた。湾内は飛行制限、入港制限がかけられており、防衛隊による警備、警戒がされていた。
 そんなシートピアへ向かうヘリコプターの姿が3機あった。左右は防衛隊のヘリコプター、そして中央を飛行する日本国旗をつけているヘリコプターには、総理大臣以下閣僚が搭乗していた。

『双里総理ら閣僚を乗せたヘリコプターがまもなくシートピアへ着陸します。総理官邸の発表ではこの後、シートピアの中心部にある半球のドーム内でアントニオ首長との会談が予定されております。この会談で政府はシートピアの飛行システムやゴジラを倒した破壊光線などの高度な技術の提供を…………』
「今日は羽田も成田も欠航らしいですよ」

 後部座席で中継放送を映すタブレット端末を両手に持つイブキをミラー越しに一瞥した運転手の銘斗が話しかける。
 
「テロ対策……いや、そう見せかけた他国の妨害対策。それにそもそものシートピアへの警戒だろうな。アクアラインや船舶の制限。横須賀、横田、木更津、関東圏に防衛が集中されている」

 イブキでなく助手席で全開にした窓から吹き込む風を受けて目を細めた渋い顔をして頬杖をついた陣川が視線を外に向けたまま答えた。

「……………もうすぐ着きますね」
「そうか」
「………………」

 運転手と助手席のやり取りを後部座席のイブキが気に留めることはなかった。




 まもなく3人を乗せた白いコンパクトカーが郊外にあるイブキの研究所に到着した。研究所の敷地は政府の所有地である為、金網に囲まれた物々しい外観になっている。その中にある研究所は一階が剥き出しのコンクリート壁で二階はガラス張りの直方体になったモダニズム建築の建物であった。この外観も無機質であるが、陣川はそれがイブキの好みであることを知っている。

『お帰りなさいませ、イブキ様』

 建物前に車を横づけると、金属製の玄関ドアにあるインターホンから女性の声が聞こえた。
 車から降りたイブキは慣れた様子でその声に返事をする。

「ただいま。レイコさん、お客様を連れてきたわ」
『かしこまりました』

 応答の後、玄関ドアが開かられ、イブキが入る。陣川も銘斗と共に建物の中に入った。
 一階は玄関ホールと水回りを集中させているらしい。応接セットのある玄関ホールの広い空間の左右に階段と浴室、トイレがある。
 そして、玄関ホールの中央で恭しく頭を下げて主人の帰りを迎えるメイドがいた。

「…………は?」
 
 メイド。それはメイドの姿であった。袖もスカートの丈の長い漆黒のロングワンピースにフリルのついた純白のエプロンを身に付ける古典的なメイド姿をしていた。
 その足を伸ばして腰を折り、両手を前に揃えて自然な前傾で頭を下げる佇まいは、まさにメイドのイメージを体現している。
 しかし、陣川が思わず素の表情で呆けたのは、メイドがメイド然としたメイドであったことではない。
 眼前にいる完璧なメイドの頭部が銀色の光沢を放ち、頭頂部が尖ったジェットジャガーと同じものであったからだ。
 そして、それが仮面やヘルメットではないことはすでに理解していた。即ち目の前にいるのは、メイド姿のジェットジャガーであった。

「紹介するわ、私の優秀な助手であり、専属メイドである試験用機兵、及び搭載汎用人工知能の“REIKO・III”。レイコさんよ」
「レイコです。どうぞよろしくお願い致します」




 階段を上がり、二階に通された陣川らはリビングのソファーに腰を下ろした。メイド姿のジェットジャガー、イブキ曰く元々は指示動作確認の目的で作られた人と同じサイズのモデルで、現在のレイコさんこと汎用人工知能“REIKO・III”はデータの収集、集積を目的に外見の通り、メイドとしてイブキの身の回りの世話とその高いスペックから助手、そしてイブキと研究所の警備を担っているとのこと。そんなレイコさんはリビングに面するアイランドキッチンで紅茶を用意し、お盆にティーセットを載せている。
 
「とりあえず、例の会談のお陰で我々には今日という自由な一日と一時的な帰宅が認められた訳だが……」
「アントニオにどうすれば会えるかしら」

 陣川が口火を切ると、イブキが単刀直入に本題へ切り込んだ。そんな彼女に苦笑した後、陣川は頷く。

「そうだよな。……少なくとも今は無理だな。アントニオ自身が会談中だ。スケジュールは既に官邸から公表されている。仮にシートピアへ行き、アントニオのところに行くとして。警備もされているだろうから、夜になる。そうそう素人がスパイ大作戦みたいなことができる訳でもないが」
「それでもアントニオに会って確かめたい。……ううん。アントニオに会わないと」
「……そうだな。俺も、アントニオと面と向かって会いたい」

 陣川とイブキのやり取りを黙って聞いていた銘斗だったが、我慢できずに割って入る。

「じ、自分も有川さんに付いて行きます!」
「ふっ。後輩、その意気込みは良し!」

 陣川が顔を赤くさせて手を上げている銘斗の背中を叩く。
 そこへレイコさんがティーセットを持ってきて、カップをテーブルに並べる。

「……イブキ様、ご報告致したいお話がございます。よろしいでしょうか?」
「レイコさんがこのタイミングで話に割って入ったのだから、それほどに重要なことなんでしょ?」
「はい。通信でのご連絡ができないことである為、また恐らくシートピアに関連することと思います」

 レイコさんの目がピカッと青く光る。イブキは頷いた。

「わかったわ。話して頂戴」
「はい。数日前から世界中の通信網に何らかの干渉が起きております」
「干渉? 通信障害とかではなく?」
「はい。僅かな通信障害もそれによって生じていますが、周辺環境次第では普段から発生する程度のものである為、気に留める人間は恐らくいないと思います。幸い私は自律思考、自律制御が可能なので、現在私は外部ネットワークとの通信を遮断したスタンドアローンにしております。イブキ様や外部との連絡は皆様と同じように通信端末を用いて行なっておりました」
「それで報告も口頭でないと行えなかったということね」
「そうでございます。そして、干渉の内容が私では探ることが難しい状況でした。推測されるのは情報の検閲、または操作だと思われます。前者なら兎も角、後者は現代の科学技術で不可能なものです」
「数日前とは?」
「5日前には確認されております」
「シートピアの出現と怪獣島での異変と同時期か。……それでシートピアと関連があると?」

 陣川の問いかけにレイコさんは頷く。

「はい。関連性を疑う理由はその時期の符号です。しかし、現在はそれだけでありません。干渉元と疑わしい場所があれば、ある程度特定をすることは可能です。少なくともシートピアであることは間違いありません」
「わかったわ。準備できているんでしょ?」

 イブキがソファから立ち上がって聞くと、レイコさんは再び目を青く光らせて頷く。

「はい。奥の研究室に既に設備は準備しております」




 リビングの隣室、構造上奥の部屋は巨大なモニターが壁にかけられており、それを前に複数のコンピュータを置いたデスクと、それら機器とケーブルで繋がった様々な装置が室内に置かれていた。炊飯器や洗濯機の様な装置があれば、その隣には複数の関節がついたアームタイプのマニピュレーターとチェス台やボール、パラボナアンテナのついた照射装置、ケーブルが繋がったヘルメットなど、形状も目的も一様ではない。そもそも何かすらもわからない装置も一つや二つでない。
 そんな研究室に入ったイブキは、デスクに座ってマウスとキーボードを操作する。巨大なモニターに世界地図が表示され、コマンドウィンドウが次々と表示される。同時に、天井からモーター音が響く。

「屋上に大型のアンテナがあるのよ」

 天井を見上げた陣川と銘斗にイブキはキーボードを叩きながら説明する。

「…………確かに、何か通信網に干渉をしているわ。どうやら日本国内外で行われる通信に対しての干渉があるみたい。全く技術どころか方法もわからない。これじゃあ、魔法ね。少なくとも現代の技術とは根底から全く異なる通信網そのものへの干渉が生じているわ。例えば外国へ私からハムを送ってほしいと電話したら、相手には私が夕食はフェジョアーダだって言っているように聞こえるの。しかも、互いのやり取りに違和感のない会話でね。それだけじゃないわ。メールや音声だけでなく、映像も同じ」
「そんなことが?」
「だから、魔法よ。通信網の中にある情報ならどんなことでも操ることができる。でも、例え魔法であっても現地の映像を含めて変えるわけにはいかない。だから、これならこの魔法も綻びを掻い潜れる」

 そう言ってイブキはデスク上の画面を見ながらキーボードを叩く。大型モニターの世界地図では、日本から少しずつ伸びていく点が線で繋がっていき、最終的に世界各国の主要都市に到達した。
 同時に衛星放送の中継映像が映るウィンドウが表示された。映像上ではニューヨークの街を背景に今朝の米国内のニュースを男性が淡々と伝えていた。

「さあ、見せなさい。世界の真実を!」

 イブキがエンターキーを叩いた。
 刹那、映像が変わった。



――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――


 ニューヨークの街は黒煙と炎に包まれていた。
 空には無人戦闘機が飛び交い、ビルに向かってミサイルを放っている。その直後、ビルは爆発して倒壊する。
 巻き上がる黒煙の中を戦闘機が切り裂くが、その機体が黒煙の中から現れたラドンと交錯して瞬時に爆散した。

カコォォォゥン!

 ラドンはその後もニューヨーク上で街を攻撃する無人戦闘機を破壊していた。
 その下の市街地では、人々や建物に向かって突っ込んでいく暴走した戦車をアンギラスが踏み潰していた。

アァァァァンギャァァァアッ!




 場所が変わり、パリでは蜘蛛型のロボット兵器が街を破壊していた。
 その直後、ロボット周囲の地面が揺れ、眼前に聳える凱旋門で異変が起きた。
 地面が割れて、凱旋門の下が盛り上がると地中からゴロザウルスが現れた。

ゴガァァァァァァァァァオォン!
 
 そして、地上に現れたゴロザウルスは暴走したロボット兵器との戦い始める。



――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――


「………………」
「………これは!」
「世界の真実よ。流石に近隣地域の映像を差し替えたら情報操作に気付かれる可能性が出てくる。だから、短距離間で通信を経由させたのよ。これはそれぞれの国の中で伝えられている真実の光景よ」

 イブキが映像を見つめながら説明した。

「つまり、怪獣島から出ていった怪獣達は今世界中で暴走した兵器と戦っているのか?」
「暴走ってのも適切な言葉か怪しいわね。少なくとも暴走しているのは遠隔操作が可能な兵器であるのは事実。証拠なんかないけど、制御を奪われて操られているって考える方が自然ね」
「シートピア……アントニオにか?」
「…………それはわからない。それに、この研究所からでは恐らくシートピアから干渉が行われているだろうとしかわからない。干渉をどうにかするにも、そもそも干渉がどこから行われているのかすら特定できないわ」

 イブキの言葉が何を意味しているか、彼らも理解した。

「レイコさん、準備を」
「はい。私もご一緒します。私が直接干渉装置に接触すれば、干渉を止めることもできるかもしれません」
「そうね。お願いするわ」

 イブキとレイコさんに陣川達が無言で近づく。

「止める?」
「いいや。俺もついていく」
「勿論。自分も有川さんに付いて行きます!」




「プランとしてはシンプルだ。夜の暗闇に紛れてボートでシートピアへ近づく。だが、船舶での上陸は発見されるリスクが高い為、難しい。船舶は洋上に残し、海中を移動してシートピアに上陸を試みる」

 陣川は作戦内容を口にしながら、車の荷台にダイビング機材を積み込んでいく。
 銘斗も空気ボンベを台車に乗せて運ぶ。
 レイコさんはイブキと共に試作品の兵器をブルーシートの上に並べて確認をする。

「これは?」

 陣川がボタンのついたナイフを手に取って問いかけると、レイコさんが答える。

「それはヒートナイフです。鋼鉄の壁も切り裂けます」
「ほう。……飛び道具は?」
「そこの小銃型の装置がお勧めです。メーサー兵器の小型モデルの試作で、メーサーライフルです。デザインはアサルトライフルを参考にしていますので、扱い易いと思います」
「……なるほど。確かに」

 陣川はメーサーライフルを構えて使い心地を確認する。

「でもレイコさんは大丈夫なのか?」
「何がでしょうか?」
「いや、海中を潜るんだぞ?」
「ご安心を。その程度で錆びる体ではありません」
「それはよかった。……だが、それだけじゃない。ウエイトを付けないにしても」
「陣川様、レディに体重の話をするものではありません。……まぁ、沈む体であるのは事実ですが、浮力でコントロール可能ですので、ご安心下さい」
「そうか。……で、レイコさんの得物は? 肉弾戦だけって訳にもいかないだろ?」
「そうですね。仰る通り、基本的に機兵の小型モデルなので、肉弾戦でも問題はありません。しかし、私も飛び道具は欲しいですね。おすすめはありますか?」
「ふっ。……そうだな。それは何か改造されているのか?」

 陣川はブルーシート上にある二丁のサブマシンガンを指差した。

「機兵用装備試作をする為の実験モデルです。縮尺は5.7×28mm弾に合わせています。端的に言えばP90の改造モデルです」
「装填を上部から下部にしたのか。ブルバックはAR15、いやL85辺りか? ……確かに機兵での運用を考えたらこうなった訳か。二丁できるか?」
「このアームはイブキ様の折り紙付です」
「なら、決まりだ。十二分な威力になる」
「前に立たないように気をつけて下さいね。タマを減らしたくありませんので」
「その程度の腕ならそいつは持たせられないな」
「でも持たせるのでしょ?」
「あんたの腕は知らなくても、あんたを作ったイブキの才能は信頼できる。それとも主人を失望させるような性能か?」
「勿論。イブキ様の自信作です」

 レイコさんの返しに、陣川は口角を上げてサブマシンガンを車に積み込んだ。




 夜。東京湾内に一隻のプレジャーボートが光を消して浮かんでいた。既にそこは無人となっていた。
 そして、その頃東京湾から離れた伊勢湾沖の海底には、黒く焦げた肉塊が沈んでいた。

ドクン…………

ドクン………

 冷たい海の底で、肉塊は胎動し、失われた四肢の根本には白い骨と赤い血肉が小刻みに振動しながら、胎動と合わせて僅かずつ。しかし、確実に再生していた。
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