不気味な程に静かな夜が開けた。
 一部の市街地では成人式前日の日曜日として夜通し賑わっているところも存在していたが、北陸と太平洋側の多くの地域では自主避難を含めて、多くの避難民による混乱が続いていた。特にラドンの警戒で朝の便から終日各航空会社が運航を取り止めたことも大きい。

「矢口、少しは眠れたか?」
「まぁ。……赤坂さんこそ、国連へのラドンへの核攻撃引き延ばし交渉で外相共々眠れてないんじゃないですか?」

 レク室に集合した矢口と赤坂は互いの顔を見て話していた。

「まぁ今回はかなり厳しい。ラドンは既にかの国で核による殲滅が行われている上に、ゴジラの時の様な交渉材料もない。加えて飛翔体となればどの国も他人事ではない」

 既にマキフィルターなどゴジラのメカニズム解明が進み、それの実用化に向かっている。その為、前回程フランスの協力も強くはない。むしろ核での殲滅に漏れがあり、今回のラドン出現を招いたことで、合衆国国内で賛否が割れていることが最も日本にとっての追い風になっているという状況だ。
 中国とロシアは当然ながら地理的な理由で攻撃推進派であり、状況としてはラドンが領空内に侵入した時点から58分46秒後に熱核兵器による攻撃が開始されることはほぼ決定的と言える。
 むしろ多くの国家の意見としては市街地侵入前に海上で殲滅すれば人的被害を出さずに済むと、カウントダウンの前倒しすら提案されている。
 僅か2日にして、国連から日本は孤立していた。

「ちなみに、ハワイ沖でラドンを一匹駆逐できたらしい。今、泉総理が国連と大統領に対して通常兵器による駆逐作戦後の核兵器使用について再検討を求めている。ゴジラのことがなければ、問題なく受け入れられる交渉だろうが、現状では早期解決を望む声が大きい。……NASAからの要請もいくつか巨大不明浮遊体に対して出ているらしい」
「ラドンを口実に巨大不明浮遊体の重力操作の解明をしたい。そういうことですね」
「恐らく。……ロシアから北方四島の返還を含めた経済支援を提案してきた。国連内にも使用する核兵器の提供を提案している」

 ソビエト時代の遺産は今も衛生軌道上にあると噂されている。ロシアとしてはその処分と経済支援を口実に形式的には北方四島の返還をしつつ、次は北海道を含めた経済的な支配を画策しているのだろう。現状の日本は令和三年を迎えられるか危うい。核使用後、大打撃を受けた日本が経済的にも政治的にも自立して存続できなくなれば、日本は分割統治になるだろう。
 その時日本は壊滅的被害を受けた本州を残し、北海道はロシア、九州四国は中国、沖縄はアメリカの統治となる。連休中であることが幸いであったが、既に円は大暴落しており、経産省と財務省が瀬戸際のところで踏みとどまってはいるが、下落中のそれぞれの地域の企業や土地を購入しようと交渉を始めているという情報も入っている。

「新成人に日本を残せるようにしなければ」

 矢口は自身に言い聞かせるように呟いた。






 

「お母さんは大丈夫だって」

 進藤が朝食を済ませて部屋に戻ると直子がスマートフォンの画面を見て教えてきた。
 結局直子はサルノ王女の希望で同室となり、別室にモルとロラも宿泊することになった。ちなみに、直子の先輩である小牧は昨夜遅くに帰宅させた。現在も地元警察に引き継ぎ、警護は継続している。
 しかし、既に進藤家は地元警察が警戒しているので、一応の安全は保障できている。道理としてはサルノ王女と一緒に動画に映った直子の家族としての警護だが、国家公安委員と警察官僚の家族というだけで十分に警戒は強化されていた。
 そもそもラドン、キングギドラこと巨大不明浮遊体の脅威がある今の日本国内に安全な場所自体ないが。
 朝食中に聞かされた宮内庁の話で余計なことまで考えてしまったと進藤は頭を振って思考を戻す。
 宮内庁としては皇族の安全を確保したいところだが、空路を使えない状況下で下手なこともできず、ラドン襲来の対策には苦労しているらしい。特に上皇陛下に至っては既に一線を退いていることを理由に頑なに皇居を離れないと仰っているらしい。常に国民と共にという志しは素晴らしいが、いざという時に責任を取ることになる官僚側としては苦しいところだろうと進藤は思った。

「サルノ王女」
「金星人」

 即座に訂正してきた。進藤は頭を掻く。

「……金星人さん、ラドンが日本領空に近づいております。ラドンへの国連の核攻撃の危険もありますので、シェルター施設のある場所へこれから移動をお願いしたいと思います」
「愚かですね。ラドンよりもキングギドラという脅威があるというのに。……ラドンもキングギドラを敵と見なして、排除する為に日本へ来るというのに、それを殺めるのですね」
「日本はともかく、これは世界の決定ですから。自分を含めて日本人は誰も核兵器を使うことを望んではいません」
「ラドンとモスラが力を合わせればキングギドラに勝てるかもしれませんよ」
「……昨夜自衛隊はその作戦で敗北していますよ」
「それはモスラだけだからです」

 全く話が先に進まない。
 これ以上は無駄だと判断し、進藤は退室した。




 

 

「αを誘導することができるかもしれません」

 中々昨夜は顔を出せなかった巨災対であったが、矢口達が不在でも仕事をこなしてくれていた。
 間と尾頭の二人を筆頭にしたメンバーがレク室から戻った矢口を訪ねてきて、ラドン対策案の報告を持ってきた。

「詳しく頼む」

 矢口が言うと、森がまず概要を説明し始めた。

「まず特効性のある方法は結論として出ませんでした。米軍の駆逐作戦を元に防衛省で立案している対空戦である程度成果が期待できます。その為、作戦の確度を上げる視点で今回は検討しました」
「ラドンはαをリーダーとした群での行動をします。すなわち、αを誘導できれば、群れ全体の動きをコントロールでき、作戦の確度を上げることができる!」

 間が続き、すかさず尾頭がノートパソコンで昨日と一昨日の米軍作戦の画像資料を表示させる。

「これまでのラドンを駆逐した際の状況を大使に提供していただきました。駆逐時の特徴として、群れへ対空攻撃を行い、群れの中で個別に反応した個体が生じ、その後攻撃対象がその個体へ移行、爆撃というよりも貫通性の高い兵器の集中放火を受けて墜落したという状況でした。その際の各個体と米軍機の動きを二次元プロットしたものがこちらです」

 enterキーを押し、画面の表示が変わる。どのパターンもラドンが孤立した際の米軍機と群れの位置関係が一致していた。厳密には左右の差はあるが、基本的に一番外側の個体だけが米軍機に反応している。

「逆にαの動きには全ての個体が反応し、群れ全体が誘導されていることが確認できます。残念ながらαと認識される条件の特定は現時点で不明な為、最も効果的なドローン等をαと認識させて誘導することはできません。しかし、αを含めた群れ全体を反応させることができれば、誘導は可能になります。既にドローンを用いた鳥の群れの誘導は可能と実証された事例があります。リノ飛来時の状況を細かく分析した結果、ラドンの群れに反応した複数種が入り乱れた鳥の群れがパニック状態になり郊外からリノ市街地へ入っています。その後を追うようにラドンのα、そして他の個体が続いてリノ市街地に侵入していました。ラドンは他の鳥の大群に反応し、一種の威嚇行動としてリノへ追撃し、飛来したと推測されます」

 袖原がタブレット端末で群青色のドローン戦闘機の画像を表示させた。

「現在防衛省が航空自衛隊で試作しているドローン戦闘機で、無人音響偵察・妨害汎用試験有翼機試作四号機SX-4が硫黄島で実験中です。音響の受信と発信に長けており、敵機や遭難者の探索、また敵機の探索を妨害、その他災害用を目的としていますが、実験中に海鳥の撹乱や誘導が確認されております。既に黒木さんから上への許可は得ています」
「つまり、ドローンを用いてラドンの群れを誘導する作戦か」
「「「「「はい!」」」」」

 矢口に一同は同時に頷いた。

「わかった。統幕長と話そう。時間がない」

 同時に泉、赤坂、及び防衛大臣ら作戦承認に必要な閣僚に連絡を入れた。








 午前10時、硫黄島を群青色のドローン航空機が発進した。他の機体はまだ改良及び製造中の為、只一機のみの出撃となる。他の機の出撃は作戦の失敗する可能性を高めると判断した為だ。
 作戦名はパン。食べるパンでなく、ギリシャ神話の牧神のことだ。

「スーパーX4、羊を見つけた」

 硫黄島の作戦基地でドローン操縦士が言った。
 スーパーXとは、SXシリーズの初期段階の試作モデルが予算度外視の汎用機であり、ドローンへの期待値があまりに高過ぎたことを皮肉ってSXのSはスーパーのSだと現場の自衛官達がつけた渾名だ。その四号機なので、スーパーX4だった。
 高画質カメラと高感度の超音波・音響探査レーダーがラドンの姿を捉えた。個体数は5。事前情報の通り、αを中心に左右2羽ずつ展開した群れを作っている。

「一体の形態が情報と一部違いがあります。送レ」

 ラドンのαは体色が茶褐色でなく、全体的に赤くなっており、大きさも他の個体より大きくなり、体長は約30メートル、翼長は80メートル程にも及んできた。
 すぐに本土へ拡大した画像を送る。
 拡大した画像から体表の色は褐色のままだが、血管が赤く浮き上がっており、それ故に全体的に赤い印象になっていることがわかる。
 その赤さは誰もがゴジラを連想した。かつて東京都内三区を壊滅させた放射線瘤を含め。

「警戒しつつも作戦続行」

 命令が降りた。SX-4は音波をラドンのαに放ち、反応する周波数を探る。高周波の波長域で反応があった。
 人の耳には聴こえない音のボリュームを最大に上げた。
 αが咆哮を上げ、距離をとっていたSX-4に接近してきた。
 SX-4は機体を急旋回させ、ラドンの群れを引き付ける。群れは見事に旋回し、日本列島から離れる。
 残り時間は45分10秒。海上自衛隊の支援攻撃の為の照準が設定される。
 40秒後、ラドンの群れはキルポイントに到達。5体それぞれにターゲットを設定された攻撃が開始された。
 残り時間43分53秒。第一波の攻撃が全弾命中し、α以外の4体の動きが鈍り、群れの列が乱れる。
 続いて第二波攻撃が洋上の艦隊から放たれた。
 しかし、残り時間41分34秒。第二波攻撃は全て命中せずに破壊された。

「αより放射線瘤を確認! ゴジラ同様の能力を有しています!」

 SX-4がラドンαに後ろを取られる。操縦士とAIの性能を最大限に活かしてαを巻こうと機体は激しい軌道を取る。有人機ではなし得ない動きをするが、ラドンαは群れから飛び出しSX-4を追い詰める。

「速い!」

 αからソニックブームが発生した。音速の壁を越え、一気にSX-4に追い付き、回り込まれた。
 刹那、SX-4との通信が途絶した。レーダーでも機影が消えていた。

「SX-4、被墜っ!」

 更に、ラドンαは群れを率いて進路を変更した。場所は硫黄島とその周辺海域。
 5分後、一隻目のイージス艦から襲撃の報が放たれ、まもなく救難信号に代わり、10分後には硫黄島を含む作戦中の全部隊が壊滅し、硫黄島基地との連絡は途絶状態となった。
 残り時間は30分を切り、28分43秒。レーダーに映るラドンの五つの影は再び本土を目指して移動を開始したことを示していた。





 
 

 約30分後の午前11時、ラドンをターゲットとした核ミサイルが発射されたことが伝えられた。
 日本の引き延ばし工作は失敗に終わり、各国の思惑の中で、最大限の避難支援を人道的な見地という名目の元に行われ、太平洋沿岸域の愛知県~東京都を結ぶ都市圏は避難が行われた。
 それは戦争状態でない状況化、否戦争状態であっても現在の国際ルール上実行は不可能といえる近代国家の戦術核兵器の使用という記録を得られる大義名分を得た世界に、日本は三度生け贄に捧げられたことを意味していた。
 また、この時のパニックによる死傷者は今回の戦いにおける最大人数となった。この情報だけでもこの僅か一時間の出来事がどれ程に筆舌し難い混乱、そして悲惨な状況であったかが想像できることだろう。
 この時点でキングギドラは覚醒し、移動を開始していたのだが、それを知り、これから起こる地球最大の決戦を予期できた者は福井県内でキングギドラ覚醒を目の当たりにした旭達と、それを感知できたサルノ王女らだけであった。




 

 

 核ミサイル発射の10分前。
 福井県大飯原子力発電所上空の巨大不明浮遊体に異変が認められた。
 球体で静止していたそれは、毛糸玉をほどく様に、金色の粒子の線が延びていき、先端から昨日のモスラ戦で見せた龍の頭部を形成していく。

「確認取れました。高浜原発の二つの巨大不明浮遊体も同じ動きがある様です」

 屋外へ出ていた防護服を着た旭達の元に通信担当の自衛官が報告に来た。
 一同は屋内へ戻り、高浜原発上空の二つの巨大不明浮遊体の中継映像を確認する。全く同じ動きをしていた。時間のズレすらなく、リアルタイムで三つの巨大不明浮遊体は球体から龍の姿へと変化していた。
 事前にサルノ王女とモル、ロラの話を情報として知っていた旭達は、それが三つ首の龍、キングギドラへの前段階であると、否応なしに想像してしまった。

「高浜の二体が動き出した」

 金色の龍、東洋の絵で描かれそれと全く同じであった。頭部には角を生やし、長い蛇の様な体、その途中に小さな手足が生えた姿になった二体の龍は、旭達のいる大飯原発の方角へと移動を始めた。
 この事に対応している最中に核ミサイル発射の報が伝えられ、霞ヶ関の本部との連絡がまともに通じなくなった。
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