ゴジラvsメガロ




 南太平洋上、絶海の孤島がそこにはあった。
 島にある原始的な木と葉で作られた家屋が集まった小さな集落。そこは嵐が来たかのように荒れており、人の気配もない。
 その集落を見下ろす丘に人の顔を模した巨石が立っていた。後にモアイ像と呼ばれるそれは、島の中に点々と存在した。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 モアイ像の視界を掻い潜る様に草木の影を走るのは、植物の繊維と蔓で作った服を着た少年であった。全身は土と傷で汚れている。
 彼は頬を伝う汗を手の甲で拭う。頬が土で茶色くなるが、それを気に留めることはなく、その少年はヤシの木の幹に体を隠しつつ、脇から島の外を覗き見る。
 そこは小高い丘になっている場所にあり、島と海を見下ろせていた。海にはこの島と同程度の大きさの都市が浮かんでいた。都市は円形をしており、島の原始的な集落とは対照的な近未来的な建築物が都市の中心より放射線状に整然と並んでいた。
 都市はシートピアという。シートピアは円盤状の人工物である金属製の土台に作られたメガフロート都市である。
 シートピアは数年前に突然生まれた。始まりは隕石であった。少年はまだ幼子であったが、その時のことは鮮明に覚えていた。
 島の近くに隕石が墜落し、生じた津波に海辺の集落は全滅した。生存者もいなかったが、まもなく波に攫われた集落の人々は海から帰ってきた。隕石に見出されたシートピアの民として、島に帰ってきたのだ。
 彼らは隕石を“シード”と呼んだ。“シード”は後にシートピアの中心となり、今もあの円盤都市の中心に要石の如く置かれている。“シード”を少年は見たことがないが、山ほどに巨大な岩であるという。そして、そこに触れた者は目醒めるのだとも。その目醒め、本来知り得ない知、知り得ない技を身につけ、僅かな間に彼らはシートピアを築き上げた。
 また、彼らは“シード”に選ばれた者でもあるという。故に選ばれなかった者を下に見た。見られた側が少年達、島民だった。少年は逃がされたのだ。島民達はシートピアの民に連れていかれ、今も隷属を強いられ、過酷な労働を行っている。
 その過酷な労働の目的こそ、今“シード”の傍ら、すなわち円盤都市の中心に聳える塔の頂にある船。この日、宇宙へ向けて放たれるこの船を作る為であった。船こそ、“シード”を送った者達の目的だった。

「はぁ……はぁ……はっ!」

 シートピアを見ていた少年は息を呑んだ。
 船はまだ打ち上がっていない。都市の外縁に視線が向いた。そこで黒煙が上がり、建物が崩れていく。
 同時に海を隔てた島にいる少年の胸をも鷲掴みする迫力ある咆哮が、都市を、海を、そして空を震わせて轟く。

ギャガゴァァァァァァァァァオォンッ!

「神々の王よ……」

 少年は呟く。黒煙を上げて崩壊していく都市の渦中にいる巨大な獣の影を見つめ、彼ら島民の、否、島民が島民となる遥か以前から人から人へ、親から子へと伝えられてきた存在の呼称を。神々の王。それは、人が神と崇め、畏怖し、祈る、その様々な姿をした自然物の中で王として君臨する存在。
 それはこれより悠久の時を超えた世で、人々が怪獣と呼び恐れ、挑み続ける超自然的存在の体現の中で、怪獣王の二つ名を与えられることになる存在。即ち、ゴジラであった。
 ゴジラは円盤都市を蹂躙しながら、その中心を目指す。
 同時に、その地に聳える塔の頂から白煙と眩い光が放たれる。船が今まさに宇宙へと飛び立とうとしている。
 ゴジラの猛威から逃れようと、それは地球から“シード”の母なる宇宙へと向かって、船は飛び立つ。
 それは最早爆発であった。塔を縦に光りが迸り、稲妻を塔から空に向けて放たれた。その稲妻こそ船であり、その痕跡として白煙が塔から空に真っ直ぐと引く線として残された。

ギャガァァァゴガァァァァァァァァァアァンッ!

 ゴジラは獲物を取り逃がした悔しさを叫ぶ様に、風に伸ばされつつある白煙の伸びる空へ向かって咆哮をした。
 そして、ゴジラの背鰭は青白く発光した。
 刹那、ゴジラの口から放たれた青白い光の筋は塔に届き、瞬時にそれは融解しながら破裂するように四散。消滅した。

「嗚呼…………」

 少年はその場で膝をつき、ただ祈るだけであった。彼の眼前で起きたことは人にそれ以外の手段を与えない絶対的な光景であったからだ。
 熱線を吐くゴジラが瞬く間に都市を燃やし、遂には円盤都市シートピアそのものを海の底深くへと沈めてしまった。そして、ゴジラもまた海に姿を消し、島には少年と都市から逃げた僅かな人々、そして使用者を失い遺物となった装置モアイ像がシートピアの目撃者として残された。

 

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 約1000年後――御前崎。海岸に程近い墓地で法要を行う一行がいた。
 
「もう三回忌か」
「結局見つかんなかったんだから、叔父さん達も辛いだろうな」
「しっ! 声が大きい!」

 背後で親戚と思しき家族が囁き合う声に何か言いたいという思いと言葉が喉元にまで上がってくるのを感じながらも、有川イブキは目を瞑り、故人への黙祷を捧げた。
 法要の場で親戚でもない彼女は何も言わず、何もせずが正解だと言い聞かせる。

「チッ!」

 そんな時、隣でこれ見よがしな大きな舌打ちがし、墓地に響いた。背後の親戚家族もギョッとして息を呑んだことをイブキも気づいた。
 無理もない。イブキの隣に立つ陣川拓也は海上防衛隊上がりの現役海上保安官。鍛え抜かれた筋肉は衣服の上からでも十分過ぎるほどに主張している。身長も180前後、160センチのイブキから見れば最早巨人だ。そんな男に敵意の籠った舌打ちをされれば萎縮もする。

「ふぅ……」

 彼らの囁きが消え、その場が静まり風の抜ける音や海鳥の鳴き声が聞こえるようになると、「分かればいい」と言わんばかりに呼気を吐く。陣川の緊張が解けると、周囲の緊張も解ける。
 そして、墓石の前に進んだ彼は表情を綻ばせた。

「アントニオ、お前はいつか必ず俺が見つけてやるからな」





 
 法要後の食事会に故人アントニオの両親から誘われたものの丁重に断り、イブキと陣川は御前崎灯台に移動した。この地は同郷の3人にとって思い出の場所であった。
 岬に腰掛け、波立つ海岸とその先のアントニオが眠る海を見つめながら二人はカップ酒を空けて献杯する。

「結局、アントニオとサーフィンは出来ず終いだったな」
「そんな約束してたの?」
「まぁな」

 酒を口に含み甘辛い発酵した穀物の香りを鼻に抜きながら、イブキが聞くと陣川は頷く。
 3人はこの地で生まれ育った幼馴染だ。幼稚園から高校までが同じだった。他にも幼馴染と呼べる者は互いにいるが、最も付き合いが長く、そして思い出の多いのがこの3人であった。アントニオが一つ年上で兄貴分であり、彼に2人は付いて遊んでいた。この灯台もその一つだ。
 名前の通りハーフであったアントニオは周囲からやや浮いていたが、それでも2人は歳の差も気にせず一緒に遊んでいた。
 高校卒業後の進路を意識し始めた頃だったか、互いの道が分かれたのは。とイブキは回想する。一学年上のアントニオであったが、本人は大学進学でなく海外への渡航を選択した。留学だと周囲は思っていたし、家庭柄英語も堪能であった為、教師もそう考えて応援していた。
 しかし、実際には留学でなく、海外を旅することを意味していた。この時は皆が大騒ぎとなった。
 周囲が引き留めるが、彼はそのまま海外へと旅立った。数ヶ月後には未開の地とされる南海の島で巨大な卵を発見した部隊と行動を共にする写真がイブキの元に届いた。この時に初めてイブキはアントニオのやりたいことが冒険家であったことを知った。
 一方、イブキも陣川もそれぞれの道を選択し始めていた。陣川は海上防衛隊への道に進み、イブキも大学へ進学して電子工学者への道を歩み始めた。

「そういえば機兵の人工知能開発は相変わらずやってるのか?」

 陣川が唐突に話題を変えてきた。他意はなく、本当に思い出しただけだろうが、確かに陣川とイブキの共通した話題はアントニオの他は機兵か機龍だ。
 イブキは微笑し、頷いた。

「相変わらずよ。電子頭脳はアップデートを重ねている。機兵も機龍も貴方がいた頃に比べたら、全く別物だと思っていいわ。特に機兵はほぼ初期プランの無人人型機動兵器を遥かに超えた自律ロボットに近い存在に達している」
「ふっ……怪獣に対抗する戦力というコンセプトが今では人間様の方が怪獣に見えてくるぜ」
「確かに。……そして、私も拓也もそれに加担している」
「違いない」

 イブキは国立大学に属する扱いで自身の個人研究所を与えられており、その年齢も相まって将来は既に不自由のない学者人生が約束された天才電子工学者だ。しかし、それは純粋な研究や発明の学術的な成果によって得られたものとは言えないことは彼女自身が自覚している。それが、自律式の無人機動兵器開発だ。
 日本は戦後を契機に怪獣との邂逅機会が世界の中でも群を抜いて多い怪獣災害国家である。対怪獣兵器開発の一つの結論が怪獣に匹敵する兵器の開発だった。それこそが、機龍と機兵だった。そして、その電子頭脳開発の中心人物こそ、イブキであった。
 当時、ただの国立大学の院生であった彼女だが、彼女が組み立てて発表したアルゴリズムは既存の如何なるものとも異なる全く新しいものであった。それこそが、現在の電子頭脳の基礎となるアルゴリズムだった。
 一方、陣川もまた海上防衛隊に士官候補として入隊後、厳しい選抜をくぐり抜けて僅か数人の機龍操縦士に選ばれた。そして、後の再編に至るまでの数年間、防衛隊最強と呼ばれた機龍の第一操縦士であり続けた。それが陣川拓也だった。


 
 
「そうだ。……今朝おばさんから受け取ったの。私より、拓也の方が持っていた方がいいわ」

 酒が空になり、日が傾き始めた頃、イブキは鞄の中から一冊のノートを取り出した。表紙には何も書かれていないが、使い込まれて汚れやシワがついている。ページにもスクラップブックのように新聞や書物の写しが貼られている為、本来の厚さよりもずっと膨らんでいる。
 ノートを見た陣川は、手に取る前から既にこれが元々誰の所有物かわかった。

「…………」

 ノートを受け取った陣川がページをめくると、案の定アントニオの筆跡で書かれた文字が目に入った。『海底古代遺跡』『イースター島』と走り書きされた文字が目に入る。そして、海図の写しやどこかの国による海洋調査の記録が糊やテープで貼り付けられていた。
 これが何についてを記したノートなのかは、流し見た程度の陣川には明確に理解するに至らないが、アントニオが生前調べていたことについて記された遺品であることはわかる。
 また、イブキが陣川に託した気持ちはよくわかった。アントニオがどこを目指し、どこにいるか、それを探すヒントがこのノートにはある。陣川の背景事情はあるが、それでもその時にあった選択肢の中で海上保安庁を選んだのはこの海の先に今もいる筈のアントニオを見つける機会があるかも知れないと考え、願う気持ちがあったのは間違いない。イブキは本来ならばノートも持ち続けたいだろうし、自身で見つけたいと思っているはずだ。それでも陣川を信じて託した。
 アントニオとイブキが交際していたという話はなく、事実としてもなかった筈だ。しかし、それは互いを理解し、目標を尊重していたからに他ならない。それを間近で見ていた陣川は知ってる。

「わかった。預かる。……だが、これをアントニオに返すのはイブキだ」
「えぇ。わかったわ」

 いつ果たされるかわからず、また現実的でもない話だった。何故なら陣川がどれ程にこのノートの内容を理解してアントニオの足跡を明らかにしたとしても、海上保安庁という組織に属する陣川が個人の想いだけでその足跡を辿り、海底を探すことは困難だからだ。
 しかし、後には必然だったと判明しても、その時点では奇跡としか考え至らない出来事が数日後に発生し、陣川はこのノートに記された海域、即ちイースター島近海へと赴くこととなった。
 そのきっかけになる隕石こそが、この戦いの始まりの狼煙となる“第3期のM宇宙ハンター星雲人”からの最初のアクションであった。



 


ゴジラ
vsメガロ

 




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