ゴジラvsメガロ
日輪を背に志摩市沖合の洋上を裂いて伊勢湾へと向かう背鰭が現れた。ゴジラの背鰭だ。
まもなく志摩市、鳥羽市等、ゴジラが接近している地域に警報が鳴らされる。そして、伊勢湾の玄関口である三重県鳥羽市沖の答志島、菅島沿岸では防衛隊の船舶が警戒に係留されており、対岸の愛知県側の部隊と共にゴジラの動向を警戒していた。
しかし、今回は避難指示と警戒以上の行動をしない。ゴジラと戦うのは空中円盤都市シートピアだからだ。
「艦長、ゴジラが湾内侵入前に上陸しました!」
係留された防衛艦のブリッジでは、双眼鏡で状況を見ていた艦長に部下が報告した。
凛々しい顔立ちから影で兄貴や兄やんと呼ばれて親しまれていたその艦長は双眼鏡から部下に視線を移す。
「場所は?」
「石鏡です!」
三重県の半島先端に位置する石鏡町は、ゴジラの上陸に逃げ惑う人々で混乱状態であった。
防災無線からの警報と鐘が鳴り響く。高台を目指して、港から急坂を駆け上がる人々だが、彼らはゴジラの位置を知らなかった。
坂の上から衝撃のあまり白目を剥いて逃げてくる男性。それに続いて人が押し戻される。
そして、背後の高台からそれを遥かに凌駕する巨大なゴジラの姿がヌウッと現れた。
「きゃっ!」
逃げる人に押されて若い女性が倒れ、カーブミラーに寄りかかる。その彼女が振り向くと同時に、ゴジラは咆哮を上げた。
ゴガァァァァァァァァァオォォンッ!
「キャァァァァァァァァァァッ!」
女性の絶叫がゴジラの咆哮と共に普段は静かな入江の漁港に響き渡った。
上陸を果たしたゴジラはそのまま海岸線に沿って鳥羽市内を移動し、答志島沖にある無人島の浮島へ移動していた。
一方、その上空には周囲わずか3キロの島をすっぽりを覆う直径14キロの巨大な円盤が伊勢湾内を移動し、迫っていた。
ボガァァァァアォォォオゥンッ!
ゴジラは音もなく移動する巨大な天蓋に咆哮すると、威嚇とばかりに長い尾を鞭の様に振るう。
地響きと衝撃波で、無人島の山肌が崩壊し、粉砕される。
そして、崩れた山から一際大きな岩が転がると、ゴジラはその巨体から想像できないほどの機敏さで身を翻すと、尾の先端に白い雲が現れ、瞬時で楕円に爆散。衝撃波によって尾に触れる前にその大岩は砕け散ると、無数の破片となって衝撃波と共に上空の円盤へと放たれる。
市街地や防衛隊に向けて放たれればこの一撃だけで壊滅的な被害を受けることが間違いない強烈な攻撃であるが、それが円盤を襲うことはなかった。円盤手前の空中で見えない壁に埋もれたように全ての破片は静止していた。
対するゴジラもそれをわかっていたかの様に次の攻撃へと移行していた。
ギャエェンッ!
短く鳴き、息を吸い込むと同時に背鰭が青白く発光する。
刹那、ゴジラは体を大きく仰け反らせて口を大きく開くと、直上の円盤へ向けて青白い閃光を迸る熱線を放った。
歴史上、ゴジラが最も多くの敵を屠り、怪獣王と呼ばれるに至った放射熱線と呼ばれている必殺技だ。
ゴォォォォォォン……
余韻を残し、肺に残った古い空気を吐き切ったゴジラは、一度下げた首を再び上げ、頭上の巨大な円盤を睨みつけた。
放射熱線を受けた筈の円盤には焦げ目一つ付いていない。当然である。放射熱線も先の破片と同様に円盤の手前で全て防がれていた。
『ゴジラ、面白い。実に興味深い。流石は千年前に我がシートピアを滅ぼしただけのことはある』
円盤からアントニオの声が轟いた。地上のゴジラから彼の姿を見ることはできないが、アントニオはシートピア中心部のモアイ像前にある純白の水晶でできた玉座に腰を落としていた。彼の眼前には浮かび上がった既にカブトムシに酷似した角と円錐形になって合わさった両腕を持つサナギとなっている“シード”、そしてその下にある半球体に浮かぶ円盤の下部の映像だ。そこには島から見上げるゴジラの姿が映っていた。
『だが、ゴジラ。貴様はもうお終いだ。シートピアの塵にしてくれる。破壊光線、照射準備!』
アントニオの声と同時に円盤が光り始める。光は表面を走る線となって浮かびあがり、円盤の中心を点にした無数の楕円状に広がる。幾何学模様を成したその中心点には七色に輝く光の球が発生していた。
それを見て、ゴジラも背鰭だけでなく全身から青白く光を溢れさせて発光させていく。円盤によって陽を遮られているその地ではゴジラから溢れた光が一回り大きいゴジラのシルエットとなって現れていた。ゴジラは通常の放射熱線よりも何倍にも及ぶ威力になる様にチャージし、エネルギーを練り上げていた。
ギャエェンッ!
『発射!』
刹那、ゴジラと円盤から同時に光線が放たれた。渦を巻き、より細く強力になったゴジラの放射熱線と七色に輝くシートピアの破壊光線は一瞬、空中でぶつかり合い、拮抗する。
しかし、その均衡は瞬時に崩壊する。ゴジラの収束した放射熱線は虹色の光にかき消され、一気にゴジラ諸共無人島を襲った。
ガァォォ………………
光が消え、暗転した海は荒れていた。
破壊光線は島を丸ごと消滅させ、周囲の海水も消失させていた。それによって海は空いた穴を埋める為、渦を巻き、大波を起こす。周囲の港は船が岸壁に叩きつけられ、また波に攫われる。
そして、そこにゴジラの姿はなかった。
『フハハハハハ! 弱い! あまりにも弱く、呆気ない! まさかメガロを使うまでもなく敗れるとはな! ゴジラ!』
荒れる伊勢湾にアントニオの笑い声が響く。
そして、敗北したゴジラはその肉体を失い、辛うじて消滅を免れた胴体のみが黒炭の肉塊となって波と共に海底へと流されて沈んでいった。