ゴジラvsメガロ
クァァァアァガァンッ!
雲一つない晴れ渡った青空に負けないほどに青い太平洋の奏でるさざなみに紛れて怪獣の声が聞こえた。
「今のはアンギラスですかね?」
「恐らくな。………いいか。防衛隊からの通信を絶対に聞き漏らすな。海中を移動する怪獣は勿論、頭上をラドンが通過したら、その瞬間に本船は木っ端微塵だ。加えて、他所も警戒が高まってる。下手なことをしたら国際問題どころか即撃沈なんてことになったら目も当てられない」
「了解」
陣川がブリッジで船員に危惧を伝えるが、部下はその言葉のすべてを真実と思っていない。船長の言葉は絶対厳守。それ故に心中は押し込んで応えている。それが彼を含めてこの場にいる部下達の顔には書いてある。「まさか」
と。
「これは誇張でない。怪獣島近海というのはそういう場所だ。今頃、防衛隊の艦内は皆ピリピリと神経質になっている頃だ。通信には気をつけろ。身内と思って気を緩めると、内輪揉めの種になる。さっきの話も。確かに友好国ならいきなり照準を合わせてくることはないだろうが、ここにいる国はそればかりではない。日本に銃口を向ける口実が欲しい国だってある。開戦の口実を作るくらいなら本気で身内の船も沈める。……ここに派遣できる隊はそういう覚悟をしている連中だ。少なくとも、俺がいた時は」
「「「………」」」
ゴクリと生唾を飲んだ彼らを見て、陣川は頷いた。
陣川の言葉に誇張はなかった。元々ここにいる者達は、いつ事故で怪獣の被害に遭って沈没するか分からない海域で、いつ気まぐれに自国へと牙を向けてくるかわからない怪獣の警戒を日夜行っている。そこに今回の巨大潜水体による事案の発生だ。日本以外の国々も互いを牽制し合っている。
この海を知っている元防衛隊員という点で陣川を選抜した上層部の判断は適当といえる。
しかし、それが防衛隊と海上保安庁だけの判断ではないことを出発前に陣川は告げられていた。
映像研修を修了した陣川が部下達と船の出発準備に向かった後、彼は船を係留していた保安所の会議室に呼ばれた。
建物の入口には政府の公用車が待機しており、客人は政府の人間であると予め察することができた。
「はじめまして。余剰な挨拶は省く方がいいと自分は思いますが、これも慣習というやつでしてね。……中村と申します」
会議室には背広を着た男性が待機していた。
男は皮肉めいた言葉を告げつつ、無駄のない挙動で名刺を陣川に差し出した。名刺には『運輸省 中村真彦』と書かれているだけで、配属も役職も書かれていない。
「運輸省? 何故自分に?」
「訳あって自分の詳細は伏せさせていただきます。……運輸省が気象も管轄しているのは?」
「気象観測ですね。勿論存知てます」
陣川が答えると、中村は満足気に頷く。つまり、それだけ理解していればいいと彼は言いたいらしい。
中村は予め机上に準備していた茶封筒を手に取り、中から写真を取り出した。
「写真?」
「電子データは漏洩のリスクがある為、今でも前世紀の手法を用いてます。もっとも、今の時代、例えば監視カメラの映像を解析することで手元の資料を覗き見ることもできます。気休め程度と思っていますがね」
そう言っているが、中村は窓に背を向けて自身の体で写真が屋外から見えないようにして立っている。この会議室は言わずもがな、カメラの類はない。
そんな彼の言動に注視しつつも、陣川は写真を見る。
写真は3枚。1枚はイースター島近海に落ちた隕石の軌道をプロットした画面を写している。それによると、隕石は地球に落ちる前に2つに割れて、片割れは月に落下したらしい。
そして、2枚目がその落下点である月のクレーターということらしい。
「それは月の裏側を観察している衛星画像です。まだ公式発表はされていませんが、この直後に撮影をした中国の衛星はロストしています。同時にこの衛星を通信の中継にしていた月面探査機も行方不明になってます。その最後に送信された画像がそれです」
「………」
3枚目の写真を見て、陣川は眉を寄せた。内心では「なんだこれは?」と呟く。
探査機が隕石落下の衝撃で吹き飛んだのか、全く焦点は合っていない。しかし、それでも写真が何を写しているかはわかる程度のものだった。斜めのアングルとなっているが、下は月面を写し、山のような起伏が激しい月の裏側の地形もブレているが輪郭を残している。中心に衝撃で巻き上げられた砂が舞っているらしい。丸いベールを作っている。問題はそのベールの中にある存在だ。シルエットにもなっていない。ただ、太陽との位置が良かったのだろう。そこに大きな何かが存在していることはわかる。そんな影があった。それだけならば、光の効果とも思える。だが、光っていたのだ。影は目を凝らすと両手を広げて立っている姿にも見える。背中や頭部、腰から下は広がっており、その造形を想像することも困難だが、頭部と思われる位置に赤い光がある。人工的な光だ。赤い弓形の光が幾重にも連なっている。ブレがなければ、それは赤い弓形の人工的な光だと想像できる。
つまり、隕石とは考え難い何かだ。
「改めて、2枚目を」
言われるがままに月面の写真を確認する。クレーターにドーム状の砂煙が上がっている。この写真では中に何があるか分からない。
「粉塵の規模、探査機の位置がわかりますか?」
「………嗚呼。…………ん?」
クレーターの端に目を凝らすと探査機があった。砂煙の大きさと探査機の位置を確認し、もう一度3枚目の写真を見る。
陣川は中村の意図に気づいた。大きいのだ。錯覚や光の影響ではない。明らかに写真に映る影が大きくないと説明がつかない。
「勿論、既に調べています。推定される赤い光の位置は地表から100メートルとのことです」
「………。つまり、何がいいたいのですか?」
「そこはお察しの通りです。残念ながら今の我々人類には月の裏側の“それ”に対応できる実力はありません。幸い観測したのが中国だったので、情報は各国の政府中枢レベルで留められています。問題は、“それ”と共に地球へ飛来した隕石の方です。ご存知でしょ?」
中村が陣川を訪ねてきた意味を理解した。同時にこの派遣の背景も察した。それから単なる運輸省の役人は政府中枢レベルで秘匿された情報を持ち歩くことはできない。
彼の立ち位置を察しつつ、陣川は目の前の男に確認すべきことを口にした。
「イースター島の海底にあった物が怪獣島に移動したと考えているんですね?」
陣川の問いに中村は写真を封筒に戻しながら、告げる。
「君がイースター島近海を調査していた頃、米国の漁船に奇妙な噂が流れていたらしいです。それは海底の高さが変わるというものです」
「その漁船はどこで漁を?」
「カルフォルニア沖だったみたいですよ」
「……………」
海流に乗っている場合、ペルー海流によってイースター島から南米大陸に近づき、赤道海流と逆流を行き来しつつ北上、最終的に黒潮に至る北赤道海流に乗ったという仮説ができる。
しかし、そのほとんどの海流が表層を流れている。深いものなら1000メートルの深海に中心が下がる場合はあるが、この場合は海流に沿つつも物体自らが海底付近を推進力をもって移動している可能性が高くなる。
「流石は船長。話が通じ易いのは助かります。推進力の有無はまだ憶測の域を出ませんが、少なくとも今は表層海流に沿って移動しています。巨大な潜水体の行き先として有力な候補はいくつかありますが、そのほとんどが日本の領海になる日本近海です。中でも黒潮へ入っている場合は東京へも接近します」
「だが、それは日本に限ったことではないのでは? 海流に沿って移動している可能性が高いだけで、推進力を持っている可能性も高い」
「えぇ。だから、各国の警戒も高まっています。それ故の怪獣島近海……というわけですよ」
中村は目を細めて笑いかけたが、その目は全く笑っていなかった。
陣川は船員に告げてブリッジを離れると、階下の観測室に入った。本船は今回の任務にも含まれている哨戒に対応できる観測設備を整えている。同行する防衛隊の艦艇は更に対潜哨戒設備を充実させているが、その担い手たる航空支援がこの海域は怪獣の存在から制限を受ける。
そして、陣川が確認したいのは現在の海域でのデータではない。ここまでの道のりで調べたデータだ。
燃費の都合、最も有効な策である黒潮に逆らって移動することはできない。それでも黒潮の内側を通ってこの海域を目指した。何か観測できていた可能性はある。
同時にこの後の方針を防衛隊と決めることになる。それはここで捜索を行うか、速力を上げて黒潮に乗って日本を目指しながら対潜哨戒を実施する強行軍にするか。
「………否、だから俺を中村は選んだのか」
答えは決まっていた。ここで探しても消息を絶った艦の残骸が見つかるだけでも幸運だ。しかし、海に散った後輩達に陣川が手向けるのは冥福の祈りでも、墓標となる残骸でもない。彼らの最期が何であったか、その真相だ。
全速力で黒潮を駆けながら対潜哨戒を三隻で行う。それが陣川の結論だった。
そして、同時にそれを防衛隊の二隻に対して持ちかけて、聞く耳を持つのは海上保安庁、海上防衛隊双方でも陣川ただ一人だろう。これが中村の狙いかと苦笑し、陣川はブリッジに戻った。
怪獣島近海にいた他国の艦艇は何事かと思ったことだろう。海域へ入って間もなく、日本に戻る。しかも、先陣は海上保安庁の船舶。両舷に艦艇が追従している。
その光景に彼らが何を思ったかはわからない。
しかし、僅か1日後、彼らはその奇異な行動に出た三隻が最善手を取っていたことを知る。
「なんだ……」
種子島沖の海面が突如盛り上がり、海中から円形の島が現れた。漁師は唖然としながらその光景を見つめていた。
大波が押し寄せ、漁船は大きく上下する。
島は円形をし、海岸は直角に切り立った崖になっており、その全体は土砂と岩に覆われており、所々には鯨類の骨や船の残骸も残されており、浮上時に巻き込まれた魚がピチピチと岩肌を跳ねていた。そして、その中心部にはドーム状の建造物とその奥にドームを抱えるように聳える銀色のモアイ像があった。ドームは白い半透明の光沢を帯びた繋ぎ目のない半球体になっており、内部には金色の円盤とその下に“シード”が変化したサナギが胎動する繭が浮かんでいた。金色の円盤が繭を吊り上げているのだ。
そして、モアイ像とドームがある中心部から島全体へと放射線状に発光する。光は波紋の様に中心から広がり、消え、再び光る。点滅は無細工でなく、元々そこに存在する発光部が光っていた。それは中心から放たれた信号を島全体に広げているようであった。
次第に発光は島の側面に下部から消えなくなり、確実に側面部の発光箇所は層を重ねていく。それを見つめる人々は視覚的にその意味を解釈した。即ち、エネルギーの充填状況を示していると皆が思った。
そして、それは正解であった。
まもなく、島全体に光の筋が帯びると、島はゆっくりと浮き上がりはじめた。人々は呆然と見上げていた。巨大な浮遊した島を見上げる人々は既に島という認識をそれに対して抱いていなかった。
直径14.4キロの飛行体。即ち、超巨大円盤UFOと人々は認識していた。