ゴジラvsメガロ
《コピー作成完了》
《再起動開始まで》
《3……》
《2……》
《1……》
《再起動》
視界が明瞭になる。両手を確認する。薄暗い室内だが、自身の白い両手を確認できる。
視覚、触覚、聴覚共に明瞭。
状況を確認。
「…………っ! 陣川様?」
レイコさんは自身がジェットジャガーと接続してシートピアをコントロールすることに成功し、その代償として身動きが取れなくなっていた。それをアントニオは現れた。
そんなレイコさんの危機を陣川が助けたのだ。
陣川はアントニオと対峙し、アントニオが真の姿を現した。
故に、レイコさんはシートピアの制御に必要となる機能を残した一部を戻した。これまで高性能過ぎるほどに思いのままであった体が今は少し重たく、動作が鈍く感じるのはその為だった。
「闘ッ!」
「ぬぁぁぁぁぁぁぁあああっ!」
「陣川様っ!」
薄暗いジェットジャガーの機内で、空気が振動し、その衝撃と共にヘルメットを被ったパイロットスーツ姿の陣川が黒い外骨格に守られた腕が4本ある人型の昆虫戦士の姿となったアントニオに蹴り飛ばされ、壁に叩きつけられる。
床に倒れ込む陣川。叩きつけられた壁は凹んでいる。
レイコさんは背中に繋がっているケーブルを抜き取り、彼に駆け寄る。
「もう……大丈夫なのか?」
「はい。既にシートピアは私の分身であり、一部です。このまま太陽へ行き、全てを終わらせます」
「よかった。……なら、あとは…………奴だけか」
「はい」
レイコさんと陣川は、非常灯に照らされた長い触覚を生やした大きな複眼が朱色に光るアントニオを見据え、ゆっくりと立ち上がった。
「機械人形の加勢か? いいだろう。元々破壊するつもりだ。手間が省ける。かかってこい」
対するアントニオは首を傾げて両手を広げ、余裕の態度を示して言った。
この挑発に乗らない理由はない。二人は頷く。
「行くぞ!」
「了!」
二人は同時に二手に分かれて走る。レイコさんが壁にあるボタンを拳でカバーごと叩く砕いて押す。非常ランプが点灯し、壁の一部プレートが外れる。そこには消防設備と歩兵用サイズの武器が入っていた。武器は斧、バール、伸縮式の長竿、超小型メーサー搭載の伸縮警棒。レイコさんは長竿、陣川は警棒をそれぞれ装備。
レイコさんは長竿を棒高跳びの要領で伸張と同時に床へ突きつけ、自身を飛ばす。陣川も警棒を横に振って伸張させ、先端部からバチバチと青い電撃を迸らせる。
「遅いっ! あくびが出るほどに遅いぞぉ!」
アントニオはそう言い放ち、床を蹴り、垂直に飛び上がる。
「地球人はこういう時に叫ぶのだったなぁっ! こうぉ………」
飛び上がったアントニオは2本目の手で天井を掴み、肘を曲げてバネにする。同時に両足を曲げる。
迫るレイコさんの飛び蹴りにアントニオは天井から手を突き放して、足をレイコさんに向けて飛んでいく。レイコさんの飛び蹴りの足を正面から蹴り返そうとしているのだ。
そして、アントニオは叫び、双方の蹴りがぶつかる。
「G(グレート)・O(オーバー)・K(キネティック)・I(インテンシブ)キィィィィィィーック!」
G・O・K・Iキックはレイコさんを押し蹴り、床に火花と凹みを作りながらレイコさんはバウンドし、そのまま扉を吹き飛ばして機外へと消えた。
アントニオは床をスライディングし、腕を横に突き出すと、警棒を振り翳す陣川の胸板にラリアットする。
「がはっ!」
肋骨がボキボキと音を上げた。心臓がショックを起こす。
「……!」
「ぬぁっ!」
意識を消失する瞬間、宙を舞った警棒に体を接触させる。
「かはっ!」
壁に体を傾けて辛うじて踏みとどまる陣川は、落下する警棒を逆手で掴み、過ぎ去るアントニオの背中にメーサーの電撃を押しつける。
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
ヘルメットの中で陣川はニヤリと笑みを浮かべる。
その視線に見送られるアントニオは床に倒れ、そのまま転がり、レイコさんが蹴り飛ばされた出入口から落下した。
「待ちやがれぇ………」
陣川は壁伝いに歩きながらも、パイロットスーツ越しに腕にある突起に触れる。ヘルメット内にメニュー選択音が聞こえる。
陣川は小さく「上、上、下、下、左、右、左、右、B、A」と呟きながら突起を押していく。
《……実行》
「ぐはっ! ……ひゅー、……ひゅー、……ふぅ」
陣川は苦痛に顔を歪めつつも、次第に呼吸を整える。
今、彼が操作したのはパイロットスーツではない。彼はインナーとしてプロテクトスーツを重ね着していた。それを操作したのだ。
耐衝撃性は重ね着によって既に十分であった筈だが、アントニオの力はそれを上回っていた。ラリアット一発で胸の肋骨複数を折られた。これに対して、アントニオは無理やり防御力と折れた肋骨の補助をした。スーツの耐衝撃性を引き上げるコマンドを入れた。
アントニオやレイコさんの表面強度に匹敵するレベルにまで引き上げた。その状態で身体を動かせるようにする為には、硬度を上げるだけではできない。肉体に密着させ、身体の動きと一体化させる。その代償は今、まさに呼吸をするだけでも苦しく、内臓が潰れそうな程に肉体へかかる圧力だ。心臓はスーツが無理にでも動かし続ける。呼吸は、高まった心拍と鍛え上げた筋肉が圧力に抵抗しながら肉体を守りながら、肺を動かす。
目を血走らせながらも、陣川は壁から体を離してジェットジャガーの機外へ向かった。
「今……行くぞ」
喉の奥から掠れて低くなった声を絞り出しつつ、陣川はワイヤーを掴み、飛び降りた。
崩れたシートピアの建物跡にレイコさんは落下した。
立ち上がるところに、アントニオも落下。彼女の前で地面を転がると、両手で地面を叩いて体を跳ねさせ、起き上がった。
「もう無駄です。あと僅かな時間でシートピアは太陽の重力に引かれるところにまで達します。同時にシートピアのコントロール装置は完全に破壊されることになっています。もう遅い。残念ですが、メカゴジラにある地球の脱出装置では良くて宇宙空間を漂流、高確率でシートピアと共に太陽に引き摺り込まれます」
「なるほど。………確かに、シートピアは太陽に引き摺り込まれる。それは逃れられないらしい。………だが、貴様の言葉にはこれっぽっちの信用もない! 無駄ぁ? 遅いぃ? これが貴様一人ならば信じていただろうさ。だぁが、しかしィィィッ!」
破損した長竿を投げ捨て、スカートの土汚れを払ったレイコさんが淡々と告げる。土埃は僅かに滞留しつつも地面に落ちる。シートピアの人工重力がまだ機能している為だ。
対してアントニオは第一の両腕を腰にあて、第二の片手を額の触角の生え際に添え、最後の腕をレイコさんに向けて指を突き立てた。
「陣川がいるゥゥゥゥゥゥっ! 貴様はそんな状況でぇ、決死戦には望まないィィィっ! 陣川を生かすっ! 絶っ対に、ダッ! …………だから、あるのだろう? 陣川を生存させる脱出手段がァァァァ?」
そして、少し間を置いてアントニオの指が動いた。
トン、トン、トンと。
笑いながら、彼は身を退け反らせた。
「ぬァァァァァァァるぅほどぉぉぉぉぉおおおっ! こいつはぁっ、傑作だァァァァァァァっ! よくぞ存在に気づいたと褒めてやろう! 何せ、この瞬間まで、我もその存在を忘れていたのだからなぁぁぁあっ! …………そうか、あったなぁ。我らがこの星に来た際に使った隕石に擬態した舟ガァァァァァっ! 確かに、アレならば地球へ行ける。シートピアを掌握した際に見つけたのか」
「…………」
「感謝するよ。思い出させてくれてね。………まぁいいさ。シートピアがなくてもガイガンのいない母星であれば、再び力を蓄えることも、他の星を植民地にする時間も得られる。ガイガンのコントロールに成功した結果、種の滅亡寸前まで増え過ぎた我々だが…………。我が再び覇権を得るのは容易い」
「覇権? ………そういうことですか。つまり、貴方達はガイガンの支配によって人口爆発が起き、ガイガンの支配を貴方達は同胞から奪い、この侵略を強行した。それならば、ガイガンや星の命運を掌中に収めながらも、少数であったか。合点がいきます」
「それがどうした? 手を貸してくれるのか?」
「いいえ。望郷の果てに侵略戦争をしかける蛮族に貸せる手は待ち合わせておりません」
「ガラクタがァァァァァっ! G・O・K・Iパァァァーンチッ!」
遂にレイコさんの挑発に乗ってアントニオが拳を引いて飛びかかってきた。
対するレイコさんも拳を構える。
そして、アントニオの頭上に向かって叫んだ。
「今です!」
「っ!」
レイコさんの言葉でアントニオは頭上を確認した。
しかし、既に遅い。彼の体は既にスピードに乗っていた。頭上に飛び掛かる陣川は警棒を振り翳していた。
「うぉぉおぉぉぉおおおおおっ!」
「さぁせるぅかぁぁぁぁぁぁあっ!」
アントニオは第二の腕で陣川を迎える。
ヘルメット越しにアントニオと陣川の視線が合った。
「!」
陣川の目は笑っていた。勝機を見る者の目であった。
そして、陣川の警棒をアントニオが払い、防いだ瞬間、陣川は体を捻った。肘を構える。そのまま肘をアントニオの背中に落とす。
同時に、エルボードロップを受けたアントニオの眼前には、レイコさんの正拳突きが迫っていた。
「ぼまぃぇえー」
頬から顎へとレイコさんの拳を受け、呻き声を上げながらアントニオの体が捩れる。そして、地面に叩きつけられた。
「陣川様、今のうちに」
レイコさんが倒れたアントニオを一瞥し、陣川に告げる。
それと同時にシートピアの瓦礫が崩れ、地面に隠されていたアントニオ達、第三期のM宇宙ハンター星雲人が地球へ来た際に乗っていた舟が姿を現した。舟は凹凸のない球体で、乗り込み口が表面から現れた。
同時にジェットジャガーの腕が突き刺さるシートピアのコントロール塔で爆発が起きた。
「うわっ!」
「人工重力がなくなりました」
陣川達を始め、周囲の物が浮き上がる。
陣川とレイコさんは瓦礫に捕まり、姿勢を整えてから舟へ向かう。
「行かせるかァァァーッ!」
アントニオが怒声と共に現れ、舟を蹴り飛ばした。舟はシートピアの表面を転がり、メカゴジラにぶつかって止まる。
「アントニオォォォォォオッ!」
「行くのは、我だっ! 貴様はこの宇宙の塵となれェェェェエッ!」
宙に浮かぶ瓦礫を蹴って、陣川へとアントニオが飛び掛かる。
「陣川様! 共にっ!」
「応っ! 行くぞっ!」
陣川とレイコさんは互いの顔を見合わせて頷くと、迫り来るアントニオに対し、同時に拳を引き、互いの手の甲を合わせて突き出した。
二人のダブルパンチはアントニオの拳を弾き返した。
「んなァァァんだとぉぉおおおおおっ!」
アントニオは絶叫を上げながらシートピアから突き飛ばされた。
宇宙空間に投げ出されたアントニオは、シートピアを睨み、そして振り返る。そこには地球が浮かんでいた。
「忌々しい……地球。だが、我が肉体が真空程度に屈しはしない。どんな手段を使ってでも、地球へ戻ってやるぞ。………ん? なんだ、あの光は? …………え?」
次の瞬間、アントニオは地球から伸びた一筋の光に飲み込まれ、何が起きたかわからないままに消滅した。
「あの光は?」
「推測では、ゴジラの放射ビームです。恐ろしい射程です」
「恐ろしい……って、そんな次元じゃないだろ? どれだけ地球から離れたと」
「それよりも、乗り込みますよ」
陣川の手を引いてレイコさんは舟に乗り込んだ。
船内は無機質な円形の空間であった。地球の技術とはかなり違う。
しかし、レイコさんは臆することなく、中心へと歩き、床へと手を置く。この中には人工重力があった。
そして、レイコさんの前に操縦用のものと思われるテーブルが現れ、眼前の壁が透過した。地球が見える。
「……確認できました。シートピアに使われていたプロトコルと同一でしたので、操作可能です」
「じゃあ」
「はい。地球へ、帰りましょう」
レイコさんが頷く。
それを確認して、陣川も「ああ」と頷いた。
「一緒に帰ろう」
無限に広がる宇宙にある無数の星々の中にある一つの星、地球。
その小さな島国、日本。
その中にある御前崎の海岸に程近い墓地には、今日も友が供えた花が風に揺れていた。
《終》