ゴジラvsメガロ




 その時、怪獣島海域はかつてない緊張と混乱に見舞われていた。

『緊急通信第001発令!』
『条約により、これより全ての回線は公開通信を用いる!』
『海域外へラドン移動中! 方位は東!』
『地中を複数の怪獣が移動開始! ゴロザウルスとバラゴンと思われる!』
『ゴジラ、海岸線に出現!』

ゴガァァァァァァァァァオォォンッ!

 怪獣島海域にいる各国の艦艇が慌てている中、その喧騒を一喝するかの如く咆哮が周囲に響き渡り、一瞬の静寂が訪れる。
 屈強な軍人達も萎縮させる怪獣王、ゴジラである。
 ゴジラは身体を大きく揺さぶる。それはまさに飛び込み台に水泳選手が立つ際に身体の緊張を解すかの様に。
 そして、強く大地を踏みつけ、飛び上がると大海へと飛び込んだ。

「波に気をつけろ!」

 付近の艦艇では兵士達が叫ぶ。そして、彼らは柱や手摺りにしがみつくと、大きく船体が揺れて彼らは波を被る。

「気をつけろ! ……ゴジラだ」
「下を潜るぞ!」
「……海流に乗って移動開始! 伝令を!」

 ゴジラは艦艇の下を潜り、悠然と島から離れていく。
 それは昨日、陣川達が進んだものと同じ方角であった。
 同時に、各国は日本近海に巨大円盤UFOが出現した知らせを受け取っていた。

 


 その頃、ゴジラの進行方向の遥か先、大東島近海に陣川達はいた。海流に乗った陣川達は往路の2倍以上のペースで日本を目指して移動した。それ故に彼らの船は直近まで距離を詰めることができていたのだ。
 
「船長、防衛隊の西中島艦長からです」

 共に日本へ向けて航行中の二隻の防衛隊艦艇の艦長の一人だ。もう一隻の艦長は南方艦長という。
 陣川は無線に応答する。
 
「陣川です」
『たった今、二つの報があった。一つはゴジラが怪獣島から我々と同じ進路で移動を開始した。もう一つは、種子島近海で探し物が見つかった。伝達ミスがなければ、対象は浮上でなく、浮遊したらしい』
「なるほど」
『その反応、やはり伝達ミスではなさそうだ』

 至極落ち着き払った態度であった陣川の声に西中島艦長はそう返した。その反応に違和感を抱くが、陣川の前だけにあの男が接触したと考え難いと気づいた。
 陣川とは異なる情報を西中島艦長は中村からは与えられたと考えられる。それ故に陣川の反応で彼は判断をした。
 月にいる“アレ”と共に墜ちた隕石と共に消失した巨大な存在が浮遊した。その超常に対する驚きはあっても、想像も連想もできない話ではない。
 むしろ地球に存在しながら地球生物の常識から逸脱した怪獣よりもずっと受け入れられる。

『既に領海内へ戻っている』
「つまり、随行はここまでと。……短い期間でしたがお世話になりました」
『なるほど、話が早い。流石は我が海防の霊鳥』
「昔のことです。……ゴジラ防衛ですか?」
『貴官と共に海を渡れたこと、誇りに思う。我々はゴジラ防衛の為、この海上にて待機となる。また、貴官へも伝令を受けている』
「頼む」
『陸防が巨大浮遊体への領土警戒に当たる。空防は牽制に留める。ついては沖上空を移動中の対象を継続して追跡を求める』
「なるほど。果たして誰の入れ知恵だか。……本船は現時点も海防との連携任務が継続している為、本庁への確認は留保し、伝令を受ける。対象の追跡を続行しつつ、本庁からの確認を行うことにします。……で、その陸防とは?」
『ククク、わかってて聞くとはな。貴官も面白い奴だ。……想像通り、機兵隊だ』

 西中島艦長の笑い声と共に得た回答は、彼の言葉通り陣川の予想通りだった。
 機兵。通称、ジェットジャガーで編成された部隊。それが陸上防衛隊機兵隊だ。
 そして、そこに組み込まれているジェットジャガータイプ以外のモデルのユニットこそ、彼のかつての相棒、機龍ことメカゴジラだった。




「有川さん! よくぞいらっしゃいましたぁーっ!」

 青年の良く通る声が格納庫に響いた。
 ここは富士山麓にある防衛隊駐屯地であり、機兵隊の基地だ。その格納庫の一つには、機兵と呼ばれている20メートル級の量産型ジェットジャガーが整列していた。
 そこにイブキを乗せた車両が入り、彼女が降車した瞬間にあったのが彼の声だ。
 イブキは苦笑しつつ、腰に手を立てて見上げた。20メートルの対怪獣人型無人兵器が直立する格納庫である為、天井は30メートル近い高さにあり、10メートル間隔で通路が設置されている。その一段目、地上10メートルの高さで手すりから身を乗り出して両手を高らかに振る男性の姿がある。
 彼こそ声の主、赤木銘斗だ。

「赤木君、今日も元気ねぇー」
「有川さんに会えるならどんな気分も晴れますよーっ!」

 満面の笑みで言う銘斗。童顔の彼は笑みが良く似合う。イブキより一つ歳下の防衛隊隊員だが、何故か初対面から懐かれており、会う度にこの調子だ。本日は有事である為、このような出迎えであったが、平時のシステムメンテナンス等での来訪時やちょっとした使いであると彼がイブキの研究所まで足を運んでくる。
 そんな銘斗の背後に陣川と同等の大男が立つ。その気配に銘斗は気づいておらず、笑顔で手を振っている。イブキが「赤木君! 後ろ、後ろー!」と叫ぶが、残念ながらその声は彼に届かなかった。その時既に銘斗は大男に後頭部を鷲掴みにされていたからだ。

「赤木ぃ! 出動前に何油売ってんだぁ!」
「た、隊長ぉぉぉーっ! あ、頭がぁぁぁーっ!」

 頭部を鷲掴みにされた銘斗は先程までの笑顔と似ても似つかない形相で絶叫する。

「佐々木隊長、お手柔らかに」
「有川博士ぇ! 甘やかさんでいいんですよっ! なぁ、ヒヨッコォ!」
「はいぃぃぃっ!」

 銘斗をぶらぶらと片手で釣り上げながら、連れ去っていくのは機兵隊の佐々木隊長。現在は陸上防衛隊の機兵隊に属しているが、元々は陣川の同期で共に海上防衛隊で機龍を扱っていた人物だ。再編時に機龍こと、メカゴジラと共にこの隊へ出向している。そして、銘斗と共に現在もメカゴジラパイロットである。

「有川博士、奥で確認をお願いします」
「……あ、わかったわ」

 イブキは隊員に呼ばれ、格納庫の奥にあるコンテナ型の制御室に入った。内部はコンピュータが並んでおり、奥に一見すると電話ボックスに見える透明な直方体のカプセルが並んでいる。そこに全身タイツの男女がタイツと電話ボックス内の装置を繋ぐケーブルを互いに確認し合っていた。
 順次彼らはボックスの中に入る。そして、装置についているモニターを見ながら動作を確認している。あれは機兵の遠隔操作用の装置だ。
 遠隔操作する彼らの動作と認識の調整、キャリブレーションと呼ばれる工程をしているのだ。
 機兵は元々有人機であったメカゴジラを無人機として運用する構想から開発が始まった兵器だ。その為、イブキの本格的な参加をする前の初期モデルは遠隔操作を採用している。既に電子頭脳による自律ユニットとしても運用可能な改修は完了しているが、現在も小隊長に相応する機体はこの遠隔操作ユニットを運用している。
 
「有川博士、こちらの確認です。お願いします」
「どれどれ?」

 全身タイツの男女が電話ボックス内で思い思いに体を動かす様子を眺めているイブキに、コンピュータを操作していた隊員が声をかけた。
 イブキは視線をコンピュータに戻し、隊員に促されて座席に腰を落とすとモニターに並ぶプログラムコードを確認する。

「ここね。誤学習した情報に優位を与えているわ。どういう動作?」
「空を移動する時に両手を上に伸ばす動作です」

 隊員が両手を上げて万歳のポーズを取る。

「それ、消す意味ある?」
「逆に優位性あります?」
「うーん……それは仰る通りですが、単なる指示通りにしか動けない機械でなく、自律した判断を行える柔軟なロボットがジェットジャガーの目指すところです。これは機兵モデルでも変わりません。それが運用上の問題となる動作でないのであれば、その優位性があると学習、決定した彼らの判定……いや、判断を我々も優先することが望ましいです」
「良心回路って奴ですか。……わかりました。ただ、優先順位は下げて下さい。今だと飛び上がるだけでこの動作を行うので」
「わかりました」

 イブキは了解し、プログラムを書き直す。




 間もなく機兵隊の出動準備が整った。
 機兵はまず大きく二つに分けられている。待機と出動。
 そして出動するユニットは更に2列に分かれ、それぞれ並んで台車に乗っている。
 それぞれの台車の先頭には巨大な車両が牽引している。2つの車両は互いに異なる形状をしていた。
 一台は自走式対空高射砲の一種といえる形状をしている。戦車同様の装甲付き無限軌道、その上の砲台には車幅以上の巨大な砲身の4連装大口径砲を左右に持つ。砲塔中心部には光学カメラとレーダー管制が一基内蔵。その通常の戦車の倍以上になる巨大戦車の名は「ガンダルヴァ」。
 もう一台は車両前部が左右に分かれた水陸両用の戦闘車であり、それぞれに装甲付きの対空機銃、先端には水平発射ミサイルが搭載。そして主砲はパラボナアンテナ型の砲塔があり、対怪獣兵器の一つである高出力のメーサー砲となっている。また、装甲下には対潜ミサイルも内蔵されている。この移動する武器庫とも呼べる巨大な水陸両用メーサー戦闘車の名は「ナーガ」。
 この2台によって機兵は輸送時の燃料問題を解消させている。

「ナーガ、佐々木。これより発進する。赤木」
「ガンダルヴァ、赤木。了解。これより発進します」

 2機を操る者こそが先の佐々木と銘斗であり、即ちこの2機こそ機龍こと、メカゴジラである。メカゴジラは水陸空3機の合体ロボット兵器である。

「有川博士、現在ガルーダはメンテナンス中です。今回はヘリによる輸送となります」
「……今日は帰ってもいい?」
「申し訳ありません。今回は通常の怪獣戦闘とは異なる為、同行頂きたいです」
「ですよねー……」

 イブキのいるコンテナは間もなくヘリコプターによって吊り上げられ、機兵隊は基地を出動した。
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