ゴジラvsメガロ




 “リラックス”という文字と正体不明の黒いマスコットキャラクターが踊っているアニメーション映像が表示された後、画面が切り替わる。

『テクニックV制作』

 軽快な音楽と共に背景画像が切り替わり、タイトルの文字がフェードアップで表示される。

『怪獣島の歴史』

 タイトル画面が暗転し、画面比率4:3の映像が流れる。燃え上がる街を背景に悠然と歩くゴジラの姿が映されていた。
 やや高音ながら無機質な女性のナレーションが入る。
 
「怪獣王ゴジラ……。戦後まもなく日本を襲った最初の怪獣です」

ギャガゴァァァァァァァァァオォンッ!

 ゴジラは背筋を伸ばし体を大きく動かして空を仰ぐ様に咆哮する。同時に鋭く大きい背鰭が揺れ、長い尾は別の生き物の様にうねった。

「ゴジラに防衛隊は様々な兵器で応戦。しかし、有効な攻撃を見つけられないまま、東京は壊滅してしまいました」

 ドドンッ! というサウンドエフェクトと同時に映像が停止し、色彩がネガ反転する。
 続いて映像は旧体制の連邦国に出現した巨大な蛾の怪獣モスラが現れた時のものに切り替わる。

「ゴジラに続き、インファント島の怪獣、モスラ」

 映像は切り替わる。次は九州とニューヨークに飛来した怪鳥ラドンのそれぞれの映像。別個体と考えられており、体色など若干その姿が異なる。
 そして、木々を薙ぎ倒しながら密林を突き進む暴龍アンギラスの映像が映る。

「その後もラドン、アンギラスと怪獣は次々に現れました」

 続いて太平洋上で行われたゴジラに対する核兵器攻撃、米国の戦争で目覚めたアンギラスに対して使用されたナパーム弾の投下攻撃、モスラの繭に対して使用された特殊熱線攻撃、防衛隊の隊員が敬礼した後にミサイル迎撃を始める映像が流れていく。

「人類は怪獣に対して抵抗をしました。前世紀は怪獣と人類の戦いの歴史とも言えました」

 ポロン! とピアノのサウンドエフェクトが入り、画面が地球のグラフィックに変わる。
 そして、日本の南東、北太平洋上の孤島が拡大される。

『南海の孤島であるこの火山島は、天然ウランが採掘されることから戦時中は旧日本の支配下に置かれ、戦後は連合国に渡った歴史があります。しかし、戦前に旧日本の艦隊が発見した当時よりこの島は前人未踏の無人島であり、戦時下にウラン採掘で上陸した旧日本軍も、後の米国軍も脅威としたのは敵対国家ではありませんでした。そもそもそれは人ではありませんでした』

 映像はセピア色になった白黒写真に切り替わり、ウラン採掘に上陸した旧日本軍の兵士達の写真。写真がスライドして巨大なカマキリの怪獣、カマキラスの幼体を倒した際の記録と思しき写真になる。兵士達は銃剣と砲台を背に横たわるカマキラスの幼体を前に笑顔で写っている。
 写真はカラーになり、アメリカ軍に写る兵士は変わった。巨大なトンボの怪獣メガネウラの幼虫、メガヌロンの死骸に星条旗を掲げて勝利をアピールしている。
 これらの写真に対して当時の人間は怪獣への勝利する軍というプロタガンダになったのだろう。それを意図した構図でもある。
 しかし、冷静に見ればここに写るのは全て幼体。成体はない。当然だ。成体は当時の人類の兵器で勝てることが殆どなかった。それぞれを研究し、有効な攻撃手段が見つかった場合に限り、その有効な専用の攻撃によって駆逐していた。それが人類と怪獣の戦いだった。
 それに厳密な定義に収められない存在を人々は怪獣と呼称するようになった。メガヌロンやカマキラスはある程度既存の科学でも扱える存在である為、巨大生物と呼び分けられる場合もある。
 その怪獣の筆頭こそ、ゴジラだ。

「島は独特の生態系をつくり、人の侵入を拒みました。島の生存圏をかけた戦いは世紀末まで続きましたが、その終止符は突然のことでした」

 島の写真にヒビが入り、ガラスの割れるパリン!という音と共に砕ける。そして、ゴジラの島への上陸時の映像が流れる。
 兵士達が機銃で応戦するが、気休めにもならない。次々と海岸へ向かって逃げていく中、ゴジラは地響きを上げながら島内の火山を目指す。
 更に映像が別の日、別の場所で撮影されたものに変わった。島の中でなく、沿岸付近の洋上にある船舶から撮影されたものだ。空を映し、兵士達が叫ぶ声と空気を切り裂く高い音が響いている。カメラが動く。設置されたカメラを取り外して誰かが手で操作したのだ。手ブレが著しい。
 しかし、空を飛び、まっすぐ山の火口付近で旋回を始めたラドンの姿を捉えた。

「島はゴジラ、ラドンと集まり始め、その後もアンギラスやバラン、マンダなどの怪獣の姿が確認される様になりました。この頃には怪獣島と呼ばれるようになり、領地としていた米国も単独での統括は困難であると判断し、その処遇を国連の場に持ち込みます」

 映像が国連総会での議決の場面になる。反対する国家はごく僅かで、圧倒的な多数の支持で可決された。この反対した国家は島を核によって攻撃する強硬派の意見を支持していた。しかし、最終的にはそれでゴジラを倒せなかった事実があること、万が一それによって人類と怪獣の均衡が崩れた場合、各国の存続すら危ぶまれるというリスクを天秤にかける交渉があり、反対派もこの決定に合意した。

「こうして締結された条約こそ、通称“怪獣島条約”です。条約により、怪獣の生息域とされている島とその周辺海域はどの国の所属でもない領域と定められ、国連の名の下に太平洋沿岸の主要国が観察、警戒、研究を行っています」
 
 画面には主要国の国旗が並ぶ。日本、アメリカ、ロシア、中国、オーストラリアなどを筆頭に約50カ国が該当し、これら怪獣島周辺領域の管理を行っている。これは国連条約への批准と自国への被害が生じる恐れがあるという大義によるものであるが、ゴジラを筆頭とする怪獣の生命には多くの謎がある。それは巨額の投資をする価値が十二分にある人類への福音を秘めたものでもある。
 実際に近年の発明や発見の裏に怪獣研究の成果物が存在する例は少なくない。大国一つでは手に余る程に扱い難い一方で、怪獣は極論だが、金になるのだ。

「怪獣島条約には厳格なルールがあります。国際ルールを守り、安全な業務遂行をお願いします」

 “安全第一”という文字とお辞儀をする正体不明の黒いマスコットキャラクターがスケボーに乗って画面を横切りフェードアウトするアニメーションの後、映像は終了した。




「いやーすまなかったね。これも規則なもので。……退屈だったでしょ?」

 部屋が明るくなり、パイプ椅子に座って視聴していた陣川に海洋防衛隊の制服を着た士官がプロジェクターの片付けをしながら、笑いかけた。
 面識はないが、互いに元同僚であったことを知っている。笑顔というよりも苦笑だ。
 確かに、この自動車教習所をどことなく思い出す映像は怪獣島条約締結からずっと使われているものであり、陣川も防衛隊員であった頃に怪獣島近海へ赴く際は毎回見ていた。退屈だったのは否定できない。

「ローテの都合とはいえ、わざわざ自分だけの為に申し訳ない」
「いやいや、つい数年前まで磁気テープを使っていたのがやっとデジタル媒体になったとはいえ、今時再生機器を必要とする媒体ってのが、いやはやお役所仕事で申し訳ない」

 映像のどの点を取ってもオンライン視聴を可能にできない理由は見当たらない。そもそも外注制作している時点で秘匿の必要があってオンライン化されていないというのは考え難い。

「構わない。大蔵省の財布の紐が硬いのはいつものことさ」

 立ち上がった陣川は部屋の入口に置かれた机へ移動して、書類に視聴完了の署名を書き込んで防衛隊員に礼を告げて退室した。

 


「待たせたな」

 廊下に陣川が出ると、海上保安官が整列して彼に敬礼した。彼らは陣川の部下だ。ここでの陣川の階級は一等海洋保安正。今回の任務においては船長を担う。
 陣川達の船はこれから艦艇捜索に防衛隊と共に行う。陣川からすれば、後輩のいた艦艇の捜索に自らも同行でき、海底の穴と同じ大きさの正体不明の潜水体が因果関係を疑われている現状は問われれば率先して立候補する状況だ。
 勿論、陣川の気持ちを汲んで命じられたものではない。怪獣島条約の海域は日本から見れば外交上も国防上も非常にデリケートな地勢にある。日本本土から離れた海域ではあるが、領海は近い海域である。海流は日本に向かい流れており、条約前は日本の輸出入で通過する貿易ルートでもあった。また、公海上であるが、アジア諸国が堂々と東シナ海から武装した艦艇を移動させる理由にもなる。今回の原因が他国の潜水艦であった場合の外交問題は日本にとって重大だ。そして、現時点までに名乗り出てこない以上、発見時に相応の対応が必要となる。軍同士だけで接触してはいけない事案だ。
 しかしながら、海保だけで対応できる相手でもない可能性もあり、そもそも防衛隊側が心穏やかにそれを了解するとも思えない。
 そこで白羽の矢が陣川に立ったのだ。元防衛隊で行方不明者達の先輩でもある陣川が捜索の陣頭に立つことで、皆の溜飲が下がり、捜索によって何かの接触が生じた場合も対外的に説明がつく。
 結果、陣川は自身の担当船舶と防衛隊の艦艇2隻を伴って、怪獣島条約の海域を目指して日本を出発した。
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