ゴジラvsメガロ




 数時間後、愛知県の中部国際空港滑走路に機兵隊は整列していた。
 機兵と呼ばれている体長約20メートルの量産型ジェットジャガーは、仮想敵を体長100メートルに及ぶゴジラとする対怪獣兵器としては小型である。事実、機龍ことメカゴジラは体長100メートルであり、ジェットジャガー開発も同様の100メートルを目指した開発計画であった。しかし、試作試験機であったこのサイズのモデルが特にコスト面で一機の巨大兵器を開発するよりも利点が多くあった。

「執銃。立て銃!」

 ナーガから佐々木の号令が拡声器によって響き、一糸乱れぬ動作で機兵は各々の装備する銃砲を地面に立てて置く。防衛隊の銃所持中の気をつけに当たる動作を取る。大型のロボットが整列して行う為、滑走路に音と振動が響く。
 この機兵の装備こそ、このサイズのジェットジャガーが量産モデルとなった最大の理由だ。バリエーションはいくつかあるが、その形状は小銃と類似しており、人型の機兵の装備として馴染み遠隔操作にも対応しやすい。100メートル級のジェットジャガーの装備も同様のコンセプトで打撃武器やメーサー砲の開発が成されていたが、量産には向かないものであった。それは全て専用装備となる。運用コストもメカゴジラ共々桁違いの支出となる。加えて、分離による機動性に優れたメカゴジラよりも人型のジェットジャガーは歩く以外の移動手段が一部の例外を除いて存在せず、移動するだけで大量にエネルギーを消費する。
 その移動をナーガ達メカゴジラの分離機によって補うことができる大きさの機兵は、その小銃型の装備にもコストパフォーマンスのメリットを生んだ。最も多い装備は、銃砲身が10メートル前後の44口径120mm滑腔銃。つまり、戦車用の砲身と榴弾を使用している。弾の互換とパーツの流用は装備の幅を広げ、大型な形状では対物ライフル型の長距離射程砲やメーサー戦車の改造による火炎放射器型のメーサー砲も製作されている。
 それら装備を携えた機兵隊が向く伊勢湾を挟んだ先、伊勢市上空には伊勢神宮含む市内全域を影で覆う巨大な円盤が浮かんでいた。

「実際に目の当たりにすると、想像を超える大きさですね」
「私語は慎め。……命令あるまで待機」

 銘斗の感想に佐々木は注意をするが、彼も内心同じ感想を抱いていた。
 合体したメカゴジラでも100メートル。ガルーダのいない今の合体ではそれにも及ばない。外見が如何に薄い円盤状とはいえ、その厚さも30メートルある。機兵では自身の1.5倍の高さの壁を登ることすら易いことではない。
 唯一の救いは移動速度が遅いことかと佐々木は心中呟き、苦笑する。
 機兵隊以外の部隊も伊勢湾周辺に集結しており、円盤の周囲はヘリコプターが周回している。




「対象の停止を確認」

 伊良湖水道付近の伊勢湾沿岸に辿り着いた陣川達の船は伊勢湾上空まで移動して停止した円盤を目視でも確認していた。
 陣川は船を止め、指示を仰ぐ。

「……丘からは待機とのことだ。上……いや、政府も判断に悩んでいるのだろう」

 通信を終えた陣川は渋い顔をして、目の前に浮かぶ巨大な円盤を見上げる。日差しを遮られた下の湾内は暗い。
 現在湾内は航行を禁止されている為、船の灯りもないので中心部は闇だ。
 その時、慌てた様子の部下が彼の元にやってきた。確か今は休憩時間だった筈の者だ。

「船長! テ、テレビに!」
「テレビ?」


 
 部下と共に船内の食堂へ入る。狭い船内で最も広いスペースであるこの食堂は食事以外にも会議室としても用いられており、テレビが据え置かれている。その周囲に部下達が集まっていた。
 騒然としている彼らだが、陣川の姿に気づくと左右に分かれてテレビまでの道を作る。

「何があった…………ぬぁっ!」
 
 陣川はテレビ画面を見て目を剥いた。
 そこには水晶のモアイ像を背に、純白の布を羽織って月桂樹の冠を被った西洋人男性が映っていた。
 
「番組の途中でこれに切り替わって、どの局もこの映像なんです」
「電波ジャックって奴じゃないかと話をしていて……」
「あのモアイ像って、円盤の真ん中にある奴では?」
「だから、円盤が電波ジャックしたんじゃないかって……」

 彼らは口々に伝えてくるが、陣川はそれがあの円盤からの映像だろうと何だろうと最早そこを思考を余裕はなかった。
 その映像の中心に映る西洋人男性は、厳密には西洋人顔のハーフ。性格も名前もラテン系の兄貴分で、戸籍は日本人。そして、この前三回忌を行った故人だ。

「アントニオ………」




「アントニオ! どうして?」

 イブキもまた、陣川と同じ様に動揺をしていた。

「落ち着いて下さい」

 周囲の隊員に制止されて何とか冷静さを取り戻したイブキは、深呼吸をして画面に映るアントニオを見た。
 見間違えようがない。間違いなく本人だった。
 そのアントニオは、ゆっくりと両手を掲げて声を張った。

「日本国民に告ぐ。我はシートピア首長アントニオである。我がシートピアに国民諸君、また日本への攻撃意思はない。シートピアは千年前、敵によって太平洋の海深く沈められた都市国家である。本日、我々はシートピアの復活をここに宣言し、また貴国との友好を結びたく思う。貴国の返事はここで待たせて頂ければ幸いである。ついては詳細の交渉を行いたい為、日本政府にはこの度の非礼については先にお詫び致す」

 そして、映像が切れ、テレビ局の放送休止映像に切り替わった。その後報道局の中継に切り替わり、現在の状況を伝え始めた。

 
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 翌日、陣川とイブキは名古屋城前の合同庁舎に呼ばれていた。巨大円盤ことシートピアは今も伊勢湾上空に浮かんでいる。

「……まぁ、大体予想はしていましたが、流石に運輸省の管轄っていうには無理がありませんか?」

 イブキと並んで会議室の椅子に腰掛けた陣川は対面の席に腰を下ろしている中村真彦に問いかけた。彼の他にも中部地区の防衛担当と同じく海上保安本部の次長が座っているが、2人とも正面の中村を挟んで左右それぞれ離れた位置に座っている。その配置からそもそも中村以外は発言する予定はない。この場にいた事実だけを作る目的と伺える。

「いやいや、あれは伊勢湾上空の浮遊物。一応、防衛隊もいますが、現時点では日本国外の所属を表明している未許可の湾内侵入ということで、それは運輸省の外局である海上保安庁の管轄です。自分がいて問題ないでしょう?」

 対して中村は表情を和らげた笑顔で答えた。目は相変わらず笑っていない。

「かなり無理矢理ですがね。昨日のアレは政府への声明を受けて、防衛隊を出しておいて………。まぁいいでしょう。舌戦で貴方に敵うと思えません」
「懸命なご判断かと思います。さて、何故お二人をお呼びしたかは、お察し頂けますか?」

 中村の言葉に陣川でなく、イブキが反応した。
 
「それはそちらが言うべきでは? わざわざ呼んでいるのですから」
「イブキ、アレが彼のやり口だ。感情的にならない方がいい」

 陣川がイブキに告げる。中村は手を上げて二人を制する。
 
「いいでしょう。有川博士の仰る通りです。……まずはシートピア首長を名乗るアントニオですが、お二人の知るアントニオと同一人物であるか、その確認をしたい」
「ポーカーをするつもりはありません。カードを見せて話しませんか?」
「性分です。ご勘弁を」
「………信じたくはありません」
「なるほど。……陣川一等海洋保安正は?」

 中村は視線を写し、イブキから標的を陣川に切り替えた。わざわざ階級を付けてくる。
 同時に示し合わせているのだろう。次長が頷いてアイコンタクトで圧力をかけてくる。
 つまり、階級が上として位置付けられる存在からの質問と見做される。組織人である陣川にはイブキの様な態度は取れない。陣川は嘆息した。

「口調はそれらしく振る舞っているのだろう。しかし、それ以外の外見や声は間違いなくアントニオのものであります」
「宜しい。……では、次の質問です。彼を実在するアントニオ氏本人と思えますか?」
「その質問の意図がわかりません」
「失礼。大前提で彼は日本の戸籍上故人となっています。海難による失踪としての届出なので、生存確認というのは起こり得る事象でしょう。また、現代の国際社会が浮遊する都市国家シートピアという存在を認めるとは考え難いものの、既にそれは事実として考えて頂きたい。彼は生存し、日本国とは異なる国の首長を宣言している。これに対して、貴方はあの映像の人物をご友人だと思えるか、それを確認したいのです」
「思いたくない。……ではダメですか?」
「残念ながら。踏み込んでお伝えしますと、政府はシートピアを国として認めて友好を結ぶことを前向きに検討しています。そして、できれば政府は有利にこの交渉を行いたい。その為に都合の良い解釈を残したいのです。亡命者が亡命先の首長となって交渉を持ちかけてきたならば、政府としてはその恩赦を条件に加えて有利な交渉をしたい。しかし、万が一これが別人や何らかのフェイクであった場合、我が国は世界の笑い者となる。なので、はっきりとしたお返事を」
「……わかりました。映像の加工がどの程度難しいのか知りませんが、アントニオを名乗る偽物であってほしいと思うほどに精巧です。少なくとも、自分は……我が友を見間違えません」

 陣川の回答に満足した様子で中村は頷く。

「ご回答いただき感謝します。ではこちらのカードをお見せしましょう。昨日、テレビ映像の直後、総理官邸の映像回線に直接アントニオ氏からのコンタクトがありました。テレビと同様、先方からの介入によるものです。そこでアントニオ氏からも自身は既に日本国民でなくシートピアに選ばれた首長であると表明し、我が国へはシートピアを国家として認め、友好関係を結びたいとのテレビと同様の内容がありました。また、シートピアは海底に沈むまで高度に進んだ文明であり、円盤の浮遊技術を含むその科学力を我が国に提供することを条件に、先の声明内容の他にシートピアを日本領内に停留させることを認めることなど具体的な提示を受けています」
「あの円盤だけでも現代の科学技術を凌ぐ技術をシートピアは有している。それは私も断言できるわ。でも、その技術提供だけとも思えない。……ありきたりだけど、漫画や映画じゃ軍事関係かしら?」
「ええ。先方からは現存する対怪獣兵器を凌ぐ力の提供、更に現行の機兵を上回る統括された自律制御システムの提供も約束しています」
「……つまり、私はお払い箱だと?」
「そこまで言ってませんよ。日本の優れたところは、技術の盗作に収まらず自国のオリジナル技術にまで昇華させることにあると思っています。きっと有川博士ならそれをやって頂けると信じていますよ」

 中村の言葉にイブキは露骨に不機嫌な表情をしたが、それ以上言わなかった。陣川が口を開く。

「中村さん、それは我々現代の科学力以上の軍事力をシートピアが有するということですか?」
「貴方の言いたいことはわかる。それに我々としても何の証拠もなしにこんな条件は呑みません。その為にも有利な条件を模索している。……それに彼らシートピアは既に証拠を示す用意と、それも条件として提示してきたんですよ」
「どうやって日本政府が隷属覚悟の交渉に踏み切らせる程の証拠を見せるっていうんですか?」
「今、海上防衛隊がそれにむけて準備と警戒をしています。早ければ本日中に伊勢湾内への侵入を予定していますから」
「ん? …………まさか」

 はじめは彼の言葉の意味を理解できなかった陣川だったが、次第に意味を理解して表情を変えた。
 今、如何なる戦力をもってしても人類が敵わない圧倒的な存在が伊勢湾を目指していることを思い出した。

「アントニオ氏曰く、千年前にシートピアを海に沈めた存在こそゴジラだそうです。湾内でのゴジラとの交戦と戦闘による不可避の被害についての容認、住民等の事前避難についての協力を条件として打診されています。我が国としても、ゴジラ上陸に対して相応の火力による撃退作戦と避難を行うことは必要なことです。有効な攻撃策がゴジラに対してない以上、戦力の投入は戦力の消耗と符合します。その戦力の提供、しかもゴジラを倒す戦力となれば、このプロモーションを断る理由はありません」

 中村は笑顔で告げた。
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